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第二章 藍と学校

55. 桜の子ども達と天の子ども達 Children of Cherry Blossom and Children of Sky

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 「すみません。……先ほどは、何も知らないわたくしは、おにいさまとおねえさまに非道ひどいことを……。」

 謝罪すると、おねえさまが慰めてくださる。
 
「いや、アイ。謝るな……?友を侮辱されていきどおるというのはむしろ、うつくしいことだ。

 ……それに、お前は私たちに発言を取り消してくださいと懇願しただけだった。……決して罵倒したり、侮辱することはなかった。」

「そうだぜぇ……アイ。おれぁ、お前のそういうところが好きなんだ。自分がどれだけ追い詰められても、他人を責めることをしない。お母様に何を言われても、お父様に殴られても……使用人どもに嫌がらせをされても。

 ……だが、少しは他人の、世界のせいにしてくれとも思う。そうじゃないと、お前はよくても、お前のこころは耐えられないだろう。……。まぁ、全ての不満を他人に、世間のせいにする奴もいるから、塩梅あんばいが難しいんだが……。」

 ――ちがうっ!わたくしはそんなに清廉せいれんな人間じゃない。そんなにきれいな、。おにいさま方はわたくしを買いかぶっておられるのだ。

 その証拠に……わたくしは、聖別の儀セパレーションのときに、はるちゃんに罵詈雑言を浴びせ、あまつさえ暴力までふるった。自分が親にそうされてつらかったのに、死ぬほどつらかったのに……決して自分は親のようにはならないと決めていたのに、追い詰められたらすぐに自分を棚に上げて人を攻撃した。

 そしてなにより、しあわせだった。“ほんとうのさいわい”だと思った。薄暗闇をゲロを吐きながら歩くような人生の中で、最高の多幸感だった。

 ……もしかして、はるひちゃんが変わったのは、そんなわたくしの醜い本性を見たからだろうか?だからわたくしに意地悪をするようになって、ご家族とのことも……。今度ひまりさん、しゅんじつさんと“対話”して確かめよう。

 ◇◆◇

 2人が去った部屋のなかで、おにいさまの独白どくはくの間に唯一何も言わずにわたくしを抱きしめていた、エゴおねえさまとふたりきりで話していた。

「……アイちゃん……さっきの話を聞いてどう思った?」

「……どう、とは?」

差別思想は正しいと思う?」

 エゴおねえさまがきょうだいの事を、お兄様達ではなくと呼んだのを初めて聞いた。

「『相手がこちらを、色眼鏡で見るなら、こちらも――』、……分かりません。わたくしは机上きじょうで多くの地獄パンドラの文献を読みあさってきましたが、のです。

 わたくしはこれまで文学のなかに人の“こころ”を、哲学のなかに“思想”を、神学のなかに“くるしみ”を……見いだしてきたつもりでした。ですが、わたくしには実際の人間生活というものが欠けています。

 市井の人々が、“貧しき人々”が、“農家の平民”が、“馬鹿にされてきた獣神体アニムス”が、“この国の王女”が……どんなを抱えているかなんて、知りませんでした。

 ……学校に行って、今やっと学び始めたところです。赤子のようなものですね、わたくしの世界観というものは。もしかしたら、今こそわたくしは、“しょを捨てて、街に出る”ときなのかもしれません。」



 深い沈黙。

 ◇◆◇

「……なるほど。アイちゃんはそう考えるんだね……。。小さい頃からずっと病でとこせっているし。ゲアーターのいう、甘さと苦さが混じった世界を経験したことがないのかも。

 でも、だからかな。……いや、それになにより、私はし……。うん……だからだと思う。私の思想の差別思想が根付かなかったのは。

 アイちゃんと私がまだ、まだそういう思想に染まっていないのは、共通点が多いからだと思うんだ。」

「共通点……ですか?」

「うん、そう。まず、私たちは、お母様のほんとうの子供じゃない。だから、

 そしてアイちゃんは別邸で、私はベッドの上に、引きこもった生活をして世間を長い間知らなかったこと。お父様は私にほんとうにやさしくて……そこだけが違うけど……。ごめんね、アイちゃん。」

 おとうさま……確かにおねえさま方には愛をもって接して、それの片鱗さえ見せてくださらなかった。そのことに嫉妬して……考えてはいけないことを考えそうになったこともある。けど――

