悪役令嬢は婚約破棄され嘘の恋に沈み、廃嫡された元皇太子の詐欺師は復讐を果たす

駆威命(元・駆逐ライフ)

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第34話 偽る愛を

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 装飾すらなく、外側に古びて黒ずんだ革が貼り付けてあるだけの箱を、ダンテは震える手でそっと開ける。

 中に入っていたのは、丸められた羊皮紙と、縦四つに折りたたまれた羊皮紙が一つずつ収まっていた。

「丸まったほうが指示書で、折りたたんでいる方が人相書きだ」

 モーリスは、破るなよ、と付け加えてから補足説明を終える。

 ダンテはそれに頷いてから、拳を三つほど横に並べた長さの丸まった指示書をそっとつまみ上げた。

「しかし、ブルームバーグがよくこんなもんを書いたな」

「俺が書かせたんだ。事が済んだ後に俺たちが始末されないようにな」

 文字が読める悪党はほとんど居ないが、モーリスはその少ない側の人間だった。

 そういった賢さがあるから今まで生きてこられたのだろう。

 話をする親子をよそに、ダンテは癖のついた指示書をテーブルの上に広げる。

「なんて書いてある?」

 即座にアルが隣から手を伸ばして隅を押さえるあたり、彼は本当にそつがなかった。

 ダンテは浅く息を吸い込むと、書面に目を通しながら、間違えないよう一句一句丁寧に読み上げていく。

「フェリド・マクシム・ブルームバーグがサッチ及びその仲間たちへ依頼する。この依頼が完了した暁には……」

 その後には、目の玉が飛び出るかと思うほど高額な報酬だの、別荘の場所だの殺害対象だのが詳しく記されていた。

 そして、指示書の一番下の段には……。

「以下の者同士が契約を結ぶ……」

 赤色のインクでブルームバーグ伯爵家の印章が捺され、その横にフェリド本人のものと思しきサインと、ダンテの育ての親であるサッチのへたくそなサインが並んでいる。

 これが、一番肝心かなめの部分、この証拠が本物であると証明するもの。

 この書類を強力な武器へと変える魔法の文字列であった。

「ブルームバーグ伯爵が、俺の血縁上の親を殺そうと命じたことは、これで証明できるってわけか」

 それと同時に、ダンテの目の前に座っているモーリスも――名前こそ書かれていないが――実行犯としてダンテの仇と証明されたのだ。

 もっとも、ダンテを育ててくれた人でもあるし、こうして現在進行形で守ってくれている盾でもあれば、悪事を働く仲間でもある。

 ダンテにとって、モーリスは単純な仇というわけではなかった。

「使ったら俺らを守るものはなんもなくなっちまう。これを使うときは、ブルームバーグ伯爵家を確実に滅ぼせると確信したときだけだがな」

 まずそんなことは起こりえないだろうから、使うとすれば脅しにだけだだろう。

 一番いいのは、当初の予定通りダンテの交渉だけで、金をかすめ取ることだが、それは予定通り進んでいるしこれからも進められるはずだ。

 ダンテの心が折れなければ。

「そうか」

 ダンテはモーリスの言葉に頷きを返し、指示書から手を放す。

 指示書は癖に従ってクルクルと丸まり、筒状になってアルの指先で止まった。

「人相書き、だったな」

 ここまでは予定調和。

 フェリドがガルヴァスへの殺意を証明するためのもので、ダンテがジュナスであると確信させるものではない。

 ダンテが欲しいのは、自分がジュナスである確信できるだけの証拠だった。

 指示書を丸めなおすのはアルに任せ、ダンテは人相書きを箱から取り出す。

 羊皮紙特有の、ツルツルとした感触を指先に感じつつ、紙を広げていき――。

「――っ」

 そこに描かれている人物の顔を見て、思わず息をのんだ。

 固まっているダンテの横に、無言で丸い手鏡が差し出される。

 見比べてみろ、とモーリスは言いたいらしかった。

 ダンテは鏡を覗き込みながら、その隣に人相画を置く。

 絵の中の人物は、ダンテと同じプラチナブロンドで、ダンテの左目と同じサファイアの如き透き通るような蒼色の瞳をしていて、同じように小さい鼻と形の良い唇をしていた。

