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第四話「棺桶」
「棺桶」(8)
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同時刻……
ここは異世界の幻夢境、首都セレファイス。
街角の薄暗い地下に居を構えるのは、召喚士メネス・アタールの魔術工房だった。
研究室の中央に、ひっそりとそれは咲いている。まるで腑分けされたように寝台で花開くのは、多くの可動箇所を有する奇怪な金属製の物体だ。
謎めいた鉄塊の内外では、いまもメネスが複雑な作業を行っていた。青年の両手に呪力の魔法陣が回転するのは、それが神秘の手術と儀式だからだ。
金属物の所定の位置に、メネスは見覚えのある装飾品を慎重に分解しては装着していった。おお。それこそはシャードの指輪にイヤリング、メガネにネックレスの面影ではないか。現実世界に派遣したルリエが、命がけで集めて転送してきた品々だ。
寝台の〝新兵器〟には、じつに多くの技術が導入されている。幻夢境の古来の魔法はもとより、地球の最新鋭の科学力、さらにはどちらでもない遠い未来の超技術もだ。
その材質を構成するのは、イレク・ヴァドの戦場から回収した〝ジュズ〟の装甲にほかならない。あの狂暴な機械獣の表皮を採取して加工するのに、いったい幾千幾万の失敗を繰り返したことか。
おまけに、あるときを境にメネスは〝人間の感情〟に極めて近い概念を生み出すことにも成功していた。そのヒントは、現実から異世界に持ち込まれた特殊な電子ウィルスにある。
ある限定された条件下で特定の呪力を浴びることにより、その非物理ウィルスがごくまれに〝人の心〟に酷似した電気信号を示すことが判明したのだ。だがその反応は著しく再現性が低く、メネスの試行錯誤はこれも完成まで血の滲むような回数にのぼった。魂の獲得は決してたやすくはない。
新兵器にシャードだった呪具の搭載を済ませ、メネスは額の汗をぬぐった。
「自然牙、偏向皮、千里眼、命重装……これでよし、と。ホーリーの動きを追った緊急の製造だったが、なんとか間に合ったな。呪力と電力を消耗しすぎる部分には改良の余地ありだが、フル稼働でも数秒間は強力な魔法少女になれるだろう。星々のものは人型自律兵器を食わない、食えない。チームの最後の応援要員だ」
意味深な独白とともに仕上げに移りかけ、メネスはぴたりと止まった。
「ん? なんだかやけに外が騒々しいな?」
耳を澄ませば、表通りからは都民のざわめきが聞こえる。やや異質な言葉の内訳は、こんなところだ。
神が現れた。天罰だ。たたりだ。なんだ、あの空の色は。
思わず息を飲んで、メネスは明かり取り用の天窓からカーテンを引いた。
「まさか……!」
その日、世界中が観測した。
多かれ少なかれ汚れた〝大気〟が嘘のようにいきなり浄化されるのを。
人や動物の吸う空気が、惑星の原初に等しい清潔さを取り戻したのだ。
生活の工業化が完全に呪力の発展と置き換わった幻夢境でさえ、空の色や風の匂いがこれだけ違ってしまっている。では環境汚染がひどい地球ならどうか?
あわてて、メネスはかたわらの携帯電話のテレビをつけた。召喚術の応用で、これには世界を隔てた情報でも届く。
案の定、地球のニュースも大変なことになっていた。この奇跡の現象を素直に認められず、各国の環境会議は原因の究明に躍起になり、負債をリセットされた悪質な工業は喜び勇んで汚染物の排出を加速させ、終末論をとなえる群衆は運命にあらがうように暴動を起こしている。パニックの一言だ。
不気味なほど澄み渡った大気を憎らしいもののように嗅ぎ、メネスはうめいた。
「この呪力の香り……とうとうホーリーの浄化が始まったか。いったい、カラミティハニーズのだれが倒された?」
強く握りしめられた異世界電話は、メネスの手の中で報道をわめきつつ軋んだ。
「つぎにホーリーが粛清するのは大地と海と文明、そして……未来戦争の根源である全世界の呪力使いだ。滅亡まで、あとどれくらい時間は残されている?」
掌に浮かべた幻の魔法陣を、メネスは旋回させた。
それを合図に、工房の暗闇に響いたのは微細な金属音だ。全面展開されていた寝台の鉄花は、シャードの数々を飲み込んで収納状態に変形している。
すべてを閉じ終えた星外複合金属の怪物は、やがて眠れる美少女の姿と化した。その可憐な身がまとうのは、美須賀大付属の制服だ。
最新・最強の対未来型アンドロイド……マタドールシステム・タイプF91〝赤竜〟
「ふたたび運命は託したぞ、フィア」
静かに目覚めたフィアの瞳は、深い輝きを放った。
江藤詩鶴たちは帰ってくる……
