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第41話~二人の秘密~
しおりを挟む「ガッハッハッ! いやぁ、負けた負けた」
闘技でミスラに負け気を失ったアダマン族の族長アダモンは従者達によって意識を取り戻していた。負けたというのにアダモンはご機嫌だった。
「さすが俺が惚れた女。どうだ、これを機に嫁にならねえか」
未だ頭がクラクラしてる為、立ち上がることができずにいるアダモンの正面で、ミスラは仁王立ちしていた。
「冗談なら私に勝ってから言え」
「しかし、安心したぜ。あの撤退戦で魔力を使い果たして抜け殻みたいになってんじゃないかって……」
「誰に言われたんだい」
「へっ?」
「今なら私が力を失ってるから、族長になるチャンスだとでも言われたんだろ」
「はぁ、何でもお見通しかよ」
自らは手を出さずアダモンを焚き付けて様子を探らせる。そのような迂遠なやり方をするのはオリハルコンの一族に違いなかった。彼らは蒼魔四氏族の中でもっとも知恵がまわる。
「……話がある。立てるようになったら私の部屋に来てくれるか」
「二人っきりか!」
目を輝かすアダモンにミスラは冷たく言った。
「従者達も含めて全員だ! それから武器はこちらで預かる。いいな」
「わかったよ。後でな」
唇を尖らせるアダモンを背にミスラは興奮している一族の中を悠々と去っていった。
ミスラの部屋には魔王蛇がいた。
「よくやったなミスラ」
魔王の労いの言葉にミスラは片膝をつき頭を垂れた。
「これも全て、魔王様のおかげです」
「しかし高位魔法とは、また随分と力を使用したな」
高位魔法は通常の魔法よりも遥かに力を使う、魔王には再度ミスラに注入できる魔力はなかった。
「も、申し訳ありません!」
「責めているわけではない。ああでもせねば勝てなかったことはわかっている」
わかってはいた。タルスの食事であれば、魔力の回復に日はかからない。だが時間が足りない。リスタルトの騎士団は明日にでも村に来るのだ。貴重な戦力であるミスラの魔力低下は今後の作戦に関わる。
「あの魔王様、そういえばセリカから送られてたものがあるのですが」
「セリカから?」
セリカとは四つの龍族を統べる長であり、魔王が任命した魔族の軍団長の一人である。燃えるような赤い髪を持つ朱龍族の族長の娘で、当然ながら魔王の眷属でもある。
「はい、魔王様が魔王城に残されたものではないかと」
「私が?」
「なんでも高濃度の魔力が蓄積された水だと」
「見せてみろ!」
ミスラが取り出した革の水筒からグラスへ水を注ぐ。魔王蛇の二つの頭が赤い舌を出して水を舐めた。
「これはっ!……いったいどこでこの水を」
「魔王城の地下だと聞きました」
「魔王城だと!」
魔王は聞いたことがあった。大陸の地下には大地の魔力を豊富に含んだ地下水脈が網の目のように通っており、その一部が地上に吹き出す場所がある。メリダ法国の首都であり中央教会の本拠地である聖地ザルドがそうだ。その水は周辺の土地を魔力で満たすという。魔力が不毛な北の大地で生きる全ての魔族にとって、それは憧れの地であった。
「地下というと……なるほど。そう考えれば納得がいく」
魔王城の地下に封印されていた《魔力食い》。歴代の魔王が幾度となくその力を手に入れようとしたが、誰一人として抜けるものはいなかった。魔王城の一帯が魔力の真空地帯と言われていたのは、魔剣が大地の魔力を吸い上げていたからだ。それは魔王にもわかっていた。だが、その場所がまさか聖地と同じく魔力の水脈の噴出口だったとは。つまりあの魔剣はそこを起点として、北の大地全土から魔力を吸い上げていたことになる。
「魔剣が抜かれた今、魔王城一帯も、いや時間が経てば北の大地全体に魔力は行き届くのか……だが、それほどの力をいったいどこに……」
生命にしろ物質にしろ、器の容量を超える魔力を蓄積することはできない。大地を枯らすほどの力を蓄えることができる魔剣など、存在できるはずはなかった。
「しかし、だとすれば……」
魔王の仮定が正しいとすれば、魔剣は勇者リリアによって持ち出された。魔族が南の大地を欲するのは、その肥沃な土地への憧れだ。北の大地が潤えば、人と戦う前提条件が無くなってしまう。いや、むしろ人と同じく魔王城を巡って魔族同士の激しい戦が始まるであろう。
「魔王、様」
とぐろを巻き、一人で考えこんでいる魔王にミスラが声をかけた。その声で魔王は我に返る。
「あ、ああ!思い出した。地下に魔力を回復させるポーションを大量に蓄 方が良い。セリカなら、同じことを考えるはずだ。心配はバーニだが。今は放っておくしかない。
「やはり、そうでしたか! さすがは魔王様です」
疑いのない目でミスラは魔王を称えた。
「それより、魔王様が健在であることを早く皆に知らさなければ!」
「ミスラ、私が復活していることは秘密にしておいて欲しい。もちろん、お前の兄妹にも私が魔王であるということは内緒だ」
「なぜですか?」
魔族の世界では最も強いものが魔王の称号を得ることができる。そして、士族間で行われる闘技と同様、魔王に勝ったものが次代の魔王を名乗れるのだ。ミスラやセリカのように魔王自身を慕っているものなら良い。だが、力を失ったと知られたら……。
「あの人間の女も私が魔王だとは知らんのだ。良いか、これは私とお前だけの秘密だ」
「魔王様と私、二人だけの……秘密。はい!わかりました!」
ミスラは瞳をキラキラと輝かせながら、何度も頷いた。
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