精霊さまの言うことには!

相澤由華

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序章

第一話 アリア・セリシール、未知との遭遇

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アリアがシェイドと遊んだ一番古い記憶は、シェイドの屋敷で一緒に本を読んだことだ。

本といっても、文字の羅列した難しい本ではない。アリアの家にはないような綺麗な刺繍の施された滑らかな表紙の本で、中身もそれはそれは美しい絵で満たされた、魔法のような本だった。

まだ文字が読めないアリアでも心惹かれる表紙だったので、どうしても読みたいと駄々をこねた。その結果、シェイドが「みんなには内緒だよ」と言ってこっそり二人だけの時に見せてくれたのだ。

虹のように煌やかな薄い翅を持つ、雨に濡れた大きな瞳の妖精。白い大きな体に鳥のような翼をもつ、空を駆ける堂々たる天馬。キラキラ光る銀色の鱗に包み、三又の槍を手に海を浪々と巡る魚人。燃える髪を持ち、炎を自在に操る火の精霊。流水の如き髪を垂らし、無限に水が出てくる水瓶を持つ水の精霊……。

今でも、思い出せるほどなのだから、当時のアリアの驚きは相当なものだった。

見終わったあと、記憶には残っていないが怒られたようで二度とその本は見せてもらうことがなかった…。

なんで、そんな昔の記憶をアリアが掘り出しているのかといえば。

「…なんか、いる」

アリアの部屋の窓にべったりと、張り付いているものを見て、アリアは呟いた。

これは、あれだと思う。驚きすぎると人は逆に反応が鈍る的なものだ。

アリアの手のひらほどのサイズの翅の生えた人間が、こっちを見ながら窓に張り付いているのだ。
昔本で見た妖精と言い切るには、人間に近い風貌をしている、気がする。
紺色の髪に、空色の瞳。顔は…まだ子供のようであどけないが、不安げなたれ目にはうるうると涙が貯められている。

親には知らない人間に勝手に話しかけてはいけないとしつけられているアリアだったが、彼女はそこまで鬼にはなれなかった。

アリアが、そっと窓を開けると、ぽとりと窓から落ちそうになったので反射的に手を伸ばした。
感触は空気を掴んだよう。やはり、妖精か何かの類なのだろうか? でもほのかに温かい。

妖精? はしばらくアリアの両手に突っ伏した姿勢のまま動かなかったがギギギと顔だけを恐る恐る上げた。
「僕のこと、見えるの?」

あ、思ったより高くて可愛い声。
アリアはうんうんと頷いた。
すると、
「うぁあぁああああ~ん」
妖精は、大声を上げて泣き始めた。
アリアはびっくり仰天した。急に泣き始めたのも理由であるが、妖精の涙でアリアの手が濡れたからだ。

「えええ? どうしよう?!」
早朝で、起きる予定の時刻よりは前だったのでアリア付きの侍女はまだ来ない。そうだ。一番近くにいる人に助けてもらおう。

思い立ったアリアは両手に溜まった涙をぽた、ぽた、と絨毯に落としながら部屋を出て、すぐ隣のドアを叩いた。
「シェイド、助けて!!涙が止まらないの」
シェイドは訳あって今はアリアの家に住んでいる。子供部屋が一つ空いているため隣の部屋にいたのが今回は幸いした。

物音がガタッとして、アリアが一呼吸する間にシェイドは出てきた。サラサラとした金髪はまだ整えられておらず、青い瞳には焦燥が浮かんでいる。
「どうしたアリア?何があった!」
「シェイドこれ見える?」
同じく焦った様子のアリアはそれを全く気にする事なく、両手をシェイドの目線の位置まで上げる。
「…アリアの手から、水が溢れ出てる?」
シェイドはたっぷり一拍おいて言った。
寝起き一番で、眼の前で起きている不思議現象に頭が追いついていない様子だ。

「ちがう。そうなんだけど、…そうじゃなくって!妖精がいるの」
アリアは両手からダバダバ水を垂らしながら主張した。お陰でシェイドのドア付近の床がビジョビジョだ。
「……あー。よく分からないけど、とりあえず水をどうにかしよう!」

シェイドは手早くアリアの手に手拭を当て時間稼ぎをし、その間にどこからか木桶を用意しアリア家の浸水を食い止めた。その後は、てきぱきとアリアが濡らした(シェイドの中ではそうなっている)床を拭いた。侍女顔負けの活躍である。

