スウィートカース(Ⅸ):ファイア・ホーリーナイト

湯上 日澄(ゆがみ ひずみ)

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第一話「雪球」

「雪球」(7)

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 中折れ帽の上にサングラスを乗っけると、ロックは目を細めた。

 陽の光がまぶしい。

 太陽?

 もちろんニセモノだった。シェルター都市の天井に投映される人工の太陽は、輝度・熱量ともに本物そっくりに設計されている。この惑星がまだ生きていた時代そっくりにだ。

 恐竜より往生際が悪いわりには、人類はそんな些細な違いは見逃さない。ときどき上を向いたかと思いきや、市民の瞳には模造品に対する失望だけが浮かび、しまいには俯いて歩くようになった。

 ロックが呼んだのは、だれの名前だったろう。

「バーニー・ジョンストン?」

 ロックが視線を凝らす先、その指がつまむのは透明の証拠品袋だった。

 中に入った金属製の認識票ドッグタグは、ところどころ黒く焼け焦げてはいるものの、表面に刻まれた内容はかろうじて判別できる。いまロックが口にしたのも、そこに記された見知らぬ軍人の名前だ。そのままロックは、ドッグタグの詳細を読み上げた。

「生年月日、十二月十二日。性別、男。血液型、B。所属、エワイオ空軍基地……エワイオだって? この基地じゃん?」

 となりでむっつり頬杖をつくウォルターへ、ロックは興味津々に問いかけた。

「これを持ってたのは本当に、その、最終防壁の手前で見つかったって言う焼死体なのかい、ダンナ?」

「そうとも。ドッグタグの外身を軽くクリーニングしてみりゃ、浮かび上がったのはそのジョンストン少尉の名前だ。俺がこんな辺ぴな片田舎に参上した理由もそれよ」

「ところでさ、死体を焼いた炎の燃料はなんだ? 触っても大丈夫なの、これ?」

「安心しな。そいつからは、細菌のさの字も検出されずじまいさ。だがなんでだ? 科捜研の連中が念入りに、核融合炉のプールだって泳げそうな重武装をしてたのは?」

「さて、ね? なかなか難しい話題だ。ただピクニックに来ただけの神父の俺には」

 タバコの先端で、ロックはおざなりに十字を切った。口にくわえて火をつける。ライターの火力は常に最大だ。ウォルターの薄い髪にからんだ枯れ葉を、面白半分に取り除きながらロックはたずねた。

「クリーニングに出したら、その服も? えらく泥まみれだぜ?」

「毎度毎度しらっばくれやがって。俺を地べたに張り倒して、ダンスパーティに出れなくしたのはどこの組織の殺し屋だ? おまけにそのドッグタグを持ってた焼死体を、VIP待遇で横取りするときた。ええ、ファイアのエージェントさんよ?」

 血走ったウォルターの眼差しは、ロックを憎らしげに横目にした。

 基地の防護柵にもたれたまま、ロックはぼうっと青空の飛行機雲を眺めている。平和な景色を邪魔するあの砂嵐ノイズは、シェルターの故障部分である〝虫食い穴〟だ。くわえたタバコから紫煙を漂わせ、ロックは独りごちた。

「それを〝覚えて〟るのか、ダンナ。刑事ひとりの記憶もろくに消せないとは、組織の科学力ってやつもヤキが回ったな」

「あん? 挑発なら受けて立つぞ、フォーリング?」

「とんでもない、忘れてくれ。しかし腹立たしいぜ。その、大事な証拠の焼死体を掠め盗ったっちゅう連中。まるで警察みたいなハイエナっぷりだ」

 腕組みしたまま、ロックはさも同情するように頷いた。

 丘にそって延々と続く金網の向こう、巨大な基地の格納庫のまわりでは、筋骨たくましい迷彩服の集団が汗を散らしてジョギングしている。十人ばかり横並びになって腕立て伏せを繰り返す新米たち、書類片手に戦闘機を慎重に点検する整備兵等々……ロックから奪い取った双眼鏡で、それらを穴が空くほど注視しつつウォルターはつぶやいた。

