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第十一話 実力試し

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「弱き者に特殲隊員として戦う資格はない」
ダグラスはにやりと笑ってキースを見た。
「悔しければわしを殺してみるとよい」
「へぇ」
ダグラスが動きを止めた。キースたちも目を見開く。
「ただの挑発なら今のうちに言っとけよ」
キリが自信満々に笑った。
「殺していいなら後ろの俺らのはんちょーが本当に殺しちまうぞ」
トウヤが、ダグラスの背後からその首に黒龍を突きつけていた。
「……なるほどな」
ダグラスはここへ来て初めて汗をかいた。
「アスカ……早くリースの手当を」
「いや、まっ……トウヤ」
「早く」
「っ……」
アスカラーは既に、倒れたリースのもとへと駆け寄っていた。
「どういうつもりか知りませんけど」
トウヤは静かに言った。
「あなたが僕らを殺すというなら僕も何もしないわけにはいきません」
一切の迷いのないその言葉に、アスカラーが焦った顔をした。
(トウヤあれ……ガチ怒りやん……)
「何かできるというなら」
ダグラスは自分の頭に右手をのせた。
「やってみろ!!」
彼はブチブチっ、と三本ほど自分の毛を抜き、叫んだ。その瞬間、グラッ、とトウヤの視界が歪む。いや……トウヤの視界が歪んだのではない。
「じ……地震!?」
キースがその場にしゃがんで言った。
「自然災害にしちゃ不自然すぎる」
(地面が揺れていることに間違いはないけど……揺れているのは俺たちの近くだけだ!!つまり)
キースと同じことを、キリもトウヤも思っていた。
(能力か!)
トウヤはあまりの揺れにバランスを崩し、一度ダグラスから距離を取った。
「何じゃ、本当にわしを殺せると思ったか?」
(あの人が立っている地面は揺れていない)
トウヤはゆっくりと立ち上がり、黒龍を構えた。
(地面が揺れていたって踏み切ることはできる。黒龍であの人を止める)
トウヤの視界に、ダグラスの向こうでダグラスへピストルを構えるキリの姿が目に入った。ふー、とゆっくりトウヤが息を吐く。
「一刀流第一剣技……」
ぞわぞわぞわ……、と突然悪寒に襲われたダグラスがトウヤを見た。いや、ダグラスだけではなく、トウヤ班の者もみなその気配に恐怖を覚え、トウヤを見ていた。
「神威」
トウヤは黒龍を強く握り、目を閉じた。キリもそれを見て、揺れる地面の上でピストルを構えてダグラスを狙う。
「や……」
アスカラーが慌ててリースに言う。
「や、やばくない?」
リースも青い顔をしていた。
「黒龍……」
トウヤが、勢いよく地面を蹴った。
「撃ち抜け!!」
「天誅」
ダグラスは前方と後方からの同時攻撃に目を見開く。
「た、タンマタンマタンマーー!!」
バン!!!
キンっ……!
銃声と、何かがぶつかるような音がほとんど同時に荒野に鳴り響き、いつの間にか地震は止まっていた。
「え……」
トウヤは黒龍を見て目を見開いていた。
(今……僕は何を斬っ……)
「てめえ今俺の弾斬りやがったなくそトウヤ!!!!」
キリが怒鳴り、その次に違う人物も怒鳴った。
「わしを今本気で狙ったな小僧!!!!」
トウヤに、ダグラスが怒鳴っていた。トウヤは何度も瞬きをして、首を傾げた。
「……演技だ」
そんなトウヤに声をかけたのはリースだった。リースの腹には全く傷がない。
「…………え?」
「この人がやれって」
リースはダグラスを指さしてトウヤに言った。
(……ん?)