【スウィートカース・シリーズ続編はこちら】
https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/174069043
ここは異世界の幻夢境、首都セレファイス。
街角の薄暗い地下に居を構えるのは、召喚士メネス・アタールの魔術工房だった。
研究室の中央に、ひっそりとそれは咲いている。まるで腑分けされたように寝台で花開くのは、多くの可動箇所を有する奇怪な金属製の物体だ。
謎めいた鉄塊の内外では、いまもメネスが複雑な作業を行っていた。青年の両手に呪力の魔法陣が回転するのは、それが神秘の手術と儀式だからだ。
金属物の所定の位置に、メネスは見覚えのある装飾品を慎重に分解しては装着していった。おお。それこそはシャードの指輪にイヤリング、メガネにネックレスの面影ではないか。現実世界に派遣したルリエが、命がけで集めて転送してきた品々だ。
寝台の〝新兵器〟には、じつに多くの技術が導入されている。幻夢境の古来の魔法はもとより、地球の最新鋭の科学力、さらにはどちらでもない遠い未来の超技術もだ。
その材質を構成するのは、イレク・ヴァドの戦場から回収した〝ジュズ〟の装甲にほかならない。あの狂暴な機械獣の表皮を採取して加工するのに、いったい幾千幾万の失敗を繰り返したことか。
おまけに、あるときを境にメネスは〝人間の感情〟に極めて近い概念を生み出すことにも成功していた。そのヒントは、現実から異世界に持ち込まれた特殊な電子ウィルスにある。
ある限定された条件下で特定の呪力を浴びることにより、その非物理ウィルスがごくまれに〝人の心〟に酷似した電気信号を示すことが判明したのだ。だがその反応は著しく再現性が低く、メネスの試行錯誤はこれも完成まで血の滲むような回数にのぼった。魂の獲得は決してたやすくはない。
新兵器にシャードだった呪具の搭載を済ませ、メネスは額の汗をぬぐった。
「自然牙、偏向皮、千里眼、命重装……これでよし、と。ホーリーの動きを追った緊急の製造だったが、なんとか間に合ったな。呪力と電力を消耗しすぎる部分には改良の余地ありだが、フル稼働でも数秒間は強力な魔法少女になれるだろう。星々のものは人型自律兵器を食わない、食えない。チームの最後の応援要員だ」
意味深な独白とともに仕上げに移りかけ、メネスはぴたりと止まった。
「ん? なんだかやけに外が騒々しいな?」
耳を澄ませば、表通りからは都民のざわめきが聞こえる。やや異質な言葉の内訳は、こんなところだ。
神が現れた。天罰だ。たたりだ。なんだ、あの空の色は。
思わず息を飲んで、メネスは明かり取り用の天窓からカーテンを引いた。
「まさか……!」
その日、世界中が観測した。
多かれ少なかれ汚れた〝大気〟が嘘のようにいきなり浄化されるのを。
人や動物の吸う空気が、惑星の原初に等しい清潔さを取り戻したのだ。
生活の工業化が完全に呪力の発展と置き換わった幻夢境でさえ、空の色や風の匂いがこれだけ違ってしまっている。では環境汚染がひどい地球ならどうか?
あわてて、メネスはかたわらの携帯電話のテレビをつけた。召喚術の応用で、これには世界を隔てた情報でも届く。
案の定、地球のニュースも大変なことになっていた。この奇跡の現象を素直に認められず、各国の環境会議は原因の究明に躍起になり、負債をリセットされた悪質な工業は喜び勇んで汚染物の排出を加速させ、終末論をとなえる群衆は運命にあらがうように暴動を起こしている。パニックの一言だ。
不気味なほど澄み渡った大気を憎らしいもののように嗅ぎ、メネスはうめいた。
「この呪力の香り……とうとうホーリーの浄化が始まったか。いったい、カラミティハニーズのだれが倒された?」
強く握りしめられた異世界電話は、メネスの手の中で報道をわめきつつ軋んだ。
「つぎにホーリーが粛清するのは大地と海と文明、そして……未来戦争の根源である全世界の呪力使いだ。滅亡まで、あとどれくらい時間は残されている?」
掌に浮かべた幻の魔法陣を、メネスは旋回させた。
それを合図に、工房の暗闇に響いたのは微細な金属音だ。全面展開されていた寝台の鉄花は、シャードの数々を飲み込んで収納状態に変形している。
すべてを閉じ終えた星外複合金属の怪物は、やがて眠れる美少女の姿と化した。その可憐な身がまとうのは、美須賀大付属の制服だ。
最新・最強の対未来型アンドロイド……マタドールシステム・タイプF91〝赤竜〟
「ふたたび運命は託したぞ、フィア」
静かに目覚めたフィアの瞳は、深い輝きを放った。
江藤詩鶴たちは帰ってくる……
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