スウィートカース(Ⅴ):カラミティハニーズ

湯上 日澄(ゆがみ ひずみ)

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第三話「疾駆」

「疾駆」(1)

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 宮殿の地下にもうけられた牢獄……

 闇と静寂の中に、とめどなく響くのは水の流れる音だ。ぶ厚い石壁をへだてて下水道とつながる牢屋は、たえず湿っぽい。

 あちこちに張った蜘蛛の巣の下では、害虫とドブネズミがほこりをあげて追いかけっこしている。幻妖なたいまつの炎にときおり照らされるのは、太い鎖つきの足かせと赤錆びた拷問器具の数々だ。美麗なセレファイスがあえて環境設定したここには、ひとたび放り込まれた者に犯してもいない罪までぺらぺらと喋らせる力がある。

 ただしその一室に囚われたルリエに関しては、すばらしい衛生状態を目で楽しむことはできない。呪力封じの鉄鎖で体中がイスに縛り付けられているうえ、その瞳はきつく目隠しされている。彼女のおそるべき催眠の瞳術を警戒した予防措置だ。

 鉄格子の向こう側へ、ホシカは自己紹介した。

久灯瑠璃絵くとうるりえ。目が見えないとこ悪いが、あたしだ。覚えてるか? 伊捨星歌いすてほしかだ」

 ルリエはそっと顔をあげた。目隠しの下で、なにかを嗅ぎつけたように鼻を動かす。

「まさかこんなところで再会するとはね、不良少女の魔法少女。子分の江藤えとうさんは元気?」

「シヅルは子分なんかじゃねえ。たしかに怖がりやで泣き虫なあいつだが……」

「では新しい子分は、そちらのお若い方?」

 咳払いとともに、イングラムは答えた。

「呪力で気配を読んだな。ジョニー・イングラムだ」

「イングラム……ああ、ジュズに入ってたあたしを起こしてくれたひとね」

「本日は子分ではなく書記として、この取り調べに同席させてもらう。かまわないな?」

 見るものを不安にさせる笑みを浮かべ、ルリエはうなずいた。

「大歓迎よ。どうかくつろいでいってね。このとおり込み入った事情で、あいにく大したお持てなしはできないけど」

 じぶんとホシカのイスを用意しながら、イングラムは目配せした。

「始めてくれ、ホシカ」

「お、おう。ええっと……」

 木製のイスに腰かけ、ホシカは手もとのメモを明かりにかざした。あらかじめメネスに渡されたそれを参照しながら、ぎこちなくルリエにたずねる。

「ルリエ、あんたの目的はなんだ?」

 唇だけで皮肉な笑いを表現し、ルリエは答えた。

「前にも言ったんだけどね。あたしはこの世界を滅ぼしにきた」

「なんで滅ぼす?」

 ホシカの質問に、ルリエが答えるまでには不穏な間があった。

「未来の存在……ホーリーに見せられたわ。幻夢境と地球は、まもなく呪力使いどうしの戦争によって崩壊する。人口・兵器ともに疲弊して氷河期をむかえた文明は、すぐに侵略されるの。ハイエナのような〝星々のもの〟によってね」

 目を剥いたのは、ホシカの横で議事録をとるイングラムだった。質問係と書記の関係を忘れ、ホシカを飛び越して問う。

「滅びは理解した。なにごとにも創造と破壊はつきものだからな。だが、それならなぜきみは、いずれ消えてなくなる世界を先んじて滅ぼそうとする?」

「あたしが狙うのは、基本的には呪力使いよ。世界から呪力使いをひとり残らず抹殺すれば、来たるべき戦争は起きずにすむ。だからあたしは、呪力使いで溢れかえった幻夢境を先に攻撃目標に選んだ」

 その説明の結論を悟り、ホシカは口もとをおさえて唸った。

「未来を変えるつもりか、あんた……」

「よくあるタイムスリップの科学論からすると、未来はあたしの過去になり、未来にあたる現在を変えても過去は変わらないというのが常識だわ。あたしを幻夢境によこした存在は、それでもかまわないと言う。映画の見すぎで本気でタイムマシンを信じてるのか、それとも戦争で失くした両親にひとめ会いたいのか」

