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第二話「検索」
「検索」(13)
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上糸総合病院の廊下で、ひそひそ井戸端会議を開くのは看護師たちだった。
「ミコちゃんだっけ。さいきんほんと献身的よね、褪奈さんのお世話」
「見て、あのひたむきさ。ほんと涙腺が刺激されるわ。あたしたちの仕事をほとんど肩代わりしてくれてる」
「どこであんなていねいな介護を勉強したのかしら」
「なんであそこまで頑張れるのかな。っていうかいつ睡眠とってるの?」
「あのあきらめない姿勢、あたしらも見習わなくちゃ……むなしくならないのかしら?」
「そうよね。もしかしてミコちゃんの彼氏、なのかしら? 褪奈さんが全身麻痺から立ち直る可能性は、限りなくゼロに近いのに」
「あ、まずい、苛野先生だ。さ、仕事仕事」
きょうもすべての取り替えが終わり、ミコは換気のために窓をあけた。
そよ風が、制服といっしょに髪をなびかせる。ミコのガラス玉の瞳は、紫がかる夕暮れの景色を遠く映していた。
かすかな反応を訴えたのは、ミコの呪力センサーだ。そばのベッドに寝るヒデトからの伝言だった。
〈いっしょにお風呂に入ろうぜ〉
ミコは眉をひそめた。
「さっき入ったじゃないですか」
〈ちがう。ひとつの浴槽に、ふたりだ。ただ脱がされて洗われるだけの恥じらいの日々はもうごめんだぜ〉
かたわらのイスに座ると、ミコはかすかにため息をついた。宇宙空間でも活動ができるマタドールにとっては、擬似的な動作にしかすぎない。肩にもたれかけた長刀は、鞘に納まったこの状態であれば、一般人の目からはただの鉄の棒だ。
ミコはほほえんだ。
「考えておきます。ヒデトが私の服を脱がせられる状態まで回復してから、の話ですが」
〈ひょう、たまんねえ。って、おまえいま、ジョークを言ったのか? あの冷静沈着なタイプS様が「はい」「いいえ」いがいの答えを?〉
「あなたの知る黒野美湖は、ちゃんと機械のままなんですね。それに比べて、こちら側の私とくれば。さいきん、AIにときどき浮かぶこの不思議で曖昧なプログラム。正直なところ戸惑っていますし、恥ずかしくも思っています」
〈悩んでるな。そっか。こっちの俺は、ちゃんとおまえの性格を選んだんだな〉
「いえ、そういうわけでは……」
〈脱がすうんぬんの話、忘れるなよ?〉
「もう、あいかわらずですね。回復したころには、忘れてるかもしれませんよ?」
〈回復、か。気の長い話だな〉
「気長にリハビリしましょう。十数年前、さいしょに出会ったときもそうだったじゃないですか」
〈そうだな。夜中、何回トイレまでついてきてもらったっけ?〉
「タブーじゃありませんでしたか、その話?」
ふたりは笑いあった。傍目には、ミコが人事不省のヒデトに一方的に語りかけているようにしか見えない。静寂に、生命維持装置の音だけが繰り返し響いている。
〈ところで、ミコ。さいきんずっとここにいるな。いいいのか、組織の仕事は?〉
「ここにいるのが仕事です。ヒデトの護衛と監視、そしてサポート」
〈しんどくならないか?〉
「なりません。私は機械ですから」
〈……そろそろ聞かせてくれよ、こっちの世界の俺の話を〉
「こっち? あちらもこちらもありません。ヒデトは、ここにいるただひとり」
〈そうやってごまかすとこが、また人間臭い。ちらっと聞いたぜ。俺が召喚士の〝セレファイス〟にあっちの世界から転送されたとたん、こっちの俺はふっと消えたんだってな?〉
「消え……」
そう。
あの学校帰りの曲がり角で、ミコは応急処置のセットを買ってすぐに戻るはずだった。
〝ここで待ってるぜ〟
〝忘れてなんかいませんよ。私たちは……〟
〈ミコ〉
「はい」
ヒデトの呼び声に、ミコは思い出の水底から浮上した。
ヒデトの提案は、こんな内容だ。
〈スイッチを切ってくれ。そこの生命維持装置のスイッチを〉
ミコは目をむいた。
「なにを言い出すんですか、とつぜん。怒りますよ?」
〈こっちの世界の組織に情報提供だ。召喚士の捜査に関しちゃ、俺の世界のほうがちょっとだけ進んでたらしい。じっさい奴は、じぶんの故郷の異世界と、あちこちの似たような平行世界を世変装置で飛び回ってた。細かい調査の結果、俺のほうの世界でもなんどか同じような法則は確認されてる〉
「法則、とは?」
〈かんたんなことさ。ひとつの世界に、おなじ人間はひとりしか存在できない〉
「……つまり?」
〈俺が消えれば、俺が帰ってくる。本来おまえといたはずの俺が、ここに〉
長刀を寂しげに抱いたまま、ミコはうなだれた。
「つらくなりましたか、生きるのが? やはり不十分だったんですね、私の力では」
〈いや、十分さ。バチがあたるほど幸せだ。なにより、生きてるおまえを見られてほんとによかった〉
「ではなぜ……!」
〈俺も、もといた世界におまえを残したままだ。俺も帰らないと、おまえのところへ〉
「そんなにたくさんいませんよ、私は。私は、いまここにいる私ひとりだけです」
〈はやく戻してやってくれ、本物の俺を〉
「できません」
〈世界のスイッチはいったん切れるだけだ。またすぐにもとに戻る。さあ、ミコ……〉
それまで発したことのない怒声とともに、ミコの手は長刀の柄へ走った。
