スウィートカース(Ⅸ):ファイア・ホーリーナイト

湯上 日澄(ゆがみ ひずみ)

文字の大きさ
14 / 61
第二話「雪明」

「雪明」(2)

しおりを挟む
 一か月後……

 三百トンの圧縮機プレスに押し潰される廃車たちは、金切り声のスキャットを奏でていた。

 シェルター都市サーコアの東部、ジホークの解体処理工場。

 午前六時二十一分……

 まだ朝陽も昇りきらぬ空に、輪っか状の紫煙が漂った。

 うず高く積まれた廃タイヤの山頂にひとり、男はぽつんと胡座をかいている。あちこちの看板に明記された〝火気厳禁〟の文字を、くわえタバコの彼に翻訳して伝える者はいない。

「なんじゃこりゃ~???」

 縦じわの寄った眉間を、ロック・フォーリングはペンの尻で小突いた。

 かぶった中折れ帽に押し込んだ癖毛頭はなお外へはみ出し、CDのような真ん丸のサングラスもその胡散臭さを加速させている。変質者が出没した旨の通報は、もう警察に届いているのだろうか。

 手もとのぶ厚いメモ帳には、すでに〝ルカによる福音書第四章〟等と落書きされているが関係ない。ページの片隅に開いた空白に、ロック神父は複雑な計算式を書き込んでいく。

 聖書だった。電卓の下に挟まれた領収書の数々は、風にさらわれて宙を舞う。

「食費にスロット、酒代……大赤字じゃん。なんてこった。これじゃあテレビを買い換えるなんてのは夢のまた夢だ。はあ、家庭菜園でも始めるか」

 ぶつくさ独りごちながら、足もとへ落としたタバコをさらに一本、ロックは靴底で踏み消した。そこにはすでに、吸い殻の山ができあがっている。

 新たなタバコをくわえ、ロックはふと上目遣いになった。

「お、出やがったな。短い付き合いだったが、残念だ。ご覧のとおり、俺は神父さまなのさ。タクシーの運転手なんざをやるのは、もう二度とゴメンだね」

 タクシー?

 そう。遠くで運搬用のアームに掴まれ、ベルトコンベアに載せられるのは、ところどころ黄色い塗料の剥げたタクシーの成れの果てだ。中央から数本の骨組みを残して千切れかけた車体は、いかなる高熱にあぶられたのか黒焦げになっている。

 そちらへ向けて軽く帽子をずらすのが、ロックの別れの挨拶だった。

「あばよポンコツ。こんど生まれ変わるなら、戦闘機あたりが正解だ」

 最大まで強められたライターの炎に、ロックの胸もとは輝いた。真っ赤なネクタイに重なるのは、趣味の悪い十字架のネックレスだ。

 優雅にタバコの煙を吐き、ロックはつぶやいた。

「空はいいぜぇ」

「ミサイルはフォーリング教会に?」

「そりゃ助かる。ゴキブリが多くて参ってんだ、うちの台所……」

 危険信号を察知したアンテナのように、ロックのタバコはぴんと立った。驚いて背後へ振り返る。

 いったい、いつの間に?

 あるかなきかの風に、別の男がひとり、ネクタイと髪をなびかせている。

 刮目したまま、ロックはたずねた。

「ジェイス……いつからいた?」

 ロックの質問にも、捜査官エージェントの同僚……スティーブ・ジェイスは無言だった。

「…………」

「エワイオ空軍基地じゃ世話んなったな。そっちももう大丈夫なのかい、バナンの廃墟でやられた怪我は?」

 小さく自分の後頭部をさするのが、ジェイスの回答だった。

 現在も行方不明のとある女弁護士に、強烈な当て身を食らった場所だ。むりやり失神させられさえしなければ、あの地獄の戦場に残っていたのはジェイスのはずだった。うなじをときおり疼かせる痛みには、その悔恨のほうが多く含まれていたのかもしれない。