「俺も治癒しようとリースに駆け寄ってから気づいたんやけど……この血、ほんものちゃうで」
アスカラーが困った顔でトウヤに言った。
「は……?」
全く理解出来ていないトウヤに、またダグラスが怒鳴る。
「じゃから、わしが試したんじゃ!!!特殲隊員としての実力を!!」
「はああああ!?なんで騙した側が怒んのおかしいでしょ!!!」
トウヤがようやく理解したようで、ダグラスに怒鳴り返した。
「わしはお前たちの素質を見るべくこうしたんじゃ!すぐに演技だと見破ったメールドには感心したが、なんじゃ最後まで、アマガセと貴様はわしを本気でねらっ」
「じゃあ何が正解だったんですか!!」
(あれ……まだ怒ってるやん……)
アスカラーはトウヤを驚いた目で見ていた。
「仲間を殺されかけたと思っても冷静でいられることがあんたのいう素質なら」
トウヤは冷たい目でダグラスを睨んだ。
「僕はそんなものいらない!!!」
「わしはそういう部分を見ていたのではなく、」
「知りません!!バーカバーカ、リースもバーカ、リアルな演技しないでよもう!!!」
トウヤはズカズカとキースのもとへ歩いた。
「キースもびっくりしたでしょ?」
キースはその場に座っていた。
「え……あ、ああ……」
トウヤの伸ばした手を掴もうとしたキースの手は震えていた。トウヤはそれに気づき……
「あの人ちょっと斬ってくる……」
メラメラと闘志を燃やして黒龍を握り直した。
「ちょちょちょ!!」
キースは慌てて立ち上がってトウヤを止めた。
「わしが見たかった素質は、仲間が怪我を負い慌てるか慌てないかなどではない」
ダグラスはしっかりとトウヤの目を見て言った。
「単純に、班としての実力を見たかっただけじゃ。まあ隊長さんの贔屓で入隊するほどの実力があるようには感じられんかったが」
アスカラーがリースを連れてキースのもとへ駆け寄った。
「な、ほら、リースは全然無傷やから……!」
キースはひどく安心した顔をした。
「ああ……よかった」
「気分を害させてすまんの。……しかし貴様も貴様じゃ、本気でわしを狙いおって……」
「いや、ダグラスさんを斬るつもりはなかったですよ。ただその、たぶん能力の発動条件に関係してる、その髪の毛を全部斬ってやろうと思って」
トウヤは弁解するように言った。
「それにキリも、あの弾は普通の銃弾だったし」
(キリはさっきから僕に弾を斬られてイライラしてるけど、キリの能力がこもった弾ならたぶん……斬れなかったと思うから。しかも、ダグラスさんの能力が地震なら、荒野っていう場所は僕らにとって有利な場所だった)
「……まあよい。リース・カグチャの遠距離攻撃はこの荒野では難しい。それを見て彼に演技役を頼んだが……」
ダグラスはキリを見て言った。
「アマガセは勘が鋭いようじゃ。わしがダミーのナイフを取り出す前に、リース・カグチャのもとへ身体が動こうとしていたからの」
それに……とダグラスは続ける。
「メールドはまだまだじゃな……治の能力を持っているなら、どんな状況の人間でも助けられるように、伸び続けるとよい。怪我人への対応が遅いんじゃ」
アスカラーは、はい……と素直に返事をした。
「そして貴様……正直に言うと予想外でチビるかと思った、まじで」
ぶるぶるっ、とダグラスは全身を震わせた。
「よく言いますよ……僕の剣技もキリの弾丸も余裕で避けたくせに……」
じとーっ、とトウヤがダグラスを睨んだ。
「わしは腐っても十要じゃ、あんな攻撃食らわんわ」
ダグラスは、トウヤから目線を移した。
「……しかし、キース・カグチャ……貴様はわしがアマガセたちに囲まれているとき、何を考えておった?」
キースは黙り込んでいた。
「……実の兄弟が刺されたと思ったらそりゃ動けなくもなりますよ……」
トウヤが、キースを庇うようにそう言った。
「これからそんなことは何度でも起こり得る」
まっすぐにキースを見るダグラスは真剣そのものだった。
「その度に動けなくなるのか?」
「べつに動けなくてもいいじゃないですか」
トウヤがもう一度ダグラスの話に口を挟んだ。しかし、先程のようにキースを庇っているようではなかった。
「まだキースにとっての家族がリースだけだから怖いんですよ。いずれ僕らもキースにとって家族みたいな存在になる。その時になっても動けないほどキースは怖がりじゃないと思いますから」
トウヤも至って真面目に話をしていた。キースは驚いたようにトウヤを見る。それから、明らかに表情を変えた。