「なぜ、エゴおねえさまが謝るのです?謝らないでください。……?」

「……そんなとこまでシュベスターに似ちゃってさぁ……。」

「わたくしは持つものが常に持たざるものに罪悪感を感じて生きていかなくてはいけないとは思いません。もしそうであるのなら、のですから、誰もが生きていかなくてはならなくなります。愛に恵まれたエゴおねえさまがわたくしに対して、何を気に病むことがありましょうか?」

「……そう、だね。……そうだ。ありがとう……ありがとうね、アイちゃん。」

 ◇◆◇

「……それで私とということになる。

 ……妹には会わせてもらえないから、わからないけどってことは……決して偶然じゃあない。獣神体アニムスで繁殖力の低いお母様はわざわざ、私たちを作るぐらいには困ってたんだから。

 ……言いたくないけど、多分にとってから……無理矢理新しい子を作ったんだと思う……。じゃなきゃあ、獣神体アニムスとノーマルの夫婦で3……あり得ない。

 ……分かってると思うけど、ここでいう3人は……。」

「お父様とお母様のほんとうの子どもである……おにいさま、おねえさま……そして、妹……。」

「そう。あの人のほんとうの子供じゃなくて、病気でまともに戦えない私。そして、同じくあの人のほんとうの子供じゃなくて、マグダラのサクラにうり二つで、サクラの悪徳しか引き継がずに生まれてきたと思われていた、アイちゃん。この2人は、あの人の勘定かんじょうには入っていないんだと思う。

 こころをもつものプシュケーとアニムス・アニムスになってからはアイちゃんはとは思われてるだろうけどね。」

「そう……ですね。」

 またわたくしは愛する人に性別をいつわった。

 ◇◆◇

「だからといって、じゃあ手を組んで、、継承権が上の……そんな計画を持ちかけたいわけじゃないの。」  



 “家族を殺す”という自らの世界観の外側からきた思想を聞かされて、わたくしのこころは……御言葉如きでは言い表せない衝撃を受けた。こんなに衝撃を受けたのは、だった。

「……私が言いたいのは、むしろその逆。ゲアーターとシュベスターは確かに差別思想を持ってるし、性差別主義者セクシストでもある。

 ……でも、彼らを軽蔑しないであげてほしいの。だって、?不可能よ……。だって世界でいちばんだいすきなお母様が言ってるんだもの。『それが絶対的に正しい』と。
 
 彼らは差別主義者の子に生まれてしまっただけ……それを私は罪だとは思わない。」

 でも裁かれないと思っていのですか、とは聞けなかった。

「そんな!わたくしがおにいさまやおねえさまを軽蔑するなんて!ありえません!」

「……そうだよね、貴方ならそう言うと思ってた……。でも、この事は頭に入れておいて、彼ら3人と私たち2人はきょうだいだけど……決して同じ立場ではない……。哀しいけどね……。」

「……はい、よくよくこころに留めておきます……。」

 ◇◆◇

 おにいさまとおねえさまは、『人間体アニマならやりかねない』と、言っていた。彼らはわたくしを愛してくれているが……もし、もしわたくしがほんとうは人間体アニマだと知ったら?

 ……“愛している家族”がほんとうは“自分が忌み嫌う対象”だと知ったら?……そのことを、ずっと隠されてきたと思ったら……ずっと汚い嘘をつかれてきたと思ったら?…………と考えた?……それでも、彼らはわたくしのおにいさまとおねえさまでいてくれるだろうか。

 差別主義者は、愛する人が自分が差別している人種だと知ったらどうするのだろう。
 愛を取るのか……それとも、思想を信じるのか。

 昔のわたくしなら言えた。そんなことを考えることが彼らに対する侮辱だと、なんてものは、最も恥ずべき悪徳だと。

 ……でもわたくしはもう書物のなかだけを生きてはいない。わたくしも書ではなく、町を垣間見かいまみた。決別し、冒険に出セパレートした。本の中の心をなぞって生きる、他者の人生ではなく、自分の人生という冒険に。

 ……いや、今度は親の望む生、親に命令された性を生きている。
 ……結局私はまだ自分の人生を生きていないのでしょう。

 ◇◆◇

 おかしいな……世界をったら、色んなことが明確になると思ったのに、人生に得心とくしんがいくと思ったのに。むしろ、きょうだいの愛を、人の愛を、疑うようになるなんて。

 “世の中を知るということ”は、たくさんの“不安なものを自分のこころに招き入れること”に他ならないのか……?
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