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四章 儀式と狂う計画
6 作品世界で語られる
しおりを挟む場所は歯車の大部屋。デビッドが与えた課題四つ目である。
モルドは座り込んで頭を抱えていた。
「一体、何をどうすればいいんだぁぁ――!!」
叫びだしたくなるのも無理はない。
部屋全体、大小様々、形状様々な歯車が四方八方に存在し、ただただ広い部屋。他の作品世界のような不自然に存在する生き物や置き物といった物が無く、何をどうすればいいかが分からないでいた。
一つ目の無人街は部屋を隈なく探し、眠っている住民を見つける。が、解決の糸口であった。
時間帯は朝か昼と思われ、この時間帯から推察するに起こさなければならないと思い、環具で目覚まし時計を形成して無理矢理鳴らした。すると住民が驚いて目を覚まし、次々に無人だった建物から住民達が次々に飛び出してきたと思いきや、周囲が光輝き元の世界に戻った。
尚、寝ている住人がいた場所は、デビッドのすぐ前におり、どうすれば解決するかの目星は容易に想像が付いたと思われる。
二つ目と三つ目の作品も大まかには一冊目と同じ。
隈なく何かを見つけ、何かの作業に集中している人物の気を引けば作品世界に変化が起きる。その起きた出来事と向き合い、少し行動すると解決出来た。
尚、この二作品はそれぞれ七日ずつ費やしている。
解決の糸口を見つけるのに経過時間が中々縮まらない悩みを抱えたままの四作品目。
今回は既に四日費やしているが解決の糸口がまるで見えない。
作品世界を一言で表すなら『歯車の大部屋』。部屋全体が歯車だらけである。
先の三作品同様、動かない歯車に小さい住人がいるかもと思い、あちこち探したが誰もいない。
歯車をせき止めている木片はあったが、どう動かしてもピクリとも動かず、そういう景観の一部だと思われた。
何も出来ない中、モルドは座り込んで部屋中を睨みつつ考察を巡らせた。
「随分と悩んでいるな」
声を掛けられ振り返ると、その人物を見てモルドは怪訝な表情に変わった。
「立場は俺の方が上だ。あからさまに嫌な顔をするものではない」
「……師匠ならいませんよ。ひと月は家を空けると言ってましたんで」
モルドは再び前を向いた。
「それなら先ほど聞いた。で? お前は何をしてる?」
「師匠から言い渡された宿題ですよ」
声からも嫌そうな雰囲気が表れているが、それを他所にダイクは周囲を見回し、何かに気づいた。
改めてモルドの方を向いた。
「今日はお前に用があって来た」
なぜ管理官長が駆けだし修復師の自分に用事があるのかと思い、流石に驚いた表情をダイクに向けてしまった。
間もなく、意図する可能性が浮かんだ。
「冷やかしとか師匠の悪口とか勘弁してくださいよ」徐に立ちあがって向き合った。
「お前、俺がそんな下らん事に時間を割くと思うなよ」何気ない表情から、一呼吸吐いて真顔になった。「話は他でもない。ハーネックの事だ」
モルドの眉根がピクリと動く。
「現実世界は色々聞かれると面倒でな。丁度いい場所があるんだ、ここで話をしよう」
奇文憑きの作品世界を”丁度いい”が、気にかかったが、とりあえずは聞き流した。
「ハーネックの事って言っても、僕はそれ程重要な事は聞いてないですよ。この前も途中で師匠が入ってきて、結局は二人で話して終了したし」
「お前、ハーネックの事をどこまで知っている?」
人の身体を借りて動く幽霊のような存在、奇文憑きの作品を破壊して回っている事、どことなく嘘つき感が漂っている、であると答えた。
「……【奇文特異体】。我々はそう呼んでいる」
「……? なんですか、その新種の動物みたいな名前」
「呼称しているだけだ。奴はお前が言った通り、他人に憑かなければ”人”としての活動が出来ない。しかし離れたら離れたで自由に動き回れる奇文として存在できる。だが、奴も自由に干渉出来ない場所がある。それは奇文塗れの作品の中だ」
だからこの中で話すと聞かれる心配はないのだと納得したが、続けざまにモルドは矛盾に気づいた。
「……それは変だ。ハーネックは僕と一緒に巨大絵画に入った。既に奇文塗れの作品にどうして入れるんだ?」
「奴が環具を持っていたからだ。元々環具とは、悪性の奇文に干渉できる、特別な奇文を小さい道具に馴染ませて使用する。故にこの世界では形を様々に変えることが出来る。まあ、環具に馴染ませる奇文も、修復師達が集めた墨壺の物を精製したものだ。だが奴の環具は俺達修復師が扱う物とは別物だ」
「腕輪だからですか?」
「形状の問題ではない。本質そのものだ。俺達は奇文を精製して環具を造る。しかし奴は自身の奇文を用いて環具を作りだした。その技能は奇文修復師が登場する遙か昔に遡る」
そこまで壮大な歴史を持ちだされると、容易にモルドは気づいた。
「え、って事は……、環具とハーネックは……」
「結論を言うなら、ハーネックの技術を元に人間が環具を作り、奇文修復を行える術を身に着けた」
それは、ハーネックがいたから修復師が出来たと言える。
驚きを隠せないモルドは「えーーっ!!」と叫んだ。
