皇太子妃は、王冠を投げ捨てた

猫パンダ

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第二章 始動

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 イエティムは、ドタドタと廊下を走る。足がもつれそうになりながら、エプロンドレスの裾をはためかせて走る。頬が熱い。額から汗が流れて、目にしみる。キュッと唇を噛み締めて、自室へと滑り込み、鍵を閉めた。

 挨拶をしないまま、走り去ってしまったな……とか、城を爆走して侍女長に叱られてしまうだろうかとか、グルグルと考えるも、彼女は真っ先に洗面台へと足を向けた。

 鏡に映る自分の姿を見る。

 醜いとばかり思っていた自分の顔が、あの有名なプーチナ侯爵夫人にそっくりだなんて……。

 四角い顔。でも、あの方はこんな自分の頬を、ふくふくとして愛らしいと仰った。纏まらない鬱陶しい髪を、綿毛のようだと。分厚すぎる唇を、魅惑的だと。みっともない体を、肉付きの良い妖艶な体だと!

 イエティムは、興奮から鼻の穴を膨らませて、斜め45度に顔を背けてみせた。鏡に、流し目をした自分の姿が映る。いつもうんざりとしていた自分の顔が、今日ばかりはキラキラと輝いて見えた。

 黒い髪に黒い瞳は、プーチナ侯爵夫人とお揃いだ。途端に彼女は、自分の色を誇りに思った。

 似合わないと決め付けて、一度も使用したことのない口紅を手に取る。

 真っ赤なルージュに、憧れていた。街ゆくお洒落な女性達が、紅をひく姿が美しくて、つい自分も買ってしまったそれ。埃が被った表面を軽く拭き取り、蓋を開ける。

 指で掬って塗った赤いルージュは、イエティムの分厚い唇をツルリと彩った。肉厚な唇が、なんてセクシーなの。イエティムの脳味噌は、イヴァンの歯の浮くお世辞により、バグっていた。

 「私って、美人だったんだ……!」

 一度そう思ってしまったら、もう止められない。

 城の者達は、イヴァンの言う通りイエティムの美しさに嫉妬していたのだろう。ヴァルヴァラやエヴァが、意地悪な事を言ったのも、イエティムが羨ましかったからなのだ。そうか、そういう事だったのか。

 エカチェリーナやイヴァンは、イエティムの美しさを素直に認めてくれた。イヴァンに限っては、イエティムの美しさに気付かせてくれた。彼等に感謝しなくては。

 イエティムは、今なら空を飛べる気がした。それくらい、体が軽い。気持ちが軽い。ふわふわとした心地で、クローゼットを開ける。

 そこには、可愛らしいドレスやワンピースがズラリと並んでいた。買ったものの、似合わないと決め付けて一度も着たことの無い、コレクションと化していた洋服たち……。彼女は、それを眺めて唇を緩ませた。美しい自分なら、それらを着こなす事が出来るだろう。

 ーーああ、どうしてもっと早く気付けなかったのかしら!

 彼女は、くるくると回ってドレスを広げた。

 ーー私は美しかったのよ!今まで下を向いて生きてきた日々が、勿体ないわ!ああ、出来ることなら昔の私に言ってやりたい……!あなたは美しいのよって!

 綺麗な赤い靴や、大枚をはたいて買ったキツネの毛皮。母から譲り受けた真珠のイヤリング。似合わないと決め付けていたものたちを引っ張りだして、体に当ててみたり、身に付けてみる。鏡を覗き込む自分の、魅力的な姿といったら!

 イエティムの部屋からは、夜になっても笑い声が響いていた。

 
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