13 / 105
第一部 一章【大切な彼女と過ごす、第二の人生】
一方そのころ……とっても気楽な元勇者のノルン様♪
しおりを挟む「リゼル! リゼル!」
「は、はぁーい! なんですかぁ!?」
麗らかな朝陽の中、リゼルが炊事場からパタパタとやって来た。
「見ててくれ」
「?」
「ほ、ほら、ゴッ君……!」
ノルンが恐る恐る、ギャングベアの幼体:ゴッ君へ林檎の切れ端を差し出すと、
「グゥ!」
ゴッ君は愛らしい唸りを上げて、林檎へ齧りついた。
「あの……え?」
「食べたんだ、ゴッ君が俺の手から、林檎を! 昨日までは駄目ったのだが、今日は遂に!!」
「あ、ああ、なるほど……それはおめでとうございます?」
リゼルは微妙な笑みを浮かべているが、ノルンは全く気にしない。
ゴッ君が懐いてくれた。手から林檎を食べてくれた。
強大な邪竜を倒した時よりも胸が大きく高鳴り、興奮が抑えきれないノルンだった。
「ゴッ君も朝ご飯にしよーおいでー」
「グゥ―!」
「あー……」
ゴッ君はノルンのあげた林檎を放り捨て、一目散にリゼルへ駆けだしてゆく。
そして彼女の足へもふもふした身体をスリスリし始める。
(やはり真っ先に懐くのは父親代わりよりも母親代わりか……)
修業時代、妹弟子のロトも、自分ではなく剣聖リディに心を開いていたと思い出す。
こうして元勇者で、今は山林管理人のノルンの穏やかな一日が始まった。
今日の朝食はハムエッグに、田舎風パン、そしてふんだんに色とりどり野菜が使われたサラダボウル。特に今日のサラダボウルにはたっぷり土の香りを含んだオオナガ人参が使われている。
「そのお野菜、ケイさんや作業場の皆さんに頂いたんですよ。そちらのオニオンドレッシングをかけて……って!?」
「ん?」
振り返ったリゼルは不思議そうにみつめている。
ノルンはポリポリ軽快な音を立てながら、人参スティックを、何もかけずに飲み込む。
「あ、あの、ドレッシングいらないんですか……?」
「これだけでも十分に美味いと思うが?」
「は、はぁ……まぁ、ノルン様が良いなら良いのですけど」
「うん……良いぞ、味は濃いし、まるで土のような芳醇な香り……さすがはケイが栽培したオオナガ人参だ! 最高だ!」
「ふふ、ノルン様ってお食事を本当に美味しそうに召し上がりますよね?」
リゼルは心の底から楽しそうな笑顔をみせた。
こんな百点満点の笑顔が朝から見られたのだから、今日はきっといい一日なるはず。
「ああ、食事はなんでも美味いさ! だからまずは素材自体の味を十分に楽しみたいんだ。本当に久々の感覚だからな……」
「久々の感覚?」
「勇者の頃は聖剣の加護のおかげで食事が不要だった。加えて、食事をしたとしてもまともな味が感じられなかったんだ」
別に他人にいう必要のないことだと、ずっと黙ってた事実。
しかし何故か、リゼルには知っていて欲しいと思い、敢えて伝えた。
「そうだったんですか……そうとは知らず、前に宴席を開いたりなんかしてすみません……」
リゼルは申し訳なさそうにそう言った。宴席とは、彼女が邪竜から助け出され、そのお礼にとかつてノルン達へ向けて開いたゾゴック村での宴席のことだろう。
「気にするな。あの時は皆、君の無事を、そして平穏を手にした日を喜んでいた。そんな皆の楽しげな空気が感じるだけで、満足だった。皆が喜んでいるのが嬉しかった」
「……ノルン様は本当に素晴らしい勇者様だったんですね……それがなんで……」
この話題になるとリゼルは顔を曇らせてしまう。ありがたいことだが、あまり暗い顔をするリゼルは見たくはない。
「しかしだ、今はこうして食べ物の味を感じることができる。美味しくいただくことができる。だからして、だな……もしよければ、これからも美味いものを出してくれるとありがたい」
ノルンは胸に緩やかな熱を感じつつ、時折言葉詰まらせながらそう告げた。
こうなって初めて、自分は本心を押し殺して、過酷な宿命に我慢していたのだと思った。
だけどもう耐えることも、我慢する必要だってない。
だって今の彼は……黒の勇者バンシィではなく、ヨーツンヘイムの山林管理人のノルンなのだから。
「ありがとうございます。でしたら、たいしたものは作れませんけどこれからも頑張りますね!」
リゼルは笑っているのがよく似合う。
彼女の存在があってこそ、今の自分がある。
楽しく、気楽な時間を過ごせるのは、いつも隣でリゼルが笑ってくれているから……そう思えてならないノルンだった。
