悪役令嬢は婚約破棄され嘘の恋に沈み、廃嫡された元皇太子の詐欺師は復讐を果たす

駆威命(元・駆逐ライフ)

文字の大きさ
54 / 59

第54話 母子の再会

しおりを挟む
 ブルームバーグ邸に存在するダンスホールは、かなりの広さを誇る。

 2、300人の人間が同時に踊っても、まだ余裕があるほどだ。

 しかし今はそんなホールが人で埋め尽くされてしまっていた。

 それもこれも、ジュナスという、本物ならば第一位の皇位継承権を持つ男が顔見せすることになっているからだ。

「お義父上、実に壮観でございますね」

 居並ぶ貴族たちを、ダンスホール正面に設けられたベランダのような形をした演説場の上から眺めているダンテが呟く。

 演説場には、ダンテのほかに、フェリド、テレジア侯爵、アンジェリカが並んでいた。

「黙っていろ」

 ダンテの声から皮肉げな響きを敏感に察したフェリドは、低い声で脅しつける。

 ダンテに対して攻撃的なのは変わっていないが、今はテレジア侯爵の前とあって、より威圧的になっていた。

「では、失礼」

 フェリドがテレジア侯爵へと一礼してから前へと進み出る。

 そして、朗々とした声であいさつと演説を始めたのだが――。

「早く自称我が従弟どのを出してくれないかね?」

 フェリドの話を、高く、中性的な声が遮った。

 あまりにも無礼に過ぎる物言いは普通ならば考えられないことだ。

 そんな非常識極まる暴言を吐いたのは、フェリド、そしてテレジア侯爵の政敵である、ルドルフ・ギュンター・クロイツェフであった。

「ああ、そこに立っていたのか。あまりに地味な顔つきだから分からなかったよ」

 くすくすとルドルフに追従ついしょうして笑う声もちらほらと聞こえてくる。

 これだけの人数が集まっているのだ。

 ルドルフの派閥に属する人間も多く居るのだろう。

「あまりに失礼ではありませんことっ」

 ダンテを馬鹿にされて我慢ならないのは、本人よりもアンジェリカの方だった。

 烈火のごとく怒り、ダンテがなにか言い返すよりも先に食ってかかってしまう。

 おかげでダンテは冷静なまま、アンジェリカを諫めることができた。

「アンジェ、今は……」

 ダンテはアンジェリカの肩に手を置いて、ゆっくりと頭を左右に振る。

「ですが……」

「お義父上のお話が先だよ」

 アンジェリカはフェリドの顔を伺い、再びダンテへと視線を戻してから渋々引き下がった。

 それを確認したフェリドは咳ばらいをしてから口を開く。

「……クロイツェフ殿下、他人の話を遮ってはならないと学校で習いませんでしたかな。おお、失礼。貴方様は幼少の折、卑しい孤児院にいらしたのですな」

 今度はフェリドが嫌味を言い返すと、フェリド側の貴族たちから失笑が上がる。

 ダンテにとっては頭が痛くなるようなやり取りだったが、フェリドやテレジア侯爵の顔を見れば平然としているため、普通のやり取りでしかないことは容易に想像できた。

「では、前置きはこのくらいにして、本題に入らせていただこう」

 フェリドの言う本題。

 それこそダンテが一世一代の大舞台。

「諸君も知っての通り、私の後ろに居……らっしゃるのが、ガルヴァス殿下の御子様であらせられる、ジュナス殿下である」

 フェリドの口からダンテへ向けての敬語が飛び出してくるのは、ダンテもいささかむずがゆく感じる。

 それはフェリドも同じであったらしく、居心地が悪そうに体をゆすっていた。

「それでは、まず事のあらましから説明させていただく」

 フェリドは、さすがやり手とダンテであっても褒めたくなるほど面の皮厚く、くだんの事件について情熱的に語っていく。

 賊により一家が惨殺されたが、その実殺されたのはガルヴァスと乳母及びその娘であり、ジュナスは賊にさらわれ、母とミシェーリは逃げ延びたという内容だ。

 その事件の黒幕は貴様だろうがと、フェリドの背中へ怒鳴りつけたい衝動を抑え、ダンテはじっと話に耳を傾け続けた。

「ガルヴァス殿下の肖像画を入り口近くに掲げさせていただいた。ジュナス殿下はそのお顔とよく似てらっしゃる」

「私も、その点は保証しよう。よく似ている」

 テレジア侯爵お墨付きとなると、これはただのそっくりな人物、という枠には収まらなくなる。

 それほど重いことなのだ。

「似ている、ねえ」 

 だが、それだけで受け入れられるものではないことは、フェリドも良く分かっていた。

 ルドルフの嫌味を片手で払うと、演説を続ける。

「彼がジュナス殿下であることを、もっとも証明するに相応しい人物が居らっしゃる」

 フェリドが合図を送ると、演説場の隅に設けられていた扉が開き、そこから一人の女性が衛兵に付き添われて姿を現す。

 女性は30代後半くらいで、頬はこけ、病気なのかと思うほど青白い肌をしている。

 髪は少し茶色がかった金で、目の色はダンテの右目やベアトリーチェと同じ琥珀色をしており、顔かたちはベアトリーチェとよく似ていた。

「あなたが……」

 ダンテはその女性を見て、間違いなくベアトリーチェの母親であることを確信する。

 それはダンテ自身の母であることも意味していた。

「ダンテさま」

 気づけばダンテは少しよろめいていたらしい。

 アンジェリカが心配そうな顔でダンテの腕を取り、ダンテが倒れないよう寄り添ってくれている。

「ありがとう、アンジェ」

「いいえ」

 ダンテが礼を口にしている間に、母――エリザベートと思しき女性はフェリドの隣に行き、聴衆である貴族たちの方へと向いていた。

