勇者がパーティ―をクビになったので、山に囲まれた田舎でスローライフを始めたら……勇者だった頃よりもはるかに幸せなのですが?

シトラス=ライス

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第一部 三章【かつての仲間達がヨーツンヘイムへやってきた!】

兄さんのことは諦めてください(*リゼル視点)

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(さて、痛んじゃう前にジャムを仕込まないと! じゃないと今夜ノルン様とゆっくりできなくなっちゃうし……!)

 山小屋へ戻ったリゼルは、早速摘んだばかり野苺でのジャム作成に取り組んだ。

「モ、モフモフだ! 可愛いぞぉ!」
「へぇ、クマっころなんて飼ってたんだ? 良いじゃん! 可愛いじゃん!」
「コイツ強くなりそう! 我の仲間に……」
 
 さすがのあのまま別れるのはどうかと思って、リビングではノルンがかつての仲間達をもてなしている。

 きっと、昨日までなら胸がざわついて、ジャム作りどころでは無かったと思う。
しかしそうやって、不安を感じては、せっかくノルンが伝えてくれた想いを信じないことになってしまう。

「よし! 美味しいジャムを作ろっと!」

 リゼルは自分へ一喝を入れ、改めて野苺に向き合う。

「私も手伝いますよ!」
「ッ!? ロ、ロト様!?」

 笑顔のロトがエプロンを巻きながら、キッチンへ入ってきた。

「い、いいですよ! 一人でできますから! ロト様はどうぞお寛ぎ……」
「いや、私もジャムを作りたいなって思ってて。どんな風に作るのか、一緒にやって勉強したいんです! ダメですか?」
「ダメではないですけど……」
「じゃあ、良いですよね? まずは何からはじめるんですか?」

 笑顔のロトは並んで立ち、そう促してくる。

「で、では、まずはヘタを取ってください。そのあとは手で潰します」
「手で潰すんですか?」
「はい。その方が、良い食感がでますので」
「へぇ、なるほど! さすがは毎日、兄さんのためにご飯を作っているだけはありますね!」
「あ、いえ、私たちはその……交代制で……お互いに働いているんで……」
「そうなんだ。勇者だった偉大な兄さんにも食事なんて作らせてるだ。ふーん……」

 ロトはそう言ったきり、口を閉した。
 リゼルはロトは僅かに感じる、鋭い気配に息苦しさを覚えた。

(私が勘違いしているだけ……こんな風に感じてる私がいけない……)

 リゼルは必死に自分へそう言い聞かせる。
しかし一向に緊張が収まる気配がしない。

「リゼルさん、兄さんと来年の春に結婚するんですよね?」

 ロトはボウルの中で、野苺を握り潰し、手を真っ赤に染めながらそう言った。
あまりに突然の質問に、リゼルの口が上手く回らない。

「あ、あの、それは!」

「あれ? 違うんですか? もしかして兄さんが勝手に言っているだけですか?」

「あの……!」

 何故かロトは晴れやかな笑みを浮かべた。

「そっかぁ……やっぱ兄さんが勝手に! ごめんなさいね! 私からもきちんと言っておきますから!」

「えっと……!!」

「結婚は兄さんの勝手な思い込みで、リゼルさんには全くその気が無いって! そっか、やっぱり兄さんは……ふふ!」

「わ、私は!」

「はい?」

「来年の春、ノルン様と結婚します!」

 リゼルは勇気を振り絞って、宣言する。
彼女の手の中で、野苺がぐちゃりと潰れ、真っ赤な飛沫が上がる。

「……リゼルさん」

 急に台所の空気が冷たく感じた。
妙に息苦しく、動悸が激しい。
ロトの横顔が冷たく凍り付いている。

「リゼルさんはエウゴ大陸が今どうなっているか知ってますか?」

「……」

「ここは平和かもしれません。でも一歩外へ出れば、魔物だらけ。障壁で今は守られていますけど、海を少しゆけば、魔大陸の邪悪の眷属達が虎視眈々とこの大陸を狙っているんですよ?」

