勇者がパーティ―をクビになったので、山に囲まれた田舎でスローライフを始めたら……勇者だった頃よりもはるかに幸せなのですが?

シトラス=ライス

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第二部 一章【愛すべき妖精剣士とぶどう農園】(ジェスタ編)

酔っ払いのジェスタ

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「ワイン飲みたかったなぁ……今日は暑いから、キンキンに冷やしたスパークリングか、白ワインが飲みたかったなぁ……」
「贅沢を言うな。無かったものは仕方ないじゃないか」

 ノルンがピシャリとそう言って退けると、ジェスタは仕方ないと言った様子で温めのエールに口をつけた。

「うー……でもやっぱりワインが飲みたい! やはりシェザールに街まで行って買ってきて貰うとしよう!」
「よさないか! シェザール殿は君の護衛で、使いっ走りではない! それに街へは馬竜でも片道半日はかかるんだぞ?」
「たしか貴方の言う通りだ! ならば光の翼を使って私自ら!」
「そんなことのために一緒にビュルネイを倒したわけじゃないんだぞ!」

 魔貴族ビュルネイとは、黒の勇者時代にジェスタと共に倒した魔王軍の幹部である。
その戦いのおかげでジェスタは三姫士の1人となって、伝説の力“光の翼"を手に入れていた。

「あはは! あのいつも冷静な貴方が私へツッコミを入れるなど新鮮だなぁ!」
「もしや君は……?」
「まぁ、温いエールだけど……ひっく!……昼酒ってこんなに良いものなんだなぁ! アンクシャの気持ちがよくわかるぞ! あはは!」

 どうやらたった数口エールを飲んだだけで酔っぱらっているらしい。
そういえば、ジェスタは酒好きだか、仲間の中では弱い方だったと思い出す。
だがそれにしても酔いすぎだとは思う。

「目の前にバンシィが……ふふ……ああ、もう本当に、休みを選択して正解だったぞ……うふふ……ありがとうみんな……」

(相当ストレスが溜まっていたようだな……)

 黒の勇者バンシィの消失は、彼女たちへ想像以上の負担をかけていたらしい。
実際、勇者を無理やり引退させられたため、ノルン自身がどうにかできたことではない。
しかし少なくとも当事者の1人であるので、申し訳なさを抱かずにはいられなかった。

 本音を言えばジェスタには聞きたいことがたくさんあるのだが……今はそっとしておいてやったほうが良いのかもしれない。

「リゼルさんのご飯……ふふ、楽しみだなぁ……!」
「彼女がせっかくもてなしてくれるんだ。あまり飲みすぎて料理を台無しにするなよ?」
「むぅ! 私は人からの恩や食べ物を粗末になんかしないんだぞ!」
「お待たせしましたぁー!」

 タイミング良く、向こうから料理を持ったリゼルさんが現れる。
 供出されたのは、濃厚なミルクの香りを漂わせつつも、ひんやりと良く冷えた冷製パスタ。

「お芋で作ったソースをパスタに絡めてみました。冷たいですから、意外とするりと食べられますよ!」
「なんと! これは……んん! 美味いぞ! これは美味いぞぉ!」
「お、おい、ジェスタ……」
「しかしこれだったらワインだ! やはりワインがのーみーた……ひぃっ!!」

 突然、ジェスタは悲鳴をあげ、顔を真っ青に染め上げる。
 誰だっていきなり、たとえバターナイフであろうとも、目の前に突きつけられれば驚くと言うもの。

「姫……じゃなかった……コホン! ジェスタ様、楽しいのは理解できます。心が軽やかなのも良いことです。しかし! 少々度がすぎておいでです」

 いつの間にかジェスタの隣に現れていたのは凛とした妖精の女性――ジェスタの侍女で護衛隊の隊長【シェザール】である。

「ご、ごめん、シェザール……」

 ジェスタはまるで子供のように謝罪を述べる。
 シェザールは侍女といっても、小さい頃から面倒をみているためか、母親や姉のような接し方をしていることが多い。
そんなシェザールを、ジェスタ自身も好いているの、見ていればよくわかる。

「わかれば宜しいのです。ノルン様、リゼル様。楽しい会食に水を差してしまい大変申し訳ございませんでした。私はこれにて下がらせていたきます……が!」

 シェザールは再度、ジェスタへ鋭い視線を送った。

「ジェスタ様は、くれぐれも上品に。品位を忘れずに。良いですね?」
「う、うん……わかった……」

 今度こそシェザールは典雅な動作で一礼すると、音もなくその場から去っていった。

「とりあえず、なんだ……もう少し飲むか?」
「あ、ああ……ありがとう」
「それだけジェスタさんはノルンさんに会えたことが嬉しかったんですよね?」

 ジェスタに気を遣ってか、リゼルさんは優しくそう言った。

「それだけジェスタさんは……その……」
「?」
「ノルンさんのことが……す、好きってことですよね?」
「リ、リゼルさん!?」

 ジェスタは素っ頓狂な声を上げると、長い耳の先まで真っ赤に染めてゆく。

「好きは好きだが、その好きではなく! 私は、あくまで戦士として、1人の人間として彼を……!」
「あっ、デザートでレアチーズケーキ仕込んでたんだ! お二人もごゆっくりー」
「リゼルさんっ!!」

 リゼルはそういって、そそくさと奥へ引っ込んでしまった。
なんとも言えない恥ずかしい空気がノルンとジェスタを包み込んでいる。

「と、ところでジェスタ。休暇とはいったいなんなんだ?」

 どうにかしてこの空気感を打破したかったノルンはそう口走る。
そうして口に出してようやく、今聞くべきことではないことだとも思った。
現にさきほどまで元気一杯だったジェスタが暗い顔をしている。

「すまないジェスタ……デリカシーが無かったな」
「いえ……はぁー……分かった。素直に話す。しかし一つ先に言っておく。私は決して貴方を責める気はないからな……」

 ジェスタはここまでの経緯を細かく語ってくれた。
改めて彼女たちがどれほど辛い気持ちと状況になったか思い知らされるノルンだった。

「本当に苦労をかけた。すまん!」
「だ、だから! 貴方のせいじゃないって分かっているから!」
「しかし!」
「いや、良いんだよ、本当に。みんなには申し訳ないのは分かっているけど……貴方が今でもこうして元気でいるのが分かったから……私はそれで……」
「ジェスタ……お前……」
「と・に・か・く! 今の私は休暇の身! そしてこうしてまた貴方に、ノルンに出会えたんだ! きちんと穴埋めはしてもらうからな?」

 ジェスタは頬を上気させながら、少し妖艶に微笑んでみせる。
 いつもとは違う天真爛漫なジェスタの様子に、ノルンの胸が僅かに震える。

 しかしそんな暖かい空気の中へ、嫌な気配が割り込んできた。

「これは――!?」

 つい先程まで、笑顔を振りまいていたジェスタも、表情が妖精騎士のソレに代わっている。

「まさか、こんな辺境にまで?」
「すまないジェスタ! 力を貸してくれ!」
「勿論だとも!」

 ノルンとジェスタは遮二無二、ハンマ先生の診療所を飛び出してゆく。

 そんな2人の背中を見つめる影が一つ。

「……御免なさい、ジェスタさん……ノルン様……」
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