悪役令嬢は婚約破棄され嘘の恋に沈み、廃嫡された元皇太子の詐欺師は復讐を果たす

駆威命(元・駆逐ライフ)

文字の大きさ
3 / 59

第3話 詐欺師は嘘を語る

しおりを挟む
 この大陸で最も大きい国をであり、最も進んだ国だと自負しているガイザル帝国の帝都と言えど、華やかな面だけではない。

 貧乏人や無法者などが住まうスラムなども存在している。

 そんな場所の一つ、古ぼけた廃墟と教会に挟まれた路地の奥を、ダンテは覗き込んでいた。

 彼の手には真っ赤に熟れたリンゴが山のように詰め込まれた袋があり、それはもちろん、昨日業突く張りの貴族から巻き上げた金でもって買ったものだ。

「おい、居ねえのか? レイ、テッド、ミーア!」

 ダンテは他にも名前を並べ立てて行くが、それらは全て暗い路地裏の闇へと吸い込まれていくだけだった――かに思えたのだが……。

 廃墟の穴からぴょこんと薄汚れた子どもが顔を出し、ダンテの顔を見るや否や、

「ダンテ兄ちゃんだ!」

 と歓声を上げた。

 するとどこに隠れていたのやら、様々な場所から次々に子どもたちの顔が生えて来て、口々にダンテの名前を叫び出す。

 彼らはいわゆるストリートチルドレンで、廃墟やゴミ溜めの様な場所で身を寄せ合って暮らしていた。

 ダンテはそんな子どもたちのねぐらにちょくちょく顔を出し、世話を焼いたりしてやっていた。

 もちろんただ善行のためという訳ではない。

 ダンテは子どもたちを仕掛けの役者として登場させたり、手伝いをさせてもいた。

 ただ、子どもたちの嬉しそうな顔や反応を見れば分かる通り、決してそんなビジネスライクな関係だけではない。

 ダンテも子どもたちも、互いを家族の様に大事に想いやっていた。

「言いつけを守ってるのは良い事だが、俺の声ぐらい覚えてろ。今日はリンゴ持ってきてやったぞ。早い者勝ちだ」

「ほんとに~っ!?」

「やったぁ!!」

 早い者勝ちなどという言葉につられ、子ども達はわぁっと歓声を上げながら走り寄って来る。

 そんな10人以上居る子どもたち一人一人の名前を呼びながら、ダンテはリンゴを手渡していく。

「ありがとー」

「食べかすをそこら辺に捨てるんじゃねえぞ、ルゥ」

「ん」

「こら、この場で食べ始める奴があるか。退かないと他の奴に渡せないだろうが。邪魔だマレーネ」

「ごめんなさい~」

 説教交じりになるのはいつものことだ。

 そんな中で、ダンテは最初に名前を呼んだ子どもたちの姿が見当たらないことに気づく。

 特にテッドはこの子たちのリーダーの様な存在なので、話しておきたかったのだが……。

「テッド兄ちゃんなら南通りで仕事だって」

「なるほど」

 仕事とは言っても正しい意味での労働であるとは限らない。

 そもそも子どもを雇う連中が少ないし、雇ってもかなりの薄給だ。

 しかも通りでの仕事はまずありつけないため、十中八九、含みのある仕事・・だろう。

「ありがとう、助かる。他は?」

「食べ物探して来るって言ってた」

「そうか」

 ダンテはお礼に情報提供してくれた子どもへもう一つ追加でリンゴを手渡すと、子どもたちと軽くやり取りをしてから路地裏を後にした。





 帝都はその中心に皇帝の住まう城があり、そこから十字に大きな道が伸びている。

 城に近ければ近いほど建物は立派になり上流階級の人間が住んでいて、外であればあるほど基本的にみすぼらしく、金が無い人間が暮らしていた。

 もしも体を動かす労働ならば、テッドたちは外側に近い位置を探せば見つかるだろうが、恐らくは違うと踏み、ダンテは中流階級の人間たちが住まうあたりに足を運んでいた。

 綺麗に整地されてはいるが、むき出しの地面を歩きながらダンテは子どもたちの姿を探す。

 道のそこかしこには人が居て、時折馬車も走っていて少々見通しが悪い。

 中流階級の人たちは。そこそこにしっかりした縫製の服を着て、靴も革で出来たものを履いている。

 最下層の人間とは明らかに身なりが違うため、ダンテは簡単にテッドのことを見つけられると踏んでいたのだが、これが存外難しかった。

「ったく、テッドのヤツ」

 思わずダンテの口から不満が転がり出る。

 ダンテは普段からそこそこ良い衣服や靴で身を固めている上に見栄えも素晴らしい為、上流階級の息子がお忍びで出かけていると見えなくも無い。

 そのため、先ほどから好奇の視線にさらされ、ずいぶん居心地の悪い思いをしていた。

 ダンテが周囲からの視線に耐えかねて、そろそろ移動しようかと考えていた矢先、馬のいななきと、どうっと大きな物音が聞こえて来る。

 嫌な予感がして、音の聞こえた方向へ走っていくと、

「この汚らしいガキがっ! この馬車がブルームバーグ伯爵家のものと分かっているのか!!」

 馬がいななくところをかたどった紋章が側面にあしらわれ、真っ白に塗装された箱馬車から降りてきたのであろう御者の男が怒鳴り声をあげていた。

「ごめんなさいっ」

 怒鳴られ、体を震わせながら委縮しているのは、身の丈に合っていないボロボロの服を着ている薄汚れた浮浪児で、ダンテが探していた子どもたちのリーダー的存在、テッドであった。

