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第一話「歩行」
「歩行」(1)
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クラネス歴百五十年……
幻夢境にあるセレファイスの都は、祝いの百五十周年祭に盛り上がっている。町ではさまざまな露店が特別な料理や酒をふるまい、旅芸人の手品ショーは、この日だけ夜ふかしを許された子どもたちの瞳を大いに輝かせた。広場で恋人たちがかわすダンスパーティーを、呪力で細工された打ち上げ花火が照らしては優しく消える。
その奇妙な流れ星を、演出の一部と勘違いした住民も多い。
セレファイスにほど近いここは、ガラスでできた街イレク・ヴァド。
夜空を膨大な火炎と煙の尾で切り裂いた〝物体〟は、ガラスの建物を粉々に砕いてイレク・ヴァドに墜落した。さいわいなことに、ケガ人等はなし。生じた巨大なクレーターの中央に、物体はいまも静かに鎮座している。
一部が焦げてまだ煙と電光をあげるそれは、おかしな物体だった。
おおぶりなスイカを超えるサイズの球体が、運動会の玉転がしより大きい球体を中心にして無数につながっている。考え方によっては、手足のように見えなくもない。その頭部にあたると思われる部分には、眼らしきものも埋まっている。
異常を聞きつけ、クレーターの周囲にさっそく円を作るのはセレファイスの衛兵隊だった。騎士や呪士のかかげる松明の炎は、点々と闇を照らしている。
クレーターのふちに立つのは、騎士団長のエイベルだ。謎の物体を指差しながら、となりの部下アリソンにもっともな質問を投げかける。
「なんだありゃ?」
「さあ、見当もつきませんね?」
衛兵の人だかりをかき分け、ひとりの呪士が現れたのはそのときだった。
「はいはい、ごめんよごめんよ♪」
足を踏んだり、肩のぶつかってしまった衛兵たちに無遠慮に謝りながら、クレーターの端に立った若者がいる。
軽薄そうな笑顔を振りまく若者の名前は、ジョニー・イングラム。セレファイスがほこる水属性の呪士だ。まだ中等部を出たてだが、その特異な才能から〝召喚〟の天才と目する者も多い。
手のひらを組み合わせて柔軟体操しながら、イングラムは興味津々につぶやいた。
「さあ、平和でひまな幻夢境に事件だ、事件。よぉし、天から降ってきたあの落下物の正体は、と」
いましもクレーターを駆け下りかけたイングラムを、鋭く制止する声があった。
「先走って近寄りすぎるんじゃない、イングラム」
聞き慣れた声音に、その名を呼んだのはエイベル団長だった。
「メネス!」
「やあ、エイベル」
「祭りの夜分に悪いな。専門家が駆けつけてくれて助かるぜ」
「ぼくの専門分野でないことを願うよ」
気難しい顔つきで、メネス・アタールは首を振った。
彼こそは、セレファイスでも名の知れた凄腕の〝召喚士〟にほかならない。エイベルと同じく、十数年前に勃発した〝光と闇の戦争〟の英雄のひとりでもある。現在は都で若い呪士たちに教鞭をふるう教官の職についていて、イングラムもその教え子のうちのひとりだ。
イングラムたちと横並びでクレーターのふちに立つと、メネスは顔を強張らせた。謎の物体を見据えながら、押し殺した声でうめく。
「いやな予感があたった……〝ジュズ〟だ」
メネスの危機感などつゆ知らず、イングラムはのんきに小首をかしげた。
「ジュズ、ですって? 知ってるんですか、あの球人形の正体を?」
「その存在を知ったのは、地球を旅していたころさ。あれは地球でも幻夢境でもない、はるかな時間のかなたから訪れた恐るべき存在だ。まさかこうもたやすく現実世界に現れるとは……」
「でもあれ、どう見ても壊れてますよね?」
「壊れる、という表現が正しいかわからないぞ。地球の組織も、あれがそもそも生物か無機物なのかを解明しあぐねていた。死んでいるのかもしれないし、想像もしたくないことだが、まだ生きているかもしれない」
「ふ~ん」
顎をもみながら、イングラムは提案した。
「とりあえず、ちゃっちゃとセレファイスまで運んじゃますか? 調べたら色々と、おもしろい鬼や蛇が出そうだし♪」
自信たっぷりに手を揉み合わせるイングラムを、メネスは非難げに横目にした。
「軽率だぞ。ジュズに触れるまえに、まず多くの呪士等によってその危険性を確かめねばならない。安易に都へ運び込んで、もしなにかあったらどうする?」
「慎重すぎですって。あの下らない球人形はたったひとつ。こっちには大勢の衛兵とメネス先生、そして俺がいます」
「よせ!」
メネスが怒鳴ったときにはもう遅い。拾った足もとの石ころを、イングラムがジュズめがけて放ったのだ。
硬質の響きを残して、石はジュズの表面を跳ね返った。
沈黙……
変化は突然だった。
ジュズの一部が外れたではないか。そう。なんの前触れもなく、ジュズの球状の腕がひとりでに地面へ落下したのだ。
「下がって!」
メネスの警告に、一同はクレーターからひとまわり距離をおいた。
最初にそれに気づいたのはイングラムだ。
「先生、あれ……」
「そうだな」
ジュズの腕がなくなった場所から、生白いものがだらりと垂れている。それはどう見ても生身の人間の腕だった。腕は形もよく、か細い。こども、または女の腕か?