⚫️⚫️⚫️
「では行ってくる」
「行ってらっしゃい! お仕事頑張ってくださいね」
「グゥ!」
リゼルとゴッ君の見送りを受けて、ノルンは山小屋を出てゆく。
「あ、ノルン様! お塩が切れそうなので、帰りに買ってきていただけませんか?」
「塩だな。心得た! ゴッ君、君のおやつも何か買ってくるからなっ! 待っていてくれ!」
「だってさ。良かったね、ゴッ君?」
「グゥ!」
ノルンは強い名残惜しさを覚えつつ、背を向けて歩き出す。
今日は月末の、税徴収の日。
ノルンは頭へ叩き込んだヨーツンヘイムの地形を参照し、最短ルートを構築して、進んでゆく。
「ボル、もっとこっちだぁ!」
「カァー!」
通り道にあるガルスの製材所は今日も忙しそうだった。
ノルンとカフカス商会の目論見は大成功し、ヨーツンヘイムで大量に余っていた薪や、矢の材料にする枝は飛ぶように売れているとのこと。
(忙しそうだから挨拶は帰りにしよう。ボルとオッゴの集中力を切らさないためにも……)
そう思って立ち去ろうとしたその時、雌の飛龍のボルが首を上げた。
「カァ!?」
ノルンの匂いを嗅ぎ取ったボルは、咥えた木箱を離してしまう。
「ガァー!」
木箱が地面へ落ちる直前、雄の飛龍のオッゴが顎で再キャッチ。
「あっぶねぇ……サンキュウ、オッゴ!」
「ガァ!」
「なんだよ、ボルのやつ……って、ははーん、なるほど」
事なきを得るが、ボルはそんな様子になどまるで気づかず、まっすぐとノルンのところへ駆け寄る。
そして長くてざらついた舌を伸ばし、ノルンをベロベロと舐め始めた。
「カァ! カァ! カァ!」
「こ、こら、ボル! 真面目に仕事をしろ!! 皆怪我をするところだったんだぞ!?」
「カァー! カァー!」
「ガオォォォーン!!」
その時、ボルの背後に現れたオッゴが、珍しく稲妻のような唸りをあげた。
それを浴びたボルはビクンと鎌首を起こして、ノルンから舌を離す。
「ガァー! ガァー! ガァー!!(いくら勇者様の匂いを感じたからって、仕事を放棄しちゃダメだよ! ガルスさんたちだって怪我するところだったんだぞ!)
「カァー……カァー……クゥ……(ごめんオッゴ君。反省してます……)」
「ガァー、ガァ……(分かれば良いんだよ。それにその……)」
「クゥ?(なぁに?)」
「ガガァー!?(勇者様はカッコよくて当たり前だけど、俺だってカッコいいだろ!?)」
「ククゥー、クゥー(そだね。オッゴ君もかっこいいよ! さっきフォローしてくれたし! ありがと! 大好きっ!)」
「ガァー!ガガァー!(ボルちゃん、俺も大好きだよっ!)」
そうして二匹の雌雄の飛龍は首を絡め合って、互いに舌を絡め始めた。
「また始まりやがったよ。真っ昼間から、しかも仕事中に……」
「ボル、オッゴ、そういうことは役目を終えた後だ。今は真面目に仕事をしろ」
相手が飛龍なので強く言えないガルスの代わりに、ノルンが勇者の気配を発して注意を促す。
ボルとオッゴはビクン! と首を伸ばして、のっそりのっそり作業場へと戻ってゆくのだった。
「た、助かったぜ、ノルン」
「構わん。盛況なようだな」
ノルンが作業に勤しむ人々を見渡すと、ガルスは満面の笑みを浮かべた。
「お陰様で。こっちがびっくりするくらいさ。しかし、なんだ……これはノルンの功績だろ? 本当に1G(ゴールド)も分け前なくて良いのかい?」
「俺はただ発案し、カフカス商会へ口を聞いただけだ。原生林の木々が守られ、皆が苦しまずに納税をしてくれればそれで良い」
「なんていうか、前任とはエライ差だよ、全く……」
この取引が始まって以降、ガルスを始め、営林・製材の各業者とは良好な関係が築けていた。
前任から引きずっていた溝はすでに解消されていて、目論見通りである。
「それではこれで。頑張ってくれ」
「おい、ノルン!」
「なんだ?」
「今夜、どうよ? これまでの詫びや礼してぇし、みんなもそう言っている」
ガルスは杯で何かを飲むジェスチャーをしてみせた。
「分かった。では今夜、山小屋で」
「おっし来た! そいじゃよろしく頼むぜ!」
「ああ、待っている」
ノルンはわずかに胸を震わせながらガルスの製材所を後にする。
今夜は久々の酒を親しくなれたガルスたちと酌み交わす――楽しみで仕方がなかった。
2
あなたにおすすめの小説
隠して忘れていたギフト『ステータスカスタム』で能力を魔改造 〜自由自在にカスタマイズしたら有り得ないほど最強になった俺〜
