奇文修復師の弟子

赤星 治

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二章 作品世界で奔走と迷走と

7 走って走って、また走る(後編)・大広間の窮地

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 入口から入って来た人間達は、各々別の方法で駆けて跳ね、ボールのように身体を地面に打ち付けつつ迫って来た。
 迫りくる一体一体をシャイナは躱し、時に受け流して他所へ飛ばした。
 どういった思考回路をしているかは不明だが、彼らは標的をシャイナに向けたままである。
 好都合な展開に、シャイナは些細な喜びを覚えつつ、彼らを相手取った。

 壁まで到達したモルドであったが、書かれているものが文章だと思っていたが、そうでは無い事に焦った。
 何かの設計図のようなものが描かれている。

 擦れて輪郭は曖昧。
 平面図や正面図、あらゆる方向に斜めから見た図等があちこちに描かれ、大きさが統一されていない。

「これで一体何を見つけろっていうんだ!」

 後ろではシャイナが戦闘を続けている。
 あれだけ走れる体力の持ち主だから、まだ大丈夫だろうが安心は出来ない。

 入口から次々攻めて来る可能性もある。
 シャイナの消耗が激しいかもしれない。
 突然モルドに向けて攻めて来るかもしれない。
 緊迫した中、モルドは思考を必死に回転させた。

 これはエリック氏の意志に奇文が関連させた状態。なら、エリック氏の性格、行動を元に考えればよい
 エリック氏はずば抜けて幻想気や伝奇小説を好んだ。それは、そういった不可思議な世界を好んだからである。

 依頼人の二人曰く、
 エリック氏は自分の世界観を部屋の内装で表現し、他者へ公開する事を好んだ。
 子供も喜んで遊び場と思ってくれるなら尚更喜んだ。
 四つ目の部屋を完成させずに死亡。
 奇怪な現象で屋敷中を走り回る足音が聞こえる。
 この作品では一から八巻までは同じような通路を走り、九巻ではほぼ迷路。
 十巻では袋小路の大広間。
 壁には何かの設計図だが、擦れてよく分からない。

 何一つとして結びつかない。

 そもそもエリック氏がこの十巻ある小説にそこまでの思い入れがあったのかは考えものである。
 なぜなら“伝奇小説を好んだ”と伝えられる人物が、たった十巻しかない伝奇小説だけで満足できたとは思えない。
 話を思い出すと、『偶然書庫で使用人が奇文の書かれた本を見つけた』としか言っていない。なら、全てをエリック氏に関連付けるのは無理があるのではないだろうか?
 エリック氏に関連付けるのであれば、彼が造った部屋の筈。なら、この世界は……?

 モルドはある事に気づいた。その勘が正解かどうかは不明だが、壁伝いを早歩きで流し見た。
 ある一地点に到達すると、何かを確信した。

「シャイナさんここです! 環具を筆に変え、要らない部分に斜線を引いて消してください!」
 環具を使えるのはシャイナのみ、あとは彼女に任せるしかできなかった。
 シャイナはすぐにでも行きたいのは山々だが、次々と増える人間達を相手にするのに必死であった。
 その事に気づいたモルドは、離れた所へ走り、大きい音が鳴る程に手を叩いた。
「おーいお前等! こっちだ! 僕が相手になってやるぞぉ!!」
 自信は無かったが、これで気を引けるか試してみると、まさか、全員の気を引けるとは思えなかった。

 完全に不気味な人間達の気を引いたモルドは、その安易な策の成功に喜びはしたものの、地面を跳ねて攻める気違い極まった攻撃に、焦りと恐怖を覚えながら走り回って逃げた。
 付け加えると、不気味人間達はシャイナの時より喜んでいる。
 男気は出せたが、モルドの行動は『相手取る』というより、『逃げ回って時間を稼ぐ』が正解である。

「シャイナさん! 早くぅぅ!!!!」
 シャイナは言われた通りの場所へ駆け寄った。その最中、環具を取り出して筆の形に変えた。
「――どういう……あ、そう言う事」
 乏しい説明が疑問であったが、指定された壁まで辿り着くとその意味を理解した。

