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第三章 iと姉

174. 藍と最初の革命家 Первый революционер

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 「わたくしもです、エゴおねえさま。
 でも、そんな怖いお話は今はやめましょう。今はただ、この穏やかな時間を楽しみましょう。

 明日の朝ごはん、何がよろしいかしら? 明日はわたくしが作ります。甘いパンケーキに、たっぷりの生クリームとベリーをのせて……エゴおねえさまも、わたくしも大好きな甘いもので。」
 
エゴペーも笑みを返し、アイの額に軽く唇を寄せた。
 
「アイちゃんの作るものなら、何でもいいわ。愛情がこもってるから、全部美味しいのよ。」
 
二人は静かに笑い合う。風が少し強くなり、木々がざわざわと音を立てた。遠くの街の方から、かすかににわとりの声が聞こえてくる。アイの背後で、夕闇の中に伸びる木の影が、まるで何かを掴もうとするようにゆっくりと動いた。
 
思いやりが深ければ深いほど、二人の間に忍び寄る不穏な気配は、静かに、しかし確実に濃くなっていく――。

 ◇◆◇

 夕陽の柔らかな余韻が、マンソンジュ軍士官学校の石畳の庭に淡く残っていた。秋の風が木々の葉を優しく揺らし、遠くの鐘楼から響く鐘の音が、授業の終わりを静かに告げている。

 わたくしは校舎の長い影を抜け、寮へと続く小道を歩いていた。頭の中では今日の戦術講義の内容が渦を巻き、心のどこかでエゴおねえさまの優しい微笑みが浮かんでいた。あの温もりに、今日の出来事をすべて話したい。でも、今はまだ、そんな甘えた気持ちを許す余裕はない。
 
 突然、背後から軽やかな足音が近づき、わたくしの頭に雑に肘が置かれた。振り返ると、そこに立っていたのは一学年上の先輩、ドミトリー・カラコーゾフだった。長身で黒い制服がよく似合う彼は、いつものように口元に嘲るような笑みを浮かべている。

 わたくしより頭一つ以上高いその視線は、まるで上から降ってくるように感じられた。夕陽の残光が彼の横顔を照らし、首筋から耳の辺りに沿って走る薄い青みがかった鱗が、頭から生えた大きな角が、わずかにきらめいた。竜人の証――生まれながらにして人を超えた強靭さと鋭い感覚を持つ種族の特徴だ。

 ――彼の瞳は深い黒で、笑っているときでさえ、底知れぬ闇を湛え、捕食者のような静かな威圧を放っている。
 
「やあ、サクラちゃん。今日も可愛らしいね。小さな体で一生懸命歩いてる姿、まるで迷子の子猫みたいだよ。」
 
 サクラちゃん――わたくしのフルネームはアイ・サクラサクラーノヴナ・フォン・ミルヒシュトラーセ。ミドルネームの「サクラサクラーノヴナ」が桜を連想させるせいで、彼は決して「アイ」などと呼ばず、いつもこうからかう。黒髪のわたくしには似合わないあだ名だと、毎度思うのに。わたくしは足を止め、頰が熱くなるのを感じながら彼をめ上げた。
 
 「わたくしの名前はアイです。サクラちゃんなどと呼ばないでください。それに、わたくしは小さくありません。ただ、カラコーゾフ先輩が大きすぎるだけですわ。」
 
 声が少し震えたかもしれない。けれど、黙っているわけにはいかない。カラコーゾフの深い黒の瞳が細くなり、鱗の縁がわずかに光を反射して笑みが深くなった。息を吐くたびに、かすかに熱を帯びた空気がわたくしの頰を撫でる――竜人の体温は人間より高いのだ。
 
 「ははっ、怒った? サクラちゃんのその顔、最高だよ。小さいくせに威勢がいいんだから。ほら、僕の腰くらいまでしか届かないじゃないか。背伸びしても、肩に手が届かないんじゃない?」
 
 彼はわざと身を屈め、わたくしの頭を撫でようとする。その指先には、人間にはない薄い爪の鋭さが隠れている。わたくしは後ずさりし、両手を振ってそれを払いのけた。胸の奥で苛立ちが渦巻く。わたくしの身長は遥かに平均より低い。

 でも、それはわたくしの弱さではない。エゴおねえさまがいつも言ってくださるように、わたくしはわたくしらしく、強く生きている。それなのに、この竜人の先輩はいつも、こうしてわたくしをからかってくる。
 
 「もう、いい加減にしてください。わたくしはアイです。アイと呼んでください。それに、背が低いからといってからかうのは失礼です。わたくしは軍士官学校の生徒として、きちんと訓練をこなしております。先輩だって、それをご存じのはずです。」
 