中に人が入っている?
事態を見守るエイベルに振り向き、メネスは訴えた。
「エイベル、幻夢境に侵入者だぞ。大至急、調査隊の編成を」
「お、おう。わかっ……」
エイベルは最後まで言い終えることができなかった。
続けざまに、ジュズの装甲は弾け飛んでいる。手、足、体、そして頭……
ジュズが完全に分解したあと、クレーターの中央にたたずんでいたのはひとつの人影だ。
それは美しい少女だった。端正な目鼻立ちに、花のように整った肢体、たいまつの炎を照り返す髪はまさしく星々がもたらしたきらめきに等しい。だが、夜風になびくその衣服は……メネスにたずねたのはエイベルだった。
「あの格好……フィアと同じじゃねえか?」
かたずを飲んで、メネスはうなずいた。
「ああ、女子高生の制服だ。それもおそらくは、美須賀大学付属高校の」
まるで起床したての感触を確かめるように、少女はじぶんの両手をながめては開け閉めしている。衛兵隊から一歩進み出ると、クレーターの少女へ声を発したのはメネスだ。
「きみ!」
視線をあげた少女へ、メネスは胸に手をあてて自己紹介した。
「ぼくはメネス。メネス・アタール。きみは?」
「…………」
一拍おいて、少女の可憐な唇は動いた。
「あたしは……ルリエ。久灯瑠璃絵」
「答えてくれてありがとう、ルリエさん。つかぬことだが、赤務市から来たね?」
不可解な質問に眉をひそめたのも束の間、ルリエはゆっくり回答を舌にのせた。
「くわしいのね……じゃあやっぱりここに、異世界への門となる召喚士はいるのかしら?」
ルリエの視線に宿る輝きからは、底知れない意図が感じられる。
剣呑な空気を察して、メネスはとぼけた。
「さあ、知らないな? 聞きたいことは山ほどあるが、まずは教えてくれるか?」
「あたしに答えられることなら、なんでも」
ルリエからは見えないように、身振りだけでメネスはエイベルへ合図した。
逃げろ、と。
「きみはなぜ、ジュズの中にいた?」
「あたしは……」
瞳を隠した前髪の下で、ルリエの口だけが弦月を描いて曲がった。
「あたしは、この世界を滅ぼしにきた」
「逃げろォッ!」
叫んだメネスだが、間に合わない。
「〝石の都〟」
おぞましい呪文とともに、ルリエの片手はひょいと上がった。
そのときには、見えない巨人の手に吊るされたかのごとく、衛兵隊の一部は馬ごと宙に浮かび上がっている。ルリエの片手が下げられると、衛兵はまとめて五騎、ものすごい勢いで地面に叩きつけられた。
仲間の惨状を目の当たりにし、ルリエめがけて放たれたのは無数の矢だ。だがルリエの指が不可視の鍵盤を叩いて動くや、矢の雨はへし折れて地面にへばりついた。同時に、多くの弓兵の体も地面に吸い寄せられている。あたかも空気に、暗い深海の圧力が加わったかのようだ。
いやな音をたててひしゃげる甲冑の中から、弓兵は息もたえだえに悲鳴をあげた。
「か、体が重い。苦しい。つ、つぶれ……」
殺気立つエイベルたちの馬を必死に反対方向に押しやりながら、メネスは超常現象の正体を推察した。
「広範囲に、すさまじい地と水の呪力……重力操作だ! エイベル、急げ!」
「ち、ちくしょう! 総員、撤退だ! 態勢を立て直すぞ!」
あっけにとられて口を開けるイングラムの首根っこを、メネスは引っ掴んだ。そのまま大慌てで馬に飛び乗る。
