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第二章 藍と学校

159. ファム・ファタるな! Don't do Femme Fataling!

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「……いいんですよ、謝らないでください。
 わたくしが知らない両性具有者セラフィタの事について危険をおかしてまで教えに来てくれましたし、それに……。」

「…………それに?」

「……ぇえ……まぁ、貴方になら、まぁ……別に、というか、初めてこころをさらけ出しあってぶつかった……その、“初めての相手”ですし。」

「……アイ……。」

 ザミールが頬に手を添えてくる。

「あっ!ヘンな意味じゃないですよ!?ほら!貴方の二つの二つ名の砂漠の黒死病デシエルト・ペスト誠実な犠牲者リウー・タルー由来ゆらいになった、フランス領アルジェリア系地獄パンドラ人のアルベール・カミュ!!カミュの書いた『ペスト』の登場人物の!!リウーとタルーみたいなあんな“誠実な”信頼関係を持てたらと――」

 わたくしは言葉を続けられなかった。

 ……唇をふさがれたからだ。
 ――もちろん相手の唇によって。

 なんだか、くやしい。

「……許可してなんですけど……。」

 そっぽを向いて愚痴をこぼす。

「あぁん?俺になら何をされてもいいんだろぉ?」

 ニヤニヤしてる……!

「……ふんっ!知りませんっ!」

 ◇◆◇

「おいねんなよアイ~。」

 男性体の私よりずっと上背うわぜいのある女性体のザミールがわたくしの照れた顔をのぞきもうと屈み込んでくる。わたくしは何とか彼女の顔を乱暴に押し返してそれを阻止しようとする。

 人間体アニマのわたくしの手なんて彼女にとってはほんの微力で押し返せるはずなのに、それをしないでじゃれ合いに付き合ってくれる。そのこともなんだか腹立たしい。

「もうっ!貴方はイジワルですっ!」

「好きな子には意地悪したくなるもんだろ~?
 可愛い子にもよ~。ほらなんつったか?
 グッド・アグレッション?」

「キュート・アグレッションですっ!
 というか可愛くありません!」

「……ほ~ん、どっちか分かんねぇから顔を見ねぇとなぁ~?」

 そうやって今度は彼女の顔を押しやっていた右手と、自分の顔を隠していた左手をつかんで無理矢理顔を覗き込んでくる。

 あっ……。

「ほら~オジサンに顔見してみ~?
 ……!……あ……。」

 きっとザミールの瞳には映っているのだろう。

 耳まで真っ赤に染まった、目尻に涙の溜まったわたくしの顔が――。

「……。」

 ゴクリ、とザミールが喉を鳴らす音が聞こえた。まずい。何かわからないけど、なんだかとっでまずい気がする。

「ざ……ザミール?おち、おちついて、とりあえずおちついて話を、しましょう……?」

 ◇◆◇

 一言でいうとひどい目にあった。
 はい記憶から消去消去。

「……アイ、お前に三人も番ができた理由がよくわかったよ。魔性の人間体ファム・ファタールだなお前は。」

「はぁ……はぁ……うるっ……さい……です、よ……はぁはぁ……。」

「でもマジで気をつけろよ?
 誰に対してもファム・ファタってたらお前の身体がもたねーぞ。」

「ファム・ファタるってなんですか!
 変な動詞を作らないでください!
 それにわたくしは生まれてから一度もファム・ファタったことなどありません!」

「……まぁ、冗談はこれくらいしにして。」

 本当に冗談でしたか?

「お前は今この国で対立してる二大派閥、公王派の娘と、辺境伯派の娘……そして悔しいが奴らより勢力は劣るがもう一つの対立派閥の反政府組織レジスタンスのリーダーとも番だ。」

「なんなんでしょうね、この状況は。」

「……普通に考えればなかなかにヤバい立ち位置だが、俺が万難ばんなんはいしてお前を護る。それは信じてくれ。
 ……分かってくれたか?」

「……先刻さっき分からされましたよ!
 嫌ってほどにね!」

「ならいい……。ふむ……しかし……。」

 ザミールが指を何回もパチパチと鳴らしながら考え事をしてる。

「どうしたんですか?」

「……いやぁ……少し思っただけだ。
 対立する三派閥の渦中かちゅうにいるってことは――」

 ……?……!!

