ストレンジ・ブラックス

こはく

文字の大きさ
上 下
3 / 14

第二話 初外出

しおりを挟む
「僕を特殲に入れてください」
「え?」
ソキが驚いた顔をした。紅色の瞳は明らかに揺らいでいて、トウヤまで少し驚いた。
「いや...こんなこと言いたくはないけど」
マークがそんなソキを物珍しそうに見ていた。
「トウヤ。特殲は能力が重要になってくる。一般社会でも能力の使えない人はほとんどいないのに、世界最強の隊と言われる特殲に能力の使えない人は……」
こう言えば、トウヤは引き下がるはずだ。そのような確信を持ってそう言っていたソキだったが、トウヤは思うような反応を見せなかった。
「いいんです。僕だけ能力が使えなくたって、人から蔑まれたって」
ソキがトウヤから一度だけ目を逸らして...それからもう一度、少しだけ笑みを浮かべて、トウヤに聞いた。
「どうして、そんなに特殲に入りたいの?」
トウヤが明るく笑った。真っ黒の瞳はまっすぐにソキの紅色を見つめていた。
「僕はソキさんを超えるって、ずっと昔に決めてたんですもん」
カタカタカタ、と部屋の窓が音を立てる。ソキがベランダに目を向けて、静かに微笑んだ。
「俺を超える...つまり、隊長になるの?」
トウヤは強く頷いた。
「僕は強くなって...ソキさんより強くなって、特殲の隊長に...世界最強の男になるために、特殲に入ります!」
マークが目を見開いた。
(何だか...不思議な感覚だ。懐かしいような...)
戸惑っているマークに対し、ソキはトウヤの黒い目を見て何かを悟ったような、何かを諦めたような顔をしていた。
(本当は必死にこの世界から遠ざけていた...それでも、トウヤ、君は...)
「本気ですよ」
トウヤは笑顔で言った。
(入りたい、じゃなく、入る、と言った)
ソキは、可笑しそうに笑いだした。
(やはり君はこっちに導かれてるんだな。誰よりもこの世界の楽しさを知っている人に)
何も言わずに変な顔をしているマークと、何も言わずにクスクス笑っているソキを見て、トウヤは頬を膨らませた。
「冗談で言ってるんじゃないんですけどっ」
「はは...っ、分かってるよ。でもね、トウヤ。いくら隊長の俺のツテを持っていたって、贔屓して入隊させることは出来ない」
トウヤが首を傾げる。
「べつに贔屓なんていらないですけど...みんなどうやって特殲に入るんですか?」
ソキがマークに催促した。
「...あのね。特殲のメンバーを選抜するのは、半年に一度の選抜試験なんだ。これは誰でも受ける権利を持っていてね。実技試験方式で、受験者同士一対一で戦うんだ。勝てば合格...ではなくて、見ている特殲隊員に気に入られたらその時点で声をかけられる。だから、合格者はその時の試験によって人数が違うけど...」
マークは脅かすような口調で言った。
「ここ最近は合格者が出ていない。でもね、次の試験...一ヶ月後にある試験には合格候補が数多くいる」
「へぇ?」
ソキはその話を知らなかったようで、興味深そうに相槌を打った。
「特に注目されているのは四人...詳しくは言えないけど、特殲入りは間違いないとすら言われているそうだ。ここ最近で珍しい豊作期ってとこだね。だから、まあ...言ってしまえば」
マークはトウヤを見て肩を竦めた。
「彼らを超えるくらいの活躍をしない限り、特殲隊員の目にも入らないってことだよ」
(きっと、その人達は...ソキさんのような、すごい能力を使いこなせるくらい強いんだろう)
「...それでも」
トウヤはぐっ、と右手で拳を作って強く握った。
「絶対、爪痕残して気に入られます!」
満足気に笑ったソキが言った。
「それなら、ビビらせるのはそのくらいにして、明日にでも外に出てみようか」
「外ーーー!!!!」
ソキの言葉にトウヤが叫んだ。夢にまで見た、初めての外出だ。
「ソキ。お前は明日一日任務だぞ」
しかし、マークが冷たい声で現実を突きつける。
「...」
トウヤがじとーっとソキを睨む。
「...そうだなぁ。それなら、マーク」
ソキがマークににっこりと笑って言った。
「明日一日、トウヤをよろしく」