その間にも、ルリエの放つ強烈な重力場により、あちこちで衛兵や建物は潰されていった。こだまする断末魔に、ガラスの粉砕する響きが重なる。
手綱を叩かれ、メネスたちの馬は全速力で逃げた。森を抜け、川をひと飛びで越え、不凋花を蹴散らして疾走する。
メネスが馬を止めたのは、セレファイスの明かりが遠く見え始めたころだった。
振り返った彼方では、イレク・ヴァドの景色は不気味な地響きをあげて崩れている。吹きつけたガラスの街の破片から、衛兵隊たちは顔をかばわねばならなかった。
「せ、先生……苦しい」
「彼女の深海の重圧に比べれば、そよ風のように優しかろう?」
衣服の襟を手放され、イングラムは地面にへたり込んだ。首をおさえてぜいぜい喘ぎながら、馬上のメネスへ詫びる。
「すいません先生、俺のせいでこんなことに……」
「ちがうな。きみごときの力で、彼女が動き始めたと思うか?」
衛兵隊の頭上では、憩いを邪魔された夜鷹たちが耳障りな鳴き声とともに旋回している。
舞い降りたまがまがしい羽根の向こうで、イングラムはたずねた。
「どうするんです、これから?」
「残念だが、セレファイスの力では久灯瑠璃絵を止められない。剣や矢はもとより、地水火風の呪力は彼女に届く前にことごとく踏み潰されるだろう」
「ええ、そんな……幻夢境は、ほんとにあの呪われた娘に滅ぼされる運命なんですか?」
「そうはさせない。目には目を、呪いには呪いを、だ」
たいまつの炎に不吉に顔を隈取らせながら、メネスは告げた。
「〝災害への免疫〟を発動する」
幻夢境にあるセレファイスの都は、祝いの百五十周年祭に盛り上がっている。町ではさまざまな露店が特別な料理や酒をふるまい、旅芸人の手品ショーは、この日だけ夜ふかしを許された子どもたちの瞳を大いに輝かせた。広場で恋人たちがかわすダンスパーティーを、呪力で細工された打ち上げ花火が照らしては優しく消える。
その奇妙な流れ星を、演出の一部と勘違いした住民も多い。
セレファイスにほど近いここは、ガラスでできた街イレク・ヴァド。
夜空を膨大な火炎と煙の尾で切り裂いた〝物体〟は、ガラスの建物を粉々に砕いてイレク・ヴァドに墜落した。さいわいなことに、ケガ人等はなし。生じた巨大なクレーターの中央に、物体はいまも静かに鎮座している。
一部が焦げてまだ煙と電光をあげるそれは、おかしな物体だった。
おおぶりなスイカを超えるサイズの球体が、運動会の玉転がしより大きい球体を中心にして無数につながっている。考え方によっては、手足のように見えなくもない。その頭部にあたると思われる部分には、眼らしきものも埋まっている。
異常を聞きつけ、クレーターの周囲にさっそく円を作るのはセレファイスの衛兵隊だった。騎士や呪士のかかげる松明の炎は、点々と闇を照らしている。
クレーターのふちに立つのは、騎士団長のエイベルだ。謎の物体を指差しながら、となりの部下アリソンにもっともな質問を投げかける。
「なんだありゃ?」
「さあ、見当もつきませんね?」
衛兵の人だかりをかき分け、ひとりの呪士が現れたのはそのときだった。
「はいはい、ごめんよごめんよ♪」
足を踏んだり、肩のぶつかってしまった衛兵たちに無遠慮に謝りながら、クレーターの端に立った若者がいる。