 どちらも恐ろしいほど絶世の美形であり、違うのは左目の色と、絵の方が少しばかり老けているくらい。

 あとは、誰がどう見ても同じ顔と断じてしまえるほど――。

「似てる、な」

「俺も、ここまで似てるたぁ思わなかったな……」

 アルとモーリスが同時にため息をつく。

 毎日鏡で飽きるほど見ているダンテですら同じ結論に達したのだ。他人ならばもっと思うだろう。

 ここまで似ている以上、ガルヴァスとダンテがなにも関係が無いとは思えない。

 そして、関係があるのならば、答えはひとつしかなかった。

「……俺は、本当にジュナスなんだな」

 ぽつりとダンテがこぼすと、すべてを察しているアルが慰めるようにダンテの肩をたたく。

「…………」

 二度、三度、四度と。

 何度も何度も語り掛けるように。

「ミシェーリの家族で、兄……」

 ダンテにとって、ベアトリーチェは初恋の相手だった。

 心を凍らせ、他人からの愛を無意識に拒み続けてきたダンテが、初めて惚れて、初めて愛を抱いた相手だ。

 そんな少女は、絶対に、なにがあろうとも愛してはいけない相手で、女性としてみてはいけない存在だった。

 ダンテとベアトリーチェ。

 ジュナスとミシェーリ。

 それが、答え。

「笑える……」

 言うが否や、ダンテは人相書きを持った手で鏡を薙ぎ払う。

 人相書きと手鏡は、もつれあいながらテーブルの上を滑っていき、床に落ちて騒々しい音を立てる。

 銀を磨いて作られた鏡も、証拠となる人相書きも、どちらも非常に価値のある物だが、それでもモーリスがダンテを怒鳴りつけることは無かった。

「……どうだった?」

「なにが聞きたい」

 問いかけてくるモーリスの瞳は、どこかダンテを恐れているようだった。

 もちろんダンテからの復讐を恐れているわけではない。

 ダンテから人として嫌われることを恐れているのだ。

「俺たちが憎くはないのか?」

 モーリスはずっとダンテのことを彼なりに可愛がってきたし、息子のアルと一番の親友であることを心良く思っていた。

 だからこそ、想う。

 モーリスたちがガルヴァスを殺さなければ、ダンテには別の、否、本来歩むべき道があるはずであった、と。

 なによりそこには家族が居たはずだ。

 それら全てを、奪った。奪ってしまった。

 モーリスは、そのことだけは後悔していたのだ。

「冗談」

 ダンテは肩を軽くすくめると、床に落ちた絵を指差す。

「俺の親父はサッチだけだ。あんな、あんな顔が似てるだけの奴が親父だとは

「そうか」

 ダンテの言葉に安心したのか、モーリスはホッと胸を撫でおろす。

 だが、ダンテの言葉は彼が取った意味ではだけない。

 ダンテはサッチこそを父親と認めていることは掛け値なしの本音だが、今の言葉はそれだけの意味ではなかった。

 血のつながった父親がサッチであればどんなに良かったか。

 そうすればダンテはベアトリーチェのことを好きで居られた。

 正面から堂々と愛していると伝えられた。

 他人だからそれが出来るのだ。

 家族では、好きになってはいけない。

 愛し合ってはいけないのだ。

「何に追い詰められてるかは聞かんが、無理ならやめてもいいんだぞ」

「それこそ冗談だろ。俺は、止めない。止めてたまるか」

 ダンテはもう止まれなかった。

 好きになる心を偽らなければならなかったから。

 誰でもいい、ベアトリーチェでない誰かを好きにならなければならなかったから。

 それ故に、偽りの愛を囁かなければならないアンジェリカはちょうどよかった。

 ダンテの胸が、ズキズキと痛む。

 アンジェリカだけでなく、気遣ってくれるモーリスをも騙し、自分にも嘘をつかなければならなかったから。

「ダンテ……」

 すべての事情を知っているアルがしみじみと呟く。

 彼はダンテのことを批判しなかった。

 気持ち悪いとも、運が悪いとも、仕方がないとも。

 ただダンテの肩に手を置いて、分かっているよとばかりにぎゅっと力を込めたのだった。
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