スウィートカース(Ⅵ):流星観測・井踊静良の結果往来

湯上 日澄(ゆがみ ひずみ)

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第三話「通過」

「通過」(4)

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 今夜は保健室に、看護師の片野透子かたのとうこはいなかった。

 もう仕事を切り上げて帰ったのだろう。

 手近なベッドに、セラはヒュプノスを寝かせた。救急ボックスを持って戻る。

「ごめんね、ちょっと服をまくるよ」

 ヒュプノスの衣服をずらし、セラはぽかんとなった。

 蠱惑的なその痩身に走っていたはずの深い傷は、すでに映像を逆再生するかのように塞がりつつある。顔や、その他の負傷も同じだ。

「これは……」

 とまどうセラへ、ヒュプノスは答えた。

「ナノマシン〝疑似水呪ウンディーネ〟の治癒能力だ」

「なんだかよくわからないけど、すごい。大怪我をしてると思ったのは、ぼくの取り越し苦労だったらしいね」

「そんなことはない」

 ずたずたになった着衣を、ヒュプノスはサンプルの学生服に着替えていった。無人の購買所から、セラがこっそり拝借してきたものだ。

「おまえがあの場で組織ファイアからかばってくれなければ、我は確実に破壊されていただろう」

組織ファイア? 組織の構成員なの、あのひとたち?」

「ああ。おまえが時間をかせいでくれたおかげで、機体を自己修復することができた。未来を代表して礼をいう」

「そんな大げさな。ぼくはなにもしてないよ」

「そういった現代人の好意に触れ、なおさら我は思う。やはりこの世界へのホーリーの侵略は阻止すべきだと。人々や自然を守るべきだと。さしあたって、我はまずなにをしたらいい?」

 救急箱をおいてイスに腰掛けると、セラは頭をひねった。

「とりあえず、最初は殺人犯の情報収集だね。ところでヒュプノス、きみは機械? それとも異星人?」

「想像の中間ていどと考えればいい。我らジュズは人間でなければ、人型自律兵器アンドロイドとも強化人間サイボーグともちがう」

「へえ~」

 物珍しげに、セラはヒュプノスをながめた。こうしてありふれた制服を着せても、その容姿はなお見目麗しい。

「ジュズっていうのは、お腹はすく?」

「すく。我らの食餌サイクルは、おまえたち生物とさして変わらない。おまえたちの栄養摂取能力は、宇宙全体を見渡してももっとも効率的なシステムのひとつだ」

「いまはすいてる? お腹?」

 じぶんの薄い腹部を、ヒュプノスはさすった。

「そういえば、すいているかもしれん。現代に来てからほとんどなにも口にしていないな」

「ふだんはなに食べてるの?」

 なぜかヒュプノスは顔をしかめた。

「とても言えない。食べるというよりは、仲間と同じようにむりやり摂取させられていた」

「とんでもないね。ガチョウやアヒルのフォアグラじゃあるまいし。好き嫌いはある?」

「しいていえば、野菜が好みだ」

「ちょうどいい。お食事にご招待するよ。ちょっと待ってね」

 引き抜いた携帯電話から、セラはどこかへ連絡をとった。

 電話の着信音は、保健室のすぐ前で鳴ったではないか。

 ヒュプノスが動くのは突然だった。

「ナノマシン弾倉変更カートリッジリバイス! プロトコル(A)〝疑似地呪ノーム〟!」

 ヒュプノスの言葉と同時に、いきなり床へ亀裂が走った。たちまち盛り上がった地面は、瞬間的に土の壁を形成している。その呪力の盾が防いだのは、鋭い刃の軌跡だ。

「なに!?」

 騒々しく席を立つや、セラは見た。

 積み木のように切り裂かれた扉のむこう、鳴動する電話を片手にたたずむ長身の人影を。

 木っ端微塵になって舞い散る破片を縫い、セラは慄然と襲撃者の正体を呼んだ。

「そんな、どうしてあなたが……どうして!? 先生!?」

 倉糸壮馬くらいとそうま……
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