軽薄そうな笑顔を振りまく若者の名前は、ジョニー・イングラム。セレファイスがほこる水属性の呪士だ。まだ中等部を出たてだが、その特異な才能から〝召喚〟の天才と目する者も多い。
手のひらを組み合わせて柔軟体操しながら、イングラムは興味津々につぶやいた。
「さあ、平和でひまな幻夢境に事件だ、事件。よぉし、天から降ってきたあの落下物の正体は、と」
いましもクレーターを駆け下りかけたイングラムを、鋭く制止する声があった。
「先走って近寄りすぎるんじゃない、イングラム」
聞き慣れた声音に、その名を呼んだのはエイベル団長だった。
「メネス!」
「やあ、エイベル」
「祭りの夜分に悪いな。専門家が駆けつけてくれて助かるぜ」
「ぼくの専門分野でないことを願うよ」
気難しい顔つきで、メネス・アタールは首を振った。
彼こそは、セレファイスでも名の知れた凄腕の〝召喚士〟にほかならない。エイベルと同じく、十数年前に勃発した〝光と闇の戦争〟の英雄のひとりでもある。現在は都で若い呪士たちに教鞭をふるう教官の職についていて、イングラムもその教え子のうちのひとりだ。
イングラムたちと横並びでクレーターのふちに立つと、メネスは顔を強張らせた。謎の物体を見据えながら、押し殺した声でうめく。
「いやな予感があたった……〝ジュズ〟だ」
メネスの危機感などつゆ知らず、イングラムはのんきに小首をかしげた。
「ジュズ、ですって? 知ってるんですか、あの球人形の正体を?」
「その存在を知ったのは、地球を旅していたころさ。あれは地球でも幻夢境でもない、はるかな時間のかなたから訪れた恐るべき存在だ。まさかこうもたやすく現実世界に現れるとは……」
「でもあれ、どう見ても壊れてますよね?」
「壊れる、という表現が正しいかわからないぞ。地球の組織も、あれがそもそも生物か無機物なのかを解明しあぐねていた。死んでいるのかもしれないし、想像もしたくないことだが、まだ生きているかもしれない」
「ふ~ん」
顎をもみながら、イングラムは提案した。
「とりあえず、ちゃっちゃとセレファイスまで運んじゃますか? 調べたら色々と、おもしろい鬼や蛇が出そうだし♪」
自信たっぷりに手を揉み合わせるイングラムを、メネスは非難げに横目にした。
「軽率だぞ。ジュズに触れるまえに、まず多くの呪士等によってその危険性を確かめねばならない。安易に都へ運び込んで、もしなにかあったらどうする?」
「慎重すぎですって。あの下らない球人形はたったひとつ。こっちには大勢の衛兵とメネス先生、そして俺がいます」
「よせ!」
メネスが怒鳴ったときにはもう遅い。拾った足もとの石ころを、イングラムがジュズめがけて放ったのだ。
硬質の響きを残して、石はジュズの表面を跳ね返った。
沈黙……
変化は突然だった。
ジュズの一部が外れたではないか。そう。なんの前触れもなく、ジュズの球状の腕がひとりでに地面へ落下したのだ。
「下がって!」
メネスの警告に、一同はクレーターからひとまわり距離をおいた。
最初にそれに気づいたのはイングラムだ。
「先生、あれ……」
「そうだな」
ジュズの腕がなくなった場所から、生白いものがだらりと垂れている。それはどう見ても生身の人間の腕だった。腕は形もよく、か細い。こども、または女の腕か?
中に人が入っている?