 リゼル自身も、ヨーツンヘイムへやってくるまでに、多数の魔物の襲来を受けた。
 何度も命の危険に晒され、大陸が混沌としているのは身をもって経験していた。

「やはりこの大陸に平和を取り戻すためには、兄さんの……黒の勇者バンシィの存在が不可欠です」

「……」

「私たちは兄さんを連れ戻すためにここにきたんです。ジェスタさんも、アンクシャさんも、デルタさんも同じ気持ちです」

「……だけど、彼を……ノルン様を勇者からひきづり落としたのはそちらじゃないですか……! いまさらなんで……!」

 リゼルは精一杯の抵抗をしてみせる。しかしロトの横顔は全く揺らがない。

「私たちは兄さんをクビになんてしてません。兄さんへあんな酷い仕打ちをしたのは、大陸の偉い人たちです」

「――ッ!?」

「そんなことも知らなかったんですか? それで兄さんのことをわかっているつもりですか? 兄さんを独り占めにするつもりなんですか? 結婚するつもりだったんですか? 自分だけのものにしようとしていたんですか?」

 ロトは早口でそうまくしたてながら、野苺の形がわからなくなるほど握りつぶす。

「兄さんのことは諦めてください」

「……」

「兄さんを手放してください。兄さんは大陸に、私たちにとって必要な人です。あなたが独占しても良いような人ではありません!」

 それはリゼル自身もわかっていた。
 ただの村娘と、偉大なる勇者――どう考えても釣り合った関係とは言えない。
 ずっとその自覚があった。不安があった。
 それでも彼はいつも「気にするな」といって、リゼルと同等か、それ以上の愛情を示してくれていた。
 しかしやはり、彼がどう言おうとも、ノルンという偉大な存在はなんの取り柄もないリゼルには身に余る存在。

(ノルン様……やっぱり私は、あなたのそばには……)

「リゼル! 忙しいところすまん!!」

 そんな中、リビングからいつものノルンの声が聞こえてくる。
 呼ばれて嬉しい反面、隣にいるロトのことが気になってなかなか動き出せない。

「おーい! 頼む! 緊急事態なんだ!」
「は……はぁーい! 今、行きます!」

 リゼルは涙を拭い、苺で真っ赤に染まった手を桶の水で洗う。
そしてロトの冷たい視線を受けつつ、キッチンを飛び出していった。

「ん? 目元が赤いぞ?」
「――ッ!?」

 ノルンはそう言って、リゼルの目元を拭う。
指についた、イチゴの果汁をペロリと舐めとる。
 どうやら泣いていたことは気がついていないらしい。
 
「で! な、なんの用ですか!? 今、ロト様とジャムを仕込んでて忙しいんですけど!!」
「す、すまない! いや、なんだ、ゴッ君の爪切りをどこにしまったのかと思ってな……」
「爪切りぃ!?」
「皆に、俺の見事なゴッ君の爪切りを披露したくてな。ふふ!」

 ノルンは子供ように顔を綻ばせた。
 普段は勇ましく、冷静で、皆に信頼されているが、時々こうして子供っぽく振る舞う彼。
そんな素朴な彼を見ていると、胸が高鳴り、側にいられる喜びが込み上げてくる。

「ここにありますよ! ちゃんと探してください!」

 リゼルは胸の中で渦巻く、さまざまな感情を気取られないよう、引き出しから爪切りを取り出し突きつける。

「おお! これだ、これ! さすがはリゼルだ!」
「もう……ポンポン、色んなところにしまっちゃうから分からなくなっちゃうんですよ? 引き出しはノルン様のアイテムボックスのように便利にできてないんですからね!」
「そうだったな。すまん。同じ過ちを繰り返さぬよう注意する! さぁ、ゴッ君始めるぞぉ! 見ていろ、お前達! 俺のタイムセイバー並の、爪切り捌きを!」

 ノルンは嬉々とした様子で、ゴッ君を膝の上に乗せて、爪切りを開始した。

「熊の爪切り、初めて見た! ノルン楽しそう!」

 楽しそうなノルンを見て、デルタが真っ先に顔を綻ばせた。

「はは! 勇者が熊の爪切りに夢中って、こりゃ傑作だ! あはは!!」

 アンクシャは酒をカッ喰らいながら、豪快な笑い声をあげている。

「なぁ、ノルン……一つ、聞きたいことがある……今、君は幸せか?」

 ジェスタの真剣な声が、麗かな陽光に照らされた山小屋へ溶けて消えてゆく。

「幸せだ。凄く……」

 ノルンはゴッ君をあやしながら、はっきりとそう言い放った。
 そして彼の優しい瞳が、僅かにリゼルへ寄ってくる。
 リゼルの胸が大きく高鳴った。

「そうか……それならば良かった! これからもその幸せが続くことを祈っているぞ!」
「まっ、元勇者としちゃ色々複雑だろうけどさ。その辺りは気にすんな!」
「ガウッ! 我、最強の竜人! とても強い! 安心するっ!!」
「お前達……」
「よし、皆、帰るぞ!」

 ジェスタは声を張り上げてソファーから立ち上がる。
アンクシャとデルタも立ち上がり、三姫士達はぞろぞろと玄関戸へ向かってゆく。

「帰るのか?」
「ああ! 我らも冬支度をしなければならないのでな!」
「そそ! いつまでもノルンとリゼルさんの邪魔しちゃわりーからね!」
「ガウッ! しかし、その熊……ゴッ君気にいった! たまに見に来る!」
「ロト、君はどうする?」

 ジェスタはキッチンで、ポカンとした顔で佇んでいたロトへ聞く。

「あ、あの、えっと、私は……! ていうか、ジャムの仕込みの途中で……」
「なら、俺が手伝った後、きちんと送り届けよう」

 ノルンがそう言うと、ジェスタやアンクシャ、デルタまでもが笑顔を浮かべる。

「承知した。ロト! リゼルさんとノルンにしっかりとジャムの仕込み方を教わってくれよ! 君のジャム、楽しみにしているからな!」

 三姫士たちは、山小屋を後にしてゆく。

「さぁ、リゼル、やってしまおう」
「……はい! そうですね!」

 リゼルは溢れ出しそうになった涙を飲み込み、ノルンと共にキッチンへ向かってゆく。

 何が正しいのかはわからない。
 しかし自分の想いにはやはりこれからも正直でいたい。
 そう思ったリゼルは、ノルンの手を握りしめる。

 彼もまた迷わず握り返してきてくれる。

「ロトもぼうっとしていないで、作業を再開するぞ! 野苺が新鮮な間にな!」
「うん……わかった」

 ノルンは知ってかしらずか、リゼルとロトの間には入って、ジャム作りを手伝い始める。

 やがてジャムの仕込みが終わった頃……

「そ、それじゃあ帰るね! 送る必要ないから! 大丈夫だからっ! バイバイ!」

 ロトはノルンが幾ら送ると言っても、頑なに拒み、一人で山小屋を飛び出していったのだった。

 リゼルとノルンはしんと静まり返った台所で後片付けを始める。

「気にするな、とはもう言わん……」

 ふと片づけをしている中、ノルンがそう呟いた。
リゼルも何を言わずに、彼の言葉に耳を傾け続ける。

「しかしこれだけは信じてくれ。例えどんな状況になろうとも、俺はリゼルが一番だ。どんなに世界や状況が変わろうとも、君だけは守る。君の笑顔を守り続ける……約束する」

 ノルン力強い言葉に、リゼルは大きく胸を高鳴らせる。

「ありがとうございます、ノルン様……とても嬉しいです……」

 ロトや三姫士たちへの申し訳なさは勿論あった。
 しかし、それでも彼が、自分を選んでくれたことを嬉しく感じるリゼルなのだった。
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