 いままさにコンベアが運ぶタクシーの残骸を、ジェイスは冷たい視線で追っている。それに気づき、ロックは憎たらしく鼻を鳴らした。

「ああ、あれね。いまさら未練もねえだろ、あんなポンコツ……ぐえ!?」

 着地に失敗したカエルのようなうめき声が、ロックの喉をついた。

 素早く走ったジェイスの手が、ロックのネクタイを掴んだのだ。息ができなくなる強さで首を絞めながら、ジェイスは無表情にロックの目を覗き込んでいる。

「…………」

「お、怒るな。俺はやっちゃいねえ。〝やつら〟だ。やつらの仕業だよ。俺はただ、組織から言われたとおりに、おまえのタクシーをヒノラ森林公園で運転して……」

 残り数カットしか寿命のない雑魚役のごとく、ロックは饒舌だった。

「だ・か・ら。UFOの殺人ビームだってば。ジュズの連中、あたり構わずぶっ放してきやがった。俺も死物狂いで戦ったよ。でも……」

 ハンカチのような布切れで、ロックはしきりに目尻を拭ってみせた。乾ききったその布を、何気なくジェイスの手に握らせる。

「でも、おまえのタクシーは、ビームの一本から俺を守って盾に……気づいたときにゃ手遅れだった。名誉の戦死ってやつさ」

「…………」

 自分の掌に、ジェイスは無感動な眼差しを落としている。

 ひらりと広がった布切れは、奇妙なアイマスクだった。その瞳にあたる部分に描かれた間抜けな目玉のおかげで、うるさい上司にも会議中の居眠りはバレない。

 一方、ベルトコンベアの出口から現れたのは、一メートル四方の鉄クズだ。もはやわずかな黄色しか生前の面影を留めていない。

 リサイクル原料と化したタクシーを、ロックは遠い目つきで眺めた。

「認めたくない気持ちはよ~くわかる。ただそれなら、生きてやれよ。死んだ恋人タクシーのぶんまで、明日を」

 おごそかに瞑目すると、ロックはタバコの先端で煙の十字を切った。

「それが花向けってもんさ」

 産廃の山を転げ落ちた破片が、かすかな音を響かせたのはそのときだった。

 いつからいたのだろうか?

 せわしなく上下左右に動き回るのは、人外の眼球の軌跡だ。それもひとつやふたつではない。球体状の外骨格どうしを無数に連結させた巨大生物たちは、頂上のロックとジェイスを激しい殺意で叩いている。

 単式戦闘型ジュズ〝アヴェリティア〟……

 異星人アーモンドアイどもの強化装甲パワードスーツだ。

 囲まれている。

「可愛いワンちゃんたちだろ?」

 ジェイスと背中合わせのまま、ロックはタバコを吐き捨てた。

「目星をつけた車とかには、やつら、しっかりマーカーをつけてくって話だ。見えないニオイみたいなもんか。ところであのオツボネ課長、コーヒーの一杯ぐらいは奢ってくれるよな? 朝っぱらから囮捜査に駆り出されてんだが、俺ら?」

「…………」

 ジュズの大群を前にしても、ジェイスは眉ひとつ動かさない。

 途端、ふたりの頭上には大きな影が跳躍している。凶器の瞳を灼熱させ、ジュズどもが空中から襲いかかったのだ。

 ひるがえした上着の下、ロックが掴んだのはベルトに差した拳銃だった。渇いた音を残して、不可思議な稲妻がほとばしる。

 黙って拳の骨を鳴らすジェイスへ、ロックは肩越しに聞いた。

「やるか?」

「ああ」

 世界は漂白された。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

まだ見ぬ未来へ駆け抜けて!

小林汐希
ライト文芸
2年5組の生徒:松本花菜(17歳 高校2年生) 2年5組の担任:長谷川啓太(23歳 教師歴1年目) 幼い頃から、様々な悩みを抱えながら過ごしてきた花菜。 それは幼い頃に父との離別を経験した家庭環境だったり、小学校の最後に作ってしまった体の古傷であったり。 学校外の時間を一人で過ごすことになった彼女の唯一、かつ絶対的な味方でいてくれたのが、近所に住む啓太お兄ちゃんだった。 しかし年の離れた二人の関係では仕方ないとはいえ、啓太の大学進学や環境変化とともに、その時間は終わりを迎えてしまう。 ふさぎ込む花菜を前に、啓太は最後に「必ず迎えに来る」という言葉を残して街を離れた。 言葉を受け取った花菜は、自分を泣かせないための慰めだったという諦めも入りつつ、一方で微かな希望として心の中で温め続けていた。 数年の時を経て二人が再び顔を合わせたものの、もはや運命の意地悪とでもいうべき「担任教師と生徒」という関係。 最初は様子伺いだったけれど、往時の気持ちが変わっていないことを再確認してからは、「一人じゃない」と嬉しいこと・辛いことも乗り越えていく二人には少しずつ背中を押してくれる味方も増えていく。 再会した当初は「おとなしい終末的運命キャラ」になっていた花菜も次第に自信を取り戻し、新米教師の啓太も花菜のサポートを裏で受けつつ堂々と教壇に立ち続けた。 そんな互いを支えあった二人の前に開けた世界は……。 たった一つだけの約束を胸に、嬉しいときは一緒に喜び、悲しいときは支えあって走り抜けた二人の物語です。

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。 王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。 15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。 国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。 これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。  

あべこべな世界

廣瀬純七
ファンタジー
男女の立場が入れ替わったあべこべな世界で想像を越える不思議な日常を体験した健太の話

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

処理中です...