「トウヤ!!!!」
キースが叫び、ザシュ!!と、先程聞いた音に似た深いた音が荒野に響いた。
「っ、イミル撃ち抜」
「待てキリ!!!」
叫んだのはトウヤだった。
「僕は……っ問題ないから撃つな!!」
トウヤの背後には、大きな悪魔がいた。人間のような顔だが、額に三つ目の目があること、腕が妙に長いことから悪魔であることはすぐに分かった。その悪魔は、ニタニタと笑いながらトウヤを大きな刀のようなもので背後から刺していた。その刀はトウヤの背中から腹まで貫通して、トウヤの身体に大きな穴を開けているようだった。ボタボタと赤い血が荒野に流れる。
「問題ないってどこがだよ……っ」
「あ……動けんのかお前」
キリは、先程リースが刺されたと思った時よりも冷静に見えた。
「らあああああ!!」
トウヤは腹から突き出た刀の先端を左手でしっかりと握り、ぐん!と下を向いた。すると、刀を持っていた悪魔が地面に放り出された。
「いったたたたた……」
トウヤは傷口をおさえてその場に座り込んだ。
「何してんねんお前……っあんなんしたら傷がもっと酷なるって分かれへんのかあ!?」
アスカラーはすぐにトウヤの傷口を両手で覆った。
「いたたた、痛い!痛いんだけど!!」
「我慢しろ!!」
キリとキースは、じっ、と悪魔の方を見つめていた。トウヤに投げ飛ばされたっきり、動かない。
「下がれ、ここはわしがやる」
そんなキリたちにそう言ったのはもちろんダグラスだった。
「それより、周りにも悪魔の気配がある……」
ダグラスは静かに話していた。
「キリとキースは悪魔を探しに、僕もアスカから治癒を受けたらすぐに行くから。リースは念の為応援を呼びに行って」
すると、ダグラスが言うよりも早く、トウヤがそう言った。
「了解!」
バッ、と三人がそれぞれの方向へ向かっていく。
(あの小僧は……)
ダグラスはちらっ、とトウヤを見て、それから目の前の悪魔を睨んだ。
「今からトウヤにするんは、傷を治すだけや。俺ができるんはここまでやからな……」
トウヤの傷口をぐっ、と掴み、アスカラーは言う。
「傷が治ったら動けるでしょ?」
トウヤは顔をしかめながらも、アスカラーに言った。
「あほ、血は全然足りてへん。これ以上出血したら動けへんようなるで」
トントントン、とアスカラーがトウヤの傷口を三度触ると、傷口がゆっくりと塞がっていく。
「よし」
トウヤは勢いよく立ち上がったが、一瞬めまいがしたのか、ふらついた。
「なんだ……毒?」
「毒ちゃうって!人の話は聞きやトウヤ……何回も言うてるやろ、貧血っていうねんそれを」
ぽこっ、とアスカラーがトウヤの頭を小突いた。
「でも、血とかどうやって増やすの?」
「あほか、そんな一瞬で血の量は戻らん。戦い後の食事で戻るから今はそのまま戦うしかないわ」
呆れたようにそう言ったアスカラーに、トウヤが苦笑する。
「ほんとに教養ないんだな、みたいな目で見ないでよ」
「とにかく無茶はせんときや。ここらへんで強い悪魔の気配はトウヤを刺した悪魔ぐらいやけど……」
アスカラーがダグラスの方を見て言った。
「十要さんは第三階級悪魔も秒殺やな」
悪魔はすでに跡形もなくなっていた。
「あれ……?悪魔は?」
「悪魔は不死身じゃ。「死」という概念が存在せず、わしらに地上で殺られても、もといた世界に帰るだけ。まあもう二度と地上には来られんじゃろうが」
(へぇ、死んでも死なないのか)
トウヤは、だから消えるんだなあ、と言って辺りを見渡した。
「リースには応援を呼びに行かせたけど必要なかったかなあ」
「いや……」
アスカラーが汗を流して無理やり笑顔を作った。
「そんなこともないみたいやで……」
「おらあああああ来てみろやこのやろおおおおお」
キリが叫びながらトウヤたちの方へ遠くから走ってくる。……数体の悪魔を引き連れて。
「この数は反則だろおおおおおおお!!」
さらに、キリとは別の方向からもキースが走ってきた。……数体の悪魔を引き連れて。
「こりゃひどいな」
焦りを見せたのはトウヤ班だけでなく、ダグラスもだった。
「第三階級悪魔が16体とは……」
(16!?第三階級……それ結構やばいんじゃ……)
「白龍」
トウヤは両手に刀を持った。
「ダグラスさ……ダグラスさん?」
ダグラスは、遥か向こうに見える森を指差した。
「一体も倒さなくて良い、あの森へ誘導できるな?」
(森……木か!地震の能力は平地で使うよりも建物や木が周りにある環境で使う方が危険になる!)