 シャイナが壁に近づくまでの時間。対処するまでの時間。それぞれ短い時間だが、逃げ回るモルドにとってはとてつもなく長い時間であった。
「シャイナさん! まだですかぁぁ!!!」
 情けない叫び声から、どれほど大変かは想定出来る。
 そんな彼への褒美とばかりに、壁から眩い光が、作品世界全体に広まった。
「はぁ、はぁ、はぁ……助かったぁぁ」
 まさに救済の光であった。



 後日、メイガスとロベルトは宣言通り小説を取りに来た。

 屋敷での奇怪な現象は奇文が及ぼしたものだがエリック氏は無関係であった。
 説明を受けると二人は納得はしつつも、どことなく悲しい印象を与えた。

 本件解決の鍵となったのは、メイガスだけが奇怪現象を経験していない事であった。

 エリック氏の血縁者であり、幼少期に彼が造った部屋で遊んだ人物。エリック氏の思念が関連しているなら、メイガスが奇怪現象を経験していないのは不自然である。
 しかし、メイガスもロベルトも嘘を吐いている印象はない。

 メイガスを除く屋敷の関係者の殆どが体験している理由。それは、メイガスが小説を読まないからである。
 デビッドがメイガスに訊いた憶測の質問であったが、二人は当てられた事に驚きを隠せなかった。事実を知るのは依頼人の二人とメイガスの妻だけであるからだ。

 メイガスは小説に触れる機会が殆どと言っていいほど皆無であった。
 他の者達は、言語の勉強とばかりに屋敷の本を借りて良い決まりがある。これはその街の風潮が関係している。
 勉学に励み、技術や知識を得た者は、それを発揮できる場で働けるのである。
 屋敷の使用人達もその風潮に肖るべく知識を得ようとした。
 それにより屋敷の書庫に憑いた奇文に干渉する体質を得たという。

 これが屋敷の奇怪現象の答えである。



 奇文修復後、デビッドはモルドとシャイナを褒めた。

「しかしよく分かったな。エリック氏と奇文が関係ないと」
「確信はなくて行き当たりばったりですよ。なんか、エリック氏が関係してるのに、あの世界は幻想性に欠けるなって思ったし、奇文もシリーズものにしか憑いてないから、咄嗟にあの小説の世界か作者に関係してるんじゃないかなぁって」
「でも、どうしてあの設計図がいっぱい描かれてた壁から、文章が書かれてたと気づいたのですか? 場所も結構離れてましたし」
「設計図は、エリック氏の事しか考えてなかった僕たちに奇文が反応して描いたんじゃないかって思って。ほら、シャイナさんが言ってたように、『作品世界は素直な世界』って。僕たちの固定観念に奇文が反応したから擦れた設計図を造ったのなら、本当に重要なものは、はっきりとしたものだと思って探しました。壁に擦れた設計図が描かれてたから、本命も壁だろうなって」

 あの時モルドが見つけたのは、長文の文章。しかし、改行が所々でなされており、本命の文章は結果として三行だけであった。
 本命の文章以外は、
 文字は歪に書かれ、
 誤字脱字が目立ち、
 脈絡のない文章、
 違う内容の文章が繋ぎ合わさってたり。
 しかし残すべき本命と、消すべき文章を決定付けるものは一目瞭然であった。

 本命だけが色濃い黒色で書かれ、後はすぐにでも消えそうな程に薄かった。
 無駄な文章をシャイナに消してもらうだけで問題は解決すると、モルドは判断したのである。


 後日談。

 小説の作者は自身の作品が似たような伝奇物ばかりを世に出した事に悩んでいた。
 駆け出し当初は次々に案が浮かび、メモ書きを残し、小説に活かしていったが、晩年は良い案が浮かばなかった。
 あの小説も、八巻目まではどこかで見た作品を少しいじったような内容であり、九巻目は違う展開を描けたが本人は納得しなかった。
 十巻目は後半の途中で作者が病死してしまったため、出版社は遺作としてキリがよさそうな所までを本にして世に出した。

 未完である事が、あのような解決を招いたのである。

 思い描く作品を造る為に迷走する様子は、屋敷で聞こえた足音同様、迷走する作者の心情が音となって現れいたのかもしれない。
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