「じゃあ、あの人何やってるんですか!? 存在は奇文で、奇文塗れの作品に入れて破壊して、何がしたいんですか!? いや、その目的を訊きに来たんですよね? 分かりませんよ!」
全てがモルドの一人漫談のように見えて、ダイクは呆れ顔が表れた。
「落ち着け。何もハーネックが”大昔から存在した”とは言ってない。少々面倒な事情でああなっただけだ。それと、奴の目的はおおよそ見当が付いている。今更生い立ちどうこうで話をしに来たのではない」
「じゃあ、何しに来たんですか? なんでも知ってるなら、僕に会う必要がありませんでしょ」
「――聖女の儀」
それを言われ、モルドはあの砂浜での出来事を思い出した。
「お前が奴と会った時の詳細を聞きたい。出来るだけ事細かに、意味のない言い回しも含めてだ」
とはいえ、出会いは既に一年二か月前であるため、既に殆どが忘れている。
「あの巨大絵画の事は殆ど覚えてないですよ。なんか良い感じに色々教えられたけど、その後であんなことになって殆ど忘れたし、絵画内での事は賑やかなバザーの光景を惨事に変えたぐらいで」
「そこはいい。お前が環具を受け取った時に話した、浜辺でハーネックと出会った時の事だ」
モルドはつい先日の事だが、怒りの感情が高ぶっていたせいもあって全てを覚えておらず、覚えている事だけを話した。
「初めは僕宛の手紙が来てて、中を見るとハーネックと僕が初めて会った浜に来てくれって書いてました。誰かと一緒だと街の住民が奇文塗れにすると脅され、一人で行った」
説明の仕方と、話し方にダイクは訂正したい腹はあったが、敢えて黙って聞いた。
「浜ではあいつ一人だけで待ってて、真っ先に怒りをぶつけました。『僕にあんなことしてよく会おうと言ったな』だったかな? そしたらあいつ、悪びれることなく僕が適性者でないのに修復師になれたのは自分のおかげだって言って、反論しても言い返されて、そしたらいつの間にか後ろから来てた師匠にハーネックが声を掛けて。後は師匠とハーネックが僕の事で言い合って、最後は聖女の儀まで二か月だとか言って消えた」
ダイクは他所を向いて何かを考えており、モルドに訊いた。
「二人がお前の事で口論した時、どういう内容だった?」
「大したことじゃないです。ハーネックが僕へした行い全てが僕の為だと言い張って、師匠がそれを否定する水掛け論が続いた感じかな」
ダイクは何かが腑に落ちなかったが、それが何か分からないでいた。
その間、会話が途絶えたことで、モルドは短時間で痺れを切らせた。
「もういいですか? この後シャイナさんに仕事頼まれてるんで」
この発言である事をダイクは思い出した。
「あと別に訊きたい。シャイナさんがやたら上機嫌なのはお前が関係してるのか?」
どことなく威圧感が加わっているが、それに反し、モルドも買い物中、ある店の男性に似たような事を訊かれ続け、溜り溜まった嫌気が表情に表れた。
「勘弁してくださいよ! どいつもこいつも」
モルドはダイクに歩み寄り、指で胸を突っついた。
「――大体、僕は師匠に弟子入りしに来たんですよ! 確かにシャイナさんは綺麗だけど、どう見ても歳離れてるし、恋人っていうより姉さんみたいにしか見えませんよ!」
モルドの接近に面食らったダイクは何も言い返せず、怒鳴り終えたモルドはそっぽを向いて渾身の溜息を吐いた。
「なんでも、長年失ってた記憶。特にお母さんの記憶が思い出せたらしくて、ここ数日機嫌が良いだけですよ!」
その発言に激震が走ったダイクの変化を知らずにモルドは続けた。
「ちょっと面倒な記憶喪失だから、こんなに上機嫌が長引くんだなぁって思って。でも、他の人達は言っても信用しないだろうから、僕も迷って――」
モルドがダイクの方を向くと、神妙な表情で悩んでいた。
声を掛けると、ダイクは微かに驚きを見せた。
「……すまん」
「シャイナさんがどうかしたんですか?」
ダイクは一呼吸間を置き、意を決したかのように向き合った。
「モルド=ルーカス。ハーネックの事で重要な話がある。明後日の夕方五時、管理官長室へ一人で来い」
「来いって、僕は奇文修復として全然駆け出しだし。何の役にもたたない」
「事情は来れば分かる。あの人を師匠と呼ぶなら尚更だ」
どういう訳か訊こうとした時、ダイクは左斜め前の歯車を指差した。
「この手の作品は歯車を動かせば解決する。あの木片も、他にも見受けられる木片も、全て破壊すればいい」
「破壊って、そんな乱暴な方法、下手すりゃ作品が」
「止まった歯車を動かすには『動力源を探す』『歯車の詰まりを取り除く』それ等が考えられる。破壊と言ったが、方法は自分なりに解釈すればいい。後は環具を上手く使え」
ダイクは立ち去り、環具を振るって姿を消した。
残されたモルドは、無理矢理答えを言われたのが気に入らなかった。
もどかしく悔しがりながらも、ダイクの言った通り環具を回して鑿の形にして突いて取り除いた。
他の木片も、取り除いた木片を金槌のように扱い、一つ一つ取り除いた。
何とも虚しい思いで、モルドは一人黙々と解決に至る作業を行った。
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