スウィートカース(Ⅵ):流星観測・井踊静良の結果往来

湯上 日澄(ゆがみ ひずみ)

文字の大きさ
13 / 32
第二話「発光」

「発光」(4)

しおりを挟む
 放課後……

 セラがおとずれたのは、いつもの上糸うえいと総合病院だった。

 頭に包帯を巻いたその女性は、ベッドに座ったまま、どこかさみしげに窓の雨を見つめている。病室に響いたのは、ひかえめなノックの音だ。

「失礼しま~す」

「だれ?」

井踊いおどといいます」

「いおど、いおど……知り合いだったかしら?」

「はい。入ってもいいですか、二合ふたあいさん?」

 うろんげな顔つきで、メグルの母親……二合理乃ふたあいりのは答えた。

「どうぞ」

「お邪魔します」

 入ってきた制服姿の少女に、リノは目を丸くした。

「あんたはたしか……セラちゃん?」

「はい、井踊静良いおどせらです。ちょっとお話いいですか、お母さん?」

 いきなりキラーパスでも放られたように硬直して、リノはその単語を反すうした。

「お、おかあ、さん?」

 カタコトになったリノへ、セラは困惑気味に首をかしげた。

「失礼しました。メグルくんからの呼び方は違いましたか?」

「いえ……母親と呼ばれるのが何年ぶりかわからなくてね。あ、どうぞ、座って」

「ありがとうございます」

 かたわらの席についたセラへ、リノは窮屈そうにつぶやいた。

「きょうは突然どうしたの、セラちゃん?」

「お母さんのお見舞いです」

「お見舞い? こんなダメ人間の?」

 リノの自虐に首を振ると、セラは抱えた果物の詰め合わせを示した。

「これ、つまらないものですが、ぼくの父からです。苦手なものはありますか?」

「いえ、ないわ。なんで見ず知らずのあたしなんかのために、あんたのお父さんが?」

「仲のいい同級生のお母さんが入院中なんです。友達として当然ですよ」

 流し台で手を洗うと、セラはさっそく果物ナイフを取り出した。なんの縁か、セラがこの親子にフルーツを振る舞う機会は多い。

 とれたての和梨なしをていねいに剥き始めたセラへ、リノは聞いた。

「なに? 話って?」

「メグルくんのことです」

「そう。うちの家庭事情は聞いてる?」

「すこしだけ。それより、お怪我の具合はいかがです?」

「まだちょっと目まいは残ってるけど、だいぶマシになったよ」

「それはなによりです」

「鎧武者っていうの? へんてこりんな幻覚を見たあげく病院送りになるなんて、アル中もここに極まれりだわ。ちょっと冷静になって振り返ると、いままでのじぶんのトチ狂いかげんに恥ずかしくなる」

「お好きなんですか、時代劇? お酒はほどほどに、ですよ」

 すっかりアルコールも抜け、リノはずいぶん人間らしい表情を取り戻している。側頭部をさすってケガの原因を思いあぐねるリノへ、セラはたずねた。

「メグルくんはお見舞いに?」

「来るわけないよ。あんな仕打ちを受けたんだ、もう親とも思ってないだろうさ」

「そんなことはないと思いますが……そうですか、ここにも来ていないと」

 表情をにごらせたセラへ、リノもふと察するところがあったらしい。一抹の不安を浮かべて問いかける。

「あいつは元気?」

「それが……」

 事の次第を、セラは打ち明けた。目を瞠ったのはリノだ。

「消えただって? メグルが? ここ数日、学校にも行ってないと?」

「はい……」

 あごに手をあて、リノは真剣な面持ちになった。

「いじめに耐えかねて、とかではなさそうだね。あいつはそんなに弱いタマじゃない」

「同感です。ここだけの話、彼、ケンカはかなり強いはずですよ。そんなメグルがきゅうに失踪する理由に関して、お母さん、なにか心当たりはありませんか?」

「可能性は……考えれば考えるほどある。なにせ普通の家庭環境じゃないから」

 ひとしきり悩み苦しんだすえ、リノはうつむいた。

「ごめんね、こんなダメ母で。見当もつかない。生真面目ぶったあいつが他の女なんかの家にしけ込むとはとても思えないし、第一、メグルはたぶんセラちゃんのことが……携帯電話には?」

