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11.赤
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ガシャッパリンッ!
突然響いた甲高い破裂音に、ウィリアムはハッとして今まさに開けようと手を掛けていた扉のノブから離れ、少し後退する。
そんなウィリアムのすぐに控えていたフィリップにもその音ははっきりと聞こえており、彼は腰に携えた剣の柄に手を掛けて警戒体勢をとる。
そっと息を潜め、目の前の扉の先の気配に意識を向ける。
しかし先ほどのような破裂音はもう聞こえてこず、代わりにここ数ヵ月で嫌という程に聞き飽きた女の怒ったような金切り声が返ってきた。
「…なんだ?」
「…襲撃者ではなさそうですね」
「ああ」
さっきの音はカップや皿などの陶器が割れた時のものだ。
もし襲撃者ならここで女の怒鳴り声ではなく悲鳴が聞こえてくるはずで、既に中に控えているであろう護衛の声が全く聞こえてこないものおかしい。
二人は早々に見えない襲撃者への警戒を解き、またあの王女の癇癪かと溜め息をついた。
「…今度は一体何なんだ?」
「大方、菓子の大きさが気にくわないとかですかね?」
「んなバカな……」
流石にないだろう、と……断言出来ない。
あの王女ならあり得そうで思わず戦慄したウィリアムだったが、持ち前の気力でそれを胸の奥底へ無理矢理仕舞い込んで息を飲んだ。
しかし、このまま何事もなかったかのようにこの場を去ることは出来ない。
つい先程、大広間での夕食を済ませたウィリアムはエリノラの食後のティータイムの誘いを断りきれなかったのだ。
流石に国王や大臣など、この国の重鎮達の前で姫の誘いを無下には出来ない。
執務にかまけて自身らの溺愛する姫君を袖にしたとなれば、あの馬鹿王はウィリアムと彼の故国サラマンドラのことであることないこと吹聴して回るだろうし、彼とて例え根も葉もない戯れ言であっても自国の看板に泥を塗るような真似はしたくない。
先の展開がある程度読めてきてズキズキ痛む頭を押さえ、ウィリアムはフィリップに「例えどんなに胸糞悪いことになっていても手は出すなよ」と予め釘を刺してから扉をノックした。
ノックが聞こえなかったのか返事はなかったが、特に気にも留めず改めてノブに手を掛け扉を開けた。
ガチャッ
「失礼しま…「一体どういうつもりなのっ!?下賎な平民の下女風情がっ!」……」
開けた瞬間、扉である程度緩和されていたキンキンしたエリノラの金切り声が彼らの耳に刺さり、ウィリアムの入室の挨拶をかき消す。
思わず肩を揺らしてしまったが、とりあえず近くにいたエリノラの護衛らしき諦めたような顔をしていた騎士の挨拶を受けつつ、彼女の周囲へ目を向ける。
磨き上げられたテーブルの側には件の怒り心頭な様子のエリノラがいて、その厚塗りの化粧のけばけばしい顔は真っ赤に歪み、ブルブルと震える手は固く握り込まれている。
余程彼女の勘に触ることだったのか、更にその側にアンティークの椅子が倒れておりエリノラが蹴倒して立ち上がった様子が目に浮かぶようだった。
そして、彼女の影に隠れるように端からチラリと見えるメイド服…エリノラが言うに下女らしい。
王女に対して深々と頭を下げているらしくその人物の顔は見えないが、白いエプロンに大きな茶色の染みが出来ている。
「卑しいあんた達平民なんかがっ!私のティーカップを!お気に入りの紅茶を!台無しにしたですって!?恥を知りなさい!!」
罵詈雑言を浴びせるエリノラは、先程入室したウィリアムとフィリップに気がつく様子はない。
ウィリアムを前にした時とは違う、鋭く突き刺すような冷たい声とキツい口調。
これがこの王女の本性なのだろう。
あまりにも口汚く人を罵る様を、ウィリアムは同じ王族として見ていられない気持ちになった。
フィリップもその端正な眉を潜め嫌悪感を露にしている。
