いじめられ続けた挙げ句、三回も婚約破棄された悪役令嬢は微笑みながら言った「女神の顔も三度まで」と

鳳ナナ

文字の大きさ
36 / 42

宰相

しおりを挟む
 エルメスがアムネジアと共に会場から出て行った一時間後。
 盛り上がる生徒達から離れた奥のテーブルでは、彼らの親である貴族達が談笑していた。
 その中でも一際人が集まっている場所の中心には、国王であるベルスカード四世がいる。
 ベルスカード四世は息子の第二王子フィレンツィオの卒業を祝うために、この場に来ていた。

 そこへ、厳めしい顔立ちをした白髪交じりの男が、金刺繍の黒いタキシードをなびかせながら近づいていく。
 ガストン・ヴィラ・ネェロ――ベルスカード王国宰相であり、エルメスの父親である。
 その姿を見た貴族達は慌てて頭を下げて道をゆずった。
 ガストンはそれが当たり前だと言わんばかりに、自分の前に開けた道を行く。

 そして王の前で足を止めると、恭しく会釈をして言った。


「ご機嫌麗しゅう、国王陛下。この度はご子息であるフィレンツィオ様のご卒業、おめでとうございます」


 ガストンの顔を見て王は顔をしかめる。
 悪徳にまみれ、悪い噂の絶えないこの宰相を、王はなによりも苦手としていた。


「……何用だ。このようなめでたい場所で、お前の長ったらしい小言など聞きたくないぞ、私は」

「滅相もない。今宵の私は宰相ではなく陛下と同じ一人の親として、子供達の人生の門出を祝おうとはせ参じただけでございます」


 そう言ってガストンはにやりと口元をゆがめる。
 その邪悪な笑みを見て、王は目の前の男がまたなにか良からぬことを企んでいると悟った。
 しかしガストンを処罰しようにも、ずる賢く周到なこの男は絶対に証拠を残さない。
 何か決定的な失態でも犯せば処分のしようもあるが、宰相になってからガストンの悪事が露見したことはただの一度もなかった。

 ゆえに王にできることといえば、ガストンの謀がうまくいかないように、あらかじめ釘をさすことのみである。


「子供の門出を祝いに来たか。その割にはこの会場に来てからやっていることといえば、集まった自分の派閥の貴族に声をかけているだけに見えたが。なにか謀でも企んでいるのではなかろうな?」

「見ていらっしゃったとはお人が悪い。ですが、話をしていたのは本当にただの暇つぶしですよ」


 半目でにらみつけてくる王に、ガストンは肩をすくめて言った。


「私とて娘を祝ってあげたいのですが、会場を一通り探してもなぜか姿が見当たらないのです。一体どこへ行ったのやら」

「そんなことを言って、娘も子飼いの鳩とやらに見張らせておるのだろう? 有名だぞ。そなたの目が届かない場所はこの国には存在しないとな」

「敵が多い私は臆病者なものでして。それくらいに念を入れねば不安で夜も眠れないのです。まったく、恐ろしい限りですな人の持つ負の感情というものは」


 狸が、と内心で舌打ちをしながら王は不機嫌そうに鼻を鳴らす。
 それからワインを一口で飲み干した王は、さすがに不機嫌な態度を取り続けるのは問題があると思ったのか、少しだけ相好を崩して言った。


「しかし奇遇だな。私の息子も先程からまったく姿が見えないのだ。この卒業記念パーティーでなにか私に見せたいものがあると言っていたのだが、一体どこへ――」


 王が言い終える前に、不意に会場内でどよめきが起こった。
 何事かと王をふくむ貴族達がどよめきの中心地である生徒達の方に視線を向ける。
 そこには、制服を着たフィレンツィオとアムネジアの姿があった。
 どうしたことか、アムネジアはうつむき弱々しい足取りで、頭から足元までを真っ赤な液体で染めている。

