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【二章:樹海の守護者と襲来する勇者パーティー】
冒険者殲滅戦――<仮面マンドラゴラのベラ>(*ベラ視点 → クルス視点)
しおりを挟む『ベラ! ラフレシアが来るまであと10秒! 9、8、7……!』
蔓を耳に当ていたマンドラゴラの童女:ベラは“暗い洞窟の中”で、クルスに渡された“木の仮面”を手に取った。
仮面といっても、固い木の実の片割れへ、視野と呼吸のための穴が開けられた簡単なものである。
(なんでこんなもの着けなきゃならないのだ?)
なんだ窮屈そうなので、着けるのは正直嫌だった。しかしクルスは「ベラの今後のためだ」と言い切り、彼の味方であるロナも、きちんということを聞くよう言ってくる始末。
やれやれとベラは思いつつ木の仮面をつけた。意外と窮屈ではなく、ちゃんと視界も開けている。おまけになんとなく顔の辺りが温かくて、着け心地は予想外に良かった。
(これ結構、良いぞい!)
【3、2―― 来るよっ!】
蔓からロナの声が響き、仮面を着けたマンドラゴラのベラは正面の明るみへ注意を向けた。
光の中から頭に赤い花を咲かせた令嬢――ラフレシアが悠然と駆けてくる。
やや遅れて“がしゃりがしゃり”と装備品が揺れる音が聞こえてきた
「あとは頼んだわよ、マンドラゴラ! ってその仮面なに?」
「クルスに貰ったのだ! しゅこー! 僕は仮面マンドラゴラのベラなのだぁ! しゅこー!」
「な、なによそれ……まぁ、良いわ。よろしく頼むわよ!」
「おう! しゅこー! まっかせるのだぁ! しゅこー!」
仮面を着けているせいか、“しゅこー”という息遣いがちょっと気になるが、これはこれで面白いと思うベラなのだった。
ラフレシアが走り去り、洞窟の闇にまぎれた頃、冒険者集団が駆け込んで来る。
数は魔法使いを含めてきっちり15人。予定通り。
「ねえ様、今なのだ! しゅこー!」
最後尾のブーメラン使いの冒険者が洞窟へ飛び込むのを確認して、ベラは蔓へ声を掛ける。
瞬間、入口の方から“ドンッ!”と激しい破砕音が響き渡る。
地面を突き破り無数の“ロナの蔓”が生え、絡み合って、折り重なり洞窟の入口をぴったり塞ぐ。
「お、おい! 入口が!」
「なんだ!? 何が起こってるんだ!?」
「落ち着け! 冷静になるんだ!! 隊列を乱すな!」
「俺、暗いの苦手なんだよぉ!!」
外からの光を失い闇に飲まれた15名の冒険者たちは、環境の急変に慌てふためく。
あまりに予想通りすぎる人間のリアクションに、ベラはあきれるばかり。
そしてこの状況は、最高のチャンスであった。
「どっせぇぇぇーーいっ!! しゅこぉー!」
ベラは15名の冒険者たちへ向かって、得意のバインドボイスを放った。
スタンや気絶効果のある音波が、狭い洞窟の中で反響を繰り返す。
「「「「ぐわあああっ!!」」」」
本来、バインドボイスには正面への強い指向性があった。
しかし入口を塞がれて閉鎖空間になった洞窟で、バインドボイスの持つ状態異常を引き起こす特殊な音波は、反響し増幅され15名の冒険者の全周囲から襲い掛かる。
屈強な戦士達が次々、バタバタと倒れて行く様を見て、ベラは驚きで目を見開いている。さすがのベラも、バインドボイスでこれほど多くの敵をなぎ倒したことは無かったのである。しかしここでのベラの役目は未だ終わりではない。
(魔法使いを倒すのだ!)
仮面を被ったベラは腰から二振りの短剣を抜き、逆手に構えて走り出す。
するとベラの接近に気づいた。行動可能な剣士の冒険者が剣を構える。
「どっせいっ! しゅこー!」
「こ、子供だと!?」
短剣と片手剣がぶつかり合い、闇の中へ赤い火花を散らす。
そして、この状況になって、何故クルスがベラへ“仮面を着けるよう”促したのか理解した。
(この人は、Dランクの剣士のおっちゃん!? じゃあ……)
くるりと身をひねって飛び、少し離れた地点に着地する。そして、目前で武器を構える冒険者を仮面の裏から見渡す。
よくギルドで声をかけてくれるDランクの剣士のおっちゃん。
同じ等級だからと、いつも色々と情報交換をしてくれる若いEランクの格闘家。
たびたびベラを“ちび”と言っていじめるが、たまに依頼(クエスト)を手伝ってくれるEランクの戦士。
目の前にいるのは顔見知りの冒険者ばかりだったのである。
たしかに彼らに“Eランク冒険者:ドッセイ”の正体が、“マンドラゴラのベラ”と知られるのは、後の活動のことを考えると面倒だと思った。おいそれと依頼へ誘ったり、時々食べ物をねだることも難しくなる。
(こいつらは僕の冒険者活動に便利な、いい奴らなのだ!)
