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【四章:冬の樹海と各々の想い】

襲い来る侍女騎士

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「陣形スペキュレーション! 皆、全力でゼラを支援しろ!」

 クルスの指示がとび、五人は矢のような形に陣を組む。

 前衛の三人が密集し、後衛が縦列に配され支援する突撃陣形である。
基本的に前衛は物理攻撃を得意とするメンバーが配される。
しかし今回は変則的に双剣を装備するベラを先頭に、錫杖の刺突剣をもつビギナとモーラの学院コンビがついていた。

 植物魔人(プラントジン)は鳴き声もなく腕を掲げた。
何本もの蔓の鞭を吐きだされ、前衛を狙い襲い掛かる。

「どっせい!」

 ベラはまるで曲芸師のように飛んだり、跳ねたりを繰り返して、鞭の間を掻い潜る。
鋭い二振りの刃は順調に蔓の鞭を切り裂いてゆく。

 ベラに並ぶ、ビギナとモーラの動きは鮮やかだった。
刺突剣を振るたびに錫がリンと鳴り響き、惚れ惚れとする戦いぶりだった。
クルスは二人の戦いぶりを見て、どことなく上等な演舞を思い浮かべる。
 しかしぼぅっと見物しているのが、今のクルスの仕事ではない。

 彼は前衛三人と植物魔人の動きを注視し、合間で矢を撃ち込み、後方を守る。
 彼の後ろでは目を閉じたゼラが、静かに呼吸をしつつ、それでいて確実に力を蓄えていた。

「きゃっ!」
「っ!?」
「なのだぁー!」

 目前で植物魔人が巨大な拳を振り落とし、その衝撃で身軽な前衛三人が吹っ飛んだ。
しかし時間稼ぎはもう十分。

「うっす! 練気終了っす! 行くっす!」

 背後からゼラの気合いに満ちた声が聞こえた。

「背中を使え!」
「うっす!」

ゼラはクルスの背中を踏み台にし飛ぶ。
練り上げた気によって、身体を真っ赤に輝かせたゼラは、矢のような速度で植物魔神へまっすぐと飛んで行く。。

 植物魔人は腕を掲げて蔓の鞭を放つ。
しかしゼラの纏う赤い輝きに触れた途端、蔓の鞭は瞬時に燃え尽き灰へと変わった。

「んなもん、ウチには効かんっす!」
「!?」
「そぉーれっすっ!」

 ゼラは大剣と共に赤い閃光となって、植物魔人の腹を貫き、風穴を開けた。
風穴から炎が沸き起こり、それは燃え広がって、植物魔人を紅蓮の炎で包み込んだ。

「これぞ猛虎剣奥義の一つ! 破滅虎(ブレイクタイガー)っす!」

 炎に巻かれた植物魔神は倒れ、一瞬で燃え尽きるのだった。

「良くやったゼラ。ありがとう! 凄いぞ! 素晴らしいぞ!」

 見事なゼラの戦いぶりに、クルスは少し興奮気味に称賛する。
するとゼラは、顔を真っ赤に染めつつ八重歯を覗かせた。

「あ、あはは! いえいえっす!」
「君がいれば百人力だ! この先も頼むぞ!」
「う、ういっす! ウチ、頑張るっす!」
「いい調子だ! よし行くぞみんな! 付いて来い!」

