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そしていつものように、楓の家のご両親はご不在。
いつものように楓の部屋にあがりこむ。
あたしたちはまたぎこちなく、笑顔もなく、言葉もなく。

「決めた?」
ぶっきらぼうに楓が口火をきる。
今の楓はどんな気持ちで言葉を発してるんだろう。
知りたくて、彼を覗き込むようにじっと見つめる。
楓はけしてそらさないからあたしたちは見つめ合う格好になる。
距離近い。

「こんな形で、そんな自分が望んでないことを強いられるように、
断りきれなくてしてしまったら、
きっとあたしはどこかで楓を恨むかもしれない。
ネガティブな感情を抱くかも。フラットではいられない。
後悔したりもやもやしたりもしかしたら後で憎むかもしれないけど、
いいの?」

「フラット?フラットな感情なんてまじでいらないから。
そのくらいなら全然憎んでくれていい。
憎むなり恨むなり後悔とか引きずったり、いくらでもしてくれていい。
そのほうが何も起きないままに忘れ去られるよりずっといい。
それってお前の中での俺の存在の証だろ?
俺にとってお前の感情の揺れとか行き場とかそれはホント問題じゃない。答えはお前がだすべきで、俺は提案してるだけ。
持ちかけてることにどう答えるかはお前が決めて。
俺は今の話で迷うことはないし躊躇することもないから。
勘違いしないでほしい。強いてないから。
強引にしたり無理やりしたりは絶対しない。
お前が決めて。最初からそこはぶれてないしはっきり言ってるつもり」

口に出すべき言葉が何も思い浮かばなくて
ただ黙り込むだけしかできないでいる。
そんなただ立ち尽くすしかできないでいるあたしの両頬に、
手のひらで包むようにして彼が触れる。
大きな手。ちょっと冷たくてガサついた手。
そのまま軽く持ち上げるから、目が合う。
気まずくて、背けることが許されるなら背けたい衝動。

彼が言う。

「大丈夫?」

頭の中がぐるぐると渦を巻くような混乱中で、
何を言うべきかなにもまとまらない。
こういう流れにもしかしたら、いやきっとなるのかもと思って
用意してきたやりとりのいくつかのパターンなんてまるで役にたたない。
今言うべき正しい言葉はないんだ。
そして、古くからの格言がふと思い浮かぶ。
沈黙は金。

沈黙は金、沈黙は金、そう心のなかで連呼しながら、ただ瞳を閉じた。
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