「いきなり馬車の前に出てきおって。おかげでこのざまだ、どうしてくれる!?」

 御者の男が指さす先には、地面に横倒しになっている馬の姿がある。

 一見すると、馬も馬車もなにか被害を受けた様子はないのだが、それで男の気が治まるわけではなさそうだった。

「ごめんなさいっ!!」

 テッドは年こそまだ11か12程度のものだが、どんな方法ででも金を手に入れようとする悪党の一員だ。

 しかし、馬に踏みつけられたら人間なんぞ一撃であの世逝きである以上、彼がわざと馬車の前に身を投げ出したのかどうかは少々怪しいものがあった。

「……ヤバいか」

 御者の怒りは収まらないのか、怒鳴り声はどんどん大きくなり、振り上げた拳を今にもテッドへ叩きつけようとしている。

 馬に踏みつけられるよりマシだとしても、怪我くらいは負ってしまうだろう。

 ダンテは急いで辺りを見回すと、野次馬の中からボロボロの服を着た壮年の男を見つけ、

「ちょっと急ぐんだがいいか?」

 声をかけたのだった。





「お前が百人集まったところで馬一頭の価値よりも劣るんだぞっ! それをっ!!」

「うぐっ」

 御者の男がついに拳を振るい、テッドの頬を殴り飛ばす。

 二回り以上体の大きい男に殴られたのだからたまらない。

 テッドは苦悶の声をあげながら、地面をごろごろと転がっていく。

 それでもまだ気が済まないのか、男は肩を怒らせながらテッドのところにまで歩いて行くと、足を振り上げた。

「お待ちくださいっ」

 しわがれ声が響き、テッドと男の間に汚らしいボロ布の塊が割って入る。

「せがれをどうかお許しくださいっ」

 それはボロ布などではなく、泥と汚れで真っ黒な顔をして、垢だらけで異臭の漂う服と、同じぐらい汚れたマントで体を包んだ浮浪者――の変装を施したダンテであった。

 さすが詐欺師の本領発揮といったところで、声色まで変えて完璧な変装をしており、どこをどう見てもただの老人にしか見えなかった。

「テッド、合わせろ」

 ダンテはテッドに覆いかぶさったまま小さな声でそう囁くと、返事を待たずして老人役へと戻る。

「申し訳ございません。せがれにはよくよく言って聞かせますので、どうか、どうかご慈悲を」

「黙れ、ジジイッ!!」

 御者は謝罪を繰り返すダンテを怒鳴りつけ、容赦なく踏みつける。

 幾度となく堅い靴底がダンテの背中に足跡を刻んでいく。

 もしもテッドがこんな暴行を受けていたら、確実に骨の一本や二本、叩き折られていただろう。

 だがダンテは荒事の世界の中で生き抜いてきた頑丈な体がある。

 いくら踏みつけられようと、なんでもなかった。

 そうやってダンテが御者からの暴力に耐えていると、

「あなたも、そんな汚いものを踏んだ靴で私の馬車を汚さないでくれるかしら」

 涼やかな、それでいてあまりにも横柄な少女の声がして、御者は緊張に体を強張らせたのだった。

しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

婚約破棄された翌日、兄が王太子を廃嫡させました

由香
ファンタジー