 クルスは再び頭上の蛇へ矢を撃ち込み石化させ先んじて進む。
 そんなクルスの背中を見て、ゼラは口元を緩めた。

「普段は寡黙なくせに、こういう時ばっかり子供っぽくなって卑怯っす。子宮が疼きやがりますっての……」
「ゼラ、はやく!」

 すでにビギナたちはクルスの作った蛇の踏み台を登り始めていた。

「今行くっすよぉー!」

 ゼラは芽生えた胸の高鳴りに興奮しつつ、クルスたちへ続いて行くのだった。


⚫️⚫️⚫️


 クルスは最後のステップを踏み、回廊へ飛び乗った。
 上は毒々しい肉壁で封じられて、空は見えない。目の前には人の通れそうな穴が開けられている。

 誘いは明らかだった。これはきっとセシリーからの挑戦状である。
だからと行って今更引き返すわけにも行かない。

 それは彼に続く一党も同様の考えのようだった。

 クルスたちは各々の所持品から回復薬などを取り出し、煽った。
失った体力が薬効によって回復を果たす。

「行くぞ」

 クルスの声を合図に、五人は狭く暗い、穴へ入り込んでゆく。

 やがて視界が開け、これまでにないほど広い空間に出た。
しかし目前は、まるで霧がかかったのように靄で霞んでいて、一寸先の様子さえうかがい知ることはできそうもない。

「あ、あ、あああっ!! 私は! なんで、あの時……!」
「ど、どうしたっすか!?」

 突然奇声を発したビギナの肩を、ゼラは慌てて抱く。
しかしビギナはゼラの腕の中でしきりに「ごめんないさい、ごめんなさい……!」と意味不明な謝罪を続けている。

「ねえ様、やだ、セシリーもフェアも……うわぁぁぁーん!」

 ずっと勇ましかったベラは突然ぺたりと座り込んで泣き出した。

「こ、これは……胞子……くっ……!」

 辛うじてモーラは正気を保っている様子だった。しかし唇は青ざめていて、額からは冷や汗が浮かんでいる。

「ひ、ひゃぁ! 蜂は勘弁っす! く、来るなっす!」

 ずっとビギナを支えていたゼラも、頭を抱えてまた情けない声を上げ始めた。

 クルスもまた胸へどんよりとした重い感覚を抱き始めていた。

「――っ!?」

 突然、胸の奥深くへ封じた筈の記憶が堰を切ったかのように溢れ出て来た。

 尊厳を踏みにじられた勇者フォーミュラ=シールエットからの解雇通告。
自分の代わりに傷つけられたビギナの姿。
過去に感じた"嫌な記憶"が全身を駆け巡る。

 しかしそれはほんの一瞬だった。
嫌な記憶はすぐさま胸の奥に沈み、体に活力が舞い戻ってくる。

「やはり状態異常耐性のあるクルス殿には効きませんか……」

 生気を失った冷たい声が靄の中から聞こえてくる。
 向こうからやって来たのは赤い傘を被り、サーベルを腰に刺した麗人の成れの果て。

「フェア、これはお前の仕業だな? 誉ある騎士が精神攻撃など卑怯な真似を」

 クルスはフェアへあえて厳しい声をぶつけた。
 しかしフェアは無表情のままだった。
その顔はまだ出会ったばかりの、"クルスを敵"と認識していた頃のフェアの顔だった。

「どうとでも言うがいい。主が望まれるならば、その望みを叶えることこそ侍女騎士の努め」
「騎士としては立派だ。良い心掛けだ。ならばお前自身のこの状況をどう受け止めているんだ?」
「……ッ!」
「答えろフェア=チャイルド! お前自身の意思はどうなんだ!」
「黙れっ! 人間風情が生意気な口を叩くな!」

 クルスの叫びを受け、フェアの鉄面皮が激しく歪む。

「我が意思はセシリー様の意思。なぜなら私は今も昔もセシリー様の剣であり盾! セシリー様が望まれるならば、悪鬼羅刹になるのも厭わん!」

 フェアはサーベルを抜き、切っ先を床へ突き刺した。
床に亀裂が走り、そこから無数の蔓が現れる。それはフェアの下半身を飲み込み、押し上げ、形をなしてゆく。
そして巨大な黒い影がクルスへ落ちる。

「恐怖胞子弾(テラーシュート)が効かぬなら直接捻り潰すまで。覚悟しろ、クルス!」

 植物魔人の胸部に埋まったフェアは、巨大な拳をクルスへ落とした。
 辛うじて避けられたものの、今度は植物魔人の足が、彼を踏み潰そうと迫って来る。

 直前の植物魔人はゼラの武技によって倒せた。
しかし今の彼女に、さきほどと同じ活躍を望むのは酷というもの。

 それでもここでフェアと彼女の操る植物魔人を倒さねば、これ以上先へ進むことはできない。

(どうするべきか。何か手段は!?)

 クルスは植物魔人の執拗な攻撃を回避しつつ、必死に考えを巡らせる。
そのせいで脇から迫る、腕の存在を見落としてしまっていた。
しかし腕は直前で受け止められる。
 間に割って入ったゼラが大剣で植物魔人の巨大な拳を受け止めていたからである。

「お、遅くなってめんごっす!」
「ゼラ!」
「でも悪いけどウチもこれが限界っす! さっきみたいに破壊虎は使えんっす! だからビギッちを使うっす!」
「ビギナを?」
「うっす! ビギッちは闇属性魔法が使えるっす! この状況を逆転できるのは先輩とビギッちっす! だからここはウチらに任せるっす!」

 ゼラは大剣を押し込んだ。ゼラの膂力は巨大な植物魔人をふらつかせる。

「モーラさん、ベラっち! ウチらで先輩とビギッちの時間を稼ぐっす!」
「わ、わかりました!」
「なのだぁ! フェ、フェアにお仕置きなのだぁ!」

 三人は恐怖胞子による精神攻撃を、叫ぶことで払拭した。

「おのれ、猪口才な!」

 フェアは植物魔人から蔓を生やし、白い靄を吹き出す。
それを浴びたゼラたちは再び膝を突いた。

「こ、怖くなんてないっす……もう蜂なんかより、ウチは強いっす!」

 それでもゼラは自らを鼓舞しながら立ち上がった。

「なのだ! ねえ様は僕とクルスが助けるのだ! セシリーとフェアに、お仕置きするのだぁ!」
「私はもう一人ではありません……ガーベラのために私は生きて帰らねばならないのです!」

 ベラとモーラも立ち上がり、植物魔人へ立ち向かってゆく。

 彼女たちの頑張りを無碍にするわけには行かない。クルスは一人蹲り、涙を流し続けるビギナへ駆け寄った。

「わ、私は、先輩を、クルスさんを……そんなつもりじゃ……ごめんなさい! 許してください! ごめんなさい、ごめんなさい……!」
「ビギナ!」
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