「了解!」
トウヤはすぐにそう返事をして、キリとキースに叫んだ。
「森に入るよ!!!!キリ、キース!!!それからアスカは、ダグラスさんと森に行って!」
「りょ……了解!」
アスカラーの返事を聞き、トウヤはアスカラーを見た。アスカラーは森へと走り出していた。
「……アスカ待って」
トウヤが引き止めると、アスカラーが振り返る。
「アスカが治だから戦いから遠ざけてるわけじゃないよ」
アスカラーがきょとんとした顔をした。
「いや、なんか気にしてそうだったから。僕とキリとキースは誘導だから、戦わないからアスカを僕らが集合する場所にいてもらうだけ。悪魔と戦うならもちろんアスカもここに残ってもらうよ。今は僕らが集合する場所にアスカがいた方が怪我したときにいいんだ」
堂々と気を使ったトウヤの言葉に、アスカラーは笑ってしまった。
「はは……っ、なんか……まだ会ってちょっとやのに、トウヤは俺の心を読めるねんな」
「そんな大したことじゃないよ、早く森に行って」
うん、とアスカラーは頷き、トウヤはもう一度キースたちに言った。
「キリとキースも悪魔を森に誘導!!」
「ダメだ!!!」
キースはトウヤに叫び返す。
「能力が炎系の悪魔がいる!!!ダグラスさんがもう森に行ってるなら、森に近づくのはそれを倒してからだ!!」
(そうか、森を燃やされたらダグラスさんが!)
「了解!キリの方の悪魔はどうだ!」
「んなの知らねえよ、見て分かるわけねえだろ!」
「えっ確かに……なんで分かったの!?」
トウヤは段々近づいてくるキースに叫ぶ。
「攻撃されたからだよ!!!」
キースの顔には、小さな円形の火傷の跡があった。
(確かにキリの言う通りだ。見ただけでは炎の系統の悪魔かはわからない……何もしないで森に向かうのは危険。でも悪魔全てに攻撃させるような時間もないしそんな方法も思いつかない)
「何か……何か見た目で悪魔の能力を判断できるような方法はないか……?」
トウヤはぐっ、と拳を握り締める。
(知らないことを考えても仕方ない!調べる!)
「ごめんキリ、キース!もうちょいその辺走ってきて、森には行かずに!」
(鬼かーーー!?)
キースは全力疾走しながらトウヤを心の中で恨む。
「三十秒だけ稼いで森へ向かうからなあああ!!」
トウヤはキリの言葉を聞き、急いで服のポケットからスマホを取り出した。
(昨日マークさんにもらった資料の写真……情報が多すぎてまだ全然読めていないけど、ここになら何か書かれているかもしれない)
うわあああ、という叫び声が荒野に響く中、トウヤはさまざまな写真に目を通していく。
「ええと……」
「早くしろトウヤあああああああ」
遠くで駆け回るキリの声がトウヤを急かす。
「わかってるって!!」
「全力疾走だぞ、もう限界だって!!!」
それからキースの弱音が耳に届き、トウヤは手を止めた。
「悪魔の能力を見分けるには……血を見るのか!!キリ!キース!!互いの方に向かって!!」
トウヤの言葉を聞き、最後の力を振り絞ってキリとキースが走る。
「紫色なら治の系統、青色なら水の系統、銀色なら風の系統……炎なら、赤色か!!」
トウヤはキリとキースがぶつかりそうな場所へ体を向けた。
(悪魔によって急所は違うから、一気に消すことは少なくとも今の僕には不可能!だから……悪魔全てに少しずつ傷をつける)
ぎゅっ、とトウヤが両手の刀を強く握った。
「二人とも、僕は加減するの苦手だから、危なそうなら逃げてよ!」
「了解!!」
トウヤが目を瞑って、集中してゆっくりと息を吐いた。
「魔気を……解放する……」
ザワっ!!と周辺が異様な空気に包まれた。
(や……やばい!!)
