奇文修復師の弟子

赤星 治

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一章 出会いと適正

7 美術館の巨大絵画

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「そいつぁ本当か?」
 デビッドは煙管の吸い口を銜え、一服吸った。
「ええ。【ビルセク】の退廃地区を縄張りとしていた荒くれ集団九名の死体が突如出現。それぞれ身体に傷はないものの、血液が個々の死体を中心に流れて広がっています。尚、連中の大将格と思われる女性は、廃墟の飛び出た骨組みに串刺し状態で発見された模様です」

 デビッドは目的の為に訪れた隣町の警備国兵支署に訪れており、ある警備兵から死体が突然現れた殺人事件の詳細を聞かされていた。

「そんな凄惨現場じゃ、誰か何かしら見ているだろ」
「いえ、現場の調査によると、退廃地区の居住者達は口々に、連中はいきなり苦しそうに叫んで倒れた。とばかりで。大将格の女性に至っては、一夜明けたら突然現れたとか。まあ、元々住民達から嫌われていた連中ですから、喜びの声が多いようで」

 しかし状況証拠からは、大将格の女性以外の死体が異様すぎる。

「いや、そいつぁかなり苦しい言い分だ」
「なぜです? 連中を捕まえて、注射器か何かで血を抜き、その血を使って異様性を作り上げれば」
「だったら連中の身体から注射痕が出る筈だ。量が多いなら針を刺した後は数か所あるだろうな。いくら退廃地区であれ、国内の変死事件では厳重な検死は行われる。しかもビルセクの医療技術は高いんだ。その国のプロが検死結果で死体に傷はないって言うんだ、事件の異常性を不自然だが受け入れるしかない。他に、連中に関して変わった情報とかはないか?」

 警備兵の男性が資料を捲り、ある情報に目を止めた。

「事件と関係あるかは不明ですが、連中が死亡する数日前、奇妙な出来事がありました」

 デビッドは火口の灰を灰皿に捨て、煙管を机に置いて聞いた。
 奇妙な出来事とは、退廃地区の者達が崇拝する神の生誕祭として、細々と屋台を設け、些細な催し物で祝っていたとき、案の定連中が現れて暴れ回った。
 しかし、突然大将格の女性が何かに気づき、現場から離れて姿を消した。暫くして他の連中も女性の向かった方を向いて集まり、間もなくして何かに恐怖し、叫びながらどこかへ走り去った。
 後には何もなく、誰もいない。
 住民達は不気味がりながら荒らされた所を片付けていたという。
 そして数日後に荒くれ集団の変死事件が発生。
 一連の流れを聞いて、デビッドは腕を組んだまま、右手で自分の目の周辺を鷲掴みするように手を当てて摩った。

「デビッドさん、何か気づいたことでも?」
「ああ、最悪の事態がいよいよ来たって所だ」

 警備兵が事情を求め、デビッドが語ろうとした時、部屋の外から革靴の足音が聞こえた。
 ノックも無く部屋の戸が開かれた。
 入室してきたのは警備兵とは別の、更には警備兵とは全く色合いも違う制服姿の男性三人であった。

「あ、ちゅ、中央治安管理官!? なぜ……」
 警備兵の男性は、立場の違う者達を前に畏れ、壁沿いに立ち、敬礼した。

 濃紺色の制服姿は主に警備国兵の色とされ、中央治安管理官の制服色は三つに分類される。
 濃緑色。
 黒色。
 濃赤色。
 それぞれの制服の色は管理する役職を割り振られており、現れた三人の制服の色は濃赤色、つまり、文化財や遺跡など、歴史的価値のあるモノ全てを保護し、管理するための役を担っている。

 デビッドはその制服の色を見ると、ある人物の事を思い出してしまい心労が重なってしまう。けど、現れた者達は面識のない者達であるため、まだ緊張感は低い。

「デビッド=ホークス殿ですね」
 三人の中で中央に立ち、白髪交じりの髪に似たような色合いの口髭を蓄えた初老の男性が訊いて来た。風格も姿勢の良さも、厳格な人相も、まさしく上官と言える風貌である。
「ええ、俺がデビッドだが、中央治安管理官の方々がお揃いでどのような御用で?」

 奇文修復師をしていると、こういった役職の方々と会う機会は多く、警備兵の男性ほどに緊張感は緩い。

「貴殿の弟子に関する事で」
 制服の色。自分の弟子。
 それだけの情報でデビッドは不快な感情が伺える程の表情となった。
 デビッドの心情を知る管理官の男性は続けた。
「誤解なされぬよう」右手の平を向けた。「モルド=ルーカスという少年の事ですので」
「ん? あいつがどうかしたので?」
「ええ。彼は――」

 詳細を訊くと、デビッドは驚きを露わにし、退廃地区の出来事を引き起こした人物の仮説が明確なものとなった事を確信した。

 ◇◇◇◇◇

 その絵画の前に立ったモルドは目を見開いて驚いた。

 絵画事態が大人二人分の高さと横幅がある。
 細かい人間の動作や細部の明暗や物の形まで描いている。
 現実の世界をそのままくり抜いたような緻密な描写。

 驚く要素は多々あるが、モルドの驚きは別にあった。それは、巨大絵画一面に、奇文が描かれ、それが展示されている事にである。

「おや、その驚きは、もしや奇文を知っているのかい?」
「――え!? 貴方も奇文修復師なのですか?」
 男性は顎を左手でつまみ、考える素振りを見せた。
「どうしたんですか?」
「ああいや、大したことじゃない。このまま謎の男性として振舞い続けようとも思ったが、どうにも『貴方』とか、君の様な若者であれば、『おじさん』とか言われると思うと、やはり自己紹介した方がいいかなぁって」

