奇文修復師の弟子

赤星 治

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三章 揺れ動く感情と消える記憶

12 海上を走行する夜汽車(シャイナ編)・思い出す

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「では、この修復作業について注意してもらいたい事がある」
 シュベルトは自身が経験した事を、スノーも含め四人に聞かせた。
「この最終修復作業はとても厄介でな、一度現実世界へ戻ると五日は入れなくなる。尚、舞台は夜汽車内と限定されている」
 五日入れなくなる事情をモルドが訊いた。
「理由は不明だ。小説の内容、出来た時代背景、作者の生い立ちなど色々調べたが、小説に干渉出来るまで日を置く理由が一切記されていないのだよ」
 シャイナが手を挙げて発言した。
「つまりスノーさんも含め、ここにいる五人ですぐ解決しなければならないという事ですか?」
「いや、四人だ。私は二日前に作業を行って、今は入れない」

 シュベルトが作業部屋の机の上に置いた小説の世界に入ろうとしたが入れない事を見せた。

「なんで今日まで待てなかったんだ?」デビッドが訊いた。
「気になる事があったからここへ来る前にちょっとな。解決の糸口となると思ってのことだ」
「で? 糸口は見つかったのか?」
「あまりしっくりこないのが結論だ。とにかく、これまでに分かった事は汽車の窓を開けて飛び出すと、また汽車に戻る。光景的には一台の汽車だが、まるで横並びに繋がったような感覚ではあったよ。ちなみに、行けば分かるが、風景は海の上を走行している場面だ」
 小説の最後の部分が舞台と分かる。
「あと、どれだけ車両を変えても先頭車両と最後部車両には行けない。屋根の上には頑張れば上れるがそれだけだ。綺麗な夜の海の光景は拝める。上からでも先頭と最後部車両に行けない」
「どういう事ですか? 汽車内だと先頭も最後尾も見えなくなるから何となくわかりますが、屋根の上だと両方見えますよね」
「まあ、それは入ってからのお楽しみ。口で説明を聞くより自分の目で見た方が理解しやすいというものだ」

 シュベルトの教え方の方が『師匠』という存在にふさわしい気がすると、なぜかモルドは思った。

「んで? 他に参考となる情報とかはあるのか?」

 一服吸うデビッドの姿をモルドは見て、風変りな姿も『師匠』らしいのかもと思い、二人を足して二で割ったら丁度いいのにと結論に至った。

「後は、人が誰もいない。どこを探しても何も無いぐらいかな?」
「おい待て、それじゃあ何も解決出来そうにねぇだろ。マメに下調べしてるお前が何も見つけられないとなると、いよいよ無理だ」
「ここからは私の仮説だが、この作業は複数名で行うべきと思われる」
「何か根拠でも?」シャイナが訊いた。
「根拠になるかは分からんが、とにかく何も無さすぎる。先の大理石同様、歪んだ模様の切っ掛けが一つでもあれば何かしらの可能性は生まれるだろうが、それすらない。ただ風変りな海上を走行するだけの夜汽車だ。こじ付けの意見だが、海上を走行する場面では車内に複数名の乗客がいる。なら、私一人で向かうのは少々無謀というものだ」

 結局、解決できるネタは見つからないものの、デビッド、モルド、シャイナ、スノーの四名で行けば何か分かると思った。

「家の留守番は私がしておこう」
 修復作業道具をシャイナに預け、シュベルトは範囲となる絨毯の外で見送った。
「じゃあ、中でどうなるか分からんが、離れ離れになっても慌てず冷静に行動する事。一度しか作業出来んからな。五日も後に先送るなんて考えない事」
「はい。今日、この場で解決ですね」モルドは姿勢を正した。
「では、スノーさんも準備は宜しいですね」シャイナはオカリナの方を向いた。
「はいはーい。いつでも宜しくってよ」

 デビッドとシャイナは道具を使い小説を叩いた。

 ◇◇◇◇◇

 その汽車はまるで艶やかな机の上を指で滑らせるほどに、振動を起こさず走っていた。

 シャイナは一人で車両内に立っており、外の風景がシュベルトの言った通りだと実感すると、汽車事態の走行状態に気づいた。
 静かで夜空一面に散りばめられた星々、海中を揺らめき、青い光の点滅を繰り返す微生物。
 光源はその二つだが、とても静かで清らかな蒼い世界を作り上げている。

 シャイナは窓の外を眺め、暫く神秘的な光景に浸っていた。

「シャイナちゃんもサボる事あるんだ」
 それはスノーの声だとすぐに気づいた。
 慌てて元に戻ったシャイナは、スノーと向かい合った。
「さ、サボってません。ちょっと外がどんなものか確認をしてただけです。それに、シュベルトさんの話では外に出るとまた戻ると言ってましたが、それを検証しようと……」

 視線を少し逸らしながらいうものだから、スノーは言い訳だとすぐに気づいた。
 スノーは左手側の窓を全開にした。

「どうしました?」
「ん? 風がすごく気持ちいいなぁって。暫し休憩中」
「スノーさんこそサボってるじゃないですか」
「ええ、分かんない時は頭休ませるに限るのよ。シャイナちゃんはちょっと真面目すぎよ」
「そんな――!?」
 反論中、スノーは窓の淵に手を乗せて外へ飛び出た。
 シャイナが驚いたのは刹那ほどの間であった。
 反対側の窓が開いていないのに、スノーは窓をすり抜けるように現れた。
「なるほど、これが外に出れない現象ね」

