織田信長の妹姫お市は、異世界でも姫になる

猫パンダ

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第二章 愛を乞う王子

第三十八話

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 この部屋に閉じ込められて、何日経つだろうか。市は、ぼんやりと窓から外を眺めた。鉄格子のはめられた窓からは、青い山と、桜色の空が見える。

 この部屋に訪れる人間は、エイサフとラビアだけだ。ラビアは、白薔薇宮殿にいた頃と変わらず、市の世話を焼き、エイサフは機嫌をとりにやってくる。エイサフ曰く、ここはシュッタイト帝国であり、一ヶ月後には首都であるヘットュウサに移動して、婚儀をあげるとのこと。何故一ヶ月後なのかと問えば、この部屋に一ヶ月市を監禁して、身も心もエイサフのモノにするからだと、訳が分からないことをほざいていた。

 フンと鼻で笑う。エイサフのモノになど、なるものか。たとえ、この身を暴かれようとも、心は永遠に晧月のモノだ。彼女の瞳が、じんわりと潤んだ。

 何度、自害を試みただろう。手首を切っても、すぐに傷は塞がり、舌を噛み切ったら、生えてきた。腹を裂いても、くっ付いて、首を絞めても息を吹き返す。痛みだけを残して、傷は残さない。死ねないのだ。苦しい程の痛みはあるのに、意識もずっとある。まるで、拷問だ。ラビアに出される食事を、拒否しても、痩せ細りはしたが、どうせ死ねないのだろう。

 市は鏡をのぞき込んだ。ほんの数週間前までは、薔薇色だった頬が青ざめ、目の下に薄らと隈ができている。赤い果実のような唇は、青白い熟す寸前の果実へと変化し、男が思わず口付けるのを躊躇してしまうだろう。頬は少しだけ痩けて、手足も徐々に細くなっている。本当なら、栄養失調で倒れてもいいだろうに、エイサフの言う魔術のおかげで、倒れることはなかった。

 ーー不死身などと、悪趣味なことを……。

 しかし、骸骨のように痩せ細れば、エイサフも市を抱こうとはしないだろう。目論んだ通り、徐々に痩せて、衰弱した容姿へと近付いている。

 ーーそう簡単に、この体をやるものか。最後まで抵抗してみせましょう。織田家の姫を舐めるでないぞ……!

 ぐぅとお腹が鳴る。堪らないほどの空腹感に襲われながら、市は唇を噛み締めた。体が、食べ物を欲している。何かする事が出来たなら、気も紛れるのだろうが、部屋に閉じ込められていては、どうしようもない。ベッドに座り込んで、頭を抱えた。

 「……晧月様」

 辛くて、悲しくて、寂しかった。

 「晧月様っ!」

 呼んでも、答えてくれる優しい人はいない。あの、美しい銀色の皇子は、血に塗れて落ちていったのだから。涙が頬を伝い、嗚咽が漏れた。胸が苦しい。どうして、死ねないのだ。どうして、こんなことに。どうして、と……そんなやるせない思いが、グルグルと頭の中を回っていく。死んでしまえば、ラクになれたのに。あの世で、晧月に会えたのに。想いを伝えられたのに。抱き締めて貰えたのに。

 「恨めしい……あの男が、恨めしい……!」

 市の胸の奥で、憎悪の火が燻っていた。それは、晧月を思えば思うほど、大きく燃え上がる。

 ーー悔しや……!許さぬ。決して、許さぬ、えいさふ……!

 コツコツと足音が聞こえ、ハッと涙を拭う。また、やって来たのか。市は、憎々しげに瞳を吊り上げた。ベッドに横になり、頭まで布団を被る。ガチャリと扉が開く音がし、近くで笑い声が響いた。

 「くっ、まるで子供だな」

 顔を隠していた布団を剥がれて、市はムッと顔を顰めた。エイサフが、笑っている。笑うな。笑う顔など見たくもない。市は目線を下に向けた。

 「そなたの顔など、見たくないからじゃ。早く部屋を、出て行くがよい」

 「生意気なことを」

 両頬を片手で挟まれて、上を向かされる。エイサフの青い瞳が、じっと市の顔を見つめていた。

 「……痩せたな。いい加減に、食事をとれ」

 「嫌じゃ」

 ぱしりと軽く手を叩けば、エイサフの手が離れた。彼は、まるで妹でも見るかのような眼差しで、市を見る。

 「こやつ……駄々をこねるな」

 「嫌じゃというておる!そなたの顔も見たくない!声も、聞きたくない!去れ!この場から去るがいい!!」

 泣き喚く市は、本当に子供のようで。精神的にも、不安定であった。黒曜石のような瞳から、ポロポロと涙の粒が落ちる。眼球が薄らと赤い。泣く姿を見られまいと、顔を両手で覆ってしまうその様が痛ましい。