しかし、こういった他国の個人的ないざこざへの介入は彼らには出来ない。
何も出来ず見ていることしか出来ない状況に、ウィリアムは思わず固く拳を握った。
一頻り下女を罵ったエリノラは荒くなった息を整えながら、嘲笑うように下女の髪をひっ掴んで無理矢理顔を上げさせてこう言った。
「…ああ、でも。そんなこと仕出かしたから、この私にこうして会えたのよねぇ?もう二度と会うことはないでしょうけど!貴方達!この女、処刑台送りにしておやりなさい!」
唐突にそんな指示を出された騎士は戸惑い、返事を躊躇った。
了承の返事が返ってこなかったことにまた苛ついたのか、エリノラが下女の髪を離して振り返ってきた。
「ちょっと!私の命令にはすぐ……っ!!ウィ、ウィリアム様!?」
ここで漸くエリノラはウィリアムの存在に気がつく。
いつもの彼なら、ここでも嫌悪感なんか胸の奥にしまってなるべく穏便に事態を終息させるべく、苦笑を浮かべて挨拶をしていただろう。
しかし、彼は見てしまった。
先程までエリノラに、聞くに耐えない罵倒を浴びせられ、女の命とされる髪を掴まれる等の乱暴されていた下女が僅かに顔を上げたのだ。
今朝、ウィリアムが想いを自覚し始めたばかりの愛しい人…フローレンスがその頭から流れ出る赤い液体に顔を濡らされて、そこにいたのだ。
____________________
また…更新が…遅れて、しまいました…
楽しみにしてくださっていた皆様、も、申し訳ございません!!
なんでこうも上手く筆(指?)が進まないんだか…
もう文章力が衰えまくってて!展開は浮かぶけれど表現が出来ない!!(泣)
本当にこんな更新頻度が不安定な作品、見てくださってありがとうございます!(五体投地)
今回、予定より長くなってしまいましたがいかがだったでしょうか?
何故フローレンスがこんなことになっているか、いまいちよく分からないって方もいらっしゃるとは思いますが、それは後々彼女の視点からの番外編で書けたらなって思ってます。
よろしくお願いします。
突然響いた甲高い破裂音に、ウィリアムはハッとして今まさに開けようと手を掛けていた扉のノブから離れ、少し後退する。
そんなウィリアムのすぐに控えていたフィリップにもその音ははっきりと聞こえており、彼は腰に携えた剣の柄に手を掛けて警戒体勢をとる。
そっと息を潜め、目の前の扉の先の気配に意識を向ける。
しかし先ほどのような破裂音はもう聞こえてこず、代わりにここ数ヵ月で嫌という程に聞き飽きた女の怒ったような金切り声が返ってきた。
「…なんだ?」
「…襲撃者ではなさそうですね」
「ああ」
さっきの音はカップや皿などの陶器が割れた時のものだ。
もし襲撃者ならここで女の怒鳴り声ではなく悲鳴が聞こえてくるはずで、既に中に控えているであろう護衛の声が全く聞こえてこないものおかしい。
二人は早々に見えない襲撃者への警戒を解き、またあの王女の癇癪かと溜め息をついた。
「…今度は一体何なんだ?」
「大方、菓子の大きさが気にくわないとかですかね?」
「んなバカな……」
流石にないだろう、と……断言出来ない。
あの王女ならあり得そうで思わず戦慄したウィリアムだったが、持ち前の気力でそれを胸の奥底へ無理矢理仕舞い込んで息を飲んだ。
しかし、このまま何事もなかったかのようにこの場を去ることは出来ない。
つい先程、大広間での夕食を済ませたウィリアムはエリノラの食後のティータイムの誘いを断りきれなかったのだ。
流石に国王や大臣など、この国の重鎮達の前で姫の誘いを無下には出来ない。
執務にかまけて自身らの溺愛する姫君を袖にしたとなれば、あの馬鹿王はウィリアムと彼の故国サラマンドラのことであることないこと吹聴して回るだろうし、彼とて例え根も葉もない戯れ言であっても自国の看板に泥を塗るような真似はしたくない。
先の展開がある程度読めてきてズキズキ痛む頭を押さえ、ウィリアムはフィリップに「例えどんなに胸糞悪いことになっていても手は出すなよ」と予め釘を刺してから扉をノックした。
