悪役令嬢は婚約破棄され嘘の恋に沈み、廃嫡された元皇太子の詐欺師は復讐を果たす

駆威命(元・駆逐ライフ)

文字の大きさ
45 / 59

第45話 明かされた秘密

しおりを挟む
 婚約発表など喜ばしいことに決まっていて、普通ならば祝福の言葉や万雷の喝采でもって迎えられるのが常だ。

 しかし会場は、針一本落としても聞こえるほどの静寂に包まれていた。

「アンジェ! アンジェリカ・ジュリー・ブルームバーグ!!」

 ダンテはわざとフルネームを口にしてアンジェリカを呼ぶ。

「来てくれ」

 手すりから上半身だけ伸ばし、会場のどこかに居るアンジェリカへと手を差し伸べる。

 それに応えるかのように――。

「はいっ」

 アンジェリカの喜びに満ちた返事が上がった。

 もう一度「おいで」とダンテが囁くと、人波がふたつに割れてアンジェリカが姿を現す。

 ダンテの無事が嬉しいのだろう、アンジェリカは目の端に涙すらにじませていた。

「ダンテさま……っ」

 演説台の近くにまで走り寄って来たアンジェリカが、抱っこをしてくれとせがむ赤子の様に両手をダンテへと突き出す。

 しかし、ふたりの間には2メイルほどの隔たりがあり、触れ合うことすら困難だった。

「どこの馬の骨とも分からぬ輩がこのような真似をして、分かっているだろうな!!」

 それを決定づけるかのように、傲慢で威圧的な怒声が会場全体に轟いた。

 音の出どころは当然の様に、アンジェリカの父親であるフェリド・マクシム・ブルームバーグ伯爵だ。

 彼は手早く周りの衛兵へと指図をすると、ドスドス足音を立てて演説台の方へと歩み寄ってくる。

 いきなり詐欺師だと言い出さないのは、証文による牽制が生きているからだろう。

「馬の骨……これは異なことをおっしゃる。一番私の正体を知っているのは、あなたではありませんか、伯爵」

れるな。ブラウン男爵家の子倅こせがれっ」

 ダンテに不毛な罵り合いなどするつもりは無い。

 フェリドからダンテの情報を引き出すのは難しいと判断すると、その視線をテレジア侯爵――この場において、唯一フェリドよりも位が高い存在――へと向けた。

「テレジア候、壇上から失礼いたします。私の顔に見覚えはございませんか?」

 テレジア侯爵は、白色に染まりつつある眉を軽く持ち上げる。

「以前、挨拶をしてきた男だったな」

 御年おんとしは60歳を越えているとはいえ、まだ頭の方もしっかりしており、ダンテのこともきちんと覚えているようであった。

 しかし、それはダンテの欲しい情報ではない。

「こう言い換えましょう。現皇帝の弟である――」

「黙れっ! 私の舞踏会でこれ以上ふざけた真似をさせるものかっ!!」

 フェリドが大声でダンテの言葉を遮る。

 だがそれは逆に、なにか隠したいことがあるのではないかという疑念を周りに植え付けていく。

「我がち――」

「それ以上戯言を口にすれば、舌をちょん切ってくれる!!」

「父上の名すら言ってはならないのかっ!! 殺された父の名すらっ!!」

 ダンテが大きく手を振り、フェリドへと反駁はんばくする。

 色違いの瞳には激しい意志の炎が宿り、プラチナブロンドの髪が光を反射して宝冠のように輝く。

 一枚の絵画にも見えるダンテの姿は、かんむりいただくにふさわしい威厳を放っていた。

「ガルヴァス……殿下……」

 殺されたとの言葉が契機になったのか、ダンテの父親であるガルヴァス・ジェラルド・アスターの名前が、テレジア侯爵の口からまろび出る。

 それは本当に小さな呟きであったが、確かに人々の鼓膜にまで届いた。

 なにより、テレジア侯爵自身ですら、自分で言ったことが信じられないとばかりに呆然とダンテの面貌を穴が開くほど見つめているのだ。

 その所作そのものが、会場に居る全員を説得していった。

 今演壇に立っている男は本物である、と。

「ロナ子爵! ジェイド・オーキス・ロナ――」

 更なる証言を求めてジェイド――ベアトリーチェの父親の名前を呼んだ瞬間、ダンテの背後でガチャガチャと物音がする。

 演説台へと通じる唯一の扉に、衛兵が到着したのだろう。

 扉はアンジェリカから預かった鍵でしっかりと錠を下ろし、鍵穴に木片を詰め込んでいるため早々開きはしない。

 だが、フェリドの手は着実にダンテの首元へと忍び寄りつつあった。

「――子爵!! あなたにも証言して頂こう。私と初めて顔を合わせた時、何を思ったのか!」

 体が弱く、あまり人前に顔を出さなかったとしても、16年前に殺され、家を取り潰され、話にのぼらせることすらはばかられても、ガルヴァスのことを知っている者は確実にいる。

 そのうちのひとりであるジェイドが、演説台の下へとよろめき出てきた。

「……本当に、ジュナス殿下、だったのですか?」

「どうやら、そうらしい」

 頷いてから……ダンテは一度、深呼吸をする。

 緊張から来るものだろうと周りの者には見えただろう。

 しかし、真実は違った。

「ミシェーリを、妹をかくまってくれてありがとう」

 ダンテの言葉は、ベアトリーチェとの離別を意味していた。

 もう後戻りはできない。

 ダンテとベアトリーチェ……否、ジュナスとミシェーリは、血のつながった兄妹であり、これから一生涯愛あってはいけない仲だと周知させる行為だった。

「……今はベアトリーチェと名乗っていたね。奥方と一緒に呼んでいただけるかな?」

「は、はいっ」

 ジェイドの態度は以前とだいぶ違うものになってしまったが、それも仕方がないだろう。

 ここは公の場で、多くの視線が集まっているのだ。

 まるで主人に怒られた新人商人のような態度でけつまろびつ妻と義娘の居る方向へと戻っていった。

「さて……」

 背後の扉に何かが叩きつけられているのか、定期的に破砕音が聞こえてくる。

 時間はほとんど残っていない。

 そして逃げ場も――。

「最後に皆さま、これだけは聞いて欲しい!」

 ダンテは右腕を軽く握り、眼前へと持ってくる。

 そのまま軽く目を閉じ、息すらも止めた。

 人々はダンテを注視し、次の言葉を今か今かと待ち望み……パキンッとダンテの指が打ち鳴らされた。

 一瞬、ダンテを見つめていた者たち全員の思考に隙間ができ――そこに激しい閃光が飛び込んでくる。

「ぐぁっ」

 演説台の下で肩をいからせていたフェリドも、ダンテを見つめていたアンジェリカやその他大勢の貴族たちも、全員が一様に目を焼かれてしまった。

 目をつぶり、腕で光を防御したダンテと、その仲間たち以外は。

「またお会いしましょう!」

 幾分からかいの混じった声で最後の挨拶を終えたダンテは、手すりを乗り越え階下へと飛び降りる。

 視力を奪われ、右往左往している人々の合間を縫ってすぐさまアンジェリカの下へとたどり着くと、

「アンジェ、私は必ず戻って来るから」

 そう囁き、彼女の手のひらにマスターキーを押し付けた。

 アンジェリカは何も見えなくとも全てを察して頷く。

「お待ちしております」

「ああ」

 ダンテは短く返すと、アンジェリカの横を通り抜ける。

 向かう先は、本当に愛し、それを諦めた女性が居る場所。

 混乱極まる会場内をダンテは走り――

「ベアトリーチェ……っ」

 ベアトリーチェの小さな体を抱きしめた。

「――ダ、ダンテさんっ」

 ベアトリーチェも光を見てしまったのか、パチパチと目をしばたたかせていたが、ダンテの声を聞き逃しはしていなかった。

「ご両親は仲間が助ける」

「うん」

 いくらロナ子爵家が落ちぶれていたとしても、いきなり捕まえて殺したり人質にすることは難しい。

 ただ、フェリドならばそんなこともやりかねないため、舞踏会に堂々と貴族のパートナーとして入り込んだ仲間の売春婦が逃がす計画だった。

「お前は俺に掴まってろ」

「うん」

 ダンテの言葉をたった一つであろうと疑うことをしなかった。

 ベアトリーチェはダンテの首に両腕を回し、首筋に顔をうずめると、

「ありがとう」

 お礼の言葉を胸元に押し付ける。

 ダンテは何も言わずベアトリーチェの体を抱え上げたのだが――。

 ――バンッ。

 大きな音とともに扉が開け放たれ、衛兵たちがワラワラと会場内になだれ込んでくる。

