小さなお針子のお話

立夏 よう

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野ねずみ騎士団の依頼

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黄昏ヶ丘のてっぺんの小さな家に小さなお針子が住んでいました。
小さなお針子はとても腕のいいお針子でした。
中でも刺繍の腕はたいしたもので、たぐい稀な力を持っていたのです。
なにしろお針子が心をこめて刺繍すると、刺繍されたものが命を持つのですから。


そのことに気づいたのはお針子がお師匠様について修行中の頃のことでした。
お針子が魚をハンカチに刺繍していたところ、最後の一針を刺した途端、魚の鱗がキラリと光ったかと思うと、ピチリピチリと跳ねはじめたのでした。
驚いたお針子に、お師匠様はこう言ったのでした。

「あなたにはもう教えることは何もない。その腕は天からの授かりものだから、みなの役に立てるのですよ」


そして、お針子は黄昏が丘のてっぺんに刺繍のお店を構えることにしました。
それからというもの、お針子のもとには次々と珍しい注文が舞い込むのでした。


さて、この日の依頼主は野ネズミ騎士団の団長でした。
野ネズミの団長はなにやら難しい顔をして話し始めました。

「問題は呪いなのです。いまや、騎士団領は我々の尽力で豊かに美しくなりました。しかし、あの荒地だけはどうすることもできない。なんせ鋤や鍬をいれることが禁じられているだけでなく、種を撒くことすら禁じられているというのですから。いえなに、実は私はこっそり試してはみたのですよ。でも駄目でした。どんな種を撒こうとも、どんな固い鋤を使おうとも、いっこうにあの荒地を耕し緑に変えることはできんのです」

 ここで団長は大きなため息をつきました。

「そもそも私たちにかけられた呪いではないのです。詳しくは知りませんがね、あの荒地が騎士団領となる随分前の古い古い揉め事が原因のようですから。とはいえ、騎士団としては荒地をあのままにしておくのは名誉にかかわるのです。是非ともお力添えをお願いしたいのです、お針子殿」

 お針子殿という新しい呼び方に少しくすぐったい気持ちになりながら、お針子は聞きました。

「どのようなものに、具体的に何を刺繍すればよいのでしょう?」

「お引き受けいただけますなら、なるべく大きな布でお願いできればと思います。そして出来ますれば広大な荒地にどんどん広がりやすいような植物を。そうですな、ヒースや、できればクローバーなどがよいのではと考えております。そして願わくば、隅のほうにでも木苺などがあればこの上もない喜びでして。実は私の大好物なのです」

「木苺なら私も大好きです。それでしたら、このくらいのテーブルクロスに刺繍してみましょうか、もう少し大きいものがよろしいのならば、この倍近いベッドカバーにしてもいいですけど、多少時間がかかります。それと、もしうまく命が吹き込めなかったらごめんなさいね。私にも完成するまでははっきりわからないことなのです」

野ネズミの団長は小さな頭を大きく振って頷きました。

「承知いたしました。お引き受けくださるだけで、チャンスを頂いたようなものです。ですが、是非、ベッドカバーのほうでお願いいたします。さて、お礼のことですが、もしよろしければ野ネズミ騎士団の勲章を差し上げお針子殿の功績に報いたいと考えております。」

 すると、お針子のエプロンの大きなポケットが不思議にモゾモゾと揺れ動きました。その動きとお針子の表情をみた団長は慌てて付け加えました。

「勿論、勲章だけということではありません。この銀の呼子もお礼に差し上げるつもりでおりました。この呼子を鳴らすと騎士団員がどんなところにでも駆けつけます。お困りのことがあった折にでもお使いください。」

 途端にお針子の顔はパッと輝きました。

「素晴らしい呼子ですね。私、頑張ります」
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