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第45話 明かされた秘密
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婚約発表など喜ばしいことに決まっていて、普通ならば祝福の言葉や万雷の喝采でもって迎えられるのが常だ。
しかし会場は、針一本落としても聞こえるほどの静寂に包まれていた。
「アンジェ! アンジェリカ・ジュリー・ブルームバーグ!!」
ダンテはわざとフルネームを口にしてアンジェリカを呼ぶ。
「来てくれ」
手すりから上半身だけ伸ばし、会場のどこかに居るアンジェリカへと手を差し伸べる。
それに応えるかのように――。
「はいっ」
アンジェリカの喜びに満ちた返事が上がった。
もう一度「おいで」とダンテが囁くと、人波がふたつに割れてアンジェリカが姿を現す。
ダンテの無事が嬉しいのだろう、アンジェリカは目の端に涙すらにじませていた。
「ダンテさま……っ」
演説台の近くにまで走り寄って来たアンジェリカが、抱っこをしてくれとせがむ赤子の様に両手をダンテへと突き出す。
しかし、ふたりの間には2メイルほどの隔たりがあり、触れ合うことすら困難だった。
「どこの馬の骨とも分からぬ輩がこのような真似をして、分かっているだろうな!!」
それを決定づけるかのように、傲慢で威圧的な怒声が会場全体に轟いた。
音の出どころは当然の様に、アンジェリカの父親であるフェリド・マクシム・ブルームバーグ伯爵だ。
彼は手早く周りの衛兵へと指図をすると、ドスドス足音を立てて演説台の方へと歩み寄ってくる。
いきなり詐欺師だと言い出さないのは、証文による牽制が生きているからだろう。
「馬の骨……これは異なことをおっしゃる。一番私の正体を知っているのは、あなたではありませんか、伯爵」
「戯れるな。ブラウン男爵家の子倅っ」
ダンテに不毛な罵り合いなどするつもりは無い。
フェリドからダンテの情報を引き出すのは難しいと判断すると、その視線をテレジア侯爵――この場において、唯一フェリドよりも位が高い存在――へと向けた。
「テレジア候、壇上から失礼いたします。私の顔に見覚えはございませんか?」
テレジア侯爵は、白色に染まりつつある眉を軽く持ち上げる。
「以前、挨拶をしてきた男だったな」
御年は60歳を越えているとはいえ、まだ頭の方もしっかりしており、ダンテのこともきちんと覚えているようであった。
しかし、それはダンテの欲しい情報ではない。
「こう言い換えましょう。現皇帝の弟である――」
「黙れっ! 私の舞踏会でこれ以上ふざけた真似をさせるものかっ!!」
フェリドが大声でダンテの言葉を遮る。
だがそれは逆に、なにか隠したいことがあるのではないかという疑念を周りに植え付けていく。
「我がち――」
「それ以上戯言を口にすれば、舌をちょん切ってくれる!!」
「父上の名すら言ってはならないのかっ!! 殺された父の名すらっ!!」
ダンテが大きく手を振り、フェリドへと反駁する。
色違いの瞳には激しい意志の炎が宿り、プラチナブロンドの髪が光を反射して宝冠のように輝く。
一枚の絵画にも見えるダンテの姿は、冠を戴くにふさわしい威厳を放っていた。
「ガルヴァス……殿下……」
殺されたとの言葉が契機になったのか、ダンテの父親であるガルヴァス・ジェラルド・アスターの名前が、テレジア侯爵の口から転び出る。
それは本当に小さな呟きであったが、確かに人々の鼓膜にまで届いた。
なにより、テレジア侯爵自身ですら、自分で言ったことが信じられないとばかりに呆然とダンテの面貌を穴が開くほど見つめているのだ。
その所作そのものが、会場に居る全員を説得していった。
今演壇に立っている男は本物である、と。
「ロナ子爵! ジェイド・オーキス・ロナ――」
更なる証言を求めてジェイド――ベアトリーチェの父親の名前を呼んだ瞬間、ダンテの背後でガチャガチャと物音がする。
