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4 もどかしい幸せ
しおりを挟む「おかえりなさいませ。学院の御前試合はいかがでしたか?」
「ああ、上級生たちを抑えてリカードが優勝した」
「本当ですか! すごいわ!」
「あの子は俺が学生だった頃よりずっと実力がある。先が楽しみだよ」
リカードが学院に入り一年が過ぎた。
毎年騎士科では年度の最後に、国王を招いての剣術大会が行われる。一年生から三年生まで学年関係なくトーナメントが組まれるのだが、今年は既に騎士団への入団を決めている三年の強豪生徒たちを破り、一年生のリカードが優勝を収めたのだ。
保護者は観覧できない大会だが、レイナートは国王の護衛として、また騎士団長の一人として剣術大会に立ち会ってきた。
「リカードくんはいつ戻られると? 優勝のお祝いをしなくてはいけませんね」
「ああ、それなんだが……。リカードはフォルカー殿下に同行して、休暇は王家の離宮で過ごすと言っていた」
「そうなのですか? 久しぶりに会いたかったのに……。残念ですけれど、王太子殿下のお供では仕方ありませんね」
今学院には、リカードの一つ上の学年に王太子フォルカーが在籍している。
代々国王の侍従を務めているコルトン侯爵家の嫡男・ヘルムートもフォルカーと同学年で、リカードとヘルムートは王太子から認められ、学院内で側近と護衛として行動を共にしているのだ。
学年末の休暇にリカードが帰省しないと知ったエルシャが寂しそうな表情を見せると、レイナートの胸がドクリと嫌な音を立てる。
「俺と二人では不満かい?」
「え? まさか、そんなことありません……!」
「本当に?」
「っ、旦那様……?」
夫婦の部屋で二人きりになり、エルシャはレイナートの後ろにまわって夫の軍服を脱がせていた。
彼が纏うコロンとほんの少しの汗の匂いがするそれを嬉しそうに胸に抱きしめていると、ふいに彼が振り向く。そして、レイナートはエルシャの腕の中から軍服を取り上げてカウチへと投げると、彼女をいつもより荒々しく抱き寄せた。
「エルシャ? 二人の時はなんて呼ぶんだった?」
「あ……その……レイ、さま……」
「そう。いい子だ……」
小さな頤を包むように指がかかり、親指が淡く下唇を撫でる。
反射的にキュッと瞼を閉じたエルシャを見て、レイナートは思わず口元を緩め期待に応えようと優しいキスを落とした。
(エルシャはこんなに素直なのに、息子にまで嫉妬するとは……。いい歳をして情けない……)
それぞれが自分を戒め、心に蓋をしてから半年以上が過ぎていた。
二人の間に流れる空気はグッと甘さを増し、見守る使用人たちからしてみれば『夫婦』そのものだったのだが、肝心の本人たちがそれに気づかずにいる。
いくら触れるだけとはいえ、その栗色の瞳には確かな男の欲をにじませ、とろける熱さをもったキスをされているのに、初心なエルシャにはそれがどういう意味なのか理解できていなかったのだ。
彼は彼で、自分の薄汚い欲望を清らかなエルシャに向けるなど言語道断だと思ったままだったし、こんなささやかな口づけにさえ、どこか罪悪感を覚えるほどで……。
それでも二人は今の関係に満足し、二人なりの愛し合い方でとても幸せだったのだ。
騎士団長としての自分に誇りを持ち、やりがいも感じている。
跡継ぎであるリカードは逞しく立派に育ってくれていて、なんの心配もない。
そしてなにより、愛するエルシャが腕の中ではにかんでくれている……。
(これ以上、何を望むというんだ……)
レイナートは自身に身体を預けてくれる彼女を更に抱きしめ、こめかみから指を差し入れて大切に細い髪を梳く。
「レイ様……」
愛らしい声が彼の名前を囁いた。
レイナートとエルシャの満たされた日々は、何も変わらずに続いていく。
……少なくともこの時は、二人それを疑いもしていなかったのだ──。
だが、一年後──。
王太子フォルカーたちの卒業パーティーで事件は起こる。
「マレルダ・ディール! 私は今この場で、そなたとの婚約を破棄する!」
それは、前代未聞の出来事だった……。
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