「ここへ来る前に、エワイオ空軍基地の職員名簿を洗った」

「へえ。そこに載ってたのかい、ジョンストン少尉の名前は?」

「あるにはあった。しかしその記録の最後に押されてた判が、これまた妙でな。〝行方不明MIA〟の一文字だ」

「雇い主のエワイオ空軍基地そのものが、ジョンストンの足取りを見失ってると?」

 タバコの煙を吹きながら、ロックは耳のうしろを掻いた。

 この基地との接触を疑われるUFOが、たまたま墜落した現場にて、不審な焼死体が発見される。その変死体は偶然にも、うわさの基地に所属する軍人だった?

 おかしい。いくら現実離れした思考回路のアーモンドアイでも、今回に限ってはドジを踏みすぎだ。次から次へと、痕跡が溢れ出してくる。なんらかの罠か?

 ロックの眉間に寄った懊悩のシワは、ウォルターをいくぶんか満足させた。

「どうしたフォーリング。怖い顔してるな。ここらで話はやめとこうか? ふだんアメーバ並に考えることをしないエセ神父が、知恵熱を出す前に?」

「気遣いをありがとよ。だがさいわい俺の目の前にゃ、ストレスでハゲたときに効く育毛剤を紹介してくれる先輩がいる。話を続けてくれ、ダンナ」

「ちッ、減らず口が。じゃあ次は、エワイオ空軍基地が、ジョンストン少尉の記録を書き換えたタイミングについてだ」

「なんか怪しいとこでも?」

「怪しいとか不思議なんつうレベルじゃねえ。エワイオ空軍基地のだれかがジョンストンの人生を〝行方不明〟の一文字で封じたタイミングは、あの時刻とほとんど一致してる」

「あの時刻?」

「ヒノラ森林公園の天井あたりからデカい爆発音が聞こえると同時に、足もとの数百ブロックが最終防壁ごと豪快に大停電を起こして、その付近でおかしな発光体と〝数珠状の巨人〟が目撃された三月七日のあの夜とな。今回の件が、崩れ落ちてきたシェルターの破片にジョンストンが下敷きになっただけの事故だとしても、これだけ奇天烈な現象が重なってんだ。なのに……」

「基地の連中はなんて?」

「どんだけ捜査協力を申し入れても、基地責任者のアンドリュー・マイルズ大佐からの答えは〝警察に一任する〟の一点張りだ。冷たいよなァ。ちょっと前まで部下だった人間が消し炭になって死んで、その右腕まできれいにぶった切られた有様で見つかったって言うのにさ」

「ちょっと待てよ。それじゃまるでジョンストン自身が、そのとき基地に電話したみたいだ。じぶんの死んだことを。死人にも定期報告させるとは、救えねえほど形式張った世の中だぜ。はは」

 のんきにロックは笑った。

 その実、神父の瞳は、自然に灰になって散るタバコすら見ていない。

 ジュズ? ちぎれた右腕?

 つむられたロックの瞼によぎったのは、あの三月七日の晩の光景だ。

 熱線であちこちを焼くアーモンドアイ、そのパワードスーツを瞬時に撃ち破る電磁加速砲……とどめに撃墜されるとも知らず、あわててUFOで逃げた生き残りのジュズも、たしか機体の右半身を失っていた。考えられるのはひとつだ。

 UFOを操縦していたのはバーニー・ジョンストンだった?