「で、これはどういう事なんだ?」
シェイドは一区切りついた様子で、窓の外で手拭を絞っている。
「私もよくわかんない」
アリアは木桶の中の妖精を見つめながら言った。
「シェイド、声聞こえない?うわーん、て鳴いてる声」
「妖精がいるって言っていたな」
「それが、木桶の中に今いるの」
シェイドは木桶を覗き込んだ。中には木桶の半分ほどに水が張っているのが見えただけだった。
「……」
「あ!今疑った目をしたでしょ!本当だからね?私のいうことを信じて見てみてよ」
アリアはさらに追い打ちをかけた。
「信じないと、見えるものも見えなくなるんだから!」
シェイドはそれもそうか、と頭をかいた。
「アリア、今妖精はどんな見た目をしていて何してるのか教えてくれるか?」
「紺色の少し長めでぼさっとした髪に空色の瞳。服は草色のマントみたいなのを被ってる。今はわんわん泣いてるよ、ほら見えるでしょ」
アリアは間髪入れずに答えた。
シェイドは成る程と言って頷いた。
「アリアがそんな流暢な嘘をつけるわけがないから、これは本当に、なんだな。疑って悪かった」

信じてもらえて喜べばいいのか、さらりと悪口を言われた気がするので怒れば良いのかアリアは悩んだ。
しかし、シェイドの様子がみるみる変わったので、アリアはそれどころではなくなった。
「あ!信じたらだんだん見えてきた!!すごい!アリアの言う通りだ」
シェイドの目に妖精の姿がうつったのである。シェイドは少し感動した様子でしばらく興奮していた。

これで問題の入り口には立てたアリアたちだったが、いかんせん1番の障害があった。
「うわぁあぁあああーん!」

「これ、聞こえたら聞こえたで割とうるさいな…」
「中々泣き止まないのよねー。どうしよう?」
「うわぁあぁあん」
とにかく妖精の泣き声がうるさいのである。


「何か食い物でも与えてみるのはどうだろう?」
シェイドはアリアに提案した。
「まさか赤ちゃんじゃあるまいしそんなことで泣き止むかな」
ここで、妖精が反応した。
「うぁああっ…、ヒック…たべもの? 」
妖精の泣く速度がやや低下した。これには二人とも目を剥いた。
「え!反応してる!」
「厨房にはもう料理長がいるはずだ!食べれそうなもの一通り用意してもらおう」
二人は涙で溢れそうな木桶を抱えて厨房へと駆け込んだ。


「食べるんだ…蜂蜜」
「何はともあれ、泣き止んでくれてよかった」
胡乱な顔をした料理長をよそにアリアとシェイドはほっとした笑みを浮かべた。

妖精は今はすっかり泣き止んだ様子でお皿に用意した蜂蜜に夢中だ。

「げふー。いっぱい食べた。お姉ちゃん、お兄ちゃん、ありがとう」
「喋った…」シェイドはポカンとした顔で呟いた。
「どういたしまして」
アリアは2度目の会話なので、妖精に返答した。
「ここは、どこですか?」
「あなたがどこから来たのか分からないけど、ここは王都の南にあるエリシール領にあるお屋敷だよ」
「エリシール?」
「そっか、妖精だから知らないよね」
アリアは妖精をそっと抱えると、厨房にある裏口を出た。

妖精の目に飛び込んできたのは、一面の桃色だった。
屋敷の裏口は庭で、その庭には何本もの樹木があった。そして全ての木には桃色の花が咲き誇っていた。
風が一吹き、二吹きとするごとに妖精の目の前でパラパラと花弁が散っていく。

それは、妖精の目から見ても綺麗なものだった。

「綺麗でしょ? この花の名前はね、エリシールっていうの。私のご先祖様がこの花を見たときにとても気に入ったから、自分の名前をつけたの」
「エリシール、とてもきれい…」
妖精を両手に乗せた、目の前の黒くて長い髪と赤い瞳をもつ少女は優しく言った。
「私の名前は、アリア・セリシールというの。あなたの名前は?」

妖精はしばらくもじもじとしてから、アリアに向かって微笑んだ。
「僕名前ないの。アリアのことが気に入った。だから、アリアが僕の名前をつけて」

アリアは少し戸惑った顔をしてうーん、とうなった。そして、ポツリと妖精のことを呼んだ。

「…それで、つけた名前が、…ウチキ?」
シェイドは軽く引いた様子で言った。
「性格にあってるし、かわいくない?」

ウチキはアリアに名付けてもらったことを微妙に後悔しながら、アリアとシェイドのやり取りを主にシェイド側に立って見ていた。

アリア・セリシール、セリシール領主の娘である彼女にはとことん、ネーミングセンスがなかった。
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