精霊さまの言うことには!

相澤由華

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序章

第四話 ダニエル・セリシールと嫌な予感

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朝、起きて支度をしたアリアはウィリアムのの部屋の扉を叩いた。
「お父様、時間はあるかしら? 紹介したい子がいるの」
ウィリアムに昨日出会った精霊のウチキを紹介しておきたかったのだ。

本当はもっと早くが良かったのだけれど、父は昨日母に呼び出されたっきり、何故か執務室から出てこなくなったので今のタイミングになったのだ。
流石にこんな朝早くから仕事をしているはずがないとアリアは思っていた。

ギィ、と音を立てて開いたのは私室ではなく隣の執務室の扉だった。
「……も、もう朝か」
そう言うウィリアムの声はかすれて、目の下には隈ができている。
「お父様、もしかして一晩中お仕事していたの?」
随分くたびれた様子のウィリアムが出てきたのでアリアは仰天した。
「ははは……これくらい訓練と比べれば大したことないさ。用はなんだい?」
「あのね、コノハナ様からもう聞いているとは思うんだけど、昨日精霊とお友達になったの」
アリアの肩に乗ったウチキは礼儀正しくお辞儀した。
「僕の名前はウチキなの。よろしくなの」
小さな精霊の可愛らしいお辞儀にウィリアムは思わず目を細めた。
「あぁ、よろしく」
アリアはその様子を見て気を良くして、ウィリアムに一気にまくし立てた。
「いい子でしょう? この子をお母様やダニエルに紹介してもいいかな? きっとダニエルも喜ぶと思うんだけど」
「コノハナ様が許可してるんだから、僕が反対する理由はないよ。もちろん、構わないよ」
「わぁい。お父様ありがとう!」
アリアはウィリアムの首に飛びつきながら喜んだ。


ダニエルはアリアとは5歳離れた弟だ。父譲りの目と髪に、母譲りの柔和な顔立ちをしている。セリシール家の者は良く言えば家族思い、悪く言えば親バカが多いのだが、ダニエルも例に漏れず家族を慕っている。特に姉の事が大好きで5歳にして「将来はお姉様と結婚します」と宣言しているほどだ。

そんな彼が大好きな姉から紹介された愛くるしい精霊を嫌いになるはずもなく、一目でウチキと打ち解けた。

仲良く遊ぶダニエルとウチキを微笑ましく見つめていたアリアがぽんと手を打った。
「そうだ! 仲良くなった記念にみんなで遊びに行きましょ」
ダニエルは目をキラキラと輝かせて賛成する。
「僕、花見がしたいです!」
「今日のお昼は外でセリシールの花を見ながら食べるのはどうだ?」
シェイドが案を出すと全員一致で賛成になった。

これが後に大騒動を引き起こすことになろうとはこの時は誰も知るよしがなかった。

柔らかな日差しが大地に降り注ぎ、満開を迎えたエリシールがアリアたちを祝福するかのように咲き誇っていた。
領館から市街を抜けた先のノヨシ川に沿うエリシールの並木道は花見の名所だ。というのもこの時期には花びらが川いっぱいに流れて花絨毯と呼ばれるほど綺麗な景色になるからだ。
今日はまだ満開になったばかりでお目当ての花絨毯は見られなかったが、それでも美しい景色には違いなかった。

「花見日和だね!」
「ウチキ楽しみなの」
子供たちは大はしゃぎだ。
付き添い役として来たトイシャは手慣れた様子で机と椅子を用意しお弁当を広げる。

「ウチキの好きなハチミツも用意してもらったの! すごいでしょ」
アリアが自慢げにいうとウチキは一目散にハチミツを取りに飛んで行った。
「花より団子だな」
シェイドがボソッと言う横でダニエルはアリアの手を引っ張った。
「お姉様、僕お腹すきました」
「じゃあ、まずはお昼にしましょう」

平和な花見で問題が起きたのは、食後に子供達で隠れ鬼をしていたころである。隠れていたダニエルが見つからなくなってしまったのだ。
トイシャと、アリアとシェイドとで手分けして探す羽目になった。