「ソキさーーーん!!」
カンカンカンカン!!
いつもよりもフライパンの音がうるさい。
「うわあ!!もう!!やめてよ!!」
ソキが掠れた声で叫んだ。
「マークさんはどこ!早く外に出たいです!」
その日は快晴だった。トウヤにとってこれ以上に楽しみな日はなかった。
「はは...っ、分かった、分かったから!マークは...あと三十分くらいで待ち合わせ場所に来るよ。だから準備しよう!」
ソキが珍しく素直に起き上がった。
「うん!でも、ソキさん、なんで俺の事外出させなかったの?」
トウヤは食卓に向かって歩きながら不思議そうに聞いた。
「トウヤに、特殲に来てほしくなかったからだよ」
さらっと言ったソキの言葉に、トウヤが驚いた顔をした。
「何で!」
「何でって...危ないからに決まってるでしょ。もっと強くなってから俺が特殲に誘うつもりだったけど...まあそれがいつになるかは分からなかった」
ソキがコーヒーをズルズルと啜る。
「特殲はかっこいいだけじゃない。隊なんだ、一定数仲間や上司、部下が命を落とす現場に直面する...トウヤがその一人になることが俺は嫌だった」
トウヤは黙ってスープにふーふーと息を吹きかけながらソキの話を聞いていた。
「たぶんね。これから先トウヤは能力が使えるようになるよ。今は能力が休憩しているみたいなものだから、きっとすぐに。でも、使いこなすには人よりも時間がかかるだろう」
まっすぐトウヤの目を見て話すソキは、これまでに無いほど真面目に見えた。
「みんな、小さい頃から使ってるからですか?」
トウヤの質問に、ソキは首を横に振った。
「それもあるけどね、それだけじゃない。きっとこれからたくさん辛い経験をするだろうと思う。たくさんのものを失うはずだ」
ソキの大きな手がトウヤの頭を優しく撫でた。
「でも得られるものも少なくない。何よりトウヤは、自分で特殲に入るって、俺を抜くって決めたんだろ」
力強く頷いたトウヤを見て、ソキは満足そうに、またコーヒーを啜った。
「期待してるよ。トウヤはきっと、強くなれる」
「はい!」
正直なところ、トウヤはソキの言葉の真意を全く分かっていない。ソキがどうしてトウヤをここまで大切にするのか、どうしてトウヤは能力を使いこなすのが人よりも難しいのか。
はぐらかされたのには気づいていたが、無理に聞き出そうとも思っていなかった。
「さあ、そろそろ...外に出てみようか」
「やったー!」
トウヤは立ち上がり、ソキのコップと自分のスープの器をシンクに運んだ。
「ありがと。本当は待ち合わせ場所まで俺の能力で行った方が速いけど、トウヤの初外出だもんな。すぐに着くし歩いていこう」
「はーい!」
トウヤはパタパタと玄関まで走る。ソキはそれを眺めて少し笑った。
(俺の出来ることはやったはずだ。あとはトウヤの成長と運にかけるしかないな)
「はーい、トウヤ、はしゃぎすぎ」
ソキがトウヤを追い抜かして玄関扉のドアノブを回した。
「さあ...行こうか」
トウヤとソキが住んでいたのは、高層マンションの最上階だった。トウヤはゆっくりと外へ足を踏み出す。
「んー...風が気持ちいい!」
トウヤとソキは初めて、外で笑いあった。