「ガルヴァス殿下の奥方であらせられる、エリザベート・フランソワ・アスターさまだ」

「……母、か」

 ダンテはぼそりと呟きつつ、横目で母の姿を見つめる。

 エリザベートはダンテがすぐ側に居ることに気づきもしないのか、物憂げな顔でうつむいたまま佇んでいた。

「いくら年月をようと、覚えている者は居よう」

 ガルヴァスは病弱であったため、公務は基本的に妻であるエリザベートが行っていた。

 彼女の顔を覚えている貴族も多いのだろう。

 ルドルフの派閥に属している貴族も含め、フェリドの言葉に反論する者はだれ一人として居なかった。

「エリザベート様をブルームバーグ家で保護させていただいていたことは、陛下もご存じである。よって、エリザベートさまに面通しをしていただき、それをもって証拠とする」

「ああ、分かったよ」

 ルドルフが首肯し、それに続いて他の貴族たちも受け入れていく。

 ここまでは何の問題も無い。

 フェリドにとっても予定通りだろう。

 ここからだ。

 そう意識をすると、ダンテの鼓動は否応なく高まっていく。

 色々な相手に詐欺を働いていた時だって、こうはならなかった。

 ただし、緊張はほとんどしていない。

 ダンテの心を激しく高ぶらせるものは――。

「それでは、エリザベートさま」

 フェリドがエリザベートの手を取り、ダンテの前へと誘導する。

 エリザベートは意外にしっかりとした足取りでダンテの正面に立つ。

「アンジェ……」

 ダンテは一言断ってからアンジェリカの手を自身の腕から外し、エリザベートと正対した。

「…………」

「…………」

 すべての人々が息を殺し、身動きひとつしない、凍ったような時の中で、母と息子がまっすぐ互いの瞳を見つめ合う。

 生き別れになった二人が出会うのは、実に16年ぶり。

 エリザベートは言葉も出ないほど感極まっているのかもしれない。

 ダンテも産まれて初めて認識する母という存在に、どうしていいのか分からない。

 ……そう、誰もが思っていた。

「――誰ですか、あなたはっ」

 エリザベートがダンテを指してそう悲鳴をあげるまでは。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

婚約破棄された翌日、兄が王太子を廃嫡させました

由香
ファンタジー
婚約破棄の場で「悪役令嬢」と断罪された伯爵令嬢エミリア。 彼女は何も言わずにその場を去った。 ――それが、王太子の終わりだった。 翌日、王国を揺るがす不正が次々と暴かれる。 裏で糸を引いていたのは、エミリアの兄。 王国最強の権力者であり、妹至上主義の男だった。 「妹を泣かせた代償は、すべて払ってもらう」 ざまぁは、静かに、そして確実に進んでいく。

悪役令嬢の身代わりで追放された侍女、北の地で才能を開花させ「氷の公爵」を溶かす

黒崎隼人
ファンタジー
「お前の罪は、万死に値する!」 公爵令嬢アリアンヌの罪をすべて被せられ、侍女リリアは婚約破棄の茶番劇のスケープゴートにされた。 忠誠を尽くした主人に裏切られ、誰にも信じてもらえず王都を追放される彼女に手を差し伸べたのは、彼女を最も蔑んでいたはずの「氷の公爵」クロードだった。 「君が犯人でないことは、最初から分かっていた」 冷徹な仮面の裏に隠された真実と、予想外の庇護。 彼の領地で、リリアは内に秘めた驚くべき才能を開花させていく。 一方、有能な「影」を失った王太子と悪役令嬢は、自滅の道を転がり落ちていく。 これは、地味な侍女が全てを覆し、世界一の愛を手に入れる、痛快な逆転シンデレラストーリー。

悪役令嬢に転生しましたが、行いを変えるつもりはありません

れぐまき
恋愛
公爵令嬢セシリアは皇太子との婚約発表舞踏会で、とある男爵令嬢を見かけたことをきっかけに、自分が『宝石の絆』という乙女ゲームのライバルキャラであることを知る。 「…私、間違ってませんわね」 曲がったことが大嫌いなオーバースペック公爵令嬢が自分の信念を貫き通す話 …だったはずが最近はどこか天然の主人公と勘違い王子のすれ違い(勘違い)恋愛話になってきている… 5/13 ちょっとお話が長くなってきたので一旦全話非公開にして纏めたり加筆したりと大幅に修正していきます 5/22 修正完了しました。明日から通常更新に戻ります 9/21 完結しました また気が向いたら番外編として二人のその後をアップしていきたいと思います

婚約破棄すると言われたので、これ幸いとダッシュで逃げました。殿下、すみませんが追いかけてこないでください。

桜乃
恋愛
ハイネシック王国王太子、セルビオ・エドイン・ハイネシックが舞踏会で高らかに言い放つ。 「ミュリア・メリッジ、お前とは婚約を破棄する!」 「はい、喜んで!」  ……えっ? 喜んじゃうの? ※約8000文字程度の短編です。6/17に完結いたします。 ※1ページの文字数は少な目です。 ☆番外編「出会って10秒でひっぱたかれた王太子のお話」  セルビオとミュリアの出会いの物語。 ※10/1から連載し、10/7に完結します。 ※1日おきの更新です。 ※1ページの文字数は少な目です。 ❇❇❇❇❇❇❇❇❇ 2024年12月追記 お読みいただき、ありがとうございます。 こちらの作品は完結しておりますが、番外編を追加投稿する際に、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。 ※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

処理中です...