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【二章:樹海の守護者と襲来する勇者パーティー】
勇者からの命令(*ビギナ視点)
しおりを挟む*あんまりもやっとしないでくださいね。ちゃんと終盤で解決しますから。
ストレス展開箇所です。
「よし、準備オッケーと! 明日は頑張らないと!」
魔法使いのビギナは宿泊先の部屋の一室で、わざと明る声を上げた。
彼女の小さな胸の中には、大きな不安があったからだった。
明日は危険な樹海へ赴くという緊張もある。
しかしそれとはまた別に、言葉では説明のつかない漠然とした不安があった。
不意に人より聴覚に優れる耳が、扉の向こうから足音を聞き取った。
その聞き覚えのある足音に、嬉しいような、不安なような、不思議な気持ちが膨らんでゆく。
やがて靴音は止まり、ノックが部屋に響き渡る。
「俺だ、ビギナ」
「は、はい! い、今開けますねっ!!」
ビギナは扉へ飛んで行き、迷わず扉を開ける。
瞬間、彼を感じさせる香りが一気に広がって、胸の内が僅かに華やいだ。
弓使いのクルス――ビギナが恐らく、両親と同等か、それ以上に信頼している彼だった。
いつもだったらこうして会えたことに喜びだけを感じる筈だった。
しかし今は、もやもやとした気持ちが喜びをわずかに上回っていた。
「こんばんは先輩。中へどうぞ」
「ありがとう。しかし大丈夫だ。すぐに済む」
「あ、はい……」
「明日の依頼の件なのだが……」
「……」
「すまないが、行けなくなった」
「ッ!?」
なんとなく彼がそう言ってくるのではないかと予感していた。だから覚悟も決めていた筈だった。
しかしいざ、こうして現実を突きつけられると、急激な虚脱感が全身へ広がって行く。
「そう、ですか……」
「誘ってくれたことには感謝している。だが俺は他にやるべきことができた。俺はそこへ向かわなければならない」
「……」
「ビギナ?」
「それは先輩にとって、とても大事なことなんですか?」
せめてもの抵抗。しかしそれ以上の上手い言葉が見つからなかった。
「ああ、大事だ。とても」
彼は淀みなく答える。もはやこれ以上、ビギナに紡げる言葉は無かった。
「もう一つ伝えたいことがある」
「えっ?」
「ビギナ、君もこの依頼は断ってくれ。この依頼は君が考えている以上に危険だ」
「ちょ、ちょっと待ってください! 急に私もって……」
「本当に危険なんだ! 頼む、断ってくれ! 頼むッ!!」
彼はこれまで聞いたことも無いような切迫した声を上げて、深々と頭を下げた。
訳が分からないのは確か。だけどもビギナは知っている。
彼は、クルスという冒険者は他人を思い、そして大事にしてくれる人。
だからこそ彼女はずっと教えを乞い、そして慕っている。今も、昔も、ずっと変わらず。
それはきっとこれからも変わらないし、変えるつもりもない。
「本当に危険なんですね……?」
「ああ、そうだ。危険だ! 頼むっ!」
「……わかりました。先輩を信じます。だから頭上げてください。こんな小娘に、いつまでも頭なんて下げ続けてたらみっともないですよ?」
努めて明るくそう声をかけた。
顔を上げた彼は、まるで憑き物が取れたかのように安堵した表情を見せていた。
それだけで、この一見意味の分からない懇願が、ビギナ自身のためのものだと強く感じるのだった。
「ありがとう聞き入れてくれて」
「いえいえ。忠告ありがとうございます」
「夜分遅くに済まなかったな」
「全然。あの先輩……」
「?」
「また、会えますよね……?」
「……ああ、必ず。落ち着いたらまたショトラサへ寄らせてもらう」
その力強い言葉だけで、十分だった。
ビギナは彼を笑顔で見送り、そして扉を閉ざす。
「はぁー……またフラれちゃったなぁ……」
思わず突き出たのはそんな言葉は、静かな部屋へ溶けて消えてゆく。
たしかにまた共に戦うという願いは潰えた。
しかし彼は今でもきちんと自分のことを考えてくれている。彼の中には形はどうであれ、自分が今も存在している。
今はそれがわかっただけで十分嬉しかった。
そこからビギナの行動は早かった。
さっき整えたばかり戦闘準備を解除し、すぐさま荷物をまとめ始める。
ショトラサへ戻る夜行馬車の最終便まで、残り時間は少ない。
彼女はまとめた荷物を掲げ、そして宿屋を出てゆく。
そんな彼女の背中を、黒い影が覆ったのだった。
「こんばんはビギナ。こんな夜更けに荷物をまとめてどうしたのかな?」
不快な記憶を呼び起こす声が背中を突いた。
「あら“勇者パーティー”の皆さんこんばんは! 明日が依頼当日だというのに夜遊びですか? 余裕なんですね!」
踵を返したビギナは、わざとらしい笑顔を送り、皮肉を口にした。
より装備が充実し、力を増した重戦士――ヘビーガ
更に強力そうなメイスを手にした大女で、闘術士(バトルキャスター)――イルス
斥候とは思えぬ煌びやかな軽装鎧を装備した、イルスの婚約者(フィアンセ)の小男――ジェガ
妙に露出が高い装備をした弓使(アーチャー)いの女――マリー
そして、黄金の鎧を身に纏い、立派な聖剣を腰から下げた魔法剣士――フォーミュラ=シールエット
以前、クルスに命を助けられながらも、彼をパーティーから追放し、あまつさえ彼を庇ったビギナを傷つけた連中である。
更にクルスが離脱した後、フォーミュラから酷い仕打ちを受けた彼女は、露骨に不快感を示した。