演説台へと通じる唯一の扉に、衛兵が到着したのだろう。
扉はアンジェリカから預かった鍵でしっかりと錠を下ろし、鍵穴に木片を詰め込んでいるため早々開きはしない。
だが、フェリドの手は着実にダンテの首元へと忍び寄りつつあった。
「――子爵!! あなたにも証言して頂こう。私と初めて顔を合わせた時、何を思ったのか!」
体が弱く、あまり人前に顔を出さなかったとしても、16年前に殺され、家を取り潰され、話に上らせることすらはばかられても、ガルヴァスのことを知っている者は確実にいる。
そのうちのひとりであるジェイドが、演説台の下へとよろめき出てきた。
「……本当に、ジュナス殿下、だったのですか?」
「どうやら、そうらしい」
頷いてから……ダンテは一度、深呼吸をする。
緊張から来るものだろうと周りの者には見えただろう。
しかし、真実は違った。
「ミシェーリを、妹を匿ってくれてありがとう」
ダンテの言葉は、ベアトリーチェとの離別を意味していた。
もう後戻りはできない。
ダンテとベアトリーチェ……否、ジュナスとミシェーリは、血のつながった兄妹であり、これから一生涯愛あってはいけない仲だと周知させる行為だった。
「……今はベアトリーチェと名乗っていたね。奥方と一緒に呼んでいただけるかな?」
「は、はいっ」
ジェイドの態度は以前とだいぶ違うものになってしまったが、それも仕方がないだろう。
ここは公の場で、多くの視線が集まっているのだ。
まるで主人に怒られた新人商人のような態度で倒けつ転びつ妻と義娘の居る方向へと戻っていった。
「さて……」
背後の扉に何かが叩きつけられているのか、定期的に破砕音が聞こえてくる。
時間はほとんど残っていない。
そして逃げ場も――。
「最後に皆さま、これだけは聞いて欲しい!」
ダンテは右腕を軽く握り、眼前へと持ってくる。
そのまま軽く目を閉じ、息すらも止めた。
人々はダンテを注視し、次の言葉を今か今かと待ち望み……パキンッとダンテの指が打ち鳴らされた。
一瞬、ダンテを見つめていた者たち全員の思考に隙間ができ――そこに激しい閃光が飛び込んでくる。
「ぐぁっ」
演説台の下で肩をいからせていたフェリドも、ダンテを見つめていたアンジェリカやその他大勢の貴族たちも、全員が一様に目を焼かれてしまった。
目をつぶり、腕で光を防御したダンテと、その仲間たち以外は。
「またお会いしましょう!」
幾分からかいの混じった声で最後の挨拶を終えたダンテは、手すりを乗り越え階下へと飛び降りる。
視力を奪われ、右往左往している人々の合間を縫ってすぐさまアンジェリカの下へとたどり着くと、
「アンジェ、私は必ず戻って来るから」
そう囁き、彼女の手のひらにマスターキーを押し付けた。
アンジェリカは何も見えなくとも全てを察して頷く。
「お待ちしております」
「ああ」
ダンテは短く返すと、アンジェリカの横を通り抜ける。
向かう先は、本当に愛し、それを諦めた女性が居る場所。
混乱極まる会場内をダンテは走り――
「ベアトリーチェ……っ」
ベアトリーチェの小さな体を抱きしめた。
「――ダ、ダンテさんっ」
ベアトリーチェも光を見てしまったのか、パチパチと目をしばたたかせていたが、ダンテの声を聞き逃しはしていなかった。
「ご両親は仲間が助ける」
「うん」
いくらロナ子爵家が落ちぶれていたとしても、いきなり捕まえて殺したり人質にすることは難しい。
ただ、フェリドならばそんなこともやりかねないため、舞踏会に堂々と貴族のパートナーとして入り込んだ仲間の売春婦が逃がす計画だった。
「お前は俺に掴まってろ」
「うん」
ダンテの言葉をたった一つであろうと疑うことをしなかった。
ベアトリーチェはダンテの首に両腕を回し、首筋に顔をうずめると、
「ありがとう」
お礼の言葉を胸元に押し付ける。
ダンテは何も言わずベアトリーチェの体を抱え上げたのだが――。
――バンッ。
大きな音とともに扉が開け放たれ、衛兵たちがワラワラと会場内になだれ込んでくる。
「まだ礼を言うのは早かったな」
「え?」