「あんたほどの〝星々のもの〟が、なんで他人の指図にしたがう?」

 ふと、ホシカは頭痛のするこめかみをおさえた。這いずるようなルリエの口調に、どうも慣れない。ホシカにそっと確認したのはイングラムだ。

「ホシカ、続けられそうか? 中止にしてもいいんだぞ?」

「大丈夫だ。ちょっと呪力を使いすぎたらしい」

 催促されるまでもなく、ルリエは自主的に言葉を継いだ。

「もし、なくした大切な人を取り戻せるとしたら?」

「そりゃもう、なんだってするよ。あたしもつい先日、両親を失くしたばっかりだ。あんたは?」

 うつむき加減に、ルリエはその名を呼んだ。

「あたしはエド……凛々橋恵渡りりはしえどの復活が望みよ。染夜名琴しみやなことをかばって死んだ彼を、特定の召喚士なら蘇らせられる。だからあたしは、召喚士を探してた」

 ルリエに感づかれないように、ホシカはイングラムの顔を見た。

 じぶんを指さしたあと、イングラムは手を振っている。故人にふたたび命を与える能力は、彼の召喚術にはない。どちらかといえば、それは死霊術師や吸血鬼の専門分野だ。

「なんだってすると言ったわね、ホシカ?」

 甘いメロディーをまとって、ルリエの声はホシカに耳打ちした。

「ご両親に帰ってきてもらいたいでしょう? 協力して、ホシカ。あなたは魔法少女。不可能を可能にする。あたしに従えば、大事な人が戻ってくる。さあ、じぶんに正直になって、ホシカ?」

 その一種独特な舌使いに、いつしかホシカはうとうとして頭で船をこいでいた。こんどこそ、ホシカの肩に手を置いたのはイングラムだ。

「きょうはここまでだな。切り上げよう。なにかいやな予感がする。おい、ホシカ。起きろよ、起きろ」

 ふと気づいたときには、ホシカは魔法少女の姿に変身していた。

 その体から吹き荒れたのは、すさまじい呪力の波動だ。それまで座っていたイスは粉々に砕け、イングラムはうしろの牢まで弾き飛ばされている。鉄格子を強くバウンドしたあと、イングラムは震える手で上体をもたげた。

「ほ、ホシカ……どうした!?」

 回答は、ルリエの含み笑いにのって訪れた。

「視線さえ封じれば、あたしの催眠術を防げると思った? 口に猿ぐつわでも嵌めておくべきだったわね」

「そうか、声! 声にまで催眠能力があったのか! ホシカ、目を覚ませ!」

 制止する暇もない。人形のような無表情でホシカが振り上げた拳に、鋭い音を残して翼刃ブレードは生えた。そのまま、ルリエの独房を強引に引き裂く。

 かん高い反響が、闇にこだました。

 ホシカの翼刃ブレードは、鉄格子に浅く傷をつけて止まっている。

 倒れたまま苦しげに、しかし自慢げに説明したのはイングラムだ。

「その鉄格子も、耐呪力塗布のほどこされた特別製だ! 都の地下牢をなめるな!」

 ぽかんと開けたままの口を、ルリエはこんどこそ残忍な笑みにゆがめた。

「なら、もっと強い呪力を用意するだけよ。探ったところホシカ、あなたまだ、気づかず魔法少女の潜在能力を眠らせてるわね。それも桁違いに強い力を。全開にしましょ。

 ルリエの催眠のささやきに呼応して、ホシカをとんでもない変化が襲っている。

 金属音をひいておびただしく稼動したのは、魔法少女の衣装だ。手、肩、背中、足……それらから猛烈に吐き出された炎は、やがて集束してそれぞれ優美な形をとる。

 それはまさしく、光の翼だった。

 酔いしれたような声で、つぶやいたのはルリエだ。

「なんて綺麗な呪力の流れ……目隠しされてても感じるわ」

 あまりのまばゆさに目をつむったイングラムの前で、ホシカの光の翼は一閃した。
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