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2 温もり
しおりを挟むその後麻薬事件はエルシャの証言によって物的証拠が見つかり、彼女の父である子爵とそれに連なる貴族たちが全員捕縛され法の下で裁かれることとなった。
一方で、王命によって作られたレイナートとエルシャの婚姻届は滞りなく教会に受理され、二人の新たな生活は穏やかに始まっていった。
思春期真っただ中のリカードも、エルシャの事情はよくわかっていたし、父が騎士としての責任感から彼女を後妻にしたであろうことは説明がなくとも察していたため、歳の近いエルシャを『家族』として快く迎え入れてくれたのだ。
夫婦となって初めての夜──。
ベッドの縁に腰かけ緊張に震えるエルシャ。レイナートは隣に座るとそんな彼女に優しく笑いかけた。
「大丈夫だ。言っただろう? 白い結婚でいいんだと」
「……でも……」
「エルシャは真面目すぎるな。もっと楽にしていいんだよ? ……まあ、そうはいっても、いきなりは難しいか」
「……申し訳……」
俯く彼女の唇に、レイナートは人差し指の指先をあて言葉を止める。
「エルシャ? 俺を見て?」
「…………」
(あれ? なんだか雰囲気が……。旦那様は素のとき、ご自分のことを「私」ではなく「俺」と言われるのね……)
ふとそんなことを思いながら、エルシャは素直に瑠璃色の双眸を夫へと向ける。
レイナートも慈しんで視線を交わすと、伯爵家に保護されてから侍女たちに念入りに手入れされるようになったことで美しさを取り戻し始めた小麦色の髪をゆっくりと撫でた。
「俺も変に取り繕うのはやめる。だからエルシャももっと力を抜いていい」
「旦那様……」
両親から愛情を向けられなかったエルシャには、こんなふうに頭を撫でてもらった記憶はなかった。
彼女を落ち着かせようと、殊更に優しく髪を滑る大きすぎると感じるほどの逞しい掌。
レイナートは騎士団長としてではなく、家族として向き合ってくれている。そう実感し理解した途端、その温もりはエルシャの心を安らぎで満たしていったのだ。
「どうする? 俺がいると眠れそうもないなら……」
「いえっ……あ、あの、旦那様……」
「ん? なんだい?」
「お願いが、あるのですが……」
「いいよ。なんでも言ってごらん?」
もっと温もりを感じてみたい。
エルシャの心に生まれた、我が儘というにはあまりにも可愛いささやかな願い。
彼女は勇気を振り絞って掠れる声で問いかけた。
「あの、一度だけ……その、私を抱きしめてもらえませんか……?」
「っ、エルシャ……」
ずっと虐げられてきたエルシャの健気な願いを聞いて、レイナートはたまらず彼女を胸に掻き抱く。
息子とさして歳の違わない彼女。本当なら着飾って茶会や舞踏会に出かけ、恋だってしていただろう。社交界に出ていれば、間違いなく貴公子たちの目を奪う愛らしい女性なのだから。
(この子を大切にしなくては! 愛情を知らないエルシャを絶対に幸せにしてやらなきゃならない!)
彼女の初めての温もりは、これ以上ない逞しい腕が包んで与えてくれた。
耳に直接響く鼓動……。エルシャの心に降り積もり続け、どうすることもできずに凝り固まっていた『辛かった時間』を、その音はじんわりと溶かしていく。
もれ出る嗚咽を押し殺しながら涙で頬を濡らす彼女の髪に口づけ、レイナートは耳元で低く柔く囁いた。
「もう大丈夫。大丈夫だ。これからは、俺がいる」
「……っ、はい……」
やがて泣きつかれて眠ってしまったエルシャを腕に抱いて、彼はこの特別な夜を越えていった……。
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