スウィートカース(Ⅴ):カラミティハニーズ

湯上 日澄(ゆがみ ひずみ)

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第一話「歩行」

「歩行」(4)

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 ベッドで寝返りを打つと、彼女はなにごとか寝言をもらした。

「こう、体がどっか別の世界に行っちゃってね。ごめんな。ああ。なにも見なかったことにしてそのまま帰りな……シヅル」

 カーテンのすきまから差し込む日差しとそよ風に、伊捨星歌いすてほしかはかすかに反応した。ゆっくり上半身を起こす。

 寝ぼけ眼をこするホシカの視界には、室内のさまざまな調度品が映った。

 窓に棚に扉、そしてじぶんの寝るベッド。その身に着せられている寝間着といい、なにか違和感がある。そう、このデザインは……ショッピングモールの中世ゴシック風雑貨店とそっくりだ。

 ベッドの横のイスには、ひとりの若者が座っていた。ここの内装と同じく、どうやら外国人らしい。髪の毛がはねたままのホシカヘ、若者は呼びかけた。

「やあ、おはよう、ホシカ」

 若者はなにかをホシカヘ差し出した。あたりの雰囲気に似つかわしくない現代のミネラルウォーターだ。

「俺はジョニー・イングラム。こんどは先に、自販機で買っといたよ?」

「…………」

 ふかふかのマクラを抱えたまま、ホシカは数秒間、無言でイングラムと見つめ合った。

 次の瞬間には、イングラムに惨劇は降りかかっている。

 花の生けられた花瓶は、轟音とともに揺れた。首をつかんで片手一本で吊り上げたイングラムの背中を、ホシカが勢いよく壁にぶつけたのだ。その怪力のすさまじさよ。水のペットボトルもどこかへ転がっていく。

 酸素をもとめて口をぱくぱくするイングラムの耳もとへ、ホシカは恫喝した。

「ぶっ殺すぞ、てめえ?」

「ひ、ひい、また首絞め……」

「なんであたしが、知らない男と寝室でふたりきりなんだ? 寝てる間、あたしになにをやった?」

「お、俺はきみに指一本触れちゃいない。着替えの覗き見もしてない。神に誓って、きみの手当てはすべて女性の看護師ナースがおこなった……」

 イングラムの喉笛をしめつける力を一段と強め、ホシカは続けた。

「ここはどこだ? あの世か?」

「せ、セレファイスの病院だよ。騎士寮と宮殿の間にあるマクニール総合病院だ」

「セロハンテープ?」

「セレファイスだ。幻夢境の。ま、魔法少女ならピンとくるんじゃないかな。きみたちにとってのいわゆる〝異世界〟さ」

「なんで知ってる? あたしが魔法少女だってこと?」

「それは順を追って説明するよ」

「あたしは死んだはずだ。さっき夢の中で、大事な親友ダチにお別れまでしちまったぜ」

「呪力の〝時間切れトラペゾヘドロン〟をむかえる前に、俺たちが次元のはざまから救い出した。〝星々のもの〟に喰われかけているきみを。さっき検査のときにわかったことだが、こんな記憶はないかな? 残った呪力を使い切る寸前、一度だれかから予備の呪力を分けてもらわなかったか? それが、きみを救った大きな要因だ」

「予備の呪力……」

 ホシカの脳裏に、なつかしい声が再生された。

〈いまのホシカにはもっと大切な使命があるでしょう? 救ってください。守ってください。私を破壊すれば、すこしですが私自身の呪力を使って、ホシカの〝時間切れトラペゾヘドロン〟を先延ばしにすることもできるはずです〉

 過去を遠目にするホシカの瞳に、かすかだが光るものが浮いた。もうここにはいないだれかへ、感謝の言葉を口にする。

「ありがとな、ラフ……」

 イングラムを宙吊りにするホシカの手から、力は抜けた。足もとにくずおれて猛烈に咳き込むイングラムへ、やや冷めた声でたずねる。

「〝組織ファイア〟の差し金か、おまえ?」

「ちがう。俺はセレファイスのミッドウェスタン呪士学校の生徒だよ。安心して。ここは地球の組織ファイアが手出しできない異世界だ」

「そうか……どうりで、赤務市にはなかった呪力の反応が、そこらじゅうをウロチョロしてるわけだ」

「ここではちょっとでも素養があれば、地水火風の呪力は社会の役に立つよ。戦いはもちろんのこと農業や漁業、マッサージ屋や医師といったふうにね。そこの廊下を歩いてる看護師さんだって大半は呪力使いだ」

「乱暴して悪かったな。その、パニクっちまって」

「無理もないさ。平気だ。ちょっと前に占い師に、俺の首に不幸と幸運が多く見えるって言われたし。だからこんど俺に詰め寄るときは、優しく頼むね。唇といっしょに」

「くちびる?」

「いや、なんでもない」

 床に転がるミネラルウォーターを拾い上げると、ホシカはキャップを開けてひといきに飲んだ。ふたたびベッドに座ると、ひたいを押さえてうなる。

「異世界? 幻夢境? セロハンテープ? なんであたしがそんな場所に? パニックが止まんねえぜ。インパルス、説明をお願いできるか?」

「もちろんだ。セレファイスのイングラムが細かく事情を話そう」

 わかりやすくイングラムは事の詳細を打ち明けた。ジュズの出現、自身の〝案内スカウト〟の呪力とその目的、幻夢境のあらまし、そして……

久灯瑠璃絵くとうるりえ? 知ってるぞ、そいつ。美須賀みすか大付属のだろ? まえにいっしょにゲーセンで遊んだ。あいつがこの世界で大暴れしてるってのか?」

「そのとおり。幻夢境はいま、侵略の危機に瀕している。きみたち〝災害への免疫カラミティハニーズ〟の力が必要だ」

 肌寒げに、ホシカは体育座りして縮こまった。

「悪いが、あたしは力になれない。現実でも大変だったのに、こんどは慣れない土地の異世界まで救えだって?」

「ここだけじゃない。ほうっておいたら次は、ジュズはきみたちの地球をターゲットにするぞ。その証拠に、ルリエはなんらかの方法でふたつの世界を行き来した。言っておくが幻夢境は、地球の宇宙船ごときでは決してたどり着けない場所にある」

「だからってよォ……」

 かすかな音が、病室に響いたのはそのときだった。

 ホシカの腹の虫が鳴いたのだ。あの破天荒なホシカが、めずらしく顔を赤くしてお腹をおさえている。イングラムは相好を崩してうなずいた。

「そりゃ、時間切れまで呪力を使えばお腹もすくよね」

「うるせえ。一歩間違えたら、おまえとメネス先生とやらがランチになってたんだぞ?」

「すぐに食事を用意させよう」

「いいや、マズい病院食はゴメンだ。都の案内がてら、どっか連れてけよ?」

「わかった。喜んでエスコートしよう」

「たのむぜ、ナイト様。あたしの服は?」

「申し訳ないが、きみが身にまとえるものはいま、さいしょに着ていた制服しかない」

「十分だ」

 寝間着をたくし上げかけ、ホシカはふと止まった。父親の前でも平然と下着姿で歩く彼女だが、きょうはなにか様子がおかしい。

 なんだろう、このおもはゆい感情は。

 ホシカの無言の主張を察し、イングラムはあわてて立ち上がった。

「き、着替えるんだね。廊下で待ってるよ」
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