 「姫……」

 エイサフが、眉を下げた。その時だった。市の痩せ細った手が素早く伸びてくると、彼の腰に差していた短剣を奪い取った。鞘から抜かれた剣が、キラリと光る。また、自害をするつもりかと、エイサフは思った。そのため、市が凶器を持っていても、気を抜いてしまったのだ。

 「晧月様の仇!」

 「なっ!?」

 剣の鋭い切っ先が、エイサフの心臓を突かんとばかりに、向かってきた。咄嗟に身を翻したが、避けきれず、肩を裂く。ピッと血が飛んだ。市は、カタカタと震える手で、ギュッと短剣を握り締めると、エイサフに鋭い切っ先を向ける。小さく肩を震わせる彼女の瞳に、ゾクリとするほど、冷たいエイサフの顔が映っていた。

 「私を殺そうとしたな……?」

 エイサフは、肩に触れた。べチャリとした生暖かい血の感触を、手のひらに感じる。

 「私に、刃向かったな……?この、私に!そなたの未来の夫である、この私に!剣を向けるとは……!」

 一瞬の出来事であった。剣を持つ手に衝撃が走ったかと思えば、剣は足元に転がり、市の体は宙に浮いていた。息が苦しい。はくはくと唇を開くも、空気が入ってこない。ジタバタと足を動かしても、ビクともしない。彼女の首をエイサフの大きな手が掴んで、持ち上げたのだ。首に体重がかかり、まるで首吊りのようになっているのだが、エイサフは降ろそうとしなかった。そのまま、壁に市の体を押し付けて、恐ろしい形相で睨み付けてくる。

 「姫よ……よく聞け。そなたは、私のモノだ。私の女だ。私の未来の妃なのだ!私に従順であれ!逆らうな!私を愛せ!私だけを愛せ!私の女なのだ!!誰にもやるものか!!」

 カッと怒りで頬を赤くしたエイサフの唇が、市に噛み付いた。彼女のはだけた衣から覗く白い肌に、歯型が浮かぶ。

 「ぃ……ぃた、い……っ!」

 強く噛まれ、血が滲む。しかし、その傷は蒸気を上げて治ってしまう。こればかりは、エイサフにとって面白くなかった。せっかく付けた痕が消えてしまうのだ。
 
 「私を愛せ、姫……」

 消えてしまうとわかっていても、何度も何度も、柔らかな白い肌に噛み付いた。痛みに顔を歪める彼女が、何とも愛おしい。

 「何度でも、そなたの肌に刻み込んでやる……!」

 じわりと滲む血の、甘いこと。まるで、熟年のワインのように、高貴な味わい。自分は吸血鬼にでも、なってしまったのだろうか。それとも、好いた女の体とは、何処も彼処も美味なるものなのか。

 「……ゃ、ゃめて……っ!」

 「姫っ!姫……!私の姫!」

 いつの間にか、首を掴んでいた手は、彼女の背中に回っていた。弱りきって青ざめた冷たい唇に、エイサフの唇が何度も重なる。その唇は冷え切った市にとって、あまりに熱く、火傷してしまいそうだった。

 ーーいや、嫌、嫌、嫌……!!

 市の心の叫びは、誰にも届かない。ピシリ、ピシリと彼女の心に、ヒビが入っていく。晧月といた時には、つるんと輝いていた彼女のハートは、ズタズタに傷付けられ、沢山の血が溢れていた。まるで、引き裂かれそうなほどの、苦しさ。切なさ。上手く息もできない。助けてと願っても、エイサフの行動は止まらない。上唇を挟み、愛撫する彼の唇を、まるで蛞蝓のように感じてしまうのだ。唇の上を、うぞうぞと蛞蝓が這っているのだ!

 市の眦から、一筋の涙が流れた。
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