「やるぞ! アタックッ!」
Dランク剣士と共に、Eランクの格闘家と戦士が突撃を開始する。
「どっ、せぇぇぇぇぇーーいっ!! しゅこぉぉぉー!」
「「「ぐわぁーっ!!」」」
ベラは渾身のバインドボイスを放った。強烈な音波は三人の冒険者をその場に釘づける。
「どっせい! しゅこー!」
「ぐわっ!?」
飛び上がり、短剣の嶺でEランク格闘家の首筋を一撃必殺(クリティカルヒット)!
吹っ飛んだ格闘家は伸びて、そのまま動かなくなった。
「このちび助がぁっ!」
戦士の大斧がベラへ振り落とされる。しかしベラは、背中から蔓を生やし、天井の鍾乳石に絡めて高く飛んで回避する。
「どっせい! しゅこー!」
「ぐはっ!」
落下と同時に激しい頭突きを、戦士の頭へ一撃必殺(クリティカルヒット)!
ベラほど頭が丈夫ではない戦士は、昏倒して倒れる。
着地したベラは残ったDランク剣士とにらみ合う。
「はあぁぁぁっ!」
Dランク剣士は丸盾を前面へ突き出して、突っ込んでくる。
ベラもまた双剣の柄をより一層強く握りしめ、走り出した。
「どっせい! しゅこー!」
「なっ――!?」
ベラは剣士の丸盾をステップにして飛ぶ。剣士の頭上さえも飛び越え、双剣を振り上げる。
落下予測地点――そこにはようやくバインドボイスの効果が切れて、よろよろと起き上がる“魔法使い”の姿があった。
(こいつは――知らないやつ! なら遠慮はいらないのだ!)
「どっせぇーいっ! しゅこー!」
「がはっ!?」
ベラの双剣が魔法使いを盛大に切り裂いた。
左右から真っ赤な火球(ファイヤーボール)が降り注いでくるが、ベラは跳躍して避けた。
「どっせぇーいっ!! しゅこーしゅこー!」
「ぎゃっ!!」
ベラは右の魔法使いへ狙いをつけ、双剣で杖ごと魔法使いを切り倒す。
(残り、一人ぞい!)
「あわ、あわわわ……!」
踵を返すと、そこには尻もちを突いて、唇を震わせる情けない魔法使いの姿が。
「しゅこー……しゅこー……次はお前なのだぁ。しゅこー! 覚悟するのだぁ! しゅこー!」
「な、なんだ、お前は!? なんなんだ!?」
「僕は――仮面マンドラゴラ! しゅこー! 倒されたくなかったらさっさとこの場から去るのだぁ! しゅこー!」
「お、お助けぇー!!」
ベラが妙な息使いをして脅かすと、魔法使いは慌てて杖を掲げ、魔力の輝きを放った。
その輝きはベラが倒した魔法使いと、彼のグループに属していた知り合いの冒険者たちを包み込み姿を消してゆく。
更にベラに軽く切りつけられた魔法使いたちも、次々と魔力の輝きを放つ。
15名の冒険者たちは、魔法使いが行使した退避魔法(エスケイプ)で、尻尾をまいて退散してゆくのだった。
「みんなまた会ったときは協力よろしくなのだ。しゅこー」
ベラは洞窟の中で知り合いの冒険者のことを考えながら、そうつぶやく。
そして暗がりの中でずっと状況を伺っていた“ロナの蔦”へ駆けて行った。
「ねえ様、クルス、敵を倒したのだ! しゅこー。さいきょうの僕をほめるのだ! しゅこー!」
●●●
「クルスさん、ベラからも予定通り敵を倒したと連絡がありました。私自身でも確認し、間違いありません」
ロナの報告を聞き、クルスは思った以上に成果が出たと内心驚いていた。
(これで露払いは終わった。残るは――)
最近、冒険者の最高峰“勇者”に任じられし、魔法剣士フォーミュラの一党。
各メンバーも“勇者パーティー”らしく精鋭ばかりなのは、クルスも重々承知している。
更にそこには来て欲しくなかった後輩の“ビギナ”もいるらしい。
しかし彼らを退けなければ、この戦いは終わらない。
「クルスさん……」
心配気にロナが声をかけてきた。
「ラフレシアも一緒にいるんだ。心配ない。いつものように必ず戻る。約束する」
クルスは努めていつも以上に、自信ありげに答えた。
不安もある。自分では手に余る連中だということは十分承知している。だからといって弱気な姿を見せてはロナに無用な不安を与えるだけ。
何よりも、負ける気など毛頭なかった。
クルスは決意を改め、ベラに渡したものと同じ不気味な“仮面”で顔を覆う。
そして森の草木を縫い込んだマントを羽織った。
その姿はまるで顔のついた樹木。まさに樹木の化け物といった成り。
こういう魔物を図鑑で見たことがあるような気がした。
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「では行ってくる!」
「はい! お気をつけて! すぐにベラ達が合流すると思います!」
ロナの見送りを受けて、樹木の化け物に扮したクルスは駆け出す。
(ビギナ、待っていろ! これがもしも君の危機ならば、必ず助け出す!)
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