キースが察知し、キリの腕を掴んで慌てて悪魔やトウヤから離れる。
(すごい魔気……)
キースがそう思ったように悪魔たちもその魔気に気づいたようで、トウヤの方へと走る方向を変えた。
「ふっ」
目に見えぬ速さで、トウヤは悪魔を斬る。
「え……」
キースが目を見開いた。
(こんなに……速かったっけ……)
「さっき俺の球を斬ったときは、ほとんど魔気を感じなかった」
キリがにやりと笑う。
「あいつは、魔気を解放すればするほど、速く……強くなるんだろうな」
トウヤが動き始めて約二秒後、キリたちにトウヤの声が聞こえた。
「赤い血は……炎の系統は4体!!僕が森へ引きつけるから必ずそれまでにその悪魔を討て!!」
「了解!」
またトウヤは走り出す。
(ここから森への距離はおよそ50秒……そして森へ何か……森を燃やせるもの、炎などを放てる距離になるまではたぶん30秒くらい……その間にキリとキースが4体の悪魔を……第三階級悪魔を倒さなきゃいけない!……っていうか悪魔走るの速いな!!)
トウヤは魔気などを使わずに全力疾走をしているが、悪魔はだんだんトウヤに迫ってきていた。
「こくりゅ……いや、白龍、ごめん重いから戻って!」
トウヤが言うと、白龍が消えた。
「一体討伐!!」
「こっちもだ!!」
キリとキースがそれぞれ一体ずつを倒す。
「森へ何か撃てる距離になるまであと約10秒」
トウヤは汗を流す。
(あと二体……!!)
くらっ、とトウヤの視界が歪んだ。
「なん……っ」
トウヤ咄嗟に目を瞑り頭を振って、歪んだ視界を戻そうとする。
「くそ、間に合わねえ!!」
キリが焦ったように叫び、それからキースがはっ、としたようにトウヤに言った。
「何やってるトウヤ……後ろ!!!」
トウヤは立ち止まっていた。悪魔たちはトウヤと距離を詰めていく。
(視界がグラグラと揺れて……おかしい!毒か!?)
「いいから赤い血の悪魔を倒すのに集中して、」
「もう止血されて……っ、血が赤いかどうかは見えねえよ!!」
(そんな!!)
トウヤが次の手を考え始めた時、当然強い風が吹いた。ピュン!という高く鋭い音が聞こえて……一体の悪魔が倒れた。
(今のは……)
『炎系統の悪魔はあと一体。振り返ってすぐ後ろのやつだ』
トウヤの耳に付いている機械にそんな声が届いた。
(あ……無線連絡があったか!敵に捕まって情報を盗まれないように特殲本部や十要、ほかの班の班員には無線連絡はできないけど、班の中だったらできるんだった!そして今の声は間違いなくリース)
ふぅ、とトウヤが息を吐いた。
「トウヤ……っ早く逃げろ!!」
キースが必死にトウヤに言うが、トウヤは動かない。いつの間にか、トウヤのすぐ後ろに悪魔が立っていた。しかし悪魔は何もしない。
「な……っ」
いや、悪魔は口を大きく開いて、火の玉のようなものを吐き出し、手に持った。さらに、ブン!と勢いよく腕を振り……その火の玉を森の方へ投げた。
(でかすぎる……!あれが森に入ったらダグラスさんがどうなるかわからない!)
キースが森のダグラスの方へ走ろうとして……足を止めた。
「一刀流第一剣技、神威……黒龍」
トウヤは目を瞑り、右手の刀を強く握った。黒龍が黒い光を発した。
(黒龍……斬るよ)
「天誅」
勢いよく黒龍が悪魔へと向かい……
「あ……っ、火の玉を斬った!?」
キースが驚いて大きな声を出した。黒龍が火の玉に触れた瞬間、火の玉はすぐに消え去った。そしてその一振りは、勢い衰えず悪魔へと向かう。
「黒龍、闇で斬るなよ!!」
しかし、途中でトウヤがそう叫ぶと、黒龍が放っていた黒い光が消えた。悪魔が動く暇もなく、黒龍は悪魔の左肩から右の脇腹までを斬り、悪魔はゆっくりと消えていった。
「あとは……っ」
トウヤはもう一度森へ走りだそうとして、ゆっくりと地面へと倒れていく。
「無理すんなって……」
しかし、地面に倒れる前に誰かがトウヤを支えた。
「言わんかったかぁ班長サン!?」
アスカラーだ。彼はトウヤを抱え、森とは逆の方へ走る。悪魔はそんなアスカラーを追おうとし、
「バカども、こっちだゴラァ!!!」
キリが一体の悪魔を殴り注意を引いて、もう一度悪魔たちを連れて森へと走り出した。
「キースもこっちや!!」
アスカラーはキースも森から離れるように指示をした。
