烙印騎士と四十四番目の神・Ⅰ 転生者と英雄編 

赤星 治

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三章 暒空魔術への想い

ⅩⅠ 星見の研究所で

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 翌、明朝。ジェイク達は目的の町・ゴロドアへ向かっている。
 昨晩は戦闘での負傷と消耗が激しく、日暮れから転生者三名は気を失ったように寝入った。よって回復も目覚めも早かった。
 車中ではミライザの死を引きずり、各々無言のまま外の風景を眺めている。本日は天候が悪く、雨は降っていないが濃い灰色の雲がいくつもの塊となって漂っていた。

「グレミアさん……いいですか?」
 沈黙を破ったトウマを、グレミアとジェイクは見た。
「昨日の戦い、どうしても気になるんです。ってか、サラさんと話し合って気付いた事なんですけど……」
 サラは外を眺めたままである。
「何でしょう」
「あの魔術師、別の空間を作ったり化け物を出現させたり、かなりの大技を連発してましたけど……。暒空魔術ってあそこまで出来るんですか?」
「……確かに、暒空魔術の基礎訓練に魔力消費を極限まで抑え、術効果を上げる方法はあります」
 しかし、術や魔力の知識が無いジェイクですら、バイレンの無尽蔵な魔力使用は気になっていた。
「けど、昨日のアレは訓練どうこうで出来るもんじゃねぇよな。最後の悪足掻きはミライザの魔力を吸ってるように見えたぞ」
「ですがミライザさんにあそこまで魔力があるとは思えません。ゴロドアへ向かう道中も自然の気流や魔力の維持、消費を気にしてたし」

 グレミアは布に包んだミライザの首飾りを取り出した。

「お察しの通り、あの男はミライザを取り込んでからは彼女の魔力を消費してました。ですが、あそこまで魔力を蓄えていたのは……」
 包みを外し、現れた首飾りを見せた時、サラもそれを見て呟く。
「それ、ミライザさんが付けてた首飾り……」
「彼女は膨大な魔力を特殊な物質へ封じ込めたのです。これは並大抵の術師ができる技ではありません。暒空魔術を研究し続け、導きだした彼女の研究成果と言っても過言ではありません」
「そこから魔力が吸われた?」
「ええ。彼女が所持していたためでしょうが、どういう作用が生じて抜けたかは不明です。ですが、ミライザの魔力の業を全て吸い尽くしてもあそこまでは戦えなかった。だからコレから魔力を得たのは明白。そう考えると、咄嗟に首飾りの魔力を引き出す事に気付き、実行に移したバイレンは本当の天才だったのでしょう。恐ろしい話です」

 グレミアもミライザの研究成果についていける知識がないと分かる。そして、今回の戦闘における勝利は、運の良い奇跡的勝利だと、誰もが痛感した。
 ミライザの事を思い出し、あふれ出る涙をサラは拭って外を再び眺めた。

 一同、再び沈黙してゴロドアを目指した。

 ◇◇◇◇◇◇

 ダン=オルクスの居場所を見つけるのは容易であった。ゴロドアを一望できる高台の半球体屋根の家、町では【星見の研究所】と呼ばれている建物がダンの家でもあった。
 入口の扉に備えた呼び鈴を鳴らすと、服装は整っているが髪の毛がボサボサの眼鏡をかけた男性が現れた。グレミアが簡単な自己紹介と要件を告げると、対応に現れた男性がダン=オルクスと分かる。
 応接室へ案内される最中、壁と扉ばかりの細い廊下しか拝見できなかった。

「厳重警戒……ってことですか?」
 異世界の研究所がどのような内装か気になったトウマは、残念な気持ちであった。
「ええ。魔術で隔絶する事も出来るのですが、いちいち術を作動させる時間が手間だし、僕は素早く術を使えないから壁とか扉で仕切ってます」

 ダンはジェイク達を客間へ案内すると、紅茶を淹れに部屋を出た。
 テーブル席に腰かけた四人は部屋を眺めている。
 置物は無く、窓際に観葉植物が置かれている簡素な雰囲気、清掃されている清潔な印象の部屋。ただ一か所、部屋に似つかわしくない物が壁に貼り付けられていて、四人はそれに釘付けであった。
 運びばれた紅茶をそれぞれの前に配る最中、壁に貼られた刺繍絵の説明を始めた。タイトルは『夕焼けに染まる海沿いの港町』である。

「アレは御守りのようなものですよ」
「あれも暒空魔術ですか?」サラが訊く。
「一応は。けど、暒空魔術より巫術寄りです」
 巫術の説明をジェイクが訊くと、グレミアが答えた。
「巫女や神子が使う術です。私の使用する唱術のような詠唱系も使うし、陣を張ったり文字を記したりして術を発動させます。あの刺繍絵には、絵に紛れ込ませた特殊な文字が埋まっているのでしょう」
「とは言っても、凄そうに見えて単なる厄除けですよ。それに毎日部屋掃除しないといけないとか、管理も大変です」
「誰かに命令でもされてんのか?」
「ミラ、いや、賢師ミライザ=エイフマンが気を使ってくれて。だから管理ぐらいはしっかりしなければと」