「まだ礼を言うのは早かったな」

「え?」

 ダンテは戸惑うベアトリーチェの体を強く抱きしめ、走り出した。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

婚約破棄された翌日、兄が王太子を廃嫡させました

由香
ファンタジー
婚約破棄の場で「悪役令嬢」と断罪された伯爵令嬢エミリア。 彼女は何も言わずにその場を去った。 ――それが、王太子の終わりだった。 翌日、王国を揺るがす不正が次々と暴かれる。 裏で糸を引いていたのは、エミリアの兄。 王国最強の権力者であり、妹至上主義の男だった。 「妹を泣かせた代償は、すべて払ってもらう」 ざまぁは、静かに、そして確実に進んでいく。

悪役令嬢の身代わりで追放された侍女、北の地で才能を開花させ「氷の公爵」を溶かす

黒崎隼人
ファンタジー
「お前の罪は、万死に値する!」 公爵令嬢アリアンヌの罪をすべて被せられ、侍女リリアは婚約破棄の茶番劇のスケープゴートにされた。 忠誠を尽くした主人に裏切られ、誰にも信じてもらえず王都を追放される彼女に手を差し伸べたのは、彼女を最も蔑んでいたはずの「氷の公爵」クロードだった。 「君が犯人でないことは、最初から分かっていた」 冷徹な仮面の裏に隠された真実と、予想外の庇護。 彼の領地で、リリアは内に秘めた驚くべき才能を開花させていく。 一方、有能な「影」を失った王太子と悪役令嬢は、自滅の道を転がり落ちていく。 これは、地味な侍女が全てを覆し、世界一の愛を手に入れる、痛快な逆転シンデレラストーリー。

悪役令嬢に転生しましたが、行いを変えるつもりはありません

れぐまき
恋愛
公爵令嬢セシリアは皇太子との婚約発表舞踏会で、とある男爵令嬢を見かけたことをきっかけに、自分が『宝石の絆』という乙女ゲームのライバルキャラであることを知る。 「…私、間違ってませんわね」 曲がったことが大嫌いなオーバースペック公爵令嬢が自分の信念を貫き通す話 …だったはずが最近はどこか天然の主人公と勘違い王子のすれ違い(勘違い)恋愛話になってきている… 5/13 ちょっとお話が長くなってきたので一旦全話非公開にして纏めたり加筆したりと大幅に修正していきます 5/22 修正完了しました。明日から通常更新に戻ります 9/21 完結しました また気が向いたら番外編として二人のその後をアップしていきたいと思います

婚約破棄すると言われたので、これ幸いとダッシュで逃げました。殿下、すみませんが追いかけてこないでください。

桜乃
恋愛
ハイネシック王国王太子、セルビオ・エドイン・ハイネシックが舞踏会で高らかに言い放つ。 「ミュリア・メリッジ、お前とは婚約を破棄する!」 「はい、喜んで!」  ……えっ? 喜んじゃうの? ※約8000文字程度の短編です。6/17に完結いたします。 ※1ページの文字数は少な目です。 ☆番外編「出会って10秒でひっぱたかれた王太子のお話」  セルビオとミュリアの出会いの物語。 ※10/1から連載し、10/7に完結します。 ※1日おきの更新です。 ※1ページの文字数は少な目です。 ❇❇❇❇❇❇❇❇❇ 2024年12月追記 お読みいただき、ありがとうございます。 こちらの作品は完結しておりますが、番外編を追加投稿する際に、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。 ※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

処理中です...