「――もしかしたら、わたくしなら、この国の“ねじれ”を解きほぐすことができる……?」

「……かもな……。それか、お前が火種になってますます争いが激化するかだな。」

「でもっ!……もし、わたくしが公王派と辺境伯派、そして反政府組織レジスタンスを繋ぐことができれば――!!」

「この国の永い冬が終わり、春が訪れるかもな……。」

「……!……ありがとうございます!ザミール!わたくしは先刻さっきまで致死量の自由で、自分が何をすればいいのか、足取りも覚束おぼつかなかったですが、今なら分かります!」

「しかし、簡単な道じゃあねぇぞ?
 “人と人の対立”なら解きほぐせても、“集団と集団の対立”は……ほんとうに混迷を極める。」

「何を言ってるんですか!
 わたくしの人生を簡単な道が訪れたことなどこれまでありません!!
 むしろ獣道ぐらいじゃないと、茨の道ぐらいじゃないと歩きづらいぐらいですよ。わたくしは誰かのわだちを踏むことはありません。わたくしなりの、わたくしなりの方法でこのパンドラ公国を犯す地球じごく地球人あくま瘴気しょうきを晴らしてみせます……!!」

「カカカっ!そうこなくちゃな。それでこそ俺が好敵手ライバルだと認めたアイ・ミルヒシュトラーセだ!!」

 2人で雪の中笑い合う、雪の白とわたくしの黒髪、わたくしの黒髪とザミールの白髪……それがいつか混ざり合って溶け合って……春隣はるどなりを迎えることができたのなら。

 ――アザレアを咲かせる事ができたのなら。
 わたくし達の征く道を花弁はなびらで導くことができたのなら――!!

 ◇◆◇

「しかし、アイ。俺とお前は道をたがっている。そのことは分かるな……?」

「……えぇ、貴方は辺境伯派の、ミルヒシュトラーセ家の解体を望んでいる。わたくしは貴方がたが手を取り合うことを志向している。
 ですが、もう分かっていますね?
 ――あの夜から。」

「――あぁ、ちゃんと分かってる。
 あの夜から――
 道をたがえたとしても俺たちはともがらだ。」

「ええ、を抱いてはいなくても、わたくしたちはです。
 貴方が先刻さっきわたくしが助けを求めれば何時でも助けると言ってくれたように、貴方がわたくしは何処どこにいても何をしていても駆けつけます。
 親愛なる貴方の元へ――。」

「誓うか?……いや――」

「――ええ、わたくしたちには“誓い”など無粋です。だってそんなものはなくとも――」

「――俺たちは“約束”を守る。」

 近くで顔を見合わせる。

「えぇ。言わずもがなってやつです。」

「じゃあ、景気づけに……。」

「えっちょっまっ……まって……!」

 ◇◆◇

「……貴方の頭にはソレしかないんですか?」

 じとーっと見つめてやる。

「なんだよ?口吻くちづけ一つありゃあ、なんにもいらねぇ。つがいってのぁそいうもんだ。」

「はぁ、貴方は全くもう……仕方のない人ですね。」

「なんだと~?俺お前よりかなり年上だぞ?
 そんな事言っていいのか~?」

「ずっと年上の人が成人もしていない五歳に無理矢理せ、せせ……接吻せっぷんをするのはいいんですか!?」

「無理矢理~?嫌がってるようには――」

「――あっはいっ、この話はここまでです。
 流石にもう帰らないとおねえさまが心配してそこら中を探し回ってしまうかもしれません。」

「……ほんとうに、兄姉きょうだいに愛されてんだなぁ……。」

「ええ、その事がわたくしの誇りです。」

「そんな兄姉が自分と違って性差別主義者セクシストだと……そりゃあ悩むよなぁ……。」

「……えぇ、大好きな人が、大嫌いな主義を抱えていたら、わたくしはどうしたらいいのか分かりません。」

「……しかし、先刻さっきのでもう覚悟は決まったんだろ?」

 きっとわたくしの目は決意に燃えているのだろう。

「――ええ、わたくしは何もかも地球じごく地球人あくまの悪意から救ってみせます。家族も、つがいも、友達も……!
仲間も敵も全部……全部救ってやりますよ……!!」

「ケケッ……何もかもか……“傲慢ごうまん”だな。」

「えぇ、わたくしは“ワガママ”なのです。
 産まれてから親にワガママの一つも言えなかったのですからこれぐらいいいでしょう!
 なんたってミルヒシュトラーセですからね!
 高慢こうまんちきで傲慢な傲岸不遜ごうがんふそん厚顔無恥こうがんむちな野郎です。

 ――貴方が“誠実”なら、わたくしは“傲慢”です。」

 ◇◆◇

「……じゃあそろそろお前の姉が飛んできそうだし、このへんで。」

「ええ……そうですね……。」

「おいおい、そんな寂しそうな顔をすんなよ。
 最後に抱きしめてやるからよ。」

「そんな顔してないもん。」

「あぁ、じゃあ俺がしたいからする。どうだ?」

「じゃあ……仕方ないですね。」

 ぎゅっと抱きしめて包みこまれる。
 温かい……こころに降り積もった雪が溶けていく――。

「……じゃあ、な。」

「……ええ、。」

 砂神アデライーダと雷神エレクトラのように、わたくしたちはまた運命に引き合わされるだろう――いつか、必ず。
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