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【三章:羊狩りと魔法学院の一年生たち】
魔法学院の一年生たち
しおりを挟む「君たち、こんなところで何をしているんだ?」
声をかけると同じ格好をした三人の童女は一斉に身構えた。
紺の膝上丈のスカートと、白のブラウス。ブラウスの首元には聖王国のシンボルである“剣と杖の十字”のエンブレムが輝き、赤いロープタイを緩く締めている。肩から下げた揃いのポシェットに、灰色をした短いマント――このマント色はたしか入学したての“一学年”を表しているのだと、以前卒業生のビギナに聞いたことがあった。
歳で言えば“10歳”程度だろう。
(魔法学院の一年生か。しかし何故こんなところに?)
聖王国の最高学府の女子生徒たちが、こんな辺鄙なところで何をしているのか。皆目見当もつかない。
「オーキス……!」
綺麗な金髪に、丸くて青い瞳を持つ、ひと際可愛い少女はおびえたように身を縮め、
「だ、大丈夫だから! リンカは隠れてて!!」
一番背が大きく、髪をポニーテールに結った少女は、身体をがくがく震わせながらも、クルスを鋭い視線で見上げる。
「あは! おじさん盗賊さん? だったらやっつけてもいいよね? ねぇ、ねぇ!?」
銀の髪を二本に結った赤い瞳の少女は、長耳をしきりにぴくぴく動かして、好戦的な笑みを浮かべている。
どうやらこの娘はビギナと同じ“妖精の血”を引いているらしい。
目の前の三人の童女は、それぞれ違ったリアクションで、警戒心を示していた。
たしかに誰だっていきなり声を掛けられたなら、驚いたりするのは当たり前である。
「いきなりすまない。泣き声が聞こえて気になったので立ち寄ってみた。俺はクルス。冒険者だ」
クルスは努めて穏やかさを意識して声をかけた。
「冒険者!? じゃ、じゃあここはどこかわかりますか!? ザーン・メルの祠じゃないですよね!?」
と、声を上げてきたのはポニーテールの少女。
「ここはアルビオンの北方にある樹海だが……」
「樹海!? 五大怪人が生息する、あの樹海なんですか!?」
「あ、ああ、そうだ」
「うそ、やだ、どうしよう……こんなところになんで……!」
ポニーテールの少女は突然ぶつぶつとつぶやきだし、頭を抱える。
明らかに動揺している。
「どうしよう、あたし……! ああもう!」
「まずは落ち着け。焦ったところで、状況は変わらないぞ」
クルスは少女の肩を叩きつつ、声をかけた。
「なんで!? ああ、やだ! あたし馬鹿すぎ! どうしよう……」
「落ち着け!」
「ッ!!」
「浅い息は不安をより煽る。こういう時はまず呼吸を落ち着けて、冷静さを取り戻すんだ。やってみろ!」
少し強めにそういうと、ポニーテールの少女はおとなしく、言われたとおりに深呼吸を開始する。
するとずっと強張っていた肩からゆっくりと力が抜けてゆく。
「あっ……本当だ……凄い……」
「少しは落ち着いたか?」
「はい。ありがとうございます。ご迷惑をおかけしました……」
「構わん。もしよかったら何があったか聞かせてくれないか? ここで会ったのも何かの縁だ。もしも力になれることがあるのなら力になりたい。どうだ?」
「え、でも……」
「いーんじゃない? どのみち私たちだけじゃどーしようも無さそうだしさ。もしこのおじさんが小さい女の子が大好きな変態さんならこのサリス様がぶっぱしてあげるからへーきへーき!」
妖精の血を引いている少女は物騒なことを言いつつも、クルスの助けを望んでいるらしい。
「わ、私も、サリスちゃんに賛成、かな……? この人に話してみるだけでもいいと思うかな……」
ポニーテールの少女の後ろに隠れていた、金髪の少女がか細い声を上げた。
「もしも不要なら大人しくこの場を去ろう。どうするか?」
「……わかりました。お願いします。あたしはオーキス=メイガ―ビーム、ご覧の通り魔法学院の一年です。で、こっちがルームメイトの、」
「サリス様だよ!」
ポニーテールの少女――【オーキス】の言葉を遮って、妖精の血を引いている少女――【サリス】は、元気よく名乗りを上げる。この子に関して、不安な様子は感じられない。
「で、あたしの後ろにいるのが同じくルームメイトのリンカ=ラビアンです」
そういうオーキスの後ろで、黄金の髪と青い瞳のひと際可愛らしい少女――【リンカ】は、僅かに頷いて見せた。
(メイガ―ビームに、妖精の末裔、そしてラビアン……凄い一党(パーティー)だな)
聖王国討伐・遠征両兵団へ建国以来ずっと正式装備を納入し続けている武器商人メイガ―ビーム。
強い魔法特性を持つ“妖精(エルフ)”の血を引く少女。
そして聖職者としても魔法使いとしても有名なローズ=ラビアン女史と同じ姓を持つ少女。
聖王国での有名どころが一堂に会している。さすがは最高学府:魔法学院の生徒たちだと改めて思った。
「では改めて聞くが、どうしてこんな辺鄙なところにいるんだ? 先ほどの様子ではここがどこかさえも知らない様子だったな?」
「はい。さっきクルスさんに教えていただくまで、どこか分かってなかったです……」
オーキスはバツが悪そうだが、素直に認める。
「本当はザーン・メルの祠で実習をする予定だったんですけど……その……」
「実習とは“冒険者実習”のことか?」
「はい。良くご存知ですね?」
「後輩に卒業生がいて話を聞いたことがあるからな。ここは君たちが計画していた実習場所とは違ったと。そういう認識で構わないな?」
オーキスはサリスやリンカへ申し訳なさそうなさそうに目配せをしつつ、弱弱しく頷く。
「ま、間違えちゃったのは仕方ないんだから、気にしないで! 大丈夫だからっ!」
リンカはオーキスのマントを引っ張りつつそう言って、
「私もぜーんぜん、気にしてないよぉ! むしろ樹海(ここ)の方がめっちゃ楽しそうじゃん! どんな魔物が出てくるか、今からワクワクだよー! あは!」
サリスに至っては言葉通り状況を楽しんでいるらしい。
しかしこの状況の原因を作ったオーキスは、割り切れていないらしい。
「リンカ、サリス……でも……」
「仲間がそう言ってくれているんだ。気にするなとは言えないが、必要以上に気に病む必要はない。むしろ今は、この状況を打開するのが最優先だと思うが、違うか?」
「……いえ、クルスさんのおっしゃる通りです。間違えちゃいましたけど、もう実習は始まってるんです。早く何とかしな……!?」
オーキスは再び表情を強張らせて、身構えた。
サリスやリンカ、クルスもまた同種の気配を感じて、周囲を警戒し始める。
周囲の草がガサゴソと揺れ、更に硬さを思わせる奇妙な音が辺りに響き渡る。
「ひぃっ!」
リンカは草の間から湧き出た無数の大きなムカデを前にして短い悲鳴を上げ、オーキスの背中に隠れる。
危険度E――兵百足(ソルジャーセンティピード)。
一匹ではさほど難儀する魔物ではないものの、数が多く難儀するのは必至に思われた。
「だ、だいじょうぶだよ! あ、あたしがなんとかしてあげるから!」
と、リンカの壁になっているオーキスも気味の悪いムカデの集団を前にして引きつっていた。
「あは! たくさんたくさーん! サリス様、がんばっちゃうぞぉー!」
「こら、待てッ!!」
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