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第二章 藍と学校

30. 痴愚神礼讃 Moriae encomium

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  王族である、ラアル・ツエールカフィーナ・フォン・ファンタジア王女殿下と、貧民孤児であるオトメアンのオルレとの友情は当人同士以外にはとても奇妙に映った。だが2人にとってはお互いはただのラアルちゃんとオルレでしかなかった。
 
 勿論、王族と孤児の常識の違いに驚かされることは多々あったが、ラアルは次期国王候補の一人として、積極的に民草たみくさの生活やその苦労の種を知ろうとし、躊躇ためらいなくオルレに教えをうた。オルレもそんなラアルの誠実な態度には救われるのだった。

「オルレは何でも知ってるのね!すごいわ!”さすが私の親友”ね!」

 と臆面おくめんもなく褒められるたびに、これまでの人生で染み付いた卑屈さが少し、ほんの少しずつ、でも確実にがれ落ちていくような気がした。今までは自分を定義するものが、貧民、親なし、孤児院出身、努力だけが取り柄の、オトメアンのオルレだった。

 しかし、人気者で獣神体アニムスの“ラアルちゃんの親友の”オルレという定義が加えられたことで、少しだけ自分を誇れるようになった。今でも引っ込み思案で人見知りだったが、ラアルちゃんに手を引かれている時だけは、すこし強くなれた気がした。あえてしざまに言うと、調子に乗っていたのである。

 暗記科目だけが取り柄のオルレが、容姿端麗、才色兼備で何でもできる人気者のラアルといて、コンプレックスが刺激されないわけではなかった。自分といる時に、他の貴族のクラスメイトや、平民の同窓生の悩みを解決するために奔走ほんそうしだして、置いていかれることもままあった。

 その他大勢のラアルの信奉者になれていればこんな気持ちにはならずにすんだ。しかし、対等な親友になってしまったがゆえに、その決して対等でないはるかなる断絶が目につくようになってしまったのである。それは木が内側から腐るように、オルレの心をむしばんだ。ラアルがそんなことを気にめもしない、いい意味で快活な、しかしどこか無神経な物言いをするのも、腐食ふしょく拍車はくしゃをかけるのだった。

 悩みを打ち明けた時に、

気にする必要ないわ!」

 とのではなく、現実にあるその悩みついての話を聞いてほしかったのだ。とは言え、ラアルのこの言動は彼女が真に人を差別しない人間だったからこそ出たものだった。彼女がやさしく、、彼女の

 ◇◆◇
  
 ある時、『チグ神礼賛』の内容暗記のテスト結果が貼り出され、いつものようにオルレが1位で、ラアルが2位だった。その時ラアルは言ってしまった。

「また貴女に負けたわ!悔しい!どうしてこの科目だけいつまでたってもオルレに勝てないのかしら?」

 ――私だって努力してるのに?私よりも遥かに少ない勉強時間で、2位を取ってるくせに?他の科目では1位なくせに?貴女はオシャレだってして化粧もして、見た目をみがきながら、同級生たちの悩みを解決してまわって、みんなと遊んで、その余った時間で勉強してるくせに?私よりもずっとずっと『チグ神礼賛』にかけてる時間が少ないくせに……。

 私にはこれしかないのに、頭が悪いからこの暗記科目しかないのに。休み時間も勉強して放課後も勉強して休みの日だって勉強して、貴女の何倍も何十倍も努力してるのに……。……?

 だめだ、ラアルちゃんは親友なのに、こんな私に、やさしくしてくれるのに、こんな気持ち……。あぁ、ほんとうに、私は、やっぱり貧民だから、んだろうなぁ。

 でも、仕方ないじゃない……。私よりずっと美人で、いっぱい友達がいて、みんなからしたわれてるくせにに。ラアルちゃんがいないと、私なのに、ずっとずっと勉強だけを頑張ってるのに。

 私にはそれしかないのに、それすら私から奪おうとするの?どれだけ手に入れたら気が済むのよ……。私は身の程を弁えてるから、たった1つに縋っているのに。

 ――私にはラアルちゃんしかいないのに、きっとこの娘からしたら、私は沢山いる友達の一人でしかないんだ……。

「オルレ?……どうかした?大丈夫?」

 はたから見たら、そんなことでなんでそこまで怒れる?と思われるだろう。しかし、何も持たないオルレにとっては、『チグ神礼賛』の成績は唯一の存在証明の方法だったし、なによりなんでもできるラアルと友達でいても許されるたったひとつの言い訳だった。そして、ラアルの一言に怒ったというよりは、それはただのきっかけで、ほんとうの原因は今まで積み重なったラアルの無神経な言動だった。先の発言はただの居場所が崩れる、最後の煉瓦れんがのひとつだった。
 
 オルレはその怒りをぶちけたかったがすんでのところで我慢して、決して相手を傷つけないように返事をした。彼女もまた親友を大事にしたかったのだ。たとえ親友と思っているのが自分の方だけだという恐怖がついて回っても。

「もう……ラアルちゃん。ラアルちゃんは私と違っておしゃれもお化粧も、友達付き合いだって頑張っているでしょ?私は勉強しかしてないんだから……『チグ神礼賛』でまでラアルちゃんに負けたら何も勝てるとこがなくなっちゃうよ……?」

「それはそうよ!確かに私は美しいし、生まれ持った美しさに胡座あぐらをかかずに、それをさらに磨く努力をしているわ!……それに私のようにチグ神の祝福に恵まれなかった人たちのために働いているわ!でもそれは当たり前のことよ。私は恵まれているんだから、神に見初められなかったかわいそうな人たちには、ほどこすのが当たり前でしょ?人に与えるためにチグ神様は私にたくさんのモノを下さったんだから!私だけ恵まれたままなんて、不公平だわ!

 それに、前々から思ってたのよ!貴女も化粧けしょうをしたほうがいいわ!私が貴女を美しくしてあげる!前に一度化粧をしただけで貴女は飽きちゃったけど。オルレ!貴女の内面は最高に美しいんだから!外見もそれに見合う美しさにしないとね!」

 ――チグ神の祝福に恵まれなかった人たち?神に見初められなかったかわいそうな人たち?人たち……?不細工に生まれたのが、そんなにいけないことなの?貧乏に生まれたのがかわいそうなの?私の顔は……哀れまれないといけないほど酷いの?

 なんで、親に産まれて必死で生きてきたのに、頭が悪いだけで、顔が醜いだけで、かわいそうなんて思われなくちゃいけないの?あわれまれなくちゃいけないの?さげすまれなくちゃいけないの?馬鹿にされなくちゃいけないの?下に見られなくちゃいけないの?……“対等だと思ってた大好きな親友”に……不細工なだけで下に見られなくちゃあいけないのよ……!

 美しくして?じゃあ、今は見てられないほどみにくいってこと?ずっとそう思いながら私のそばにいたの?綺麗に生まれたのがそんなに偉いの?なんにも努力しなくても綺麗なくせに。ただ運が良かっただけで、なんで人をそんなに見下せるの?そんなに美人に生まれたことが偉いの……?人をあわれれんでも許されるほど……?

「……オルレ?貴女、今日変よ?どこか調子でも悪いの?……ほら、そんなに俯いて暗い顔しないで!背筋を伸ばして明るい表情をするのが、美しさへの第一歩よ!」

その笑顔は普段のオルレなら絶対に言わないような言葉を引き出す、そんな魔力があった。


 
 ――勉強を頑張ってる私に!で勉強してるアンタに!そんなこと言われたくない!!

「……なんで?」
 
「……え?……何か言っ――」
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