「おいおい、勘弁してくれ...遅刻だ」
マークが呆れたように言った。
「すみません...」
トウヤはマークに謝る。
「いや...まあいい。俺もトウヤくん...君に興味があるんだ。だから今日一日、話せる機会が出来て嬉しいよ。...ソキは早く本部に行けよ」
マークは笑顔でトウヤに言う。
「いや、マークって副隊長だよね?なんでそんな偉そうなの」
(副隊長...)
トウヤはぎょっとした目でマークを見た。
「いいから行けって」
「はいはい。...トウヤ。街で誰かに声をかけられたら、正直に受け答えするんだよ。でも、俺と暮らしていたこと...俺と知り合いなことは言っちゃいけない。それから、マーク。お前はトウヤから片時も目を離すな」
ソキのトウヤへの態度とマークへの態度はまるで正反対であった。
「はーい!」
トウヤはるんるん、と楽しげな口調で返事をし、マークは静かに頷いた。
「じゃあまたあとで。ばいばーい」
ソキが指を鳴らすと、その場から消えてしまった。
(すごい...移動にも使えるのかぁ)
「...さぁ、トウヤくん。これからは街をぶらぶら歩くよ!夕方からは祭りがあるんだ。ソキがトウヤくんの外出を今日にしたかったのはあれのため」
マークが指さした方向には、ウラノル国王生誕祭、と書かれた張り紙があった。
「お...お祭り!」
トウヤは目を輝かせた。
「きっといくつか任務が終わったらソキも来ると思うよ。それまでは俺と二人になるけど、大丈夫?」
「はい!」
マークが、やけに楽しそうなトウヤにつられて笑った。
「それじゃあ歩こうか。行きたい場所とか、ある?」
どこへ行くわけでもなく歩き出したマークの隣を、トウヤも歩く。
「うーん、どこに何があるのかもさっぱりなので」
トウヤは物珍しそうに街並みを見ている。祭りの準備で遠くは騒がしいが、待ち合わせ場所の辺りは人通りが少なく静かな住宅街であった。
「そっかあ。お昼にしてはまだ早いから...トウヤくん」
マークがニヤリと笑った。
「お腹が空くまで、面白いものを見に行こうか」
「面白いもの?見たい見たいー!」
トウヤが興味津々に頷いた。
「それじゃあここから少し歩くよ。...その間に、いくつか気になってることがあるんだけど」
綺麗に整備されたコンクリートの街並みをゆっくりと歩く。太陽が昇ってきているが、湿度も高くなく、外でも過ごしやすい天候だ。
「トウヤくんは、ソキとどういう関係なの?弟とか?」
不思議そうに言ったマークの言葉に、トウヤは首を横に振った。
「わかりません。僕実は、十歳の時からの記憶しかないんです。親のことも分からないし、ソキさんの何なのかも分からない。でも弟じゃないと思いますよ。似てないもん」
マークが目を丸くした。
「そうだったんだあ、知らなかった。ソキはそういうの、教えてくれないの?知ってそうだけど」
「教えてくれないんです。自分で思い出してから、詳しく言ってあげるって、それだけ」
教えてくれない、と言いつつあまり不服でもなさそうなトウヤを見て、マークはまた不思議そうな顔をした。
「へぇ...じゃあ、ソキが親代わりみたいなものだったんだ?鍛えてもらったりも、してたんでしょ?」
トウヤは少し笑って頷いた。
「ですね!でもいつの間にか、ご飯作るの僕だし、朝も起こすし、ほぼ僕が親ですよ。まあ居候の代金だと思ったら安いもんですけど」
「あはは...っ」
マークが可笑しそうに笑う。
「でも、たぶんソキはとてもトウヤくんを大切に思ってるよ。なんとなく、そんな気がする」
「それは僕も思ってます、だってソキさん、めっちゃ過保護!僕を一度も外に出そうとしなかったですから」
トウヤの言葉に、マークが目線を下げた。
(人の世話をするようなやつじゃなかったけど…どうしてトウヤくんを育てるようなことをしたんだろう。孤児を…他人を拾ったなら特殲の保護施設に入れるはず。それを、俺にも言わずに自分の家で匿っていた?血縁かと思ったが、それなら能力がない、と言っていたことは考えにくいから…やはり血の繋がりはないんだろうけど)
マークが、隣を機嫌よく歩くトウヤを見て思う。
(考えられる理由としては、まずトウヤくんの容姿)
マークは着ているラフな服装のズボンからサングラスを取り出し、だんだんと人の多い場所へとトウヤを連れて歩いていく。
(地毛の黒髪に黒い目…記憶がない、そして約七年間ソキとしか過ごしていない…ソキも恐らくそのことを知らせない、つまりトウヤくんは知らないだろうが)
サングラスをかけたマークをトウヤが不思議そうな顔で見た。
(彼は黒の戦士だ。だから他人だが保護をした…考えにくいが有り得ないこともないか。だがそうと断定するには早い。もう一つ考えられるのは、知人の息子…とかか?)
「どうしてサングラスを?」
(…なんとなく俺が感じる少しの懐かしさ…誰かに似ているような気もするが…知人の息子をわざわざソキが育てるようになることも、稀な状況すぎるか?…キリがないな、ソキに聞いても答えないだろう、もう放っておくか)
「マークさん?」
はっ、とマークが自分の思考の領域から戻ってきた。
「ああ…ごめんね。サングラス…あぁ、特殲の副隊長が次の選抜試験に出てくる男と歩いてちゃあまずいだろ。トウヤくんも念の為しておこうか」
マークがポケットから黒いサングラスを出してトウヤに渡した。
「たしかに。あ、ありがとうございます!」
トウヤはそのサングラスをかける。
わーーー!
突然、近くから感性が聞こえてきた。トウヤが驚いたようにマークを見る。
「そうそう、ここだよ。着いたみたいだね」
マークがトウヤを案内していた場所に、到着したようだった。

「ここからは注目の!!次回の特殲選抜試験に出場すると話題の、キリ・アマガセ!!バーサス!!都一番の喧嘩屋と名高い、ザーズマン!!による、あつーーいたたかいだーー!!!」
おおおおお!!と歓声が湧いた。
「マークさん、ここは…?」
店が多く立ち並ぶ通りの中心に大きな特設リングが設けられ、野外にも関わらず人だかりができていた。
「月一のイベントだよ。王都の強い奴らが集まって、ここで腕っ節を披露するんだ。ちょうど、あの子…キリくんって言うんだけどね。特殲の保護施設で保護してる、トウヤくんと同じ年代の男の子が、昨日言った、今度の選抜試験の有力候補の一人に数えられていて、今日このイベントに参加するって聞いていたから。トウヤくんの参考にもなるかなって」
(あの子が…)
トウヤがサングラスを外してよくキリの顔を見た。夜道で光りそうなほど明るい金髪だ。しかしトウヤはその顔に、ただの気の所為とも思えないほどの既視感を感じていた。
じっとキリを見ていると、ついにキリとトウヤは目が合ってしまった。キリは一瞬目を細めてトウヤを見て…
「あーーーっ!!てめぇ、トウヤじゃねえか!!」
リングを飛び出して、トウヤの目の前に立った。マークがぎょっとした顔でキリを見て、トウヤはただ驚いた顔をしていた。
(な……に…)
しおりを挟む

処理中です...