ノックが聞こえなかったのか返事はなかったが、特に気にも留めず改めてノブに手を掛け扉を開けた。
ガチャッ
「失礼しま…「一体どういうつもりなのっ!?下賎な平民の下女風情がっ!」……」
開けた瞬間、扉である程度緩和されていたキンキンしたエリノラの金切り声が彼らの耳に刺さり、ウィリアムの入室の挨拶をかき消す。
思わず肩を揺らしてしまったが、とりあえず近くにいたエリノラの護衛らしき諦めたような顔をしていた騎士の挨拶を受けつつ、彼女の周囲へ目を向ける。
磨き上げられたテーブルの側には件の怒り心頭な様子のエリノラがいて、その厚塗りの化粧のけばけばしい顔は真っ赤に歪み、ブルブルと震える手は固く握り込まれている。
余程彼女の勘に触ることだったのか、更にその側にアンティークの椅子が倒れておりエリノラが蹴倒して立ち上がった様子が目に浮かぶようだった。
そして、彼女の影に隠れるように端からチラリと見えるメイド服…エリノラが言うに下女らしい。
王女に対して深々と頭を下げているらしくその人物の顔は見えないが、白いエプロンに大きな茶色の染みが出来ている。
「卑しいあんた達平民なんかがっ!私のティーカップを!お気に入りの紅茶を!台無しにしたですって!?恥を知りなさい!!」
罵詈雑言を浴びせるエリノラは、先程入室したウィリアムとフィリップに気がつく様子はない。
ウィリアムを前にした時とは違う、鋭く突き刺すような冷たい声とキツい口調。
これがこの王女の本性なのだろう。
あまりにも口汚く人を罵る様を、ウィリアムは同じ王族として見ていられない気持ちになった。
フィリップもその端正な眉を潜め嫌悪感を露にしている。
しかし、こういった他国の個人的ないざこざへの介入は彼らには出来ない。
何も出来ず見ていることしか出来ない状況に、ウィリアムは思わず固く拳を握った。
一頻り下女を罵ったエリノラは荒くなった息を整えながら、嘲笑うように下女の髪をひっ掴んで無理矢理顔を上げさせてこう言った。
「…ああ、でも。そんなこと仕出かしたから、この私にこうして会えたのよねぇ?もう二度と会うことはないでしょうけど!貴方達!この女、処刑台送りにしておやりなさい!」
唐突にそんな指示を出された騎士は戸惑い、返事を躊躇った。
了承の返事が返ってこなかったことにまた苛ついたのか、エリノラが下女の髪を離して振り返ってきた。
「ちょっと!私の命令にはすぐ……っ!!ウィ、ウィリアム様!?」
ここで漸くエリノラはウィリアムの存在に気がつく。
いつもの彼なら、ここでも嫌悪感なんか胸の奥にしまってなるべく穏便に事態を終息させるべく、苦笑を浮かべて挨拶をしていただろう。
しかし、彼は見てしまった。
先程までエリノラに、聞くに耐えない罵倒を浴びせられ、女の命とされる髪を掴まれる等の乱暴されていた下女が僅かに顔を上げたのだ。
今朝、ウィリアムが想いを自覚し始めたばかりの愛しい人…フローレンスがその頭から流れ出る赤い液体に顔を濡らされて、そこにいたのだ。
____________________
また…更新が…遅れて、しまいました…
楽しみにしてくださっていた皆様、も、申し訳ございません!!
なんでこうも上手く筆(指?)が進まないんだか…
もう文章力が衰えまくってて!展開は浮かぶけれど表現が出来ない!!(泣)
本当にこんな更新頻度が不安定な作品、見てくださってありがとうございます!(五体投地)
今回、予定より長くなってしまいましたがいかがだったでしょうか?
何故フローレンスがこんなことになっているか、いまいちよく分からないって方もいらっしゃるとは思いますが、それは後々彼女の視点からの番外編で書けたらなって思ってます。
よろしくお願いします。
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