 情報があるものの、突然飛び出る事に不安を抱いていたシャイナは、スノーの無事に安堵した。

「あれ? 心配してくれた?」
 やけにスノーは楽しそうだ。
「い、いきなりすぎです。……少しは心配もします」
 スノーはシャイナの表情の変化が楽しく思えた。
「で? シャイナちゃん的にはこの車両、どう思う?」
「どう……と言われましても、本当に何もないから何とも言えません」
「だったらちょっと座って休憩でもしましょ」
「駄目です! 今は皆とバラバラですけど、デビッド様やモルド君もこの奇文の原因を探しています。今日解決しなければ次入れるのは五日後になってしまうんですよ!」
(デビッド、様……か……)スノーはしみじみと心中で呟いた。
「じゃあ、デビッドとモルド君、探しにでも行く?」
「当たり前です」

 シャイナは座っているスノーの前を足早に通り過ぎた。スノーも立ちあがってシャイナの後をついて行った。
 シャイナは連結扉に手を掛けると、スノーの方を向いた。

「スノーさんはすぐにサボってしまいますから、絶対はぐれないでいて下さいね。もし逸れたらオカリナには戻れませんよ」
 シャイナなりの脅しだが、全然怖さが感じられない。
「はいはーい。大丈夫よ」穏やかな表情で返した。
 シャイナが扉を横に引き、次の車両へ向かおうとしたが、眼前に広がる光景は夜汽車の光景ではなく、夕方の浜辺の光景であった。

「……え? 嘘……」

 シャイナが唖然としていると、向かいの光景は無理矢理広がってシャイナをその世界へ立たせた。
 シャイナは驚き、言葉を失い、橙色と朱色が混ざった夕方の浜辺から視線を外せなかった。

「……どう……いう」
「やっぱりここの光景が一番なのよね」
 シャイナがスノーの方を向くと、強めの潮風が吹き始めた。
「気持ちいいわね。あなたもそう思わない?」

 なぜかスノーがこの世界へ始めて来たとは思えない。何か知っていて、ここに来ることが分かっている。
 そんな雰囲気をシャイナは感じ取った。

「スノーさん……あなた、何を……」
「まだスノーさん・・・・・なんだね。あ、でもそうか……覚えてないわよね」

 何を言っているか分からない。
 警戒から後退るが、二歩下がった時、突然頭痛を感じた。
 頭痛が脈拍のように波打って痛みが強まった。
「う、ぐぐぅぅ……、ぐっ」

 痛みの波と同時に、スノーが誰かに話しかける光景が思い出された。

 まるでシャイナに向かって話している様に、笑顔のスノー、困った顔のスノーと、交互に思い出された。しかしどれも身長差を感じる。
 頭痛はまだ続き、いつものスノーなら気遣い一つでもするだろうが、今の彼女は穏やかな表情でシャイナを見届けている。
 どこか、もの悲し気な雰囲気は滲んでる印象を目元に浮かべながら。

 次にシャイナの頭に浮かんだ光景は、自分視点でスノーを見ているものではなく、スノーと三歳か四歳ぐらいの女の子が楽しそうに過ごす様子である。
 その子供の髪色も目の色もスノーと同じ。どことなく目元も似ている。
 どうやらスノーが娘と一緒に過ごす姿だと分かる。しかし、スノーは奇文が人型に具現した存在。どう考えてもそんな光景はありえない。

「なん、で? ……あなた、一体……誰?」
 頭痛は治まらないまでも、シャイナは必死に我慢してスノーに訊いた。
「それは酷な質問よ。シャイナ」
 そんな呼ばれ方をされた事が無い。まるで母親のようだ。
 名前を呼ばれると、更に頭痛が強くなった。
 今度浮かんだ光景は、今と同じような色合いの浜辺。遠くから先ほどの少女が走ってくる。
「ママー!」
 少女は自分の方へ向かってくる。どうやらスノーの視点で見ていると思われた。だが、少女がすぐ傍まで来た時、再び「ママー!」と叫んだ声が、すぐ後ろから聞こえた気がした。
 シャイナは声に反応して振り返ると、少女がシャイナの身体をすり抜けて通り過ぎた。
「ママッ!」

 少女が、今すぐ目の前にいるスノーに抱き上げられた。

「随分走ったわね。シャイナ」
 それは自分にではなく、少女に向けられた名前である。
 仲睦まじい母娘の姿を見た途端、頭痛が余韻も残さず治まった。

 涙が溢れた。

「あ、あれ? ……どうして……」
 涙を拭ってもどんどんと溢れる。
「シャイナ」
 スノーに呼ばれ、涙目で見上げた。
「大きくなったわね」

 思い出された。スノーは自分の母だと。

「……お、母さ……――」

 突如、シャイナは姿を消し、現実世界へ戻された。
 シャイナが消えると同時に、スノーに抱かれた少女も姿を消した。

「……ほんと、酷な事ばっかりだよ」
 スノーの頬に涙が一筋流れた。

 やがて彼女の姿も薄らいで消えた。
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