 フィレンツィオはアムネジアの肩を抱きながら、緊張した面持ちで周囲を囲む生徒達を見渡した。
 ただ事ではない二人の様子に、困惑していた生徒達だったが、突然男子生徒の一人がアムネジアを指差してさけぶ。


「血、血だ……こ、この赤い染みはすべて人の血だ!」


 その瞬間、どよめきは悲鳴に変わった。
 アムネジアがかぶっているおびただしいまでの血の量から推測すれば、それが誰かから浴びた物であるならば、確実に致死量であることは容易に想像できる。
 そこから導き出される答えは、この卒業記念パーティーの会場で殺人に値する出来事が起こったということだ。


「静粛に! 静粛にせよ! 皆の者!」


 混乱の極地にあるその場を王が一喝する。
 大ホールに響き渡る大音声によって、悲鳴をあげていた生徒達が押し黙った。
 王は顔をしかめながら、大股でフィレンツィオに歩み寄る。
 周囲の視線が集まる中、大ホールの中心でフィレンツィオと対峙した王は、眉間を押さえて怒りをこらえながら、重々しく口を開いた。


「フィレンツィオよ。そのアムネジアの姿は一体どういうことだ……? 」


 返答によってはただではおかない。
 そんな剣呑な雰囲気を漂わせる王に、フィレンツィオは唾を飲み込んで言った。


「ち、父上がおっしゃりたいことは分かります。周囲の皆も、アムネジアの姿にさぞ驚いたことであろう。だが落ち着いて俺の話を聞いてほしい」


 両手を広げたフィレンツィオは、ゆっくりと周囲を見渡す。
 そして感情的な彼に似つかわしくない、語りかけるような厳かな口調で言った。


「アムネジアがこの学校の多くの生徒から虐待を受けていた事実は、皆も知るところだと思う。将来俺の伴侶となるアムネジアの身を憂慮した父上と母上が、一切の不当な行為を禁じたのも記憶に新しいことだろう。しかし!」


 広げた両手を握りしめて、フィレンツィオが歯を食いしばりながらさけぶ。


「我が国の王である父上と王妃である母上のお触れが出てなお! アムネジアに対して害意を持ち! あろうことか、この卒業記念パーティーの場で、彼女を亡き者にしようと企んだ者達がいる!」


 その言葉に、静けさを取り戻していた会場が一気にざわめいた。


「暗殺って……流石に洒落にならないぞ。一体どこの馬鹿がそんなことを」

「たしか手を出したら家柄に関わらず厳罰に処すって……」

「いや、殺害未遂とあっては厳罰どころか処刑もありえるだろう」


 懐疑的な声も漏れる中、フィレンツィオはアムネジアに向かってうなずいた。
 アムネジアはうつむいたまま一歩足を踏み出す。
 血にまみれた顔をあげたアムネジアは、生徒ではなく貴族達に視線を向けた。


「その者達の首謀者の名は?」


 フィレンツィオがアムネジアに向かって問いかける。
 アムネジアはゆっくりと手を上げて、その者を指差した。


「――エルメス・ヴィラ・ネェロ様。そこにいらっしゃる宰相ガストン・ヴィラ・ネェロ様のご息女にございます」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