桜井正宗@オートスキル第1巻発売中
ファンタジー
能力(スキル)を隠して、その事を忘れていた帝国出身の錬金術師スローンは、無能扱いで大手ギルド『クレセントムーン』を追放された。追放後、隠していた能力を思い出しスキルを習得すると『ステータスカスタム』が発現する。これは、自身や相手のステータスを魔改造【カスタム】できる最強の能力だった。
スローンは、偶然出会った『大聖女フィラ』と共にステータスをいじりまくって最強のステータスを手に入れる。その後、超高難易度のクエストを難なくクリア、無双しまくっていく。その噂が広がると元ギルドから戻って来いと頭を下げられるが、もう遅い。
真の仲間と共にスローンは、各地で暴れ回る。究極のスローライフを手に入れる為に。
スキルはコピーして上書き最強でいいですか~改造初級魔法で便利に異世界ライフ~
深田くれと
ファンタジー
【文庫版2が4月8日に発売されます! ありがとうございます!】
異世界に飛ばされたものの、何の能力も得られなかった青年サナト。街で清掃係として働くかたわら、雑魚モンスターを狩る日々が続いていた。しかしある日、突然仕事を首になり、生きる糧を失ってしまう――。 そこで、サナトの人生を変える大事件が発生する!途方に暮れて挑んだダンジョンにて、ダンジョンを支配するドラゴンと遭遇し、自らを破壊するよう頼まれたのだ。その願いを聞きつつも、ダンジョンの後継者にはならず、能力だけを受け継いだサナト。新たな力――ダンジョンコアとともに、スキルを駆使して異世界で成り上がる!
転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。
克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります!
辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。
お前には才能が無いと言われて公爵家から追放された俺は、前世が最強職【奪盗術師】だったことを思い出す ~今さら謝られても、もう遅い~
志鷹 志紀
ファンタジー
「お前には才能がない」
この俺アルカは、父にそう言われて、公爵家から追放された。
父からは無能と蔑まれ、兄からは酷いいじめを受ける日々。
ようやくそんな日々と別れられ、少しばかり嬉しいが……これからどうしようか。
今後の不安に悩んでいると、突如として俺の脳内に記憶が流れた。
その時、前世が最強の【奪盗術師】だったことを思い出したのだ。
転生したら神だった。どうすんの?
埼玉ポテチ
ファンタジー
転生した先は何と神様、しかも他の神にお前は神じゃ無いと天界から追放されてしまった。僕はこれからどうすれば良いの?
人間界に落とされた神が天界に戻るのかはたまた、地上でスローライフを送るのか?ちょっと変わった異世界ファンタジーです。
レベル1の時から育ててきたパーティメンバーに裏切られて捨てられたが、俺はソロの方が本気出せるので問題はない
あつ犬
ファンタジー
王国最強のパーティメンバーを鍛え上げた、アサシンのアルマ・アルザラットはある日追放され、貯蓄もすべて奪われてしまう。 そんな折り、とある剣士の少女に助けを請われる。「パーティメンバーを助けてくれ」! 彼の人生が、動き出す。
勇者パーティーにダンジョンで生贄にされました。これで上位神から押し付けられた、勇者の育成支援から解放される。
克全
ファンタジー
エドゥアルには大嫌いな役目、神与スキル『勇者の育成者』があった。力だけあって知能が低い下級神が、勇者にふさわしくない者に『勇者』スキルを与えてしまったせいで、上級神から与えられてしまったのだ。前世の知識と、それを利用して鍛えた絶大な魔力のあるエドゥアルだったが、神与スキル『勇者の育成者』には逆らえず、嫌々勇者を教育していた。だが、勇者ガブリエルは上級神の想像を絶する愚者だった。事もあろうに、エドゥアルを含む300人もの人間を生贄にして、ダンジョンの階層主を斃そうとした。流石にこのような下劣な行いをしては『勇者』スキルは消滅してしまう。対象となった勇者がいなくなれば『勇者の育成者』スキルも消滅する。自由を手に入れたエドゥアルは好き勝手に生きることにしたのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる