奇文修復師の弟子

赤星 治

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三章 揺れ動く感情と消える記憶

8 干渉する首飾り(後編)・カーニバル

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 二日後、モルドはリックと浜辺近くの丸太椅子の上で昼食をしていた。
 首飾りの修復は困難を極め、二回目も目ぼしい情報は得られなかった。

「なあリック、この首飾りってどこの国の、とか、どういう人の作風か。みたいなのって分かる?」

 昨日の修復作業後、小人含め作品世界の事と、現実世界に現れた影の事について考察することを中断し、首飾り自体の逸話等に焦点を合わせることにした。
 という訳でモルドはリックに訊いた。
 リックに訊く前に図書館で首飾りの資料を呼んだが、どれもこれも有名品ばかりで、作風から理解していこうにも素人のモルドには分からないでいる。

「え、そんなとこまで入れ込んでるのか?」
 いよいよ装飾品に目覚めたのだと誤解が生じたが、この際形振り構っていられない。
「あー、ほら、昨日今日出来た首飾りじゃないだろ? 結構昔の人がこんな緻密な模様の飾り作れるなら、ちょっとすごいと思うだろ。あ、いや、かなりだな。どんな状況で作ったか知りたいなって思って」
 言ってるだけで恥ずかしく、何を言っているか自分でも分からない。
 修復に必要な情報を聞くだけでモルドの心情はボロボロだ。
「おいおい、何かに憑かれたとか止めろよ」
 当然リックは警戒した。
「それは全然ないから」
 とはいうも、まだリックは不審がっているが、自身が知りうる情報を話してくれた。

「その首飾り事態はもう300年位前の、えーっと、有名な歴史で言うと、『サゴルバの戦い』や、『ルベルセス6世即位』とかかな、他にもあるだろうけど、歴史は苦手だから自分で調べてくれるか」
 言ってる歴史的出来事を、モルドは全く知らない。
 本来はそれ位の歴史は大したものではないが、思い出して語るリックの情報力は高いとモルドは感じた。

「なんでも、王に貢ぐ装飾品などを作ってたんだけど、数点作って選ばれなかった飾りの一つがそれだとか」
「へぇ……。結構高価なモノってことか?」
「いやそうじゃない。選ばれ損ねたのがかなりあってな。無名の修行中の奴が作ったやつで、何点もある内の一つだとか。そんで当時、選ばれなかったモノは今でいうカーニバルみたいな催し物で売られたんだと」
「よく知ってんな。歴史好きか?」
「親方に言われたんだよ。この道目指すんなら、歴史は知っとけ。知る間が無くても少しでもいいから勉強はしとけって。それで一番気になったソレ」首飾りを指差した。「だけはちゃんと知っとこうかなって思ったんだ」
「じゃあ、これが出来た所って、どんな国とか分かるのか?」
「それはお前が調べろ。俺は歴史学者じゃないし、自分で調べた方が頭に残るだろ。現にお前、俺がソレの歴史に何があったかを言ったの覚えてるか?」

 覚えてない。素直にそれは言いきれるが、微かな記憶を絞りだした。

「……サゴ何とか即位とか6世さんが戦ったとか?」
「ほら見ろ。全然だろ。300年前の歴史だ。後はお前が調べろ」
 リックにこれ以上訊いても教えてくれないだろうと、態度を見て分かる。

 モルドは仕方なく、図書館へ寄って300年前の歴史の本3冊を借りて帰った。



「えらく昔の品だったんだな」
 デビッドは借りて来た本一冊を開いて流し見た。シャイナも同じように見ている。
「300年前、何とか6世がどうとか、なにか有名な戦いがあったとか」
「6世ってぇと、ルベルセスか。戦いは色々あるけど、この国絡みだとサゴルバの戦いだろ」
 さっと答えるデビッドにモルドは驚いた。
「師匠、歴史通なんですか!?」
「んなわけあるか。数ある有名な歴史の内の2つだ。300年前は戦争やら栄えた国が目だったりとか、まあ歴史の変わり目がポンポンあった時代だからな」
「そんな、鶏が卵産むみたいな発想ですか」
「まあ、思い出したのもあるが、ここに書かれてる時系列を」その頁をモルドに向けた。「見て、昔勉強したことを思い出しただけだが」

 歴史話を終えると、シャイナが訊いた。

「でも、首飾りが関係する話とか、ありますか?」
「リックが言うには、王に献上する飾りを何個も作って、選ばれ損ねたものをカーニバルで売ってたとか」
 それ以上、掘りだせる情報は無いと思い、デビッドは考えた。
「催し物が出来るって事は、結構栄えた国ですよね」シャイナは歴史書を机に置いた。「沢山作る事が出来て、カーニバルが出来るって。祭りの出来る国は賑やかな国の事ですよね」

 デビッドは何かに気づき、その部分が書かれてると思える頁を開いた。

「師匠、何か分かったんですか?」
「ん? ああ。飾りに何かしら想いがあるなら、大きく分けて負の感情か正の感情に分かれる。人間の感情が大きく動くのは大まかにはその2つだ。そこから細かな感情表現が探れるだろうが……」
「それが何と関係して……」
「首飾りの作者は、苦労し、苦悩して作っただろうな……。王命によって作ったなら、使命感や高収入や名声を勝ち取るチャンスを得たと思ったはず。時代的にも成果が重視される時代だ。今ほど娯楽も自由も少ないなら、制作に心血を注いだと考えるのが自然。なら、案外未来を期待して喜んで作ってたと思われる。選ばれなくても他所で売ってたんだろ?」
「はい。そう言ってました」
「なーら……」
 デビッドはその様子が描かれた頁を開いた。
「これが関係してるかもしれないな」

 机に開かれて置かれた部分は、カーニバルの賑わいが挿絵で描かれていた。それは踊る人たちと演奏する人達が混じっている様子である。

「これって……つまり……」
 モルドは言って、シャイナのほうを向いた。同時に、デビッドも見た。
 シャイナは苦笑いを浮かべた。
「最近、多くありませんか?」
 シャイナも何をするかを理解した。


 モルドは夕食の準備をしつつ、三人の事を心配していた。
(……大丈夫……だよなぁ…………まあ、大丈夫か)
 不安な心情を他所に、料理は淡々と仕込みを終えつつある。
 傍らで煮込んでいたスープの味見をすると、いつも以上に良い出来上がりとなっていた。
 悩み事があると、不思議と料理が上手に出来るのは昔からである。そして、モルドはその謎に度々考えさせられている。


「……あの……本当に演奏が必要ですか?」
 シャイナはデビッドとスノーに訊いた。

 二人は座りやすい岩に揃って腰掛け、シャイナの演奏開始を待っていた。
 首飾りの歴史から判断した結論は、楽器を演奏する事で働く小人達をねぎらう事。
 デビッドの予想では演奏を始めると小人達が躍りだし、万事が解決する可能性であった。

「どうした。この前からオカリナの演奏は行ってるだろ? 吹ける曲も増えたんじゃないか?」
「え、ええ」
 答えるのが不思議と恥ずかしい。
「一応、楽しい曲も覚えましたが……」

 デビッドは気にしていないが、シャイナはデビッドとスノーが揃って見てくる事が、何処か恥ずかしく思えた。

「あ、じゃあ、私も一緒に演奏してあげる」
 スノーは立ち上がり、軽快にシャイナの傍へ寄った。
「ん? “奇文のスノーさん”は演奏が出来るのかな?」
「その呼び方止めて、素直に“スノーさん”か呼び捨てでいいよ」
 機嫌が良さそうだ。
「一応、色んな奇文と干渉している存在だからね。こーんな楽器もお手の物よ」

 スノーは黒い塊を出現させた。それは瞬く間にギターの形に変わり、ついでとばかりに座りやすい椅子も出現させた。
 シャイナに椅子がいるか訊いたが、シャイナは立って演奏すると答えた。

「ほう、芸達者だな」
 スノーはビシッと腕と指をデビッドに向けて伸ばした。
「私達の演奏に惚れるなよぉ」

 格好を付けて告げた言葉とスタイルは、五年程前に流行った映画の一場面である。
 デビッドは足を組み、姿勢を正し、仄かな笑みを浮かべた顔で「惚れさせてみろ」と返した。
 嬉しそうな雰囲気を絶やさず、スノーはシャイナに吹こうとする曲を訊き、ギターを少し鳴らして加減を掴んだ。

「大丈夫ですか?」
「もっち!」親指を立てた。「じゃあ、出だしはシャイナちゃんに任せるわ。私は続いて合わせていくから」
 シャイナは頷き、スノーは椅子に座って準備を整えた。

 ゆっくり一呼吸吐き、緊張を鎮めたシャイナは構え、吹き始めた。

 この曲は祭りで演奏するには最適なアップテンポでリズミカルな曲。
 元々は淡々と途切れ途切れの音繋げる曲で、一つの音を伸ばして演奏するものではない。
 軽快に弾むように足踏みしたり、踊ったり、その曲を聴いて身体は上下動する反応をしてしまう。
 シャイナの出だしに合わせて入ったスノーも、両手の指を器用に動かし、右手は休むことなく弦を弾き続けている。
 時々、ギターを弾かず、表面の板を手で叩いて打楽器のようにも演奏すると、また弦を引き始める。

 思いの外、二人のリズムも音も見事に合った。

 シャイナは楽しくなり、身体を揺らしながらスノーの方を見て、音の緩急を調整している。
 あまりにも二人の息が合うので、デビッドは感服し、同時に小人達の変化にも驚いた。
 仕事を放棄した小人達は二人の周りに集まり、曲にあった踊りを集団で始めた。
 更に、デビッド達が住む地方独特の打楽器や弦楽器や笛などを何処からか取り出してきて、演奏し始めた。

 何時しか賑やかな、まさしくカーニバルやパレードのような演奏会の一時の場面が演出された。

 軽やかに演奏するスノーとシャイナ。
 次第に周囲が明るくなる世界。
 演奏と踊りを楽しむ小人達。

 デビッドは舞踏会を見ているような雰囲気に陥り、心が和んだ。

 周りが明るくなるので、解決したことは承知している。
 ただ、楽しそうに演奏している二人を見ていると、何かを思い出しそうな気がした。
 辺りがいよいよ眩しすぎて目が開けれなくなる途端、デビッドはスノーの姿が人間に見えた。
 その姿が誰かに似ているのは分かるが、何故かはっきりと思い出せない。ただ、身体の奥底から温かいものが沸き上がり、目の周りが熱くなった。

 いよいよ眩しさに耐え切れず目を閉じると、涙が流れた。

 ◇◇◇◇◇

「二人共お帰りなさいま………せぇ――ええぇ!?」
 モルドは戻って来た二人が涙を流している姿に驚いていた。
 事情を訊くも、二人は本気で泣いている訳ではなく、なぜ涙を流すかが分からない状態であった。

 一方で、リックから借りた首飾りの修復は無事終了した。

 確かめようのない事だが、リックの一族が体験した出来事は恐らく二回に分けて奇文の首飾りに憑いた為に生じただけであり、奇文が制作者の想いに干渉して憑いたと思われる。
 残骸のように薄らと残った奇文は、残留思念に染みついたものだと判断されたが、今回は稀に見る、特異な奇文であった。


 後日談だが、首飾りの一件以降、シャイナのオカリナに奇文が憑いた。

「あー、スノーさん? 一体どういう事でしょうかねぇ」
 なんとオカリナの奇文からスノーの声がするので、デビッドが訊いた。
「私が聞きたいわよ。どういう訳かシャイナちゃんのオカリナに憑いたみたいで、話す事は出来るみたいなのよ」
 その様子を見たシャイナが答えた。

「デビッド様、修復致しましょう。この際、スノーさんは尊い犠牲となるかもしれませんが」
「ちょ、ちょっとシャイナちゃん! 待った待ったぁ!!」
「スノーさん落ち着いてください。これは私のオカリナではありません。長期に渡って預かっておりますが、有事の際はお返しする物です。ですので」
「冷静に言わないでよ! この前、楽しく演奏したでしょ!?」
「それとこれとは話が別です。あ、でも楽しい演奏、ありがとうございました」
「どういたしまして……じゃ、ないから!」

 何故かこの日から、オカリナにスノーが憑き、事あるごとに会話が出来るようになった。
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