いじめられ続けた挙げ句、三回も婚約破棄された悪役令嬢は微笑みながら言った「女神の顔も三度まで」と

鳳ナナ

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服従

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 日が暮れた夕方過ぎ。
 エルメスとサロンで話した後、プリシラは学校の敷地内にある女子寮に戻っていた。
 広く手入れの行き届いた木造の廊下に、人の姿はない。
 門限が厳しい令嬢達はすでに各々に割り当てられた部屋に戻っていた。

 夕日が窓から差し込む中、プリシラは無表情で廊下を行く。
 自分の部屋の前で立ち止まったプリシラは、顔に冷や汗をにじませながらドアを開いた。
 部屋の奥にはベッドがあり、そこには制服姿の銀髪の美少女――アムネジアが悠々と腰掛けている。

 プリシラはアムネジアの前まで歩み寄ると、緊張した面持ちで言った。


「言われた通り、エルメスに取り入ってきたわよ」


 その言葉にアムネジアは満足そうにうなずいて口を開く。


「ご苦労様でした。下僕のプリシラさん」


++++++


 時は遡り、夜会の翌日の夜のこと。
 会場から連行されたプリシラは、王都付近にある留置場の牢に入れられていた。
 冷たい石畳の上に座り込むプリシラは、頭を抱えていた。
 なぜ、どうしてこうなってしまったのかと。

 そんな彼女の耳に、牢の間に出入りする鉄のドアが開く音が聞こえてきた。
 その直後、男の叫び声が牢の間に響き渡る。


「プリシラ! 私の天使よ! どこだ! どこにいる!」


 聞き覚えのある声に、プリシラはハッと顔を上げた。
 慌てて髪を整え、ドレスの袖で顔の煤を払ったプリシラは鉄格子に駆け寄ってさけぶ。


「マジュンゴ様! あたしはここよ!」


 その声を聞いて、プリシラがいる牢に一人の貴族の子息が駆け寄っていった。
 茶髪の天然パーマで、いかにも育ちが良さげな顔をしたマジュンゴは、プリシラの姿を視界に収めると、感極まった表情を浮かべる。
 両手を広げて大げさな仕草で鉄格子に近づいたマジュンゴは、震える声で言った。


「おお、我が運命の人よ。なんというおいたわしい姿に……」

「マジュンゴ様……お願い、助けて! 夜会でのことは全部誤解なの! あたし、捕まるようなことなんて何もやってない! 本当よ!」


 プリシラが目に涙を浮かべて、マジュンゴに手を伸ばす。
 マジュンゴはその手を握りながら優しく微笑みかけた。


「分かっているさ。虫も殺せないような心優しい貴女が犯罪など犯すはずがない。待っていてくれ、今私の父上が陛下に、君を牢から出してもらえるように掛け合って――」


 その時、プリシラはマジュンゴの背後で影が揺らめくのを見た。
 それと同時に、ドンッと何かを叩く音が響き、マジュンゴが白目を剥いてその場に倒れる。


「ま、マジュンゴ様……?」


 プリシラが呆然としていると、コツコツと石畳を叩く靴音が聞こえてきた。
 そして暗がりの中から出てきた人物を見て、プリシラは目を見開く。


「あ、アムネジア……!」


 そこには学校の制服姿のアムネジアが立っていた。
 アムネジアは足元に倒れているマジュンゴを気にも留めずに、プリシラのいる牢に近づく。
 目を細めたいつも通りの笑顔を浮かべたアムネジアは、鉄格子の前で優雅に会釈した。


「ごきげんよう、こそ泥のプリシラ様。牢に入った気分はどうですか?とても良くお似合いですわよ」

「この……っ!」


 アムネジアのあからさまな挑発に、プリシラは思わず唾でも吐きかけたくなる衝動にかられる。
 だが、つい先程マジュンゴが突然倒れたことを思い出して踏みとどまった。
 プリシラは思い出す。

 目の前の女は普通の人間じゃない。
 妖しげな力を使って人を操る化物だ。
 うかつに何かをしようものなら、今度は何をされるか分かったものではない。

 そんな風に黙り込んでいるプリシラを見て、アムネジアは満足気にうなずいて言った。


「ご自分が置かれている立場はちゃんと理解されているようですわね。安心しました」

「……何の用よ。あたしを嘲笑いに来たってわけ?」


 フン、と顔を背けるプリシラに、アムネジアは首を横に振る。
 おもむろに制服のポケットに手を入れたアムネジアは、そこから鍵の束を取り出して言った。


「もし貴女が今後私がすることに協力すると誓うならば、今までの罪は不問にして、そこから出してあげましょう。陛下と王妃様にも夜会の一件は誤解だったと説明してあげます。いかがですか?」


 笑顔で問いかけてくるアムネジアに、プリシラは顔をしかめた。
 夜会であれだけのことをしてのけたアムネジアが、なぜ今更自分などを必要とするのかと。

 プリシラは自分を過大評価も過小評価もしない。
 それゆえに、自分ができることなどたかが知れていると分かっているし、アムネジアとてはそれは分かっているはずだ。
 放っておけば勝手に破滅するものを、わざわざ拾い上げてまで利用価値があるとは到底思えない。


「……協力って言ったけど、どんなことをさせるつもり?」


 プリシラの問いに、アムネジアは無言で答えた。
 そんなアムネジアの反応に、プリシラはちっ、と舌打ちをする。
 それは暗に救ってほしければ、無条件で自分に協力しろ、と言っているのと同義だったからだ。

 プリシラはしばらく目を閉じて考えこむ。
 そして悔しげに唇を噛むと、震える声で言った。


「……アンタに協力するわ。断ったら何されるか分かったもんじゃないし。ほら、さっさとこっから出しなさい」

「よろしい――と、言いたいところですが」


 アムネジアが鉄格子からプリシラに向かって手を差し出す。
 その手のひらには、何か石のような素材でできた白いイヤリングが乗っていた。


「盗人である貴女の言葉を額面通りに受けとるほど私は愚かではありません。今この時より、貴女は肌身離さずこれを耳に付けて生活してください。それが私への誓いとなります」

「別に構わないけど……何よ、このダサいイヤリングは。石? 骨? こんなもの付けろなんて、悪趣味なヤツね」


 不審に思いながらも、プリシラはイヤリングを手に取る。
 髪をかきあげたプリシラは、イヤリングを耳たぶに付けようとして――


「――今ここに、呪いの誓約は交わされました」

「は? なにを言って――うぎゃああああああ!?」


 禍々しく針のように変形したイヤリングが耳のいたるところに突き刺さって、絶叫した。


「み、耳がっ! 耳があああ!」


 床をのたうち回り、耳から血を垂れ流すプリシラを見て、アムネジアは笑う。
 薄く目を見開いて、口端を釣り上げたその顔は、正に人ならざる悪辣な存在が浮かべるそれであった。
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