「いや、いくらなんでもな……」

 外した中折れ帽の鍔を、ロックは悩ましげにこねくり回した。

 警察に回収されたのがアーモンドアイの死骸であれば、騒ぎはこんなものでは済まなかったはずだ。誤認などとても考えられない。地球人と宇宙人の形態の違いは、たとえ真っ黒焦げに炭化しても一目でわかる。強奪したジョンストンの焼死体を組織の施設に運び込んだメドーヤ課長も、いまごろは収穫のなさのあまりケーキでもやけ食いしているに違いない。

(調査は手詰まり、か……)

 胸中で嘆いたロックへ、恫喝気味に唸ったのはウォルターだった。

「フォーリング。極秘中の極秘の情報を、俺がここまで漏らしたのは他でもねえ。世間知らずの後輩……エマは、まだ右も左もわからねえあいつは、なんでてめえら組織ファイアに病院送りにされた?」

「さあ、なんのことだい?」

「とにかく俺は知りてえんだ。てめえらはどこまで事件の全容を掴んでる? もしかしてとっくの昔に解決済みか? てめえらが掻っ攫ってったジョンストンの焼死体のいったいどこに、警察を襲撃するまでの価値があるってんだよ?」

 珍しく、ウォルターの口調には切実な響きがあった。

 腐れ縁とはいえエマ・ブリッジスは娘ほど歳の離れた可愛い後輩だ。ロックとの会話に憤りがたっぷりだったのにも、そういった理由がある。

 タバコの吸殻を踏み消しつつ、ロックは意味深な笑みを浮かべた。

「目覚めのキスでもするか、死体に」

 かんだかいブレーキ音が、野原をつんざいたのはそのときだった。

 弾かれたように、ロックとウォルターは振り返っている。草丘の道路に停まるのは、複数台の軍用ジープだ。そのドアが蹴り開けられるや、多くの警備兵がなだれを打って降りてくる。

 よく使い慣れた動きで自動小銃アサルトライフルを担ぎ、リーダーとおぼしき迷彩服の巨漢は吠えた。

 「そこの二人ッ! ここは軍の敷地だ! 身分証の提示を!」

 ロックとウォルターは、お互い顔を見合わせた。それから二人、揃いも揃って全身のポケットを叩く。そうまで探さなくとも、免許証の一枚ぐらいは見つかるだろうに。

 先に答えたのは、禿頭の中年男のほうだった。

「こういう者だ」

 鷲印を彫刻したサーコア市警察S・K・P・Dのバッジが、ウォルターの掌で太陽を反射した。

「こっちはこういう者ね」

 と、チェーンの先の十字架をくるくる回しながら、ロックは薄っぺらい聖書で顔をあおいだ。警備兵は、ますます怪訝な面持ちになっている。

「警察に教会……不吉な組み合わせだ。近所で人死にでもあったか?」

 なにくわぬ表情で返事したのはロックだ。

「おっしゃるとおりさ。数日前にここで〝殺された〟カメラマンの魂を、ちょっくら鎮めによ。神父が供養に来てなにが悪い。な、刑事さん?」

 いっせいに皆の視線が集まった先、ウォルターは口ごもった。

「そ、そりゃまあ、警察の大事な仕事だぜ、現場検証も」

「検証だと? そんなものは、政府の手によってとうに終わっている。さっきから双眼鏡でうちの基地を覗き見しているが、迷惑だぞ。用がないなら即刻退去しろ。ふたりともだ」

 横柄な態度を崩さず、警備兵は顎で帰り道を示した。

 キャリバー機関銃の銃座についた隊員からは見えないように、ロックを回れ右させたのはウォルターだ。むりやり広げたロックの手に、ウォルターはごつい掌を重ねた。

「お。わかってんじゃん、ダンナ♪」

 嬉しげに笑うと、ロックは握り拳を開いた。そこには、しわくちゃの一万フール札が乗せられている。ひきつった笑顔で、ウォルターは催促した。

「とりあえず場所を変えよう。しっかり歌ってくれよ、ありがたい賛美歌を。政府の闇の情報を。俺はてめえに賭けてんだ」

「OK!」

 肺に空気を溜めるや、ロックは一万フール札で思いきり鼻をかんだ。あっという間に紙飛行機に折ったそれを、唖然とするウォルターへ投げ返す。

「馬にでも賭けな!」

 ひと声叫んで、ロックは逃げ出した。
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