あら、面白い喜劇ですわね

oro

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国1番の輝きを放つ王宮内では、建国50年の節目を祝う盛大なパーティが行われていた。
華美な装飾が施された会場にはその国の上位貴族、そして周辺諸国からも節目を祝う要人たちが参加している。
色とりどりの食事を口にし、会場のあちらこちらで会話の花が咲いていた。
そして彼等の心を和ませる音楽が演奏されると、中央でダンスを踊る貴族も現れた。
誰もがその国の未来を祝い、パーティを楽しんでいた。
しかしその時、

「アリア!私は貴様との婚約を破棄する!」

そのめでたい空気を壊す宣言が発せられる。
音楽も会話もダンスも止まり、誰もがその声の主に注目した。
その声の主…今宵の建国祭を行う国の第1王子、アルバートに。
現在このパーティを仕切る国王は席を外している。
アルバートは自分を抑える者がいない隙にこの婚約破棄宣言をしたのだ。
彼に視線を向けた観衆は、彼にまとわりつく様にくっついている少女を見て思わず顔を顰めた。
あまりにも場違いという容貌であったからだ。
彼女の容貌は可愛らしい部類には入るものの、上位貴族の様な美しさや気品さは見受けられない。
国に関わらず、上位貴族には容姿端麗な者が多い。それは彼等が人以上に多様な力を持っており、その血を重視するためである。
権力、財力、武力。
己に課せられた義務に付随する権力を行使し、彼らはその美しさを上位貴族だけのものとして留めてきた。
だからこそ周辺諸国の上位貴族や王族が参加するこのパーティで、彼女の容姿は逆の意味で目立っていた。

「殿下。今はこの国の建国を祝う目出度い日。婚約破棄は受け入れますので、どうか控え室でお話致しましょう。」

アルバートの婚約者であろうアリアは、上位貴族として相応しい美しさを持っていた。そして気品と知性も。
今この状況での最善を理解している。
しかしこの国の第1王子であり次期国王でもあるアルバートは理解していない。
自分が周りからどんな目で見られているのか、判断されているのか。
自分がどれほどの愚行を犯しているのか。

「断る!貴様の悪事は今ここにいる皆に聞いてもらう。そう簡単に逃げ場など作らせるものか。」

悪事などと言われても、その場にいる者は皆既に理解していた。
どちらが悪であるのかを。
誰の逃げ場が無くなったのかを。
皆が困惑し、呆れ、静まり返っている中、鈴の音を転がしたような明るい声が響いた。

「あらあら。見てフィンリー、これが噂に聞く婚約破棄の喜劇ね。とっても面白そうだわ。」

突然の婚約破棄宣言、更にそれを遮る場違いな言葉。
観衆から外れたその声の主は、まさに言葉通り皆の視線を奪った。
美しい上位貴族が集まるこの場ですら浮いてしまう程完成された美。
誰もがその人並外れた美に釘漬けになった。

「…シャーロット王女様。」

誰よりも先に冷静になったアリアは、大陸一の大国である隣国の王女に深く頭を下げた。
そしてそれを中心に、状況を把握した者達は次々と頭を垂れていく。…アルバートとそばにいる女を除いて。

「まぁ、皆様。そんなに畏まらないで下さいな。」

シャーロットは国を離れる訳には行かない国王の代理としてこのパーティに参加した。大国の国王代理の王女となれば、今この場で誰よりも力を持っているのは明らかだ。
もう既にこのパーティに参加する殆どの人間が挨拶を済ませていたが、彼等は王女の機嫌を損ねないように再び頭を垂れたのだ。

「私は何も邪魔をしたい訳じゃありませんの。さぁ、その愉快極まりない喜劇を続けてくださいまし。」

今ここで婚約破棄をしろ。と、シャーロットはそう言った。
この場にその命令に逆らえる人間は勿論おらず、人々は中心人物であるアルバート、アリア、そして名も知らない女に視線を向ける。

「さぁ、アルバート殿下。アリア令嬢との婚約破棄をなさるのでしょう?」

シャーロットから目を離せないアルバートに、彼女は優しく微笑んで話しかける。
誰よりも美しいシャーロット王女に名前を呼ばれている、と観衆の何人かが殺気立ったのに当人達は気付かない。
シャーロットに釘漬けだったアルバートも、従者らしき人間が彼女の前に歩み出たことで意識を取り戻した。

「あ、あぁ…。」

先程とは違い明らかに覇気がない声を上げ、アルバートは目の前に立つアリアの方へ向き直った。
シャーロットに釘を刺された今、彼は一体どんな言葉を口にするのだろうかと皆が注目する。
肝心のアルバートはその視線に気付かずにチラチラと横目でシャーロットに視線を送っていた。
しかし直ぐに何か覚悟したような表情になると、アリアの元へと大きく1歩踏み出し、そして声高に言った。

「アリア!私は貴様との婚約を破棄する!」

また同じ事を…。
その場にいる多くの者がそう落胆したが、アルバートの言葉はそれだけでは終わらない。

「そして、私はシャーロット王女を我が妻とする!」

その宣言によって、その会場は耳が痛くなる程の沈黙に包まれた。
誰も言葉を発さない。
いや、発することが出来ないでいた。
この無能な男の言葉があまりにも愚かで、皆理解できなかったのだ。
しかし次第に理解が追い付いてきた観衆達は言葉にはしないものの怒りを抱き始めた。

シャーロット王女は一際美しく、聡明で寛容な王女として有名だった。己を立場を理解し、慢心することも無く下位の人間にも平等に接する。
彼女を崇拝する宗教もある程に人々から愛され、更に実兄である国王からの寵愛も受ける、正に神に愛された少女。
彼女を娶ることが出来れば大国の後ろ盾を得ることが出来る。
そのため彼女には国を問わず多くの国王や上位貴族から求婚の申し込みが殺到していた。

誰もが欲するその王女を、世情も知らない青二才がただ己の欲の為だけに手に入れようとするとは。
その場にいる誰もが憤った。
現在シャーロットには相手の名前すら明かされていないものの婚約者がいる。それでも…と希望を捨ててはいない者は多いが。
しかし当の本人であるシャーロットは小首を傾げるだけで、まるで感情の読めない笑顔を貼り付けていた。

「まぁ…貴方の国からの求婚はお兄様が拒否しましたでしょう?」

シャーロットの元へやってくる求婚の申し込みは多く、殆どの者は面会すらさせて貰えない。
それもその筈。シャーロットへの申し込みは全て兄である国王が処理しているから。
そしてその丁重に処理された申し込みの中には、この国からの物も含まれていたのだ。
現在会場にはいない国王もダメ元での申し込みであったため、その後アルバートには公爵令嬢であるアリアとの婚約が結ばれた。

「なっ…なぜ…!?」

アルバートはシャーロットの言葉に心底理解できないという表情で一歩後ずさった。
シャーロットはクスクスと笑い、その水晶のような紫色の瞳をアルバートの隣に立つ少女へと向ける。

「それよりも…。貴方は其方に立つご令嬢と婚約するおつもりだったのでは無いですか?」
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