10 / 46
第8話~勇者の憂鬱~
しおりを挟む「あー、やりてぇー」
机の上に両足を投げ出し、椅子を傾かせながらリリアは叫んだ。その言葉にリスタルト王国の正装を身につけたフィリーが睨みを効かせる。こちらは対称的に背筋をピンと伸ばし、椅子に浅く腰掛けている。
「リリア、お前は、魔王を倒した勇者なのだぞ。少しは場をわきまえろ」
その言葉に、一瞬視線を向けたと思うとリリアは「あぁ、殿方とまぐわいたいですわ」と艶をつけた声で、しなを
つくった。
「ハハハ、それじゃ、余計に卑猥じゃない」
カラカラと少女が笑った。不釣り合いな大きな杖を抱え、外見こそ幼く見えるが、数百を超える魔法を使いこなすと言われる魔法使いアリスだ。
魔王を倒した勇者一行は、メリダ法国で行われる式典に招待され、今は控えの間にいた。
「まったく、こんな不自由するなら、魔王なんて倒さなけりゃよかったぜ」
魔王を倒したリリア達の名は大陸全土に瞬く間に広まった。詩人は詩で称え、画家はその肖像を描き、英雄譚は芝
居となって各地で演じられた。
不屈の勇者リリア、清風の騎士フィリー。知恵の泉アリス。敬虔なる使徒リリア。魔王討伐の四名はそう呼ばれていた。
リリアに言わせれば、堅物女騎士、耳年増、神の奴隷という事になる。そして本人は三人から強欲勇者と呼ばれていた。
「だいたい、お前が魔王を倒せば金になるって、言ったからだろ!」
リリアはアリスに悪態をついた。無理はなかった。魔王を倒した後、どこに行っても歓迎は受けた。しかし、誰一人として報酬をくれる者はいなかった。
「魔族どもが北に引っ込んじまって、戦が無くなって稼ぎ場所もなくなっちまっただろうが」
魔族との戦いで傭兵として金銭を得ていたリリアにとって、自分の仕事場を自分で無くしてしまったようなものだ。
「気を付けろ。聞こえようによっては、戦を欲しているように思われるぞ」
「私はそう言ったつもりなんだよ」
「貴様!」
フィリーが立ち上がると、部屋の扉が開いて間延びした声が聞こえた。
「みなさーん。そろそろ出番ですよー」
パーティーの一人、神官クレアだった。中央教会の儀式用法衣に身を包んでいるが、その豊満な身体のラインは隠しようがなく。突き出た胸と尻の肉で法衣が膝まで上がり、妙な艶めかしさを醸し出している。
「はぁ、何でこんな式典に参加しなきゃいけねえんだよ」
溜息をつきながら、リリアが立ち上がる。
「法皇猊下に謁見できることは、大変名誉な事なんですよぉ」
「名誉なんていらねえから、金くれよってんだ」
文句を言いながら、リリアはクレアの後に続いた。その背中を見送りながら、フィリーは不安気な顔をした。
「あいつは、何にもわかってないな」
「彼女は、アーバンの出だから。私達みたいに、国同士の関係に無頓着なのも仕方ないわ」
「ある意味、羨ましいとも言えるか」
「特にフィリー、あんたはね」
バレンシア大陸は隔絶の山脈によって魔族の住む北の大地と、人間達の暮らす南の大地に隔てられている。人が住む南の大地は現在では東から、共和国アーバン。リスタルト王国、メリダ法国、魔法国家サニバールと四つの国に別れていた。しかし、元々南の大地全土はメリダ法国によって統治されていた。他の三国は全てメリダ法国から独立した経緯を持っている。
リスタルト王国は独立を果たしてから、20年ほどしか経っておらず、メリダ法国の中には独立を認めていない勢力もいる。そして、フィリーの父親はリスタルト王国の四騎士の一人であり、アリスは魔法国家サニバールの魔法学院の出であった。
魔王を倒した後、四か国の連合軍は魔族達を北の大地へと押し返した。魔族との戦の勝利は人間達にとって朗報ではあるが、同時に新たな火種を幾つも生みだした。
そんな中、メリダ法王の名で魔王を倒した勇者達を労う式典が用意され。リリア達一行はメリダ法国の首都、ザルバに赴いていた。
ザルバは始まりの土地とも呼ばれ、バレンシア神が最初に降り立ち、人を作った土地と言われている。南の大地全土に広がるバレンシア神を崇める中央教会の本部も、ここにあった。
「魔族との戦いが終われば、次は人間達の戦いが始まるわよ」
「なぜ、人は戦いをやめられないのだ?」
フィリーの問いに、アリスは答えなかった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております
紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。
二年後にはリリスと交代しなければならない。
そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。
普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる