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【最終章:ベルナデットの記憶】
英雄祭
しおりを挟む街道で襲いかかってきた盗賊は最近、巷を騒がせている【青鬼盗賊団】という連中だったらしい。
残念ながら盗品の捜索依頼は出ていなかった。しかしそれが無くとも十分と言えるほどの報償金を、立ち寄った村の憲兵隊からもらうことができたのだった。
「皆さま、行きますよ! そーれっ!」
フェアの掛け声に従って、報奨金を使って手配した馬車の中へ、ロナを車椅子ごと乗せてゆく。
車いすは相当な大きさのため、車内の大半のスペースを使ってしまっていた。
五人で乗るには少々窮屈そうだが、ガマンするしかなさそうである。
「クルス、まずはお前から座るのだ!」
「ん?」
「いーから早くするのだ!」
ベラに促されるまま、クルスは馬車の椅子へ腰を据える。次いで入ってきたベラが、ぴょこんと飛んで、クルスの膝の上へ乗っかった。
「な、なんだ急に?」
「これで窮屈解消なのだ! クルスは今から僕の席なのだぁ!」
「あ――っ!! ベラ、なにやってんのよ!!」
眉を釣り上げたセシリーが乗り込み、すぐさまベラを睨む。
「なにって、クルスの膝の上に乗ってるだけなのだ! 何か文句あるか!?」
「別にクルスの膝の上じゃなくても良いでしょ!?」
「いやなのだー。僕はここがいいのだー」
「降りなさいよ!」
セシリーに怒鳴られてもなんのその。ベラはクルスの膝の上で、腰を動かしてご機嫌な様子だった。
まだまだ未熟だが、それでも柔らかいベラの感触が、ぐりぐりクルスを責め立てる。
もっとも、ベラ自身は無自覚なようだが。
「いやなのだー」
「このぉ!」
「お止めなさい二人とも!」
フェアの叫びにセシリーとベラは背筋を伸ばす。
そしてフェアはセシリーとベラを隔てるようにクルスの隣へ勢いよく座り込む。。
「ちょ、ちょっとフェア、なにしてんのよ! 退きなさいよ! 主としての命令よ!」
「申し訳ございませんがその命令は聞きかねます。もはや私はあなたの命令を忠実に守る気はございません! 間違いを正しつつ、お守りするのが私の使命。これが私の意思です! ゆめゆめお忘れなきよう!」
「わ、わかったわよ、もう……」
セシリーは不満げだが大人しくフェアの隣に座るのだった。
「やーい、怒られたのだぁ!」
「ベラ、あなたもこっちへ来なさい?」
と、ロナは笑顔で穏やかに声を出す。
ベラは分からない風を装って首を傾げる。
「早くなさい」
「ひっ!!」
ロナの冷たい声を受け、ベラはぴょんと飛び上がった。
そして彼女の膝の上へ、大人しく収まり、ガタガタと震えている。
お姉さん様々だった。
「すみませんでしたフェアさん。助かりました」
「こちらこそお嬢様が御迷惑をおかけし申し訳ありませんでした」
フェアは苦笑いを浮かべつつ、そう答えた。
「ありがとうフェア。助かった。礼を言う」
クルスも助け舟を出してくれたフェアへ礼を言う。
すると彼女は珍しく柔らかい笑みを浮かべた。
「いえ。自分の意思に従って行動したまでです」
「成長したな、君も」
「ありがとうございます。こうした行動が取れるようになったのもクルス殿のおかげです」
「そうか?」
「はい! 休眠期前に、あなたに散々投げ飛ばされて、すっかり考え方が変わりましたので」
「……そ、そうか」
今さらながら、あの時散々投げ飛ばしたのは、少々やりすぎだった思う。
「感謝しております。今後とも、未熟な私へのご指導ご鞭撻のほどをよろしくお願いしします!」
しかしフェアがは、頬を少し赤く染めて微笑んでいた。
彼女も彼女なりに少しずつ心を成長させている。それが見られて嬉しいとクルスは思った。
「ちょっとフェア、あんたまさか……」
「なのだぁー! フェアがクルスの隣に座りたかっただけかぁ!?」
「あらあら。もしかしてフェアさんも……?」
「えっ? い、いえ、違います! これは!! わ、私は決してクルス殿へ邪な気持ちなど!!」
てんやわんやの中、馬車が走り出す。
馬車の終着点。クルスとロナの念願だった目的地――聖王国第二の都市"アルビオン"へ向けて。
その名前は“聖王国”建国以前に、この大陸で災禍を招いた”魔女”を、自らの命と引き換えに滅ぼした“勇者アルビオン=シナプス”に由来する。
真に勇敢なる者の名を持つ巨大都市は、聖王国の交易の中心として、あるいは首都の聖王都を守る盾として、順調に発展を遂げている。
「ここがアルビオン……」
到着したアルビオンを見渡して、ロナは声を震わせていた。
珍しいのかきょろきょろと辺りを見渡している。
ただの感動、とは少し違うように感じるのは気のせいか。
「どうかしたか?」
「いえ……どうもしないのですけど、少し……」
「少し?」
「ホッとするような、樹海に居る時のような、そんな……」
晴天に号法が幾つも鳴り響き、聖王国第二の都市アルビオンはいつも以上の人出で賑わっていた。
軒を連ねる屋台からは威勢の良い呼び込みの声が響き、辺りを見渡してみれば、珍しい品の数々が所狭しと並んでいる。
街のあちらこちには大道芸人が芸で彩りを添えている。憲兵や兵士、はたまた冒険者は普段手にしている武器の代わりに楽器を持ち、心地よい音色を響かせていた。
老若男女、誰もが明るい笑顔を浮かべ、騒ぎ、そして今日の祭典を心の底から楽しんでいる様子である。
「なんだ!? みんな僕たちと一緒かぁ!?」
ベラは辺りの人を見て、驚きの声を上げた。
更に道ゆく人々の多くが、綺麗に着飾ったり、中には魔物のような扮装をしている人もいたからだった。
「春の英雄祭は仮装をしてもいいんだ。この季節はこの街の名前の由来となった勇者アルビオン=シナプスが、初めて魔物の大群を退けたとされている。だから皆魔物のような格好をして、アルビオンの英霊を迎える風習なんだ」
「へぇー、じゃあ私たちも変装しなくて良いのね?」
セシリーは帽子を脱いで、頭の花を晒す。確かに違和感はない。
「ほら、フェアも!」
「お、お嬢様!?」
セシリーの手でフェアの頭を覆う頭巾が取り払われた。赤いキノコ傘が晒されるが、道ゆく人は誰も気に留めた様子を見せない。
「ベラ、あっちに美味しそうな食べ物の屋台があったの! 一緒に行かない?」
「おーまじか!」
セシリーはロナへ近づき、少し腰を屈めた。
「行きはありがとね。次はロナの番よ。クルスと二人っきりでゆっくり楽しんで」
「ありがとう、セシリー。すみませんが、ベラのことを頼みますね」
「ええ、任せて。さぁ、ベラいくわよ! どっちが美味しい食べ物を見つけられるか勝負よ!」
「おーう! セシリーには負けないのだぁ!」
セシリーとベラは元気よく走りだし、
「お、お二人とも、お待ちを! 走ったら危ないですよ!!」
慌てた様子でフェアは追いかけ始めた。
「クルスさん! 私にアルビオンの色んな所をみせてください! お願いします!」
「ああ」
クルスはロナの車椅子を押し、英雄祭で湧く、アルビオンへ踏み出してゆく。
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