婚約破棄の場で「悪役令嬢」と断罪された伯爵令嬢エミリア。 彼女は何も言わずにその場を去った。 ――それが、王太子の終わりだった。 翌日、王国を揺るがす不正が次々と暴かれる。 裏で糸を引いていたのは、エミリアの兄。 王国最強の権力者であり、妹至上主義の男だった。 「妹を泣かせた代償は、すべて払ってもらう」 ざまぁは、静かに、そして確実に進んでいく。

悪役令嬢の身代わりで追放された侍女、北の地で才能を開花させ「氷の公爵」を溶かす

黒崎隼人
ファンタジー
「お前の罪は、万死に値する!」 公爵令嬢アリアンヌの罪をすべて被せられ、侍女リリアは婚約破棄の茶番劇のスケープゴートにされた。 忠誠を尽くした主人に裏切られ、誰にも信じてもらえず王都を追放される彼女に手を差し伸べたのは、彼女を最も蔑んでいたはずの「氷の公爵」クロードだった。 「君が犯人でないことは、最初から分かっていた」 冷徹な仮面の裏に隠された真実と、予想外の庇護。 彼の領地で、リリアは内に秘めた驚くべき才能を開花させていく。 一方、有能な「影」を失った王太子と悪役令嬢は、自滅の道を転がり落ちていく。 これは、地味な侍女が全てを覆し、世界一の愛を手に入れる、痛快な逆転シンデレラストーリー。

悪役令嬢に転生しましたが、行いを変えるつもりはありません

れぐまき
恋愛
公爵令嬢セシリアは皇太子との婚約発表舞踏会で、とある男爵令嬢を見かけたことをきっかけに、自分が『宝石の絆』という乙女ゲームのライバルキャラであることを知る。 「…私、間違ってませんわね」 曲がったことが大嫌いなオーバースペック公爵令嬢が自分の信念を貫き通す話 …だったはずが最近はどこか天然の主人公と勘違い王子のすれ違い(勘違い)恋愛話になってきている… 5/13 ちょっとお話が長くなってきたので一旦全話非公開にして纏めたり加筆したりと大幅に修正していきます 5/22 修正完了しました。明日から通常更新に戻ります 9/21 完結しました また気が向いたら番外編として二人のその後をアップしていきたいと思います

婚約破棄すると言われたので、これ幸いとダッシュで逃げました。殿下、すみませんが追いかけてこないでください。

桜乃
恋愛
ハイネシック王国王太子、セルビオ・エドイン・ハイネシックが舞踏会で高らかに言い放つ。 「ミュリア・メリッジ、お前とは婚約を破棄する!」 「はい、喜んで!」  ……えっ? 喜んじゃうの? ※約8000文字程度の短編です。6/17に完結いたします。 ※1ページの文字数は少な目です。 ☆番外編「出会って10秒でひっぱたかれた王太子のお話」  セルビオとミュリアの出会いの物語。 ※10/1から連載し、10/7に完結します。 ※1日おきの更新です。 ※1ページの文字数は少な目です。 ❇❇❇❇❇❇❇❇❇ 2024年12月追記 お読みいただき、ありがとうございます。 こちらの作品は完結しておりますが、番外編を追加投稿する際に、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。 ※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

処理中です...