 わたくしの声が高くなり、周囲の生徒たちがちらりとこちらを見た。『あれアイ様じゃない?』『ちっちゃくてかわいい~。』など聞こえる。ちっちゃくはない。わたくしはちっちゃくはない、断じて。カラコーゾフは肩をすくめ、笑いを抑えるような仕草をした。制服の襟元から覗く鱗が、夕陽を受けて淡く輝く。
 
 「わかったわかった、サクラちゃん。怒らないでよ。ただ、可愛いからつい言っちゃうんだ。まあ、座れよ。ここにベンチがあるだろ。」
 
 彼は近くの石のベンチを指し、自分が先に腰を下ろした。わたくしは一瞬ためらったが、結局隣に座る。からかいながらも、彼の黒い瞳にはいつものように、何か別の意図が潜んでいるように見えた。公王派の情報屋として知られる彼は、わたくしに近づくたび、必ず何かを伝えてくる。

 エレクトラ辺境伯の命令を、間接的に。エレクトラさまはわたくしを視界にも入れたくないんだろう。声も聞きたくない。だからこうやって外部の人間を使う。
 
 風が木々の葉をざわつかせ、庭の空気が少し冷たくなった。わたくしはスカートのすそを直し、静かに彼の次の言葉を待った。カラコーゾフは空を見上げ、ゆっくりと口を開いた。息を吐くたびに、白い煙のような熱気が立ち上る。
 
 「冗談はこれくらいにして、本題に入ろうか。サクラちゃん、公王派の中で不穏な動きがあるんだ。」
 
 その一言に、わたくしの背筋が凍りついた。公王派――王国の古い伝統を重んじる派閥で、王宮を本拠地とする彼らは、近年の改革派の台頭に強い危機感を抱いている。わたくしはエレクトラ辺境伯のスパイとして公王派に取り入っている身。エゴおねえさまの影に守られながら、こんな役割を負うことになるとは、運命の残酷なたわむれとしか思えない。
 
 「不穏な動き……どのようなことでしょうか。」

 わたくしは声を低くして尋ねた。カラコーゾフは周囲を素早く見回し、さらに声を潜めた。竜人の鋭い聴覚なら、遠くの足音も逃さないだろう。
 
 「王宮の奥深くで、密会が頻発している。公王派の幹部たちが、“改革派の指導者”を排除するための計画を練っているらしい。武器の密輸、暗殺者の手配……まだ確たる証拠はないが、僕の情報網から漏れてくる噂は相当に深刻だ。エレクトラ辺境伯も、それを察知しているはずだよ。」
 
 その言葉が、わたくしの胸に重くのしかかった。王宮――わたくしは以前、一度だけ潜入したことがある。あの華やかな宮殿の裏側に広がる陰謀の闇を、わずかながら覗いた。あのとき、エゴおねえさまに余計な心配をかけたくない一心で、独りで耐えた。なのに、また。
 
 「それで、わたくしに何を。」
 
 声がかすかに震えた。カラコーゾフは真剣な眼差しでわたくしを見つめた。深い黒の瞳が、夕闇の中で底知れぬ深さを増す。
 
 「エレクトラ辺境伯からの直接の命令だ。サクラちゃん、お前は公王派の本拠地である王宮へ行って、内部の動きを詳細に探り、証拠を掴んでこい。僕が伝令役さ。幸い、キミはラアル王女殿下の公の友人だろ? 王宮へはやすやすと入れる。

 『王女殿下に会いに行く』という名目で正門から堂々と入ればいい。そこから奥へ自然に近づけるはずだ。」
 
 最後の言葉に、からかいの色は薄れていた。わたくしは息を呑み、静かに立ち上がった。公に知られているのは、ラアルさまの「友人」という関係のみ。それ以上の深い絆――“つがい”の真実は、ラアルさまご本人とわたくし、そしてツエールカフィー公王殿下の三人だけが知る絶対の秘密。表向きの友人という立場が、今回、完璧な隠れみのになる。
 
 「わかりました。でも、わたくしは小さくありません。決して、小さくありません。それと……エレクトラ辺境伯の命令であれば、従います。でも、先輩、わたくしをからかうのは、もうおやめください。」
 
 彼は軽く手を振って笑ったが、鱗がきらりと光り、わたくしの心はすでに王宮の華やかな光とその裏の闇に囚われていた。夕陽が完全に沈み、庭は薄闇に包まれる。わたくしは寮へと急ぐ足を速めた。エゴおねえさまに、このことをどうお伝えしようか。いや、お伝えしない方がいいのかもしれない。胸の奥に、不安の種が静かに芽吹いていく。
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