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第一部 一章【大切な彼女と過ごす、第二の人生】

オンボロ山小屋と満身創痍の猛獣

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「念のために聞いておくが、君は薬師の修行の旅をしているのだろ? ここに留まっても良いのか?」
「はい! だって、ここが私の決めた旅の終着点でしたから!」

 朝陽の中でリゼルの爽やかな笑顔が映える。
 結局、予定していた夜間での山の探索はできなかったが、ぐっすり眠ったリゼルが元気を取り戻したのなら良い。
それはさておき、先ほどのリゼルの言葉を聞いて驚きを隠しきれなかった

 <ゾゴック村>が属する<スーイエイブ州>と、<ヨーツンヘイム>のある<マルティン州>は王国の端と端、東西に位置していた。
その過酷な道程をリゼルは小さな身一つで踏破をしていた。1人で心細かっただろう、危険なことも多々あっただろう。それでも挫けずにここまでやってきた。

「良くここまで頑張ったな」
「あっ……!」

 自然とリゼルの頭へ手が伸び、気付けばさも当然かのように栗色をした質感のよい髪を撫でてしまっていた。

「す、すまない!」

 ノルンは強い気恥ずかしさを感じて、すぐさま手を離す。
 昔、よく妹弟子のロトの頭を撫でていたので、その癖が出てしまったらしい。

「いえ、ちょっと驚いただけで、嫌じゃありませんから……むしろ、勇者様に褒めて頂いて光栄です」

 彼を見上げたリゼルは、顔を真っ赤に染めながらも嬉しそうに微笑んでいる。
逆に恥ずかしがった自分の方が恥ずかしくて仕方がなかった。

「ヨ―ツンヘイムの山々は珍しい薬草や木の実の宝庫。ネルアガマの天然の宝物庫、なんて、薬師の間では有名なんです。だからここに居られるのは私にとってとってもプラスなんですよ!」
「……」
「勇者様?」
「無断採集は違法ではないか?」

 リゼルに見惚れていたことを隠すべくとりあえず思い浮かんだこと言ってみた。我ながら、素っ気ない質問だと思う。
 しかし横に並ぶリゼルは、ノルンを見上げて、再びにっこり明かるい笑顔を向ける。
 
「だって勇者様が、これからこの山々の管理人さんなんですよね? お傍にいて良いってことは、ご許可もきっとくださいますよね?」
「まさか、君は最初からその目的で?」
「あ……ち、違います!! 勇者様のお側にいたいのは、貴方を支えたいだけで、採集はついでのついでで、えっとぉ!」
「冗談だ」
「へっ……?」
「君の気持ちはちゃんと理解している……つもりだ。うっかり口が滑っただけだ。すまない」

 ノルンの言葉を受けてリゼルは少し怒ったような、しかしすごくほっとしたような顔をする。

 彼女はよくコロコロと表情を変える。こうして話しているだけで、心が落ち着くし、楽しさを感じる。
 半ば強引に一緒に過ごすことにはなったが、孤独よりもだいぶマシな生活が期待できそうだった。

「一つお願いがある」
「なんでしょう?」
「俺はもう黒の勇者でも、バンシィでもない。だから、俺のことは"ノルン"で頼む」
「そう、でしたね……」

 リゼルの表情が曇った。黒の勇者バンシィは彼女にとって相当思い入れのあった存在だったのだと改めて思い知る。
ありがたいことだった。このことをもっと早く知れていたのなら、解任を受け入れず、連合と袂を分かつことになったとしても、勇者として名乗り続けていたかも知れない。しかしこれはたらればである。

「確かに黒の勇者バンシィは居なくなった。だけど君の中の勇者は死んでは居ない。たとえ名前をノルンに変えようとも、君の中にいる俺をまだ勇者と思ってくれているのなら、それで構わない」
「……」
「しかしその気持ちはリゼルの中で留めておいて欲しい。俺が勇者だったことが露見して、何が起こるのか予想がつかないからな。これが俺と共に過ごす必須条件だ」
「……わかりました」