 モルドは男性の緊張感の無さに呆れ、「はぁ?」と声が漏れた。

「ハーネックだ。生い立ち上、ファミリーネームを持ち合わせてなくてね。名だけで生活している」
 モルドは差し出された手を握った。
「モルド=ルーカスです。奇文修復師でしたら僕の師匠、デビ――」
「デビッド=ホークスだろ?」

 モルドは驚き理由を求めようとしたが、ハーネックは表情からその問いかけに気づき、説明を続けた。

「この辺で奇文修復師をしているのは彼ぐらいだ。君が師匠と呼び、奇文を知っているなら、恐らく彼の弟子だという事は容易に想像できる」
「でも、奇文や奇文修復師を知っているだけかもしれませんよ?」
「君は面白いな。言葉を語るだけで自分の事を紹介しているようだ」

 何を言っているか分からないが、妙に恥ずかしくなった。

「奇文は現れた時点で認識はされるが、消えたらある条件を満たしていない者達以外は数日後にその詳細を忘れ、関わった奇文修復師の存在を忘れてしまう。記憶が曖昧になってしまうのさ」
 その詳細は聞かされておらず、モルドは理由を更に求めた。
「条件は様々だ。奇文修復師となった者、奇文に多く関わった者、奇文が現れた作品などを長時間、と言っても一時間以上と言えばいいかな。直に密着させた者など、まあ様々だ」

 モルドが幼い時に奇文と関係したが、記憶も修復の術も全てが曖昧であった理由はそう言う事である。
 デビッドの下で働きだしてから、奇文に関する道具を持った師匠に奇文を消してほしいと依頼してくる者達。多くの奇文と触れる機会があることで、奇文と修復師の記憶が定着している。
 成程と納得する反面、デビッドに対し、教えてほしかったと思いながら、彼のずぼらさ具合がさらに更新された。

「その事情も知らない。水平線を眺めるほど悩むというなら、もしや弟子になって間もなく、適性結果待ちで何も出来ない事に悩んでいたのではないかな?」
 詳細までは当てられずとも、ほぼ正解であり、モルドは驚きを隠せない。
「すごい、師匠にも色々推理されました。奇文修復師は名探偵みたいな人ばかりなのですか?」
「探偵……というより、奇文の中に入ると色々自分自身で考えなければならない」
「それは師匠も言ってました。それを続けていると、ハーネックさんもそうですけど、人のことが分かったりするのですか?」

 あまりにも真剣に訊いてくるので、ハーネックは笑ってしまった。

「何が可笑しいので?」
「いや、我々の分析力をそう言ってくれるとありがたい。とにかく、まずはこの絵に入ってから話を続けようではないか」

 奇文の描かれたモノの中に入るには、決まった陣を描いた場所でなければならない。デビッドの家ではあの絨毯の範囲内だ。
 範囲内以外では入ることが出来ないとシャイナに教わっており、ハーネックはどのように入るかが疑問であった。
 絵を持ちだそうにも大きすぎ、二人で持ちだすにも無理がある。

「どうやって入るんですか?! ここには決まった範囲とか無いですよね」
「奇文に入る陣の事は何も知らされてないのかな?」

 素直に「はい」と返した。特殊な文字を綴った刺繍を施した絨毯上でなければ入れないと聞いたが、冷静に思い返すと詳細を訊いていない事に気づく。

「君の師匠は随分と説明不足が過ぎる。君は適性が通れば苦労するよ」
 どのような苦労か気づき、頭が痛い。
「奇文を描かれたモノの中に入るには、芸術品に囲まれた場所であれば問題ない。こういった場所であれば入り口付近や窓際など、作品が少なそうな場所では無理だが、美術館ここの様に個室で隔離された部屋では条件は満たされている」

 ハーネックは紳士服の内ポケットから銀色の腕輪を取り出し、それを右腕に通した。

「あれ、奇文に入る道具も違うんですね」
「人それぞれだよ。適性が合えば君にも師匠や私と形の違う物が渡されるかもしれない。……いや、今じゃあ、師弟関係があるなら形は同じかな?」
 そう言いながら、ハーネックはモルドに左手を差し出した。
「君も一緒に入れるよ」
 だから手を掴みなさいと言っているようである。
「あ、でも適性が……」
「ここまで知らないとなるといよいよ重症だぞ。適性は日をまたぎ、奇文の記憶、奇文そのものが見えるかを確かめるための期間だ。昨日今日弟子になったんじゃないだろ?」

 モルドは自分に適性があると証明された事に喜び、反してデビッドへの不信感が増していく。

「いっそ、私の弟子にでもなるか」
 まるで心を見透かされているかのようにハーネックが言った言葉に動揺していると、「冗談だよ」と返された。
 しかし、モルドは本気でこの修復が終わってからハーネックへの弟子入り志願をしようか迷った。
「では、初の絵画の世界へ行こうとしよう」

 安心できる雰囲気、頼りがいのある姿、温かい手、修復師としての説明力。
 絵画の世界へ行くことと、ハーネックへの期待と信頼から、胸が躍る程の高揚感を与えられた。

「はい!」

 元気よく返事すると、ハーネックは腕輪を絵画に当てた。すると、デビッドが絵画に入る時同様、光の波紋が広がった。
 途端、モルドは視界全てが揺らめき、眩しい光が波紋の中心から発生し、視界を眩ました。
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