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【一章:状態異常耐性とアルラウネ】
状態異常耐性無双――そして感謝。
しおりを挟む“ぶぅーん”と不快な羽音を響かせながら、毒蜂が飛ぶ。
黄色と黒の縞模様の腹から生えた鋭い毒針を凶器として急降下する。
その度にクルスは軽くバックステップを踏んで距離を置く。
手早く矢を番え、素早く弦を引き切り、僅かな間で照準を付け、そして射る。
ひょうと矢が飛び、鋭い鏃が毒蜂をあっさりと射抜いた。
弓と毒蜂との相性はやはり良い。更に、そのことに加えて――
「ちっ!」
背中へちくりとした衝撃。目前の毒蜂の大群に集中し過ぎていたため、背中が疎かになっていたのだった。
だが、しかし、それでも!
「びぃっ!!」
クルスは少し苛立ち気味に背中へ針を突き刺した毒蜂の頭を短剣で叩き割った。
死骸と同時に針が抜け、痛みは何事もなかったかのようにすぅーっと引いてゆく。当然、注入された筈の“毒”の症状は一切現れない。
【状態異常耐性】――十数年、必死に溜めた魔力を全て使ってしまった、今の彼が持つ唯一の神秘の力。
針からの“毒”の注入による、麻痺・錯乱、を主たる武器とする毒蜂にとってそうした【状態異常】が無力化されてしまうということは、もはや剣を奪われた剣士に等しい。
更にクルスは元々毒蜂にとって脅威の、弓使(アーチャー)である。
もはやこれは戦闘にあらず。暴虐であり、蹂躙である。
毒蜂は矢で射抜かれ、毒を恐れないクルスの短剣によって頭や胸を叩き割られる。宙を支配していた毒蜂の群れはバタバタと地面へ落ち、土へ還って行く。
そんな一方的な状況にさすがの毒蜂の群れも危険を感じて、退散を始めた。
だが、獲物を狙うクルスの目は、この好機を逃すまいと鋭い輝きを放つ。
撤退する毒蜂の群れの中で、一際大きく、羽根が立派な個体をみつけたのだ。
(滅多にお目にかかれない女王毒蜂(クイーンキラービー)だ!)
クルスは目標を後ろを向いた女王毒蜂へ定め、矢を番える。
すると彼の様子に気づいたのか、本能なのか、数匹を毒蜂は旋回して、勇ましく彼へ飛び掛かる。
それでもクルスは動じず、弦を引いた。
毒蜂が彼へ飛びつき、針を刺す。脇腹や足、弦を引く二の腕がちくりと痛む。大体はこうした兵隊蜂の襲撃にあって女王を取り逃がす。
しかし今のクルスに毒蜂自慢の毒は効果を示さない。蜂の針で刺されるなど、これまでの心の痛みに比べればたいしたものではない。彼は気にせず、そのまま矢を放った。
矢は空を引き裂いて飛び、甲高い音を響かせながら突き進む。
「びぎぃぃぃっ!!」
矢は大きな女王毒蜂を一撃必殺(クリティカルヒット)。
どさりと音を立てて、女王は地面へ落ちる。大収穫だった。
クルスはまとわりついていた毒蜂を短剣で切落とし、平然とした様子で女王の死骸へ歩み寄った。そして短剣で背中を叩き割った。
「おっ? 幸先良いな」
クルスは思わず笑みをこぼしながら青く輝く輝石――“魔石”を取り出す。
女王毒蜂のようなリーダークラスや、高位の危険種は、時折自らの魔力を結晶化させて体内に存在させている――それこそが“魔石”であって、その個体が持つ魔力の塊であり、換金品としても、加工素材としても高値で取引される物である。
「や、やったぞ! あのおっさん、ひとりで群れを全滅させたぞ!」
「すげぇ! マジすげぇよ!」
「鮮やかだ……」
ずっと隠れてみていただろう若い剣士の男たちは、茂みから飛び出すなり、激しく賞賛の声を口にしていた。
「あ、ありがとございますっす! 本当にありがとう……びえぇぇぇーん!」
最後に転んだところを助けられた犬耳のビムガンの少女は、クルスの足に縋りつきながら泣き叫ぶ。
昨日まで裏切られたり、アルラウネに襲われそうになってロクでもなかったが、今日はこうして感謝されて、更に貴重品の魔石まで手に入れられた。
(全く忙しいな……)
思わずため息を着くが、悪い気はしない彼なのだった。
●●●
「いや、ほんと今日は助かりました! ありがとうございます! 遠慮しないでじゃんじゃん食べて飲んでください!!」
森で助けたのは初心者と思っていたが、その実Cランクの冒険者の剣士だった。その真実にクルスは内心苦笑する。しかし表だってそのことを指摘したらすれば、せっかくの良い雰囲気が台無しになってしまうし、彼に対しても失礼極まりない。
それにクルスよりも肩書上は“格上”なのだがら、金の遠慮をする必要はない。 第一、乱獲した毒蜂の素材も換金済みで、懐は温かい筈。
クルスは素直に厚意を受け取ることにし、黄金色の麦酒を煽り、久方ぶりの骨付き肉へ噛り付く。
こんなに上質な食材が街の片隅にある酒場でも平然と出てくる。やはり田舎街とは違う。さすがは聖王国二番目の大都市。
毒蜂の群れを一人で討伐し、実はCランクだった剣士集団に、お礼とばかりに森から担ぎ出されて、クルスは彼らが拠点としている聖王国第二の都市【アルビオン】を訪れていたのだった。
