スウィートカース(Ⅴ):カラミティハニーズ

湯上 日澄(ゆがみ ひずみ)

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第四話「交錯」

「交錯」(8)

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 セレファイスの西のはずれ、臨海城壁を抜けた先にある砂浜……

 夕暮れどきをむかえた黒いセレネル海は、都にそびえる千の塔の光を反射し、幻想的な薔薇色にきらめいていた。

 森から海辺までつづく足跡は、ふたつある。

 ホシカの学生靴と、イングラムの車椅子のわだちだ。

 砂浜にしゃがみ込んだホシカは、打っては返す潮騒の奏でを耳をすまして聞いている。

 ふとホシカは、となりのイングラムを心配した。

「寒くないか?」

「大丈夫だ。むしろ暖かいよ」

 外気いがいの心のぬくもりも表現して、イングラムは包帯をかぶった顔で笑った。

 車椅子のイングラムは、手足のギブスに寝間着という痛々しい出で立ちだ。イングラムの希望で、日が落ちてからふたりはこっそり、外の空気を吸うために病院を脱出した。

 暗い水平線で明かりをともすあのガレー船は、夜のイカ漁でもしているのだろうか。地球のように雑多な街灯のない空は満天の星に輝き、月には潮風の連れた薄雲がかかっている。ふたりの足もとをひっそり横ばいに通過していくのは、小さなカニのつがいだ。

 美しい景色をぼうっと眺めながら、ホシカは酔いしれた溜息をついた。

「きれい……」

「な? 来てよかったろ?」

「星ってこんなにキレイだったんだ。ちょっと前、落ちてきた星と正面からケンカしたときには想像もつかなかったぜ」

「落ちてきた? 隕石かなにかか?」

「うん」

「またからかおうとしてるだろ、俺を?」

「うそじゃないよ。テレポートってやつで、いきなりデカいのが降ってきやがったんだ」

 気難しげに星空を見上げて悩むと、イングラムはつぶやいた。

「さすが、きみらしいスケールの壮大な話だ。で、勝ったのか?」

「赤務市が無事ってことは、勝ったんだろうな。いや、引き分けかも? そのすぐあとあたしは、あんたと先生に次元のはざまから助けてもらったんだ」

「そうか、それできみは魔法少女の呪力の時間切れトラペゾヘドロンに……」

 はっと気づいた顔になって、ホシカはイングラムを見た。

「隕石とはなにかと縁がある。あのガラスの塔で、美須賀大付属のカッコした、ふしぎな隕石をあやつる女に助けてもらったぜ? たしか、エクスタシーの、イノウエ・サラ?」

 高等な数学式を解く学者の面持ちで、イングラムはホシカの間違いを訂正した。

「〝結果使いエフェクター〟の井踊静良いおどせら、のことだと思う」

「そうそう、そいつそいつ。あたしら以外にも召喚してたんだな?」

「彼女に関しては別口でね。ルリエに捕まっているとき、苦し紛れに赤務市へ門だけを開いて呪力のSOSを流していたら、彼女ひとりがぼくに気づいてくれた。勘違いで迷い込んできた、と本人は言っていたが」

「まだ幻夢境に?」

「いや、入ってきた門からそのまま帰ったよ。あの〝瞳の蒐集家ズシャコン〟とはまた別の強力なジュズの変異種〝白斑の黒体カレリョス〟を激闘のすえに倒してからね」

「そっかァ、残念だな。あいつには借りがあるから、ケスターのうまいメシでもおごってやりたかったのに」

「彼女もきみと同じ学校だ。地球に帰ればじきに会えるさ」

「地球に、ね」

 気づくとホシカは、靴と靴下を放ったらかして波打ち際に歩み寄っていた。はだしのホシカの足首にぶつかって泡立つのは、透き通った海水だ。濡れないようにスカートをたくし上げてひとり海遊びしながら、ホシカはささやいた。

「うひゃ、冷てえ……ちょっぴり、あたしの心も寒くなったぜ」

「無理するな、風邪ひくぞ?」

 さざ波にたたずみながら、ホシカはやや寂しげにイングラムを見つめ返した。

「風邪ひきそうだよ、あたしの心。あたしほんとは、地球になんか帰りたくない。ずっとここにいたいんだ……あんたと」

 背筋をぴんと伸ばして硬直したあと、イングラムは穏やかに首を振った。

「だめだ」

「邪魔? あたし?」

「そうじゃない。魔法少女には大切な仕事があるだろう。救って守ることだ。ジュズの脅威はまだ去ってはいない。今回は幻夢境を助けてもらった。つぎはきっと、きみは地球に必要とされる」

「そのときには召喚術で幻夢境から地球に逆輸入してもらう、ってのはどうだ?」

 左右の耳から交互に囁きかける天使と悪魔を、イングラムは拳を震わせて必死に説得した。悲鳴をあげる本音を意思の力で押し殺し、ホシカへ告げる。

「召喚術に頼ってはいけない。有事の際に、もし俺がなんらかの事情で〝案内スカウト〟の呪力を使えなかったらどうする? そう、たとえば重い病気とか、突発的な事故とかで?」

 そっぽを向くと、ホシカはちいさく海を蹴った。

「わかった。もういい。さっさと終わらせないとな、戦いを」

「その、ホシカ、ごめん。俺はべつに、きみを傷つけたくて言ってるわけじゃ……」

「いいさ。忘れてくれ」

 ホシカはじぶんの顔を、夢から覚ますように両手で打った。金粉のような美しい砂粒を足の裏から払い、イングラムへ引き返しながらうながす。

「さ、そろそろ帰ろっか?」

「うん……」

 青草のようにすれ違うふたりを、月光だけが見つめていた。
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