機体の旋回とともに抜刀、それを超高速で投擲……
投じられた白刃に正確に射抜かれ、窓の外、飛来した砲弾は夜空で爆発した。
「ミコちゃんだっけ。さいきんほんと献身的よね、褪奈さんのお世話」
「見て、あのひたむきさ。ほんと涙腺が刺激されるわ。あたしたちの仕事をほとんど肩代わりしてくれてる」
「どこであんなていねいな介護を勉強したのかしら」
「なんであそこまで頑張れるのかな。っていうかいつ睡眠とってるの?」
「あのあきらめない姿勢、あたしらも見習わなくちゃ……むなしくならないのかしら?」
「そうよね。もしかしてミコちゃんの彼氏、なのかしら? 褪奈さんが全身麻痺から立ち直る可能性は、限りなくゼロに近いのに」
「あ、まずい、苛野先生だ。さ、仕事仕事」
きょうもすべての取り替えが終わり、ミコは換気のために窓をあけた。
そよ風が、制服といっしょに髪をなびかせる。ミコのガラス玉の瞳は、紫がかる夕暮れの景色を遠く映していた。
かすかな反応を訴えたのは、ミコの呪力センサーだ。そばのベッドに寝るヒデトからの伝言だった。
〈いっしょにお風呂に入ろうぜ〉
ミコは眉をひそめた。
「さっき入ったじゃないですか」
〈ちがう。ひとつの浴槽に、ふたりだ。ただ脱がされて洗われるだけの恥じらいの日々はもうごめんだぜ〉
かたわらのイスに座ると、ミコはかすかにため息をついた。宇宙空間でも活動ができるマタドールにとっては、擬似的な動作にしかすぎない。肩にもたれかけた長刀は、鞘に納まったこの状態であれば、一般人の目からはただの鉄の棒だ。
ミコはほほえんだ。
「考えておきます。ヒデトが私の服を脱がせられる状態まで回復してから、の話ですが」
〈ひょう、たまんねえ。って、おまえいま、ジョークを言ったのか? あの冷静沈着なタイプS様が「はい」「いいえ」いがいの答えを?〉
「あなたの知る黒野美湖は、ちゃんと機械のままなんですね。それに比べて、こちら側の私とくれば。さいきん、AIにときどき浮かぶこの不思議で曖昧なプログラム。正直なところ戸惑っていますし、恥ずかしくも思っています」
〈悩んでるな。そっか。こっちの俺は、ちゃんとおまえの性格を選んだんだな〉
「いえ、そういうわけでは……」
〈脱がすうんぬんの話、忘れるなよ?〉
「もう、あいかわらずですね。回復したころには、忘れてるかもしれませんよ?」
〈回復、か。気の長い話だな〉
「気長にリハビリしましょう。十数年前、さいしょに出会ったときもそうだったじゃないですか」
〈そうだな。夜中、何回トイレまでついてきてもらったっけ?〉
「タブーじゃありませんでしたか、その話?」
ふたりは笑いあった。傍目には、ミコが人事不省のヒデトに一方的に語りかけているようにしか見えない。静寂に、生命維持装置の音だけが繰り返し響いている。
〈ところで、ミコ。さいきんずっとここにいるな。いいいのか、組織の仕事は?〉
「ここにいるのが仕事です。ヒデトの護衛と監視、そしてサポート」
〈しんどくならないか?〉
「なりません。私は機械ですから」
〈……そろそろ聞かせてくれよ、こっちの世界の俺の話を〉
「こっち? あちらもこちらもありません。ヒデトは、ここにいるただひとり」
〈そうやってごまかすとこが、また人間臭い。ちらっと聞いたぜ。俺が召喚士の〝セレファイス〟にあっちの世界から転送されたとたん、こっちの俺はふっと消えたんだってな?〉
「消え……」
そう。
あの学校帰りの曲がり角で、ミコは応急処置のセットを買ってすぐに戻るはずだった。
〝ここで待ってるぜ〟
〝忘れてなんかいませんよ。私たちは……〟
〈ミコ〉
「はい」
ヒデトの呼び声に、ミコは思い出の水底から浮上した。
ヒデトの提案は、こんな内容だ。
〈スイッチを切ってくれ。そこの生命維持装置のスイッチを〉
ミコは目をむいた。
「なにを言い出すんですか、とつぜん。怒りますよ?」
〈こっちの世界の組織に情報提供だ。召喚士の捜査に関しちゃ、俺の世界のほうがちょっとだけ進んでたらしい。じっさい奴は、じぶんの故郷の異世界と、あちこちの似たような平行世界を世変装置で飛び回ってた。細かい調査の結果、俺のほうの世界でもなんどか同じような法則は確認されてる〉
「法則、とは?」
〈かんたんなことさ。ひとつの世界に、おなじ人間はひとりしか存在できない〉
「……つまり?」
〈俺が消えれば、俺が帰ってくる。本来おまえといたはずの俺が、ここに〉
長刀を寂しげに抱いたまま、ミコはうなだれた。
「つらくなりましたか、生きるのが? やはり不十分だったんですね、私の力では」
〈いや、十分さ。バチがあたるほど幸せだ。なにより、生きてるおまえを見られてほんとによかった〉
「ではなぜ……!」
〈俺も、もといた世界におまえを残したままだ。俺も帰らないと、おまえのところへ〉
「そんなにたくさんいませんよ、私は。私は、いまここにいる私ひとりだけです」
〈はやく戻してやってくれ、本物の俺を〉
「できません」
〈世界のスイッチはいったん切れるだけだ。またすぐにもとに戻る。さあ、ミコ……〉
それまで発したことのない怒声とともに、ミコの手は長刀の柄へ走った。
機体の旋回とともに抜刀、それを超高速で投擲……
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