「いや、俺は」
「傷は治せる時に治さないと備えられへんやろ!!はよ来て、やけど見せえ!!」
「了解!」
森の方へ行きたい意志を見せたキースはアスカラーの言葉に頷き、トウヤたちの方へ走ってきた。
「応援は必要ないそうだ」
リースはいつの間にかトウヤたちの傍に来ていた。
「必要ない?」
聞き返したキースに、リースが頷いた。
「副隊長に隊長からの伝言をもらった。十要が一人とトウヤ班なら大丈夫でしょ、らしい」
(冷静な戦況を知って言っているのか、それともテキトーなだけか……)
キースが苦笑した。
「それよりトウヤや……」
アスカラーは、荒野にトウヤを寝かせて小さな声で呟いた。
「外傷はない……つまり治癒できる箇所がない」
キースがトウヤの横にしゃがみこんだ。
「ただの貧血には見えないな」
「うん」
冷静に、アスカラーがトウヤの首元に触れる。
「脈も問題ない。発熱もなし。他にどっかを痛がってるような素振りもないけど、ぐったりして寝てる……考えられるんは、誰かの能力を受けたか、トウヤ自身の能力の反動……とかやと思う」
トウヤは気を失い、ぐったりと地面に横たわっていた。
「安心できるとは言わへんけど、今すぐに死ぬようなこともないと思う」
アスカラーがそう言ったところで、ドン……!!と大きな音がして、地面が少し揺れた。
「あ……木が倒れてる」
ジジ……!という音がして、アスカラー、キース、リースの耳に付いた機械を通してキリの声が伝わる。
『遠くから射撃しろ!!俺が悪魔の動きを止める!』
「了解」
リースは物凄いスピードで走り去っていく。森の中の悪魔を狙えるポイントへ向かうのだろう。
「キースはトウヤを隊長のところに連れていって。そしたら何か分かるかもしれへん」
「分かった。アスカは?」
「俺は怪我人が出たときのためにここにおる!」
キースが頷いて、トウヤを背負って街の方へ走る。
「よいのか?治の能力がこんな所で一人でおっても」
静かになった荒野でアスカラーに話しかけたのは、ダグラスだった。
「え……?何で、さっきキリが応援を呼んだのに、」
「特殲は手柄の世界じゃ。わしが討伐してもトウヤ班の得にはならんが?」
アスカラーが何度か瞬きをした。
「隊員にも上下がある。今のトウヤ班は隊長の贔屓があるとは言っても階級は最も下の五級班じゃ。しかし十要や隊長なんかに選ばれるのは最も上の一級班。活躍によって階級は違う。その話を悪魔を引き連れてきた男に話せば、大喜びでわしを追い返したぞ」
ダグラスは、愉快そうに笑って言う。
「なんやそれなら先言ってくださいよ!俺も行きます!」
大急ぎで、アスカラーも森へと走り出す。
(……ふん)
まだニヤニヤと笑っているダグラスの隣に、大きな気配が現れる。
「認めちゃいましたか?彼らの実力を」
マークだった。
「まだまだじゃな。完全な連携が取れておらず、言葉でしか作戦を伝えられていない。それじゃと敵にも作戦が漏れるのは当たり前」
「しかし指示をする者が複数人いた。長がいない時は代わりに誰かが冷静でいられる班……って言いたいんですね」
ダグラスのダメだしのような言葉は、マークにとってはそういう意味に聞こえたそうだ。
「俺がマーク班として入隊した時はもっと酷いことを言われましたから、トウヤ班はよっぽど見込まれてるんだな」
「……個人の力も班としての力もまだまだじゃ。しかしわしが最も感心したのは、アスカラー・メールドだ」
マークが少し意外そうな顔をした。
「希少である治の能力を持つ者として驕るわけでもなく、しかし己の存在の必要性は十分に理解しているように見えた。それでいて自分がすべきことを中心に班を動かすことも出来る。医療の知識もあり、自分も戦いに参加するという意地もある。わしが見た新人の中で、現隊長……それから副隊長、その次くらいにはじゃ」
はは……とマークが苦笑いをした。
(そういえばこの人に直接褒められたの初めてだな……)
「しかし心配なのはその戦う意欲。逃げの手を好む老人に言われても聞かないだろうが……治の能力の者は前線に出るべきではないじゃろう……今後彼がそう思うきっかけとなることが起きないように願うしかないが」