「かけてみました。ですが何コールしても応答はありません。機敏な彼が、なぜとつぜん音信不通に?」

 几帳面に洗ってケースに納めた果物ナイフを、セラは険しい眼差しで見据えた。

「これはどこかの段階で、警察に相談する必要がありそうですね。どうぞ」

 きれいにカットした和梨を、セラはかわいく小皿に盛って差し出した。無下にするわけにもいかず、刺されたつま楊枝におずおずと手を伸ばしたのはリノだ。

 期待もせずにひと噛みした口の中には、おどろくほど爽やかな味が広がった。

「おいしい……」

「あの、お母さん?」

 心配げなセラの言葉を、リノは落ち込んだ声でさえぎった。

「母親なんて呼ばれる資格はないわ、あたしには。こんな緊急事態に、だいじな一人息子の居場所ひとつ思い当たりゃしない」

 自然と頬を伝う涙に、リノ自身も気づいていなかった。嗚咽に震えるその薄い肩に、やさしく添えられたのはセラの手だ。

「母親は〝資格〟などではありません。子どもが得た〝事実〟そのものだと思います」

「ほんとにいい彼女カノジョに出会えたわ、あのひねくれ坊主は」

「いえ、彼とぼくはそういう関係では……」

「セラちゃん」

 まっすぐセラを見返すリノの視線は、決然としていた。

「セラちゃん、まだまともに歩けないあたしに代わって、ひとつお願いしていい?」

「はい、なんでしょう?」

 戸棚からつまみあげた輝きを、リノはそっとセラに手渡した。

「これは……」

「うちのカギよ」

 膝元をおおう布団を親の仇のように睨みながら、リノは頼んだ。

「面倒かけるけど、家にあいつがいないか見てくれない? もしかしたら風呂場で足を滑らせでもして、頭を打って倒れてるかもしれないわ」

「かまいませんけど、こんな大切なものを預かっていいんですか? 素性の知れないぼくなんかが?」

 手のひらにカギを置いたままのセラへ、リノは苦笑してみせた。

「セラちゃんは正真正銘、いい子よ。それに盗られて困るものなんて、家には息子の命ぐらいしかいないわ」

「わかりました」

 イスから腰をあげると、セラはぺこりと頭を下げた。

「結果はまた、報告にきます」

 すみやかにドアノブに手をかけるセラを、リノは祈るような声で見送った。

「よろしくお願いします、メグルのこと……」

 その一部始終を眺める人影は、もよりのビルの屋上にあった。

「まだ〝墳丘の松明グレイイーグル〟が生きているとでも?」

 残念げに肩をすくめると、カサをさした人物はきびすを返した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる

仙道
ファンタジー
 気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。  この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。  俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。  オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。  腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。  俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。  こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。 12/23 HOT男性向け1位

詠唱? それ、気合を入れるためのおまじないですよね? ~勘違い貴族の規格外魔法譚~

Gaku
ファンタジー
「次の人生は、自由に走り回れる丈夫な体が欲しい」 病室で短い生涯を終えた僕、ガクの切実な願いは、神様のちょっとした(?)サービスで、とんでもなく盛大な形で叶えられた。 気がつけば、そこは剣と魔法が息づく異世界。貴族の三男として、念願の健康な体と、ついでに規格外の魔力を手に入れていた! これでようやく、平和で自堕落なスローライフが送れる――はずだった。 だが、僕には一つ、致命的な欠点があった。それは、この世界の魔法に関する常識が、綺麗さっぱりゼロだったこと。 皆が必死に唱える「詠唱」を、僕は「気合を入れるためのおまじない」だと勘違い。僕の魔法理論は、いつだって「体内のエネルギーを、ぐわーっと集めて、どーん!」。 その結果、 うっかり放った火の玉で、屋敷の壁に風穴を開けてしまう。 慌てて土魔法で修復すれば、なぜか元の壁より遥かに豪華絢爛な『匠の壁』が爆誕し、屋敷の新たな観光名所に。 「友達が欲しいな」と軽い気持ちで召喚魔法を使えば、天変地異の末に伝説の魔獣フェンリル(ただし、手のひらサイズの超絶可愛い子犬)を呼び出してしまう始末。 僕はただ、健康な体でのんびり暮らしたいだけなのに! 行く先々で無自覚に「やりすぎ」てしまい、気づけば周囲からは「無詠唱の暴君」「歩く災害」など、実に不名誉なあだ名で呼ばれるようになっていた……。 そんな僕が、ついに魔法学園へ入学! 当然のように入学試験では的を“消滅”させて試験官を絶句させ、「関わってはいけないヤバい奴」として輝かしい孤立生活をスタート! しかし、そんな規格外な僕に興味を持つ、二人の変わり者が現れた。 魔法の真理を探求する理論オタクの「レオ」と、強者との戦いを求める猪突猛進な武闘派女子の「アンナ」。 この二人との出会いが、モノクロだった僕の世界を、一気に鮮やかな色に変えていく――! 勘違いと無自覚チートで、知らず知らずのうちに世界を震撼させる! 腹筋崩壊のドタバタコメディを軸に、個性的な仲間たちとの友情、そして、世界の謎に迫る大冒険が、今、始まる!

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

処理中です...