 改めてリゼルの顔を伺ってみる。多少、気持ちは晴れたようで頬が僅かに弛緩していた。

「では、ノルン様、これからもどうかよろしくお願いします」
「様もいらないぞ?」
「さすがに呼び捨てなんてできません! 勇者様でないのなら、ノルン様! これは譲れませんっ!」

 ここでも発揮された義理堅く、頑固な気質のスーイエイブ人気質。
 とりあえず、今のところはこのままにしておいた方が良いのだろう。

「ノルン様ぁー! きっとこれがお住まいの山小屋じゃないですかぁー?」

 いつの間にかリゼルは道の向こうにて、元気よく声を張り上げている。
 気持ちばかり歩調を強めて歩き、彼女の追いついて林道を抜けた。

「これが、か……?」

 意図せず正直な感想が漏れ出す。

 巨大な草の塊。よく見て見れば、絡み合った蔓の間には、加工された木材の一部がみえるような。
 土地は開けているが、雑草は伸び放題。井戸の側には縄が切れた桶が無造作に投げ捨てられている。

 およそ人が住んでいたような形跡は見受けられない状況である。

(たしか俺の前任者は近くの街に暮らしていたというが、これはあまりにも……)

「なかなかの酷さですね。私の村でもここまでの廃墟はなかっ……ノルン様?」
「ん?」
「なんでそんなに楽しそうなんですか?」

 どうやら顔にもワクワク感が出てしまっていたらしい。

 確かに今、目の前にある廃墟はおよそ人が住むものとは思えない。だからこそやりがいを感じた。
 
(まずは雑草を除去して全体像を把握し、再建プランを検討しよう。庭は思いの外広いし、この辺りには畑を、石窯を作るのも悪くないな)

 剣聖は自分が引退したのち、住んでいた山を丸ごとくれるとしきりに語っていた。その頃から、自分が山を手に入れたのなら、住みやすくなるように工夫をしたいと、日々色々と考えていた。
 場所も、山へ再び入ることになった経緯も全く違うけれども、子供の頃に思い描いた状況が目の前にある。
ワクワクしない方がおかしい。 

「ふふ……くくっ……良いぞ、良いぞ。やってやるさ、まずは草だ。草を殲滅し、そしてふふ……はは……くふふ……!」
「あはは……」
 
 不気味な笑い声を上げるノルンをみて、リゼルは微妙な苦笑いを浮かべていた。
 当然、リゼルもこの山小屋を住まいとするのだから、彼女の専用スペースも設けなければ。
再建プランの中で、これがもっとも優先すべきことだと思った。

 そんな楽しい妄想を膨らませていた時、ノルンの背中が瞬時に泡立った。

「ッ!」
「きゃっ!?」

 ノルンは咄嗟にリゼルを強く抱きしめ、横へ飛んだ。
彼女を潰さないよう包み込みながら、地面を上を転がってゆく。
そして雑草に覆われた山小屋の方から、激しい破砕音が響き渡る。

 リゼルを庇うように立ち上がれば、山小屋には大穴が開けられてて、煙のように埃が舞い出している。

「グゥゥゥゥっ!」

 山小屋の中から腐った木片を払い除けつつ、黒々とした巨体が姿を表す。

 伸びた口から覗く凶暴な牙。地面をしっかりと踏み締める前足には、研ぎ澄まされた刃のような爪。

 相手は魔物ではなく野生生物ではある。しかしその中でも食物連鎖の最上位に位置する獣。
かつて剣聖に課せられた修行の中で、遭遇したら未熟なうちは真先に逃げろと教えられた存在。
山林を我が物顔で闊歩し、時に人さえも襲う、山の暴徒ギャング

「ガァァァァ!!!」

 ノルンの倍以上はある獰猛な獣――ギャングベアは、咆哮をあげながら前足の爪を掲げて、ノルンへ襲いかかる。
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