『悪役令嬢は、二度目の人生で無言を貫く。~処刑回避のために黙っていただけなのに、なぜか冷徹宰相様から「君こそ運命の人だ」と溺愛さています~』

放浪人
恋愛
「もう、余計なことは喋りません(処刑されたくないので!)」 王太子の婚約者エリスは、無実の罪を着せられた際、必死に弁解しようと叫び散らした結果「見苦しい」と断罪され、処刑されてしまった。 死に戻った彼女は悟る。「口は災いの元。二度目の人生は、何があっても口を閉ざして生き延びよう」と。 しかし、断罪の場で恐怖のあまり沈黙を貫いた結果、その姿は「弁解せず耐え忍ぶ高潔な令嬢」として称賛されてしまう。 さらに、人間嫌いの冷徹宰相クラウスに「私の静寂を理解する唯一の女性」と盛大な勘違いをされ、求婚されてしまい……!? 「君の沈黙は、愛の肯定だね?」(違います、怖くて固まっているだけです!) 「この国の危機を、一目で見抜くとは」(ただ臭かったから鼻を押さえただけです!) 怯えて黙っているだけの元悪役令嬢と、彼女の沈黙を「深遠な知性」と解釈して溺愛する最強宰相。 転生ヒロインの妨害も、隣国の陰謀も、全て「無言」で解決(?)していく、すれ違いロマンティック・コメディ! 最後はちゃんと言葉で愛を伝えて、最高のハッピーエンドを迎えます。

【完結】婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?

つくも茄子
恋愛
国王唯一の王子エドワード。 彼は婚約者の公爵令嬢であるキャサリンを公の場所で婚約破棄を宣言した。 次の婚約者は恋人であるアリス。 アリスはキャサリンの義妹。 愛するアリスと結婚するには「妃教育を修了させること」だった。 同じ高位貴族。 少し頑張ればアリスは直ぐに妃教育を終了させると踏んでいたが散々な結果で終わる。 八番目の教育係も辞めていく。 王妃腹でないエドワードは立太子が遠のく事に困ってしまう。 だが、エドワードは知らなかった事がある。 彼が事実を知るのは何時になるのか……それは誰も知らない。 他サイトにも公開中。

婚約破棄だ!と言われ実家に帰ったら、最推しに餌付けされます

黒猫かの
恋愛
王国の第一王子クレイスから、衆人環視の中 で婚約破棄を言い渡されたローゼン侯爵令嬢ノエル。

婚約破棄で悪役令嬢を辞めたので、今日から素で生きます。

黒猫かの
恋愛
「エリー・オルブライト! 貴様との婚約を破棄する!」 豪華絢爛な夜会で、ウィルフレッド王子から突きつけられた非情な宣告。 しかし、公爵令嬢エリーの心境は……「よっしゃあ! やっと喋れるわ!!」だった。

罠にはめられた公爵令嬢~今度は私が報復する番です

結城芙由奈@コミカライズ連載中
ファンタジー
【私と私の家族の命を奪ったのは一体誰?】 私には婚約中の王子がいた。 ある夜のこと、内密で王子から城に呼び出されると、彼は見知らぬ女性と共に私を待ち受けていた。 そして突然告げられた一方的な婚約破棄。しかし二人の婚約は政略的なものであり、とてもでは無いが受け入れられるものではなかった。そこで婚約破棄の件は持ち帰らせてもらうことにしたその帰り道。突然馬車が襲われ、逃げる途中で私は滝に落下してしまう。 次に目覚めた場所は粗末な小屋の中で、私を助けたという青年が側にいた。そして彼の話で私は驚愕の事実を知ることになる。 目覚めた世界は10年後であり、家族は反逆罪で全員処刑されていた。更に驚くべきことに蘇った身体は全く別人の女性であった。 名前も素性も分からないこの身体で、自分と家族の命を奪った相手に必ず報復することに私は決めた――。 ※他サイトでも投稿中

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

お言葉を返すようですが、私それ程暇人ではありませんので

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<あなた方を相手にするだけ、時間の無駄です> 【私に濡れ衣を着せるなんて、皆さん本当に暇人ですね】 今日も私は許婚に身に覚えの無い嫌がらせを彼の幼馴染に働いたと言われて叱責される。そして彼の腕の中には怯えたふりをする彼女の姿。しかも2人を取り巻く人々までもがこぞって私を悪者よばわりしてくる有様。私がいつどこで嫌がらせを?あなた方が思う程、私暇人ではありませんけど?

タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒― 私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。 「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」 その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。 ※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

処理中です...