事態を見守るエイベルに振り向き、メネスは訴えた。
「エイベル、幻夢境に侵入者だぞ。大至急、調査隊の編成を」
「お、おう。わかっ……」
エイベルは最後まで言い終えることができなかった。
続けざまに、ジュズの装甲は弾け飛んでいる。手、足、体、そして頭……
ジュズが完全に分解したあと、クレーターの中央にたたずんでいたのはひとつの人影だ。
それは美しい少女だった。端正な目鼻立ちに、花のように整った肢体、たいまつの炎を照り返す髪はまさしく星々がもたらしたきらめきに等しい。だが、夜風になびくその衣服は……メネスにたずねたのはエイベルだった。
「あの格好……フィアと同じじゃねえか?」
かたずを飲んで、メネスはうなずいた。
「ああ、女子高生の制服だ。それもおそらくは、美須賀大学付属高校の」
まるで起床したての感触を確かめるように、少女はじぶんの両手をながめては開け閉めしている。衛兵隊から一歩進み出ると、クレーターの少女へ声を発したのはメネスだ。
「きみ!」
視線をあげた少女へ、メネスは胸に手をあてて自己紹介した。
「ぼくはメネス。メネス・アタール。きみは?」
「…………」
一拍おいて、少女の可憐な唇は動いた。
「あたしは……ルリエ。久灯瑠璃絵」
「答えてくれてありがとう、ルリエさん。つかぬことだが、赤務市から来たね?」
不可解な質問に眉をひそめたのも束の間、ルリエはゆっくり回答を舌にのせた。
「くわしいのね……じゃあやっぱりここに、異世界への門となる召喚士はいるのかしら?」
ルリエの視線に宿る輝きからは、底知れない意図が感じられる。
剣呑な空気を察して、メネスはとぼけた。
「さあ、知らないな? 聞きたいことは山ほどあるが、まずは教えてくれるか?」
「あたしに答えられることなら、なんでも」
ルリエからは見えないように、身振りだけでメネスはエイベルへ合図した。
逃げろ、と。
「きみはなぜ、ジュズの中にいた?」
「あたしは……」
瞳を隠した前髪の下で、ルリエの口だけが弦月を描いて曲がった。
「あたしは、この世界を滅ぼしにきた」
「逃げろォッ!」
叫んだメネスだが、間に合わない。
「〝石の都〟」
おぞましい呪文とともに、ルリエの片手はひょいと上がった。
そのときには、見えない巨人の手に吊るされたかのごとく、衛兵隊の一部は馬ごと宙に浮かび上がっている。ルリエの片手が下げられると、衛兵はまとめて五騎、ものすごい勢いで地面に叩きつけられた。
仲間の惨状を目の当たりにし、ルリエめがけて放たれたのは無数の矢だ。だがルリエの指が不可視の鍵盤を叩いて動くや、矢の雨はへし折れて地面にへばりついた。同時に、多くの弓兵の体も地面に吸い寄せられている。あたかも空気に、暗い深海の圧力が加わったかのようだ。
いやな音をたててひしゃげる甲冑の中から、弓兵は息もたえだえに悲鳴をあげた。
「か、体が重い。苦しい。つ、つぶれ……」
殺気立つエイベルたちの馬を必死に反対方向に押しやりながら、メネスは超常現象の正体を推察した。
「広範囲に、すさまじい地と水の呪力……重力操作だ! エイベル、急げ!」
「ち、ちくしょう! 総員、撤退だ! 態勢を立て直すぞ!」
あっけにとられて口を開けるイングラムの首根っこを、メネスは引っ掴んだ。そのまま大慌てで馬に飛び乗る。
その間にも、ルリエの放つ強烈な重力場により、あちこちで衛兵や建物は潰されていった。こだまする断末魔に、ガラスの粉砕する響きが重なる。
手綱を叩かれ、メネスたちの馬は全速力で逃げた。森を抜け、川をひと飛びで越え、不凋花を蹴散らして疾走する。
メネスが馬を止めたのは、セレファイスの明かりが遠く見え始めたころだった。
振り返った彼方では、イレク・ヴァドの景色は不気味な地響きをあげて崩れている。吹きつけたガラスの街の破片から、衛兵隊たちは顔をかばわねばならなかった。
「せ、先生……苦しい」
「彼女の深海の重圧に比べれば、そよ風のように優しかろう?」
衣服の襟を手放され、イングラムは地面にへたり込んだ。首をおさえてぜいぜい喘ぎながら、馬上のメネスへ詫びる。
「すいません先生、俺のせいでこんなことに……」
「ちがうな。きみごときの力で、彼女が動き始めたと思うか?」
衛兵隊の頭上では、憩いを邪魔された夜鷹たちが耳障りな鳴き声とともに旋回している。
舞い降りたまがまがしい羽根の向こうで、イングラムはたずねた。
「どうするんです、これから?」
「残念だが、セレファイスの力では久灯瑠璃絵を止められない。剣や矢はもとより、地水火風の呪力は彼女に届く前にことごとく踏み潰されるだろう」
「ええ、そんな……幻夢境は、ほんとにあの呪われた娘に滅ぼされる運命なんですか?」
「そうはさせない。目には目を、呪いには呪いを、だ」
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