「えん……ふぇぇん…」
アリアの耳にか細い泣き声が聞こえてきた。
「誰? どこにいるの?」
アリアが耳を澄ませるに道を外れた奥から声は聞こえるようだった。
鈴の鳴るような弱々しい声はダニエルかもとアリアは思った。

「ダニエル、そこにいるの?!」
くすんくすんと泣く声は返事をしなかったが、子供には違いない。アリアが大人を呼びに行く間にも子供は動き回っていなくなってしまうかもしれない。
しかも目の前の森は自分が良く遊んでいる森だ。この場でアリアが見つけた方が早い。
もしかしたらダニエルかもしれないし。

よし、と気合を入れたアリアは迷子を助けるべく森の奥へと進んでいった。

助けてと言ってすすり泣く声は動き回っているようだがアリアが進む事に少しずつ大きくなっていった。
森の中は木が多くて歩きにくいが、流石は長年森で遊んできたアリアは慣れた様子で奥へ奥へと進んでいった。

そうやって進んで辿り着いた先は大木だった。コノハナ様ほどの大きさでは無いがこの辺りで一番大きい。周りは大木が日光を遮っていたせいか少しひらけていて、草が生えているぐらいだ。
枯れてしまったのか灰色をしたその木の根元にはうろがある。うろの大きさはダニエルくらいの小さな子供が隠れるのにぴったりだった。
アリアはその木に近づいて耳を澄ますと子供の声は案の定うろから聞こえるようだ。

「やっと、見つけた! もう大丈夫だよ」
アリアはしゃがみこんで、木のうろを覗き込んだ。

その時だった。
うろの中から何か黒いものがびゅんと飛び出した。それと同時に「アリアっ!!!」と声がしてアリアの後ろ襟をぐいっと引っ張られる。
よく分からない黒いものはアリアの眼前を掠めてた。誰かがアリアを引っ張ってくれなかったら黒いものはアリアに当たっていただろう。

「わっ」
アリアは引かれた衝撃で尻餅をついた。
いてて、と言いながら振り向くとそこにいたのはシェイドだった。
「無事か?!」
アリアは驚きながら頷く。
「うん……。というかシェイドはなんでこんな所にいるの?」
きょとんとしたアリアに青筋を立てながらシェイドは叫んだ。
「聞きたいのはこっちの方だ! 突然フラフラと森に入って行って、呼びかけても反応しないからついてきたんだ!」
シェイドが手を差し伸べてくれたのでアリアは手をとる。
「助けてって声が聞こえたからダニエルかと思って……」
アリアは首を傾げて言った。
「僕にはそんな声は聞こえなかった。ということはその声は恐らく……魔物だ!」

シェイドが言い切る前に、木のうろから再び黒いものが飛び出してきた。シェイドはアリアの手を引くと、アリアのいた場所を再び黒いものが素通りする。そのままドコッと音を立てて当たった木に穴が空いた。

「……あれっていがぐり? 随分季節ハズレな」
アリアは当たった木に突き刺さるイガグリを見つめた。
「あの速度でぶつけられたら、いくらイガグリでも死ぬぞ」
「死因がイガグリなんて、絶対嫌っ!!」
アリアはどうしたらいいだろうと必死に考える。

「シェイド、ちなみに武器とか持ってる?」
アリアが期待を込めて尋ねる。
「花見に来たんだ、持ってるわけないだろ! 強いて言うならアリアを追っかける時に拾ったコレだな」
そう言ってシェイドは手頃な太さの枝を掲げた。
「まったく勝てる気がしない! 」
アリアが珍しく突っ込む。

「そういうアリアは?」
「ウチキを連れて来たよ!」
たまたま探すときにアリアにひっついて来ただけのウチキをこれ見よがしにシェイドに見せた。
「…ウチキ、何か出来ることはあるか?」
シェイドがウチキに尋ねると、ウチキは胸を張った。
「泣いたら涙が無限に出るの!」
「ウチキを少しでも頼ろうとした僕が間違いだった!」
シェイドはそう言うとやけくそ気味に枝を持って構えた。
「枝でも無いよりマシだ。アリア、助けを呼べ! いくらこんな森の奥でも精霊くらいいるだろう!?」