(俺も何回かこの人のせいで死にかけてるからやばい人ってイメージしかなかったけど、ちゃんと隊員のこと考えてたんだな)
マークは先程から失礼なことばかりを考えていた。
「キース・カグチャ……あれは何か抱えている雰囲気じゃったな……しかし本人から強い炎の意志を感じる。あれは炎の悪魔に好かれるじゃろう、発動条件を満たすのはファゴルのそれよりも数段簡単なはず。それなのに本人は戦闘中たまにピタッと戦意を消して微動だにしなくなった」
ダグラスが言っているのは、先程リースがダグラスに刺されたふりをした瞬間のキースのことだ。その瞬間からそれが嘘だったと知るまで、キースはぴくりとも動かなくなった。
「たしかに妙だとは思いましたけど……何かリースくんが関わるトラウマでもあるのかも。まあそのへんはキースくん自身が解決しようと思うまで何も言わないんじゃないですか?トウヤくんたちは」
マークの言葉に、ダグラスは、ふむ……と呟く。
「それにしてもリース・カグチャは生まれ持ったものが多すぎるな」
その言葉とともに、ダグラスは苦笑した。
「確かに。実際に今も、ここから約800メートルは離れてる、街の建物の屋上から森を狙って悪魔の急所を一体ずつ撃ち抜いてますね。……狙撃のセンスは一流以上、長距離攻撃者としては俺が知っている中で一番恐ろしいかもしれません」
マークもリースの狙撃力を非常に高く評価していた。
「その通りじゃ。しかし最も熱がない人物でもある。その才能からかのう……風を操る狙撃手がいればそれこそ敵なしと言っても過言ではないんじゃが、彼は狙撃の腕だけで能力が非常に雑」
もったいない、とダグラスが呟いた。
「そしてキリ・アマガセ……」
キリは今、森の中で悪魔を拘束し、倒せるものは倒し……という作業を繰り返していた。何度か背後から悪魔に攻撃されそうになるが、それをリースの狙撃が阻む。
「あの男には限界を感じない。もちろんどれだけ攻撃されようが絶対に立ち上がろうとする意志の強さも評価すべきだが、わしが言いたいのはあの体力と魔気の話じゃ。限界があるのかすら怪しいほどタフ……今もそうじゃな」
どういうわけか、マークやダグラスはここからは見えないはずの森の中の戦況を把握しているようだった。
「彼は敵にとっては最も厄介なのかもしれないですね」
キリは戦う度に傷だらけになる。今もそうだ。第三階級悪魔を大勢相手しているとは言え、キリの身体能力ならば簡単に避けられるはずの傷も受けて、それに気が付かないほど相手を倒すことに集中しているようだ。
「しかし……」
ダグラスは眉をひそめた。
「あの男は……何なんだ?知り合いだろう?」
マークは苦笑した。
「知り合いと言っても最近初めて会ったし、何も知らされてませんよ」
「……あの男が能力を使ったのはたった一度、炎を斬ったときのみ。しかし……剣技のみで第三階級悪魔全てに少しずつ傷をつけた。さらに炎を斬り消した後、悪魔を斬るときには能力を使わずに剣技で悪魔を殺った。何か意図があることは間違いないが、それを一瞬の隙に判断する頭の回転と、思考のセンス」
ダグラスが話し続ける。
「そもそも能力を消す能力など聞いたこともない。さらに魔気……魔気の雰囲気に気圧されたのは初めてじゃった」
「はは……同感です」
「それにしてもわしも歳を重ねて気弱にはっているんじゃろうか」
頬を汗が伝う。ダグラスはその感覚を感じながら乾いた笑いをもらした。
「現隊長ですら、一生をかけて越えなければならない壁である前隊長、伝説の男ガバル・ゼウマン……あの男以上に恐ろしい者はこの先何千年も現れんと思っておったが」
マークが驚いた顔をした。
「まさか数年後に現れるとは……」
(セルバーさんはこれまでに第五階級の悪魔を一体倒している……十分バケモノだ。でもそんな人がここまで言うなんて)
ごくり、とマークが唾を飲む。
「いや……わしが恐れているのは征連なのかもしれんな」
ダグラスは険しい顔で言った。
「トウヤ……あの男を征連に奪われたときのことを無意識に想像しているのじゃろう」
「そうならないように彼をもっと伸ばすしかないですね」
マークは大きな不安と胸騒ぎを隠して、ダグラスに笑顔を見せた。
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