「そう怖い顔しないでよ。あの件に関しては謝罪をしただろ? たかーい慰謝料だって即金で支払ったわけだし」
「……御用はなんですか、勇者様。私は今から地元へ帰るところなのですけど」
「逃げるの?」
「はい。良く考えたらアルラウネやマンドラゴラがいる樹海は危険だと思いまして。まだ命も惜しいですしね」
「そうなんだ。せっかく誘いに来たのに残念だ」
「っ!!」
この軽薄で、最低最悪な男を、この場で殴り倒したかった。
しかし相手はすでに個人で“侯爵”並みの権力を有する冒険者。
国家の依頼で様々な危険な任務を遂行する“勇者”である。
Bランクのビギナがたてつけば、不敬罪で、この場で切り捨てられても文句を言えない立場にある。
そもそもこの依頼はクルスと組んで、彼の活躍を後押しをしたいだけだった。
だからこそ、もう二度と会いたくはないフォーミュラ一党が参加をしていても、我慢をしようと思っていた。
しかしその必要はもうない。彼がこの依頼を受けないのなら、ビギナも請け負う必要は全くない。
ビギナは一呼吸置き怒りを鎮め、冷静さを取り戻す。
「申し訳ございませんでした勇者様。せっかくお誘いを頂いて恐縮なのですが、私はこの依頼から引かせていただきます。よって勇者様の御誘いを受けることはできません。申し訳ございません」
「そっかぁ。やっぱお願いじゃだめかぁ……」
「申し訳ございません。最終の夜行馬車まで時間がありませんので、私はこれで」
「じゃあ……勇者フォーミュラ=シールエットとして、Bランク魔法使いビギナへ命ずる! 速やかに装備を整え、我が戦列に加われ! これで良いかな、マリーさん?」
フォーミュラは軽薄な笑みを浮かべつつ、今の“女”の弓使いのマリーを見やる。
「はい、結構です。ビギナさん、これは勇者の命令です。冒険者である貴方ならば、拒否権が無いのはご存じですよね?」
勇者は冒険者の頂点である。故に、全ての冒険者は勇者に命じられれば、従わねばならなかった。
仲間になれと言われれば有無を言わずに従わなければならず、話しかけられれば顔色を伺って物品や情報を差し出し、勝手に家に上がり込まれて金や道具を巻き上げられても文句は言えないのである。
それこそ選ばし者の権利で、下賤の者が逆らうことは許されなかった。
命令に逆らえば最悪死罪、良くても、命令義務違反で冒険者ライセンスをはく奪されてしまう。
フォーミュラがぶら下げている聖剣も、それ欲しさに所有者を切り殺して手に入れたとも言われている。
善人を装った悪人。人の皮を被った悪魔――それこそがフォーミュラ=シールエットの本性である。
「……どうして私なのですか? 私でなければだめなのですか……?」
ビギナはせめてもの抵抗を試みる。
フォーミュラは満面の笑みを浮かべた。
「ほら、今回の依頼って、ビギナの言う通り結構危険じゃん? だからみんなをいくつかの臨時パーティーに振り分けて、そこへ必ず一人ずつ魔法使いをつけようってなったんだ。危なくなったら“退避魔法(エスケイプ)”でメンバーを転送してもらおうってね。その方が生還率が高くなりそうだし」
「……」
「で、参加する魔法使い振り分けてったら、そういや俺たちのパーティーの分が足りないなって。イルスでも良いんだけど、もっとちゃんとした魔法使いがついてほしいなって。そしたらそういえばビギナな居たって思い出してね!」
「そ、それならイルスさんで良いじゃないですか……なんでよりにもよって私を……」
「やっぱり妖精の血を引いているビギナに加わってもらいたいんだよ! もう、酷いことはしないって約束するよ。命令はさせてもらったけどさ、その分報酬は弾むし、期待してもらって構わないからね!」
ビギナは今では希少となってしまった妖精の血を引いている。
そのために彼女はクルスが離脱してから間もなく、フォーミュラに強姦されかかったのは記憶に新しい。理由はシールエット家の血筋に、妖精を加えたかった、とのことだった。
そんな身勝手な男に再び傅くなど、ご免皓無理たかった。
しかし命令の拒否は死罪か、良くてライセンスのはく奪。
相変わらず実家の経済状況は多少改善したものの厳しく、学費の支払いもまだ終わりの見通しが立っていない。
背に腹は代えられない。
それに――冒険者として、人間として強く慕うクルスも、ずっとこういう屈辱に耐えながら、精一杯冒険者稼業を続けていた。
そんな彼の背中をずっと見続け、その強さに憧れていた。
だったら彼の弟子として、後輩として、同じスタンスで居たい。そうすることで離れていても、彼を身近に感じられるはず。
それに冒険者でなくなってしまえば、もう二度とクルスに会えないような気がした。
今は耐える時。いつかまたクルスと時を重ねる日を願って。
「……わかりました。改めてよろしくお願いしたします、勇者様……」
ビギナは信頼するクルスの姿を思い浮かべつつ、苦渋の決断を下した。
「ありがとう! 改めてよろしくね、ビギナ!」
「はい……」
「そういやさ、君の実家のワインすごく美味いって親父が褒めてたよ! なんでも近いうちにGINAヴィンヤードと契約して、聖王都の上級市民向けに商売をするって言ってたね。良かったね!」
「そ、そうですか。これからも、親子ともどもよろしくお願いいたします。ありがとうございます……」
もはやこの男から逃れられない。ビギナは暗澹たる気持ちの中へ沈んでゆくのだった。
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