「あの……もう一杯いかがっすか?」
樽のジョッキが空になり、すかさずクルスの隣に座っていた犬耳のビムガンが心地よい響きの声で聴いてくる。
「ありがとう。ではお願いできるか?」
「はいっす! すみませぇーん! これをもう一杯おねがいしまーすっす!」
「なんだよ、ゼラ。随分張り切ってるじゃん。もしかしてそちらさんにアレか?」
対面にいるリーダーの剣士がにやりとそういうと、
「あ、あれってなんっすか! べ、別にウチはそのぉ……」
犬耳のビムガンは、髪や鎧のように頬を真っ赤に染めて、消え入りそうな声を上げる。
転んだところを助けた大剣使いは――【ゼラ】と言う名の、女冒険者だった。顔立ちはまだ少しあどけなくて、女と言うよりは少女であろう。
さっきまでは深紅の大鎧を装備していたために良くわからなかったが、なるほど、ビムガンの女性はとても良い体つきをしていると聞くが、大いに納得できる。
「お待たせっす! どうぞっす!」
クルスはにこにこ笑うゼラからジョッキを受け取って、麦酒を流し込み、肉を屠る。
時折、豊満なゼラの胸元が気にはなった。しかしじろじろ見るわけにも行かず、だけども気になって、まぁ今日命を助けたから少しは良いかと、時々ほんのわずかに盗み見るクルスなのだった。
隣には愛らしい女性がいて、目の前には彼に感謝する若い冒険者たちがいた。先日までとはまるで雲泥の差だった。
やはりこうして誰かに感謝されるのは心地よいものだし、今日、身を挺して戦ってよかったと思う。
穏やかで、満ち足りた夜。
そんな彼の頭に僅かに引っかかることがあった。
特に隣に座ってニコニコとしているゼラをみていると、どことなく“彼女”のことを思いだしてしまう。
(今頃あのアルラウネは何をしているのだろうか……?)
仕留めたブレードファングでは物足りなそうだった。
今でもお腹を空かせているかもしれない。
(いや、あの怪物は俺を食べようとして、だから逃げて……)
だが、本当にそうだったのか? 昨晩アルラウネと何があったかは分からない。少なくとも一晩はああして添い寝をしていたのだろう。腹が減っていたのなら、その時に食べれば良かったのではないか。しかし理由は分からないが、あの怪物はそれをしなかった。そう考えると、そもそもアルラウネはクルスを食い物としては見ていなかった、という予想に繋がって行く。
(ならあの別れ際の切なそうな顔は何だったんだ……)
どこか残念そうで、寂しそうで、切なそうな、上半身だけは美しい魔物の姿が脳裏に焼き付いて離れない。もしかすると、これはあのアルラウネが持つ“毒”の効果なのかもしれない。
「今日は本当にありがとうございましたっす! またどこかでお会いしましょう、クルス先輩!!」
犬耳のビムガン【ゼラ】は店先でパーティーの代表として、クルスへ改めて礼を言った。そして夜のアルビオンの街へと消えてゆく。
「先輩か……」
その言葉を聞いて、嫌な思いがよみがえり胸がちくりと痛む。毒蜂に刺されたよりも遥かに痛みを伴っている。未だにフォーミュラたちから受けた仕打ちが心に暗い影を落としている。このまま一人でいると、その痛みに押しつぶされてしまいそうだった。
本当はゼラ達と別れずに、一晩を過ごせばよかった。だけどこのまま飲み続けたら、ずっと堪えていた悔しさや悲しさを吐露しかねない。若い彼らの前で良い歳をした大人が情けない姿をみせてしまいかねない。そんな自分を想像するとすごく恥ずかしくなって、本当は辛いくせに我慢をしてしまっていた。
だけど、やっぱり、辛いものは辛い。できれば今夜は一人では居たくない。でもそう都合よく傍に居てくれる“人”は居ない。
だからこそクルスは決意し、手の中にあるごつごつとした魔石を強く握りしめる。
そして街を出て、森へと向かっていった。今朝逃げ出した“アルラウネ”へまた会うためだった。
我ながらどうしてそういう決断をしたのかよくわからなかった。
でもなんとなく、なんの確証も無いはずなのに。それなのにあのアルラウネは、今の彼を受け止めてくれるような気がした。そんな気がしてならなかった。
しかし森に踏み込んで非常に重要なことを思い出す――そもそもあのアルラウネのまた出会うにはどうすればいいのだろうか?
そんなことを考えていると、風のものでは無い、澄んでいて響きの良い音が聞こえ始める。
聞き覚えがあるような歌声のような音に惹かれてクルスは歩き出す。
そして――
「き、来た! 獲物っ!!」
しばらく歩いて、木々の間を抜けると、上半身だけは美しい件(くだん)のアルラウネが綺麗な声で、物騒なセリフを叫ぶ。
*執筆を終えている100%完結保障の作品です。続きが気になる、面白そうなど、思って頂けましたら是非お気に入りなどをよろしくお願いいたします!
本日はここまでとします! また明日、よろしくお願いします!
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