アリアたちがやいのやいの言っている間に、木のうろからぬっと魔物が正体を現した。
全身から針が生えた、ネズミの形をした魔物だ。インクを塗りつぶしたようなどす黒い体でその目だけは妖しく光っている。

小さいとはいえ異様な雰囲気を放つ魔物の姿は、幼いアリアたちを怯えさせるには十分すぎるほどだった。

アリアは必死に精霊たちに助けを求めると、小さな精霊たちがそれに応じて姿を現した。
「アリア、助けるー」
そう言って風の精霊が1人、助けを呼びにいく。
「アリア、守るー」
他の精霊たちはアリアたちを庇うように魔物との間にふわりと飛んだ。
「シェイド、風の精霊が助けを呼びに言ってくれたわ! 誰かが助けてくれるまでの辛抱よ」
「わかった!それまで持ちこたえればいいんだな。アリアは僕の後ろに隠れてろ」
アリアに向けられて飛ばされるイガグリをシェイドが棒切れで打つと、棒切れは当然ながらぽっきり折れた。
シェイドは構う様子もなく、次の手頃な枝を拾う。


「風の子らよ、我らに力を与えたまえ」
アリアが唱えると、シェイドの持っている枝に風がぐるぐる渦巻いた。

シェイドが目を白黒させて変化した枝を見つめると、隙ができたとばかりに魔物がイガグリを飛ばしてくる。
「シェイド!」
アリアが叫ぶとシェイドはハッと気づいてイガグリをすんでのところで打ち返した。

風の守護を受けた枝は折れずにイガグリを打ち返すだけでなく、魔物の元へイガグリをビュンと飛ばした。ボコン、と魔物に当たる。

「これは助かる!」
希望を持ったシェイドは枝をギュッと握りなおすと、剣を持つように構えた。

剣術の稽古を受けているシェイドは慣れた様子で次々とイガグリを打ち返した。
魔物は相次ぐシェイドの反撃に腹を立てた様子で、息を吸い込むようにして体を膨らます。
嫌な予感がしたシェイドが下がったと同時に、魔物の体中から全範囲に、鋭い針が飛び出した。

「土の子らよ、我らを守護したまえ」
アリアがとっさに言うと、アリアとシェイドの前に土の壁が一瞬出来る。針から身を守ったかと思うと、どさりと落ちて地へ土壁は戻っていった。
「今よ! シェイド」

シェイドは魔物に棒を強かに打ち付けた。ここで、決まっていればシェイドは魔物に勝つことができたに違いない。この時、枝の守護が切れていなければ。

ボキィ、とただの枝が折れてシェイドは固まった。
「え? どういうことだ?」
「あ、守護が切れたみたい。……ごめんシェイド」
アリアはぷるぷると守護の力を使い果たして震える精霊を手で抱えて言った。
ウチキも気遣うように精霊をよしよしと撫でている。

「もっと、こう、長時間持つ守護とかは無いのか?」
「このあたりの子たち、力はそんなに強くないみたい……」

魔物は力を取り戻して、渾身のイガグリをシェイドとアリアに向かって打ち出した。

もうダメだ、シェイドはアリアを庇うように前に立って目をつぶった。
しかし、来るはずの痛みは一向に訪れなかった。

恐る恐る目を開くと、目の前にいたのは剣を携えた男だった。鞘にしまった剣で一閃すると、魔物を切り裂いた。魔物以上に鋭い目をした男はシェイドが苦戦して相手した魔物を一瞬で倒してしまったのだ。

「………」

驚きのあまり沈黙しているシェイドを見下ろして、男は問いかけた。

「なんだ。一年ぶりの叔父の顔を忘れたのか?」

「……ボナパルト、叔父様」
シェイドは身を硬くして、呟いた。
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