ダンテは戸惑うベアトリーチェの体を強く抱きしめ、走り出した。
しかし会場は、針一本落としても聞こえるほどの静寂に包まれていた。
「アンジェ! アンジェリカ・ジュリー・ブルームバーグ!!」
ダンテはわざとフルネームを口にしてアンジェリカを呼ぶ。
「来てくれ」
手すりから上半身だけ伸ばし、会場のどこかに居るアンジェリカへと手を差し伸べる。
それに応えるかのように――。
「はいっ」
アンジェリカの喜びに満ちた返事が上がった。
もう一度「おいで」とダンテが囁くと、人波がふたつに割れてアンジェリカが姿を現す。
ダンテの無事が嬉しいのだろう、アンジェリカは目の端に涙すらにじませていた。
「ダンテさま……っ」
演説台の近くにまで走り寄って来たアンジェリカが、抱っこをしてくれとせがむ赤子の様に両手をダンテへと突き出す。
しかし、ふたりの間には2メイルほどの隔たりがあり、触れ合うことすら困難だった。
「どこの馬の骨とも分からぬ輩がこのような真似をして、分かっているだろうな!!」
それを決定づけるかのように、傲慢で威圧的な怒声が会場全体に轟いた。
音の出どころは当然の様に、アンジェリカの父親であるフェリド・マクシム・ブルームバーグ伯爵だ。
彼は手早く周りの衛兵へと指図をすると、ドスドス足音を立てて演説台の方へと歩み寄ってくる。
いきなり詐欺師だと言い出さないのは、証文による牽制が生きているからだろう。
「馬の骨……これは異なことをおっしゃる。一番私の正体を知っているのは、あなたではありませんか、伯爵」
「戯れるな。ブラウン男爵家の子倅っ」
ダンテに不毛な罵り合いなどするつもりは無い。
フェリドからダンテの情報を引き出すのは難しいと判断すると、その視線をテレジア侯爵――この場において、唯一フェリドよりも位が高い存在――へと向けた。
「テレジア候、壇上から失礼いたします。私の顔に見覚えはございませんか?」
テレジア侯爵は、白色に染まりつつある眉を軽く持ち上げる。
「以前、挨拶をしてきた男だったな」
御年は60歳を越えているとはいえ、まだ頭の方もしっかりしており、ダンテのこともきちんと覚えているようであった。
しかし、それはダンテの欲しい情報ではない。
「こう言い換えましょう。現皇帝の弟である――」
「黙れっ! 私の舞踏会でこれ以上ふざけた真似をさせるものかっ!!」
フェリドが大声でダンテの言葉を遮る。
だがそれは逆に、なにか隠したいことがあるのではないかという疑念を周りに植え付けていく。
「我がち――」
「それ以上戯言を口にすれば、舌をちょん切ってくれる!!」
「父上の名すら言ってはならないのかっ!! 殺された父の名すらっ!!」
ダンテが大きく手を振り、フェリドへと反駁する。
色違いの瞳には激しい意志の炎が宿り、プラチナブロンドの髪が光を反射して宝冠のように輝く。
一枚の絵画にも見えるダンテの姿は、冠を戴くにふさわしい威厳を放っていた。
「ガルヴァス……殿下……」
殺されたとの言葉が契機になったのか、ダンテの父親であるガルヴァス・ジェラルド・アスターの名前が、テレジア侯爵の口から転び出る。
それは本当に小さな呟きであったが、確かに人々の鼓膜にまで届いた。
なにより、テレジア侯爵自身ですら、自分で言ったことが信じられないとばかりに呆然とダンテの面貌を穴が開くほど見つめているのだ。
その所作そのものが、会場に居る全員を説得していった。
今演壇に立っている男は本物である、と。
「ロナ子爵! ジェイド・オーキス・ロナ――」
更なる証言を求めてジェイド――ベアトリーチェの父親の名前を呼んだ瞬間、ダンテの背後でガチャガチャと物音がする。
演説台へと通じる唯一の扉に、衛兵が到着したのだろう。
扉はアンジェリカから預かった鍵でしっかりと錠を下ろし、鍵穴に木片を詰め込んでいるため早々開きはしない。
だが、フェリドの手は着実にダンテの首元へと忍び寄りつつあった。
「――子爵!! あなたにも証言して頂こう。私と初めて顔を合わせた時、何を思ったのか!」
体が弱く、あまり人前に顔を出さなかったとしても、16年前に殺され、家を取り潰され、話に上らせることすらはばかられても、ガルヴァスのことを知っている者は確実にいる。
そのうちのひとりであるジェイドが、演説台の下へとよろめき出てきた。
「……本当に、ジュナス殿下、だったのですか?」
「どうやら、そうらしい」
頷いてから……ダンテは一度、深呼吸をする。
緊張から来るものだろうと周りの者には見えただろう。
しかし、真実は違った。
「ミシェーリを、妹を匿ってくれてありがとう」
ダンテの言葉は、ベアトリーチェとの離別を意味していた。
もう後戻りはできない。
ダンテとベアトリーチェ……否、ジュナスとミシェーリは、血のつながった兄妹であり、これから一生涯愛あってはいけない仲だと周知させる行為だった。
「……今はベアトリーチェと名乗っていたね。奥方と一緒に呼んでいただけるかな?」
「は、はいっ」
ジェイドの態度は以前とだいぶ違うものになってしまったが、それも仕方がないだろう。
ここは公の場で、多くの視線が集まっているのだ。
まるで主人に怒られた新人商人のような態度で倒けつ転びつ妻と義娘の居る方向へと戻っていった。
「さて……」
背後の扉に何かが叩きつけられているのか、定期的に破砕音が聞こえてくる。
時間はほとんど残っていない。
そして逃げ場も――。
「最後に皆さま、これだけは聞いて欲しい!」
ダンテは右腕を軽く握り、眼前へと持ってくる。
そのまま軽く目を閉じ、息すらも止めた。
人々はダンテを注視し、次の言葉を今か今かと待ち望み……パキンッとダンテの指が打ち鳴らされた。
一瞬、ダンテを見つめていた者たち全員の思考に隙間ができ――そこに激しい閃光が飛び込んでくる。
「ぐぁっ」
演説台の下で肩をいからせていたフェリドも、ダンテを見つめていたアンジェリカやその他大勢の貴族たちも、全員が一様に目を焼かれてしまった。
目をつぶり、腕で光を防御したダンテと、その仲間たち以外は。
「またお会いしましょう!」
幾分からかいの混じった声で最後の挨拶を終えたダンテは、手すりを乗り越え階下へと飛び降りる。
視力を奪われ、右往左往している人々の合間を縫ってすぐさまアンジェリカの下へとたどり着くと、
「アンジェ、私は必ず戻って来るから」
そう囁き、彼女の手のひらにマスターキーを押し付けた。
アンジェリカは何も見えなくとも全てを察して頷く。
「お待ちしております」
「ああ」
ダンテは短く返すと、アンジェリカの横を通り抜ける。
向かう先は、本当に愛し、それを諦めた女性が居る場所。
混乱極まる会場内をダンテは走り――
「ベアトリーチェ……っ」
ベアトリーチェの小さな体を抱きしめた。
「――ダ、ダンテさんっ」
ベアトリーチェも光を見てしまったのか、パチパチと目をしばたたかせていたが、ダンテの声を聞き逃しはしていなかった。
「ご両親は仲間が助ける」
「うん」
いくらロナ子爵家が落ちぶれていたとしても、いきなり捕まえて殺したり人質にすることは難しい。
ただ、フェリドならばそんなこともやりかねないため、舞踏会に堂々と貴族のパートナーとして入り込んだ仲間の売春婦が逃がす計画だった。
「お前は俺に掴まってろ」
「うん」
ダンテの言葉をたった一つであろうと疑うことをしなかった。
ベアトリーチェはダンテの首に両腕を回し、首筋に顔をうずめると、
「ありがとう」
お礼の言葉を胸元に押し付ける。
ダンテは何も言わずベアトリーチェの体を抱え上げたのだが――。
――バンッ。
大きな音とともに扉が開け放たれ、衛兵たちがワラワラと会場内になだれ込んでくる。
「まだ礼を言うのは早かったな」
「え?」
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2024年12月追記
お読みいただき、ありがとうございます。
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