 名前を出され、一同は気が重くなる。
 サラが口を開いた。

「……ミライザさんは」
「ええ。亡くなったと二か月程前に憲兵から聞きました。……今日は、賢師様の御用で、とお聞きしましたが……」
 グレミアはミライザの首飾りをテーブルへ置き包みを開くと、ダンは驚きながら手に取り、じっと見つめた。
「それは先日、ミライザさんから」
 トウマが話そうとした矢先、ジェイクに呼び止められた。
「俺らは訳アリの旅をしててな。道中でそれをあんたに渡すよう頼まれた」
 トウマがなぜ話を遮られたのか分からず、カレリナが現れ思念で説明した。
(彼女とダン=オルクスは親しい関係にあります。もし彼女が生き返り、昨日死んだと分かったら、彼に再び悲しみを蘇らせてしまいます。苦しいでしょうがここは彼女が元々死んでいた方が)
(けど、ミライザさんは必死に)
 ビィトラが割って入った。
(だからといって悲しい思い出を部外者が穿ほじくり返すのは違うよ。辛いだろうけど、彼女の意志は奇跡的にあんな形でも伝えられた。本来は無かった事だ)
 まだ腑に落ちないまでもトウマは黙って受け入れた。

 ミライザと共に過ごした話を省いて説明を終えたジェイクの話を聞いたダンは、込み上げるモノを感じ、首飾りを持って立ち上がった。
「すいません。少し失礼します」
 作業部屋と思われる一室へ向かった。
 部屋へ入り扉を閉めたダンは蹲り、首飾りを握りしめて涙を流した。
「ミラ……ミラ……」
 次第にすすり泣きから込み上げる思いの丈が強くなり、号泣した。

 一方、物音一つしない事にジェイクは感心した。
「……何も音がしねぇんだな。あの部屋」
「暒空魔術の空間断絶の応用かと」グレミアが答える。「少し感心しました。貴方は気遣いが出来る方だと」
「トウマは見習わないとだよ」
 ビィトラが告げた。
「サラもですよ」
 加えてカレリナも。
 どうやら二人は感傷的になり、ミライザが生き返った事を伝えようと考えていたらしく、指摘され反省した。

「気にするな。俺だって昔は二人みてぇなもんだったぞ。嫁さんに何度も「気ぃ使え」って説教されて、これ位は気遣えるようになった。まさか転生して役立つとは思いもしなかったがな」
 そんな事だろうと思ったグレミアは、静かに息をついた。
「この度は貴方の奥様に助けられたと致しましょう。あの様子ですと、しっかり立ち直ったとは言い難い。これ以上、苦しむようでしたらこのまま退散した方が」
「だな。戻ってきたら挨拶して帰る。それでいいな」
 一同、賛成した。
 五分程してダンが戻って来た。目の周りがやや赤い為、泣いていたのは伺い知れる。

「すいません。お客様がいるのに。ちょっとした不思議な話ですが、昨晩ミラからこの首飾りを受け取る夢を見たんです。自分の不甲斐なさを嘆いていた彼女を思い出して。しっかり者なんですけど他人に気ばかり使って、そのくせ落ち込みやすい人なんです。こんな形で届くのですから、こんな所まで気を遣ってどうするんだって思いますよ」
 ダンの言葉が、トウマとサラには苦しかった。それでも、生きていた事実は告げれない。
「届けて良かったぜ。部外者が言うのもなんだが、首飾りを大事にしてほしい。奇跡が賢師様の想いを叶えたんだろうからな」
 ジェイクの言葉がダンに届いたのだろう、首飾りを握ぎり、表情に微かな明るさが戻った。

 ここが帰りどころと、グレミアは察した。
「では、我々はこれで失礼を」
「あ、待ってください」
 立ち上がろうとする四人をダンは呼び止めた。
「皆様の話を聞かせくれないでしょうか?」
 もしや、ミライザが短期間でも蘇ったのを見透かされたのかと思ったが、続くダンの言葉で”違う”と判明した。
「貴女様はレイデル王国を救った十英雄のグレミア=キーラン様。そして御三方は、”特別変わった運命”の渦中にいるのではないでしょうか?」
「どうして?」サラが訊いた。
「魔力でも気功でもない気が、皆様の背後に漂ってます。あなた方から発せられてるではなく、別のなにか」

 三人の上、何も無い所を見るダンの様子から、三柱の守護神に気付いていると伺えた。
 代表してジェイクが転生者の経緯を説明した。

「へぇ……まさかガーディアンが……。まるで人間そのものですね」
 ジロジロ見るダンに、今度はトウマが話した。
「一応、この世界の住人の身体に宿ってるみたいなものですから」
「グレミア様とはどのように?」
 サラが答えた。「先日偶然会いました」ミライザの話を省いて。「私達を狙う敵とも偶然遭い、助けて頂いて」
「私は仲間の助言でビストへ、それで彼らと会いました」
「そうですか……。けど、どうして賢師様の首飾りをわざわざ届けに?」
「と、言いますと?」トウマが訊く。
「首飾りには大量の魔力が込められてます。旅の道中で魔力を使い切るという手もあった筈です。どういうわけか、それ程減っていない」

 あれほどバイレンに魔力を吸われたのに減っていないというのだから、魔力の総量は計り知れなかった。

「ガーディアンってのも色々あってな。徳を積むってのも重要らしい。それにいくら魔力が多いからつっても、使い方分からんなら意味がねぇ。身の丈に合わん高級品は命取りの危険があるからな」
 グレミアが説明を補足した。
「先の戦闘において、ガーディアン様方は魔力の使用に関する面で不馴れと未熟を痛感した次第です」
「それでグレミア様が修業がてら旅の同行を?」
「いいえ。彼らにはレイデル王国へお越し頂こうと考えおります」

 突然話が進み、三人は驚いた。

「初耳ですよグレミアさん」サラが訊く。
「ええ。私もここへ来るまでずっと考えておりました。皆様はこの先、必ず死を迎える未来しか見えません」
 断言されるも、明白な実力不足が、三名からぐうの音も出させなかった。
「ですが、十英雄の方々に協力を仰ぎ、ガーディアン様方の試練達成に助力も考えられるのでは?」
「手助けしてくれる者はいるでしょうが、半数は立場上、個人の意思ではなく仕える国の損得を考えるでしょう。一応、『ガーディアン』という特別な存在を相手にするのですから。下手をすれば軍事力増強などの利用も考えられます。それに今は時期が悪すぎる。このままいけばガーディアン同士の戦いよりも、”災禍”による惨事に巻き込まれて死ぬ危険の方が高い」

 災禍と言われ、ダンは思い出したように言葉の指す意味を察するが、転生者組は当然分からない。

「……なんだ? 災禍ってのは」
 ジェイクの質問にダンが答える。

【ゾアの災禍】
 魔力の業よりも悪性の高い魔力・ゾグマが集まり災害を引き起こす現象。
 自然界の気流、魔獣の害獣類、魔力そのものにも邪な影響を及ぼし、数十年に一度起こるとされているが、情報が殆ど無い謎の多い現象。
 明確にされていることは、”短期間で災害跡が突如現われる”というものである。

「”魔女の塔”からの影響以外で、ゾアの災禍と思しき悪影響が最近噂されてましたが……本当に?」
「ええ。詳細はレイデル王国へ行けば色々と分かります」
 二人の話にはついて行けないが、とりあえずは”レイデル王国がすごい”と、ジェイクは感じた。
「すげぇ国だな。大災害みたいな謎の現象を知るつったら国家機密ものの情報だろ?」
「正確には”それに近い存在がいる”だけです」
 グレミアの表情に、不服と言わんばかりの雰囲気が滲み出た。
「アレはそういった面で詳しいでしょうから」
 指す者が人間なのだろうが、グレミアが“アレ”呼ばわりするのだから、余程気に障る人物だと伺える。
「何はともあれ、賢師様の首飾りが届いたのも何かの縁です。暒空魔術の研究もゾアの災禍に役立てるよう研究します。もし暒空魔術が必要でしたらお声がけくださいませ」
 実力は不明だが、ミライザが首飾りを委ねた人物だからかなり暒空魔術に精通した人物であることは間違いないと思われた。

 心強い縁を結んだジェイク達はダンと別れを告げ、ガドの村へと向かう。再び大湖からレイデル王国へ向かう旅路であった。


 ゴロドアを出た道中、ジェイクは先ほどの国家機密級の存在が気になった。

「さっきやたらと不服そうだったけどよぉ、国家機密みたいな奴と会うってのは十英雄でも困難なんじゃねぇのか?」
「どうでしょう。会う事自体は平気ですし、女王様も国も、彼を隔離する事は不可能でしょう。何より英雄を引き連れてあちこちへ行くのが好きですから。運が良ければすぐ会えますが、そうでなければ捜す方が困難かと」

 トウマとサラは困惑する。

「国が隔離不可能って言ったら、かなり強力な術師とかじゃないですか!?」
「そんな危険な人を野放しにしていいんですか?」
「大丈夫でしょう。アレには彼が付いてますし、今まで害があった報告は受けてませんので」

 まだ三人にはどういった人物か想像が定まっていない。
 人間、性別は男(彼と呼ぶ点から察して)、術師、英雄の誰かを連れている。しかし、いろんな説明から、人間では思えないような存在とも思われた。
「歩く猛獣か? どんな奴なんだよ」

 告げられた言葉に、一同はさらに混乱